第9幕:必殺のお仕事
ザワザワ…ザワザワ……ッ。
皆、真剣な表情で。
籠へリンゴ擬きを入れ。
真剣な顔でお会計をしている。
とても珍妙な光景だね。
そろそろ、引くとは思うけど。
「――やあ、店主くん」
「おう、ルミエか。いま、ちょうど波が引いたところだ」
「「ルミエ?」」
「愛称ですね。……すごい盛況です」
うん、そうだね。
でも騙されちゃいけない。
コレは、あくまで仮の姿。
この店は、まだ一段階変身を残しているんだ。
ユウトたちが一緒に居るのは。
目的あっての事。
数日間家を空けていたけど、何事もなくトラフィークへと帰ってこれたし、やっぱり転移が出来るというのは凄いことだね。
折角だから。
皆を下宿先を紹介せんと立ち寄り。
休憩に入った店主君に仲間を紹介する。
「こちら、食料品店【黒鉄】の店主なノルドくん。食料品店と専門店を行き来する剛の者だよ」
「誰かさんの所為で…だが。よろしくな、冒険家さんたち」
私たちのやり取りに。
首を捻る皆だけど。
礼節は欠かぬと挨拶を返し。
全員の自己紹介もそこそこに。
私は購入した果物の皮を剥き、皆に供する。
残念なことに、私の愛剣が輝く機会はこのくらいしかないんだ。
「――なんじゃこりゃウマッ!」
「ん。コレは、確かに」
「美味いな。食べたことがないわけじゃないんだけど、今迄のと全然違う」
「だろう? うちのは【秘匿領域】から直送なのよ」
人気には訳がある。
美味しさは一度食べないとわからないけど、食べさせてしまえばこちらのもの。固定客を呼び込むためのテクニックはお手の物さ。
でも、彼の話。
一応、秘密じゃなかったかな。
「それ、話して良いことなのかい?」
「んん? ……まぁ、別に隠している訳じゃないしな。連れてきたのがルミエってんなら、間違いなく悪いやつじゃねえ。少なくとも、お前よかな。そうだろ?」
「ういー、幼馴染ですから」
「ルミ姉さんに迷惑がかかることは絶対にしません」
ああ、良い子たちだ。
もう一個サービスしてあげよう。
頭も撫でてあげよう。
「…頂きますね。じゃあ、食べ終わったら」
「狩りと行きますかね」
「あいよ。すぐに済ませるからちょっと待ってて…ああ、もうちょい右で」
言われるままに手を伸ばすけど。
注文の多いお客さんだね。
―――実は。
私達が通商都市へと戻ってきたのは二つ理由がある。
一つは、狩りのため。
クロニクルクエストが近くなってきたので、プレイヤー同士での狩場の奪い合いが頻発するようになった。
一々取り合っている時間。
それ自体もったいないので。
当初の予定通り、私たちはトラフィークの隣に有る森林へと移ってきたわけだ。
そして、もう一つは。
【道化師】の話の後。
私の戦い方を見たいと言われたので。
見せるような華やかな物でもないんだけど、お願いというのなら是非もないと了承したわけだ。
「夜までには帰って来いよ」
「うん」
「「保護者……?」」
彼は、面倒見が良いからね。
皆も頼ると良いよ。
後ろから聞こえる景気良い声に。
私達は、勇んでリンゴ専門店を後にした。
◇
―――あるぅ日、森の中。
狼に、であぁった。
なんて、口ずさむ暇は無い。
少しでも気を抜けば。
私は、獰猛な肉食獣のおやつだからね。
油断なく足元を確認して、襲い掛かってくる瞬間をしっかりと見極め。
狼君と一緒に。
私も、仲良くお縄に。
すかさず第2スキルの【縛鎖透過】で。
友達を無くす一抜けし。
受け身を取って、起き上がり。
「――で。後は、こうして縛り上げれば……」
「キャンッ!?」
「「…………!?」」
「ほれこの通り、抜け出すことはできません」
後は気合で縄を引っ張り。
彼を縛り上げれば。
逃げられるような隙間もなくなり、転がるだけ。
そんなこんなで。
足元に転がる狼君を見下ろしながら、皆に向き直る。
「――とまぁ。これが、私の狩り方だったんだけど」
「「それ、おかしいッ!」」
「……明らかに」
「無職のやる事では、ないですね」
一斉にツッコまれてしまったね。
やはり、このやり方は。
おかしいみたいで。
でも、私だって思わなかったわけじゃないよ?
縄抜けの必要性を考えるくらいなら、普通に魔物だけ罠に掛ければいいだけだし。
そもそも。
そんな手間をかけるくらいなら。
普通に戦った方が早くて。
戦闘スキルを磨く訓練にもなる。
「だから、怒らないでね?」
「…ちゃんと分かってるし。――見せるような華やかな物じゃないとか言うから」
「どんなモノかと思ったら」
「仕事人の技でしょ、あれ」
「無表情で縛り上げんの見てたら、変な扉を開きそうになったぜ」
心底呆れているね、これは。
年長者の威厳もかくや。
……まぁ。
そんな事はさて置き。
現在私たちが居るのは、ほんの外周部。
これから、深部へ潜ろうという事だ。
この森林は広くて。
深い程に敵のレベルも高いから。
「それでも多少効率は下がるだろうけど、効率で考えれば上だろうからな。トップは完全に最前線攻略に着手してるだろうし、中堅も出来る限り上だ」
「だから、こうして穴場が出来るんですよね」
深部へ向けて歩きながら。
思い思いに話をする。
話題は、やはり攻略。
生粋の戦闘大好きPLなんだね、彼らは。
「そう言えば、澄香ちゃんの方は?」
「うーん、あんまり進捗が良くないって言ってたんだよね。【秘匿領域】から出るには人によって幾つかの条件を達成する必要があるって聞くし」
「早く、皆でチームプレイしたいんだけどなぁ……」
皆が残念そうに話しているけど。
やっぱり、そうだね。
友達と遊ぶのは楽しいから。
早く、合流できると良いけど。
秘匿領域…ね?
私も、何時か行ってみたいな。
「「おッ!」」
「………んう?」
そんな事を考えつつ。
森を歩いていると。
目の前に現れたのは、大きなイノシシ。
立派な牙を持っていて、その体躯は筋肉の塊。
毛皮はゴワゴワで堅そう。
とっても強そうだ。
「おぉ、運がいいな。ヌシクラスだ」
「この猪くんが、そうなんだ」
「そそ。――じゃあ、ルミねぇにも【鑑定】共有してあげるね?」
――――――――――――――――――――
【Name】 レッサー・カリュドン (Lv.15)
【種族】 獣亜綱 大猪種(Boss)
【基礎能力】
体力:250 筋力:43 魔力:0
防御:15 魔防:5 俊敏:14
――――――――――――――――――――
……おぉ、共有スゴイ。
【鑑定家】の能力で。
自分が見えている情報を共有できるんだね。
都市外部では、低確率で。
ヌシと呼ばれる個体がポップする。
それらは経験値の効率も良く、
通常種のレアドロップが確定で手に入るというメリットがあるという。しかし、その分戦闘力も飛躍的に向上しているわけだから。
無職さんな私では。
どう足掻いても勝てない。
「体力は…250か。ちょっと高めだが問題ない。いつも通り俺と航でタンク、七海は遊撃だ。後衛二人はダメージソースを頼む」
「「了解」」
司令塔のユウトが判断し、指示を出す。
主な火力はエナとショウタ君が担当するのか。
ボスと戦うための編成。
なるほど、凄くRPGしているね。
「ほら、デカブツッ!」
「美味しいお肉、今なら130kgが無料だよ?」
「苺45キロ分も追加でッ!」
種族的には、雑食だろうけど。
猪くん的には。
お肉とイチゴ。
どちらが好みなんだろうね。
凄い勢いで突進する猪を。
前衛であるユウトとワタル君が押し留め。
ナナミが足を斬り。
その動きを完全に止める。
本当に、鮮やかな連携で。
その後方では、既に二人の準備も整っている様子。
「中位魔法“炎天直下”っと。……エナさん?」
「はい、直火焼きです」
ショウタ君が魔法を行使し。
エナは……おぉ!?
炎の玉に向かって。
なんと、矢を射かける。
これは、風……?
突風が吹いてる。
当然の事ながら、矢は炎塊へ飲み込まれたけど。
次の瞬間には、風が…炎が。
そのまま発射され。
真っ直ぐだけでなく。
曲がったり、くねったり。
しかし、正確に進んでいく。
そして、その先は。
当然の如く、留められていた大猪くんで。
真っ直ぐ。
直撃する。
「――ブモォォォッ!!?」
「……良い匂い」
「する? 何とも…」
「七海だからな。イヌ並みだ」
「優斗くーん? ちょっと言い方酷くなーい?…って、もうあんな所に」
あぁ…こんなに。
こんなに美味しそうになっちゃって。
大火力でこんがりと表面のみ焼けていく猪くんは、中が完全に生焼けで。
まだ、ちょっと。
体力が残っている。
「……リーダー、頼むわ」
「ああ、問題ない」
でも、それを見越していたのか。
何時の間に。
背に乗り込んでいたユウトが剣を振る。
まるで。
両断のように。
体力が尽き、砕け散る身体。
着地した彼はゆっくりと剣を鞘に納め。
「…俺たちの、勝ちだ」
「「おつ!」」
「お疲れ様です。――どうでした? ルミ姉さん」
勿論、最高だよ。
互いの性格をしっかりと理解し、信頼し合っているが故の連携。歯車がズレることなく、最後まで綺麗に決めてきて。
鮮やか過ぎる連携で。
とても、気持ちよい勝利だ。
「さっきの魔法。炎塊は分かるけど、どうやってあんなに正確にぶつけたんだい?」
「……ふふふ」
「アレは、見つけた応用術です」
エナ曰く、【狙撃手】スキルの応用。
彼女の職には矢の操作が出来るものがあるらしく。
凄く難しいけど。
訓練すれば、自在に動かせるとの事。
「炎に強い矢を打ち込んで」
「上手い具合に炎の核として常駐させることで、炎自体を矢として操作できるんです」
「本当に、発想の勝利」
「マジで凄い発見だったよな」
………驚いたね。
そんな事まで。
ナナミの短剣捌きも驚いたけど。
エナも、大概だと思わされる。
勿論、ショウタ君の助力有っての事だし、前衛二人の連携も……。
「――あと、凄いものだね。両断」
「結構いい武器持ってるから。【大迷宮プレゲトン】産で、B級の【骨董】っていう剣だ」
「B級……レアドロップだね?」
レアドロップという響き…。
実に良いじゃないか。
その刀身は黒光りする不思議な骨製。
鍛冶屋で売っているような金属の剣とはまた違った趣向がある。
その輝きに見惚れていると。
自身のステータスを確認していたナナミが歓声を上げる。
「――んッ! レベル上がってるッ!」
「ヌシだからな」
「経験値も沢山入りますし…早く、3rdに行きたいですねぇ」
「エナ、野獣の目だね?」
「僕たち、ゲーマーですからね」
高校生は、楽しいから。
今は、それで良い。
存分に楽しもうよ。
私の目が黒いうちは。
その分、勉強も頑張ってもらうしね。
「この調子で、目指せ獲得ポイント上位陣ッ!」
「「おぉー!!」」
彼等も興が乗ってきたようで。
歓声が上がり。
私も、思わず頬が緩みつつ。
可愛らしい号令を見届ける事にした。




