第23幕:遥かな戦いへと
「んで……。精霊石全部集めたは良いんだが、これで実際どうなるんだ?」
未知領域北部、森林地帯。
水晶洞穴が地上に繰り出したかのように一面が半透明な結晶体に包まれたその遺跡奥地で、彼等はその景観が齎す芸術同様、水晶のように固まっていた。
術師の男が手に持っていた杖で確認するように目の前に存在する大岩……白色に輝く【精霊石】をコツコツと叩くも、反応はほぼなく。
「どうなるんですかね。……拝んでも何の反応もないです」
「たはーー。そいや全部集めてどうするかまでは聞いてなかったね……」
「特にクエスト文的なのを受領してたわけでもないからね、僕達。全部集めればどうなるかなんて考えてなかったし、っていうか集めればどうにかなると……え、本当にどうなるんだろ? ―――リーダー? ……は、そっか」
「「おらん」」
こういう時、どう行動するべきかを真っ先に決定する存在が不在。
数多の仲間たちの協力を経て、重要な役割を担った自覚があるからこそ、現在の状況からの進展がない事は少しずつ焦りを生み。
「……12個全部出して一緒に置いてみたら? それでもダメ? ミスターショウ」
「ん、今やってる」
「ぼんやり光ってません?」
「それは元からじゃないかな。あの時の段階でも特に光が大きくなるって事はなかったけど。今だって、特段光が大きくなってるようにも……」
黒、紅、灰、蒼、水、緑、鉛、銀、翠、紫紺、金……。
各地で収集した精霊石は揃っている。
ここに存在するソレは、白……透き通るような、透明に近い白色だろうか。
「十二聖さん達と同じ色……だよね?」
「やっぱ何かしらの関連性あるんだろうね。……変化は?」
「なーし」
「……どうするよ」
しかし。
待てども、やはり変化はなく。
思わず天を仰ぐようにして嘆息する仲間もおり。
………。
僅かな沈黙。
「はははっ……、いっそ空からなんか降って来るとかさ。分かりやすい変化あれば良いんだけどね?」
「「……………」」
「―――ん? どうかした? 皆―――……え?」
やがて、その変化を感じ取ったか。
最後には全員が上を見上げ。
今まさに、そこに浮かぶ巨大な太陽―――否。
微光を放ち降りてくるそれを認識する。
………。
……………。
「走れ、走れ! それ急げ!!」
「本当に意味わかんないんだけど―――本当に大精霊って単に巨大な精霊さんのことだったんだ!!」
「折角降臨してくれたのに何処か他のギルドの人たちが先にいたりしたら漁夫の利だ! 走れぇぇ! ―――そして皆足速ぇぇ! 置いてかないでぇぇ!!」
「最近こればっかりですね、私達」
走る。
奇しくも、ソレは彼等が辿ってきた道と同様であり、何処までも続くような水晶の道。
その中に存在する同じく白色で半透明の精霊石を探すのが、本来であれば途轍もない苦行で会った事を理解させる。
「アトミック! もう探し物は終わり! こっちだ……!」
「―――――」
「あ、酷い……!」
「ブニッて掴みましたね」
「スクイーズじゃん」
彼等が苦心しながらもソレを特定する事が出来たのは、走る彼等に追従するように浮遊……何処かへ行こうとして鷲掴みされた仲間―――今まさに上空に漂う存在と酷似したテイムモンスターのお陰で。
「けどこれで任務は達成なんだよね!? ルミねぇ褒めてくれるかなぁ!」
「最低でもナデナデを所望します」
「手間省いてメモワールさんにしてもらえとか言われたらどうするよ」
「ガワだけじゃん、それ。っていうかそうだ! 結局ユウトとヴァディスさんの戦いって―――……ッ!! 誰かいるよ!?」
………。
直線的に進むのであればそう迷わず辿り着く場所。
今まさに巨大な精霊が滞空している大空―――その真下に当たるだろう場所では、既に複数人の影があり。
「「―――――」」
並び立つようにして武器を構えている、或いは身構える者たちが6人。
その多くは、彼等が精霊石の捜索に出る以前に目にした者達。
「ラントさんとユーシャちゃん……、とーー、ハクロちゃん……?」
「って事は味方陣営……、何でヴァディスと悪夢さん……」
「いや、っていうか……」
「―――王国の御子さん、だよな? あの人。何で?」
まず第一に、彼等が別行動をとった時には居なかった存在が複数。
逆に、姿を消した者も複数。
今まさに動きを止め、滞空している巨大な精霊の真下で向き合う彼女等と銀髪の女性。
先程まで敵対していたた筈の暗黒騎士達と、仲間たちが並び立っているというこの様相は……。
「―――……あのーー。これ、どういう状況だったり?」
◇
「……。良いだろう、各々の認識を改める為、状況を整理させてもらおうか」
あ、流石。
誰もが「今ってどういう状況なんだ?」みたいな雰囲気を漂わせる中で、最初に発言したのは現実では催しの実行委員などを務めていた少女だったよ。
多分、隣の悪夢さんから「どうぞ」みたいに見られてたのも影響してたんだろうけどね。
「え……、ぁ。ヴァディスさん説明してくれるんです?」
「……第三者の視点から、な」
「ところでうちのボス見ませんでした?」
「……………」
「何で目逸らすんです?」
戻ってきたワタル君達。
(故)ノワールさんが言っていた通り、やはり彼等が最後の精霊石を見つけてくれたから大精霊さんが降臨したんだろう。
けど、戻ってきた彼等からすれば今の状況っていうのは非常に意味の分からないもので。
思わず生来の人の好さを発揮したクオンちゃん……多分、友達だからっていうのもあるんだろうけど……。
けど、自分は友達だと思ってる相手がよそよそしい対応してくるのって、実は結構クルんだよね。
今のクオンちゃんの考えもそんな感じかな。
ユウトの件で自分は悪くないのに後ろめたい気持ちになっちゃってるのかも。
けど、そういった戸惑いを表に出すことなく何故自分たちと青騎士くん、ユーシャちゃんらが協力関係みたいになってるのか、そして目の前の女性が何者であるのかを簡潔に述べていくメンタルは見習うべきもの。
彼女、明らかに一皮むけて堂々としていて。
「……ノクス、最高位の無明王さんが実は月の御子様で、けど本当は一網打尽の機会を狙ってた、的な」
「本当は仲間だったんだよ……みたいな?」
「しかも、そもそもの話―――俺ら異訪者をこの世界に呼んだのがこの人……そういう認識で良いんか?」
「これから詳しく聞くつもりだったところだが、敵ではないというのが本人の弁だ」
「一応、僕らの目の前で死刻王を倒したのは事実だよ。もしかしたら演技かもしれないけど」
沈黙。
皆、暫し脳内で色々考えているようで。
実際疑わしさはマックス。
特にミソとなるのが、ディクシアさんはオルトゥスというゲームの根幹―――異訪者をこの世界へ導いた「誰か」こそ、自分だと公言する人物だっていう事。
途轍もない力の持ち主か、途轍もない大嘘つきかのどっちか。
敵か、味方か……捉え方によっては大吉にも大凶にもなり得るからこそ、皆考える。
「あ、メモワールさん? モノホンのルミねぇは?」
「えぇ、彼女ならば、私のこの目を通して。今も見ているかと」
「マジか……、あの人まだ―――ん?」
「……どんだけ接続してん―――あ、メール」
「あ、私もです」
「僕も」
よし、これで全員。
「……公共放送ありがとう、受信料はあとで払うから―――……。はい、完全にふざけてますね、あの人」
「絶好調だな、ルミさん」
「二重の意味で把握、と。向こうにも人が集まってるだろうし、上と下で迅速に情報伝達ができるのは良い事だろうね、うん。……状況は理解しました。けど―――ちょっとメタ的な視点になるけど、僕たちは貴女の事を完全に信用する事は出来ないんで」
「道理だね」
うんうん頷く無明王ディクシアさん。
先程彼女がノワールさんを倒しちゃったことを考えれば、彼女は味方なのかなって可能性が大きくなって。
不定王アートルム君。
盗賊王シャア・リさん。
死刻王ノワールさん。
で……さっき名前出てたかな、チャルニーさん?
アートルムもノワールもだけど、確かその名前も「黒」って意味があった筈。
となれば、穴埋め式で鋼鉄王チャルニーさんって事かな。
今も悪だくみしてそうな残りのノクスの首領格は、およそその人だけってことになるけど。
「……信用して良いと思いますか? この人。一応、悪い組織のボスの一人なんですよね?」
「でも、ルミに似てる。だから信用しない方が良い」
「―――うん、顔がね?」
「顔がな……」
「顔さえ違ったらもうちょっと信用しやすかったな……」
「なのよね」
「それに関しては同感だ」
「顔が悪いわ、えぇ」
変な感想で意気投合しないでもらえるかな。
むしろ良いだろう? 顔は。
信頼できそうな顔してるよ? ほら、目とか。
「顔が悪いっていうのは分からないけど―――信用がないのは当然だね。良いさ。じゃあ、その信頼を勝ち取るために、今回は大活躍を見せてあげようじゃないか。さても、何から話したものか……そうだ。私達が属していた夜を統べる組織……ノクスの実態は、本当に複雑なものでね。組織自体は数百年前からある。そして私達王位とごく一部の存在を除き、組織に属している者すらその正確な規模や実体、首領格の事は知らないんだ、実際。一寸先は闇ってワケだ」
それ程に巨大、それ程に深く深く世界に根を張っている。
末端は自分達がそうである自覚なく、自らの意思で選択したと勘違いし続けたまま彼等の意向に沿って動く。
つまり、そういう事らしく。
知らずのうちに人を誘導し動かすなんて……なんて恐ろしいんだろう。
「……それもなんかどっかで聞いたな」
「闇組織にありがちだね。あとどっかの誰か」
「奇術の初歩なのでは?」
「―――つまり、だ。その組織形態は、頭が潰れれば機能しない……、と?」
「だからその全てを一網打尽に出来る機会を伺ったって事ね」
「その通り……! 話が早いね、君たち。そうなんだ、そうなんだよ。君たち異訪者の働きのお陰で、現状まだ健在のノクスの王位はたった一人……あ、私を除いてなんだけどね? 鋼鉄王チャルニーっていう人なんだ。彼がいま頑張って最後の地底神を復活させようとしてるんだけど……」
「他人事ぉ……」
「やっぱルミねぇじゃない? この人。別のとこいる振りして憑依してない?」
「あ、そっか! それがようやく神を降臨させるって話に繋がるんだね?」
「知ってるのかラントさん!」
「―――いや王様が一応説明してなかったっけ?」
してたね。
相手が地底神たちを呼び戻すための力を逆に利用して、光の神を復活させるとかなんとか。
「つまり、今上に浮かんでるアレを使って、みたいな感じじゃないの? じゃあ僕達が勝ったようなものだと思うんだけど」
「うーん、ナイストライ」
「え、違うんですか……?」
「確かに大精霊は今ここにいるけど、ほら、私達って超巨大組織だから。周到なんだよ、基本」
分かる分かる。
どこで綻んでも良いように保険は幾つも作ってね。
「この場所に降臨した瞬間から、大精霊の力はこの領域を伝って別の場所へチューチューされててね、実は。早い話が、世界各地に眠ってる神々の封印場所なんだけど……直近で復活しそうなのが、最後の王位が力を入れてる鋼鉄神ってわけ。封印場所のままだと手間がかかるから、場所そのものを変えたりしてるところ、今」
「……サラッととんでもない事言ってない?」
「鋼鉄神……海岸都市だよな? 封印されてるのって」
「―――止めに掛からないと世界滅ぶんだ、実は」
………。
まぁ。
今までも、神さま復活イベントの時はそんな雰囲気だったっけ。
けど、今回はむしろ特に神様が復活するような兆候もなくて……、特にクエストとかにもなってない分、終末イベントとか言われても危機感が持てないんだ、皆。
懐疑的な雰囲気も止む無し。
更に言えば、何かの罠かとずっと疑っている様子で。
「結局、信じて良いと思う?」
「……。少なくとも黒くはないですね」
「恵那判定シロ、と」
「は、判定……? 私達も、クエストとかなら信頼できるんだけどなぁ。ね、ハクロさん」
「ん? ん……」
「あ、そう? じゃあちょっと設定するからちょっと待っててね」
「「?」」
設定?
……んう? あ、メール来た。
――――――――――――――――――――――
【Apocalyptic Scenario】
World Chronicle Quest phaseⅡ
宵と夜明けの境界線
No.1 Yog-nos
封印解除limit(01.11.59:59)
No.2 Asura-Shambhala
睡眠解除limit(03.11.59:59)
No.3 Ogdo-Amaunet
真体構築limit(05.11.59:59)
No.4 Ahriman
封印解除limit(10.11.59:59)
【概要】
◇本シナリオは人界領域側全てのPLへ公開されます◇
終末シナリオNo.7が発令されました。
本シナリオでは段階的に全ての地底神が復活します。
シナリオは特定の条件が満たされるまで永続的に効果を発揮します。
――――――――――――――――――――――
「……。おい。なんか明らかに状況ヤバい事になってんぞ? 本当に戦争してる場合か? 俺ら」
「終末的シナリオ……。ルミさん。まさか」
「―――あ、うん。ちょっと向こうで色々あってね」
「え、ちょっとー? とんでもなく物騒なこと書かれてない? これ」
………。
「「は……?」」
「これでいっか。―――あ、良いよね?」
地上も混乱、地下も混乱、これなーんだ―――アポカリプティックシナリオ……終末的シナリオ?
今現在で私がいる帝国領では、集められた途轍もない数のPLさん達が皆混乱の声をあげ。
そして、視界の共有で覗いているそこでも……。
……。
いや、まった。
クオンちゃんと彼女、二人のこの反応を見るに―――あ、そっか。
人界側のPL限定って書いてある。
「ん? クオ―――むぐっ」
「しーー。……これはどうすれば―――……ん?」
送信完了。
「団長?」
「……。彼女から、メールだ。転送するよ、メアさん」
「―――へぇ……? ……ふぅん。この文面がそっくりそのままこの子達のクエストになってるって事……。これ、神様の名前よね? リミットは……ゲーム内時間であと二日? で、最初のこれが出てくるって事?」
「……報酬なしなんだが……?」
「世界が滅ぶか滅ばないかって状況でんなこと言ってるヴァカいないって話でしょ―――ん? ってかクリア条件は?」
「んう? 無いよ?」
「「―――――」」
「え? つまり、どういう?」
「敗北条件とか、クリアの前提とか……」
「存在しないよ? 今回は完全なる終末シナリオだから。防ぐとか防がないとか、そういう域の話じゃないんだ」
「本当の意味で完全な形で鋼鉄神が復活するって事だね。これまでの不完全に目覚めてた不定神とか、やる気のなかった無明神の比じゃないよ。最初に復活するヨグノスの時点で、多分君たち異訪者全員で挑んでも勝てないだろうね」
「「―――――」」
「もう賽は投げられた。既定路線で世界は滅ぶんだ」
「鋼鉄神ヨグノス―――地底の土。またの名をオーガ・タイタン。地底の神々の中では最も堅牢な肉体と巨大な体躯を持つ、全ての怪物の祖たる神さまさ。全ての怪物の祖って事はつまり、復活したらたちまちのうちに地上は魔物で埋め尽くされる……理解?」
「「?」」
「信じるか信じないかは、あなたしだい―――」
「信じる信ずる信じます!!」
「てか信じさせて!」
「方法とかあるんですよね!? まだ終わりじゃないって言って!!」
「勿論あるよ。当初の予定ではちょっと贄の量が足りなかったから、出来るだけ人が集まる場所に復活ポイントをずらしたんだ、プラスアルファの為に。で……丁度、出現ポイントにはおあつらえ向きに帝国と王国の12聖がずらっと揃ってるわけだし、御子も二人いる、私が行けば三人全員だし……」
「「!!」」
「出現ポイントって―――あそこなん!?」
「じゃあ、王国が帝国に戦争吹っ掛けたのって!」
「そういう意味もあったね。多くは注意を逸らす為っていうのが大きかったけど」
つらつらと言葉を連ねる彼女。
その言霊には説得力があり、力があり……いつの間にか皆、完全に信用する方向性になっていて。
やがて彼女は右手の指をくるくるりと回す。
「で、最後の札―――ジョーカーだ。君たちはどうして私達が御子って呼ばれているかは知ってるかな」
「アリステラの御子、リアソールの御子、ディクシアの御子……。私達は天上の神々の代行者として、その権能の一端を行使する事が出来る。そして―――真にその時が来たら、神々の器としての役目を負ったりもする」
「「……!」」
まるでプロレスのシュートのように真っ直ぐ上空へ指を突き出し。
………。
間違いなく、ソレが指すのは今まさに浮かんでいる巨大なまん丸。
「あの子、使って良いかな」
「使うって……」
「そのままの意味?」
「そのままの意味。強大な神性を宿した、純粋な魔力の塊……神の核、大精霊。あの子を吸収して。私がこの身体に降ろすのさ―――光の神……。起源なりて根源たる神々の長―――光神アルケーを」




