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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第十章:パレート編

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第10幕:夜の始まりを




 闇は無。明けはなく、世界は不定なるままに闇の中へ閉ざされ続け。

 鋼と鉄が無限の死を刻む。

 目覚めと共に一切の生物は幻想となり、全ては神のまどろみの中に置きざられ、つゆと消える。


 地底の世界に光明はあらず。


 地底の世界に希望はいらず。


 夜の明けに存在するのは光と希望ではなく、虚無であるゆえに。

 即ち神の目覚めととも―――全てが泡沫と消えるのみ。 



 ………。



 そこは、まるで地底に存在するかのような閉所の空間だった。

 僅かな光のみが照らす一室。

 静寂が、一種の神聖さすら演出するようなその場に用意された席は5つ存在していたが、現在それを埋めているのは3人のみ。

 そのうちの一人……皇国で枢機卿として君臨していた顔を持つ王……死刻王が口を開く。



「―――ふん。あれ等がおらぬと、只でさえ沈黙の徒である貴様らが一層口を閉ざし続けるな」

「「―――――」」


「アートルムは完全に滅んだ。シャア・リもだ。特に、神の復活……その贄として要塞都市の者どもと共に捧げられた実働部隊の壊滅は痛手となっている。現状、各国に散らばった戦力では帝国と皇国で表立って干渉する事も出来ないだろう」

「そもそも、結局だ。無明神さまは。神は……、滅びてしまったのか!?」 



 二人目に言葉を紡ぐ、枯れ枝のように節くれだった手足を持つ、線の細い男。

 鋼鉄王と呼ばれるソレは、まどろむように沈黙していた……この場で唯一女性の形をとっていたモノへ水を向け。

 その神の復活を担当していた筈だった最後の一人……無明王も顔を上げる。



「ん、ぅ……。そうだね。結論から言えば、無問題だ。我々、土から形作られたモノとは異なり、神とは不滅だよ? 鋼鉄王。無明神オグド・アマウネトは肉体こそ四散したけれど、その意思は未だ大地にある。眠り続けているのみさ」

「しかし、単身での復活はもはやならぬのだろう? 無明王」

「それを言われるとね……。完全に力を取り戻すには、最低でも数百年の歳月が必要……。我々にはもはやそのような時間は残されていないね。そして……」



「死刻神アリマン。不定神アスラ・シャムバラ……。二柱もまた、あの子たちにより強固な再封印を施されてしまっているようだ」

「……ぬ……、ぅ」

「残るは、まさに貴様の管轄だけだな、鋼鉄王。しかし……王国。一連の動きにより、海洋伯も、月陰のリアールもまた警戒を強めている。いかに我らが人界全土に根を張るとて、生中には……」

「―――根、とは」



 無明王……王たちの中で唯一女性の姿をとったモノが立ち上がり、死刻王ノワールの言葉を遮るように言紡ぐ。

 劇作の登場人物のように大仰に手を広げ、しかし表情は変えず、雄弁に語る。



「樹根とは、あくまで末端を指すものの事だよ、ノワール。なればここ、真なる秘匿領域こそ世界の根源―――大樹。私ならば、干渉できないことはないとも。別に、鋼鉄神だけにこだわる必要もない」

「―――まさか……!」 

「……。お前が動くか、無明王」

「本来私が動くべき任は、簒奪されてしまったからね。流石は盗賊の王……と。神の復活を達成したのだから、賞賛して然るべきだったかな。秘匿領域が私の管轄……しかし、結局そこに存在していると思われた神は、我々のすぐ傍に居たわけだ。灯台下暗し……とは、異訪者らの世界のことわざらしいけど。実に正鵠を得ているじゃないか、ふふ」



 無明王は、笑う。

 ……表情を変える事無く、声だけで愉快を表現する。



「さぁ、二人共。私が力を使うという事は―――当然、これは最期の作戦。0か100かの賭けだ。倍率は悪くないはずだけど」

「……絵図はどのようなものになる?」

「そうだね。まずは、傀儡に働いてもらう。どのみち亡びる世界さ。精々混乱を起こしてもらおう。そして、他ならぬ彼等、異訪者自身に神の真核を見つけてもらう。彼等が大好きなクエストと報酬を使って―――ふふっ」



「さても、さても……忙しくなるね。当然手伝ってくれるだろう? 死刻王。鋼鉄王」

「―――然り」

「吾輩に出来ることがあるのならば」

「うん。じゃあ、仔細は臨機応変に……。私は一度王都へ戻るよ」



 話しが纏まったと見るや、素早く立ち上がっていたソレは、他の王たちに背を向け歩き始める。

 散歩に赴くかのように、鼻歌を交えて。



「ふふん、ふん……。我、粛然なりし月の神星なれば―――聖なる闇に死を刻み、写しの世界に炎を注げ……。白と蒼が広がる世界、大地の灰より翠が満ち満ち―――」



「我は右を歩むモノ……ふふっ」



「新たな世界に虚ろなる闇を」



 謡うように紡ぎ、冷たい回廊を進む無明王。

 やがてその正面からは、歩んでくるものがいた。



「―――おや。来ていたのかい、アール」

「……えぇ、母上。どうやら話はまとまったご様子で」

「拍子抜けするほど、あっさりとね。最初から提案しておくべきだったよ。そうすればアートルムも、シャアも一緒に、皆で終わりを迎えられたかもしれない」

「……ふふっ。話は早くとも、彼等は納得しなかったのでは?」

「おや。私を疑うのかい? 失敗するかもって」 

「疑ってなど……。私が申し上げたかったのは、その逆……一瞬で終わってしまってはつまらない、という話です。あなた様が出来ぬはずなどありましょうか」

「はは。私とて全能ではないんだよ、アール。まあ、知らない事以外なら―――」

「全部知っているけど、ですね?」

「その通り。流石は私の眷星だ。―――じゃあ、またすぐに」

「えぇ、この、未知領域で」



 人界三国の闇を統べる組織。

 ノクスの本拠は、まさに未知領域にあった。

 無明王が発言したように、まさに彼等はこの世界の裏に存在する領域より根を広げ、世界の闇を掌握してきたのだ。

 太古の―――昔から。

 

 ………。

 上機嫌を表現するようにステップを踏み、やがて見えなくなる王の姿。

 転移の残滓に解けて消えていくそれを見送り、眷星たる彼は笑みを深める。



「―――私も、影ながら見守らせて頂きますとも」



「見通せぬ無明の王。夜を統べし月の御子―――ディクシアさま」




   ◇




「精霊眼励起―――俯瞰する大樹―――……視力向上、振動する葉脈―――感覚強化……姉さん、もうちょっと東の方を視れるかしら」

「どの子です? チアちゃん? ノーゼちゃん? アイス君です?」

「名前呼ばれてもどうせ分からないんだから、全部にぐるっと見回させればいいのだわ……そう、そんな感じで―――すとっぷ!!」

「わぁ」



「あった―――見つけたのだわ!!」



 ………。

 精霊眼。

 妖精種の狩人派生っていう条件を満たしているPLが手に入れられるスキル、或いはレアなアイテムとしての複数種類が存在するソレ。

 いまアミエーラさんが使っているのは、他者と視覚を共有するモノと、秘匿された何かを見通すモノの二種類。

 前者なんかは、何処か親近感。


 ……また見つけたみたい。

 妖精賛美の拠点を除けば、これで都合3か所目の未知空間だ。

 どうやらこの領域には本当に沢山の見えない空間が隠されているみたいだね。


 秘密結社の秘密基地とかあったりしないかな。



「―――うん。間違いないね! ここもそうだ!」

「「うぇぇぇ!!」」

「よくやったのだわ、姉さん」

「精霊ちゃん達のお陰ですよ~~!」



 探索を大いに助けてくれているのが、幻の妖精姉妹。

 アミエーラさんの持つ索敵能力。

 ルイちゃん―――ひいては彼女の仲間である精霊さん達が持つ不思議な感知能力。

 たった二人で、しかし彼女たちこそが探索の要と言っても過言ではないくらいの活躍で。

 


「ムーン君。すかさず褒めて」

「―――素晴らしい。まさに狩人の姫姉妹。12聖の双子座より余程阿吽、比翼と呼べるだろうな」

「さっすがぁ!」

「かなわねー!」


「ふふーん」

「気持ちいのだわ! このゲーム!」

((……………ちょろい))



 アミエーラさんチョロ可愛いね。

 ルイちゃんは()()()()だってわかってて受け入れてる側の反応だし。

 けど、このくらい扱いやすい子が良いよね、旗印は。



「……これでよかったのか? ルミさん」

「そうとも。使えるものは何でも使うのが私達の流儀だって言っただろう? 彼女の好意……敬意に気付いているんなら利用しない手はないさ」

「―――漬け込むのはあまり好まん」

「若いね。大人っていうのは清濁併せ持つ必要があるんだ」

「かも、しれん。時に、私にはないのか?」

「んう? 永久機関……?」



 アミエーラさんをムーン君が褒め、彼を私が褒める。

 となると私は誰に。



「余裕、だな!!」

「こっちは一杯一杯なんですけどっ!! 救援プリーズ、なるはや!」



 ………。

 未知領域の探査には数の暴力も勿論ありではある。

 けど、最低限戦う力がないと、蹂躙されるだけの命っていうのもそうだね。


 この未知領域深部の周辺難度はAA。

 これは、クオンちゃんの言っていた情報における魔族領域のAすら超え―――EXという尺度の外側だった浸透領域シャンバラを除けば、人界側のPLにとっては前人未踏の最高値だ。

 当然に出現するエネミーさんも途轍もなくて、最初に鉢合わせたレジェンド・カリュドンさん達と同等、或いはそれ以上のレベルの敵も出てくる。


 ボーダーで言うと70~90レベルってところかな。

 跳ね上がり過ぎだ。



「―――ぬぅぅぅん! “相の槌・城塞”」

「そのまま……そのまま。―――老師ッ!」

「もうとっくにかけておる。そのまま撃て」

「感謝を。“流鏑馬―――幽玄落花の段”」



 イノシシの次はジャガーみたいな外見だったり、オウムみたいに小型だけど途轍もなく速くて風属性の魔法攻撃を放ってくる魔獣だったり。

 どれもジャングルにピッタリの外見でありつつ、私だったら瞬殺なツワモノばかり。


 けど、その相手を叩き潰す、或いは正確に射抜く。

 当たり前のように、簡単だとでも言うかのように倒していく彼等は……一騎当千?

 疑ってたわけじゃないけど、彼等。やっぱり個人個人の能力も凄いけど、連携の質も段違いだ。

 単体ですごく強い人達が協力した時の爆発力っていうのはまさにこれだね。



「―――やるものだろう? 私の団員達も」

「凄いよ。けど、ムーンさんが指揮を執ってるもんだとばかり思ってたんだけどな」

「かつてはそうだった。だが、今となっては私が指示を出さずとも彼等は自ら考え、最善に近い行動をとっている」

「王様ー、指揮してー」

「戦闘向きでない儂ですら戦っているのに曲がりなりにも騎士である王が会話に華を咲かせているのは、とどのつまりサボりでは?」

「俺たちがやらかしたら責任取ってくれるんだよなぁー!」



 凄い言われてるけど?

 責任取るの?



「無論、騎士達の失敗の責任は常に私にある。どんな人員も使いよう。各々の能力をそれに応じた配置にしなかった、運用を怠った私に責任がある。崩れたのならばそこが私の限界だ。君たちの所為では断じてない」

「「へへへへっ」」

「上司の鑑が―――こーのカリスマお化けめッ」

「ナチュラルにヒト引き付けるから困りますね、我が王は。不本意にもやる気が……」



 ………。



「流石とトップギルドの親分。俺たち凡人とは格が違うな」

「結局後ろでサボってるの有耶無耶にされてるけどアレで良いのかな、彼等」



 良いんだ、良いんだ。

 ブレーンが優秀なら組織は動くんだから。

 ……うむ?

 


「そう考えたらやっぱりいい仕組みなのかな、古龍戦団……。ねぇ、ムーン君」

「……必定だ」

「けどさ? 疲弊だよ?」

「感化だ。それで滅されるならば、それまで。偶には悪くはない」



 一理あるね。

 じゃあ、現段階ではちょっと難しいか。



「残念、リカルドさんとフレンド登録してるから連絡は出来るのに」

「あの、すいません」

「圧縮して会話するのやめてもらっていいですか」

「……ユウト。あれって解凍できる?」

「―――はぁ……。ルミねぇはいっその事古龍戦団と協力してもいいんじゃないかって話をしてる。ムーンさんは乗り気じゃないっぽいな。最強同士が争って疲弊……その結果敗けても、まあいい経験だって考えらしい」

「うわきっっしょ」

「何で理解出来てんだよ。お前も同類か」



 ムーン君が一瞬で前衛の脇を抜け、最前線へと躍り出た。


 

「一興と言って、自ら敗北に向かうような趣味はないさ。私がするのは勝てる勝負と失うものがない勝負だけだ。こい、勝負だユウト―――“王断”」

「―――……遠回しに馬鹿にされてるのは分かったな。俺は勝てる相手って事か。あんまり前に出ない方が良いんじゃないですか、隙見せたら俺だって魔が差しますよ。只でさえ焔魔騎士なんだからな」



 ………。

 気が変わったのか、前衛に混じり最前線で武器を振るい始める両団長。

 どうやら討伐数で競うみたい。


 仲いいね。

 やっぱりあっちでも関わりがある分、互いをよりさらけ出すことが出切るっぽいよ。


 ……別に、今は限定イベントの扱いじゃない。

 今ユウトが騎士王くんをキルしちゃえば、途方もないギルドポイントを手に入れる事すらできる筈で。

 ランク一位を目指している身としては、絶好の機会。



「ふ、ははは。やるじゃないか」

「こっちにヤマ押し付けないでくださいよッ、少しくらい自分で最後まで捌いて―――」


 

 ……良い連携だ。

 即席とは思えないくらい、互いがどう動くのかが分かってるみたいな―――一緒に書類整理でもしてるみたいな。



「―――のう、無色の聖女よ」

「んな、聖女さんや」

「ルミでいいよ。どうかした? 老師さんにゴードンさん」



 気さくに話しかけてくる彼等に言葉を返す。

 二人は……他にも数人遠目で伺っている彼等が互いに目配せし、最終的に代表者は戦士のゴードンさんに決まったらしく。



「ダメな事かもだが、一応聞いておきてえんだ。聖女さ……ルミさんと、王様。それにあの子ら。ただ大会でやり合っただけの関係にしちゃ、やっぱり何かだ。もしかしてリアフレなのか? 纏めて」

「本人には聞きずらい?」

「……ダメってワケじゃねえんだけどな。こういうのは色んな面から聞いておくもんだ」

「道理だね。さても、さても……じゃあ―――」



「―――あった!! 皆、あったよ!」



 何なら話して良いかと考えるより早く、周囲を探索していた青騎士くんが声を張る。

 どうやら目当てを見つけたらしい。




――――――――――――――――――――

 精霊石(アニマ・ラピス)

 RANK:A


【解説】 

大地の恩寵により生成される巨大な魔力を内包

する石塊。

その力は削り取られた破片すら煌めき、光が失

われるまで約束の祭祀場を指し示し続ける。


神は死しても意思は不滅。

肉体は大地にもたげられ芽吹きとなり、零れ落

ちた彼等は自由に世界を飛び回るのだ。

――――――――――――――――――――



 ………それ単体は、丁度私の身長くらいある大きな石。

 鑑定メガネが分析するところによると、画面通りの感じで。


 今に彼等はその石へ武器を振りかざし、石の破片を回収する。



「おぉ……素晴らしい……。この光こそが聖なる光だ! この光の示す先に大精霊がいるんだ! はっはっはっ」

「テンション高いな」

「あれだ。ガキって光る石とか好きだからな」

「んう? あるよ? いる?」

「「要らんどす」」



 ルクストーン。

 暗闇で光る、鉱山都市原産のアイテムさ。


 ……削り取られた石も光ってる。

 この石の破片を出来るだけ回収したいらしいんだ、彼等。



「さぁ、大精霊が現れるであろうポイントを絞り出すには、どのみち他の派閥より多くの痕跡を入手しなければならないんだ。皆もぼさっとしてないで!」

「「……………」」

「はいはい」



 何だかんだで素直に探索に戻っていく面々。

 慕われてるんだ。

 ゲーム内とて、こういう信頼関係って出来る……ゲームもまた一つの現実としてみているからこそ、彼等はここまで強いのかな、或いは。


 私も微力ながらスキルで手伝おうと、周囲を見渡す。

 そんな中でナナミとエナが叡智の窓を操作しながらコソコソ話しているのが見えて。

 何の作戦会議かな。

 


「「♪」」

「ご機嫌だね、お嬢さんたち。何か面白い事でも?」



「………ふふーーん」

「内緒、です。さぁ、お仕事お仕事」

「せめて貢献できるように頑張って探すぞー、おー」



 ピュー……。

 高レベルゆえの機動力の高さでたちまち遠くなる姿。


 ………。

 どうやらあの子たちもポンポンに一物ありそうだ。

 皆、私の知らない所で色々と策を巡らせているみたいだね。

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