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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第十章:パレート編

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プロローグ:陣営きょーかいべんと




「―――ここが……、ふぅん?」



 ソレは久しぶりだった。

 ゲーム内において大多数であるあちら側の人たちはさて置き、私達の陣営では、新規でプレイヤーがこの世界を訪れる際、元々居たプレイヤーが案内役になる決まりで。


 あ、でもそういう仕様ってわけじゃない。


 ……決めたのは私だ。

 理由は―――まぁ、あの方が毎回だと、気の小さい子は泣いちゃうかもしれないからで。

 そもそもとして、同じ視点で世界を視ている人の方が適任だったというのもある。


 通知の合図に従って待っていると、やがて空間に隙間が出来たかのように縦に割れ、境界が開く。

 それは、果てのない虚空。

 真っ黒で、何処までも続くようなソレの中から、誰かが歩いて来ている。



 ―――曰く、あちら側のPLとは異なる訪れ方だという。


 興味があるかないかでいえば、ある。

 けど私は自分で調べるより考察サイトを見る派だ。



「―――ここは……」

「ようこそ、オルトゥスへ」



 現れたのは、女性。

 黒色で長めの整った髪に、白い肌、長い耳。

 種族としては最も一般的な容姿だね。


 けど、背は私より五センチは高いかな。

 アバターは誰でも現実世界でいう平均以上のルックスが約束されてるみたいだけど、その中でもモデルさんみたいなスタイルの良さだ。



「初めまして。私、クオンって言います」

「―――案内ね? 有り難いわ。あなたもプレイヤーなの?」

「そうですよ。基本的には異訪者の相手は異訪者―――あ、プレイヤーのことですけど、私達がするんです。世界観の説明とか、同じ側の人がやりやすいって事で」


「道理ね。じゃあ、自己紹介。私からもしなくちゃね。サク―――」

「え?」

「じゃなくて、メアよ。……貴女、耳長いのね」

「メアさんもですけどね」

「え?」



 今となっては、本当に珍しい事だ。

 オルトゥスというゲームの性質上、一つのソフトで行えるキャラメイクは一アバターだけ……それも一回限り。

 

 つまり、この女の人は、サービス開始初期に限定的に生産された初期ロットを終始大事に新品未使用のまま保存していたか、そういう人から譲り受けたか……という可能性が高く。

 供給が追い付いているとはいえ、今だ転売の益があるというソレの中でも、初期品なんて、仮に出回ったらどんなプレミアの値が付くか。


 けど、この様子だと種族選択をしたのは完全に感覚かな?

 がちがちの初心者さんなら、ちゃんと説明してあげないと。



「……長いわ。あとふにふに」

「良いですよね、長耳の感触。それも含めて色々説明が必要だと思います。取り敢えずこちらへ」


「―――……ふんっ、ふん」

「違和感あります?」

「そうね。凄く―――すっごく新鮮な感覚」 



 耳を触るのはまあ当然として、私の後に付いてきながらも周囲の匂いを嗅いでみたり、遠くを凝視してみたり、自分の二の腕を揉んでみたり。

 ありがちな反応ではある。

 他のゲームから移ってきた人でも、そもそもフルダイブ型のゲームが初めてな人でも、一番最初にオルトゥスの世界に足を踏み入れたその瞬間の感動は筆舌に尽くしがたいもので。


 実際、私も……。




『クオンよ。其方、なにをしている』

『あ、いえ……』




 ……あーー。

 感動してた筈なんだけど。

 初ログインした場所が元帥様の目の前だったせいで、多分イレギュラーかな、うん。


 ……それよりも、彼女だ。

 匂いや身体を触ってみたりはまだわかるけど。

 何か……歩くのも、手の振り方とかにも違和感を覚えているような。

 

 ……ワケありかな。

 そもそも元は医療用の技術だ。

 そういう人達ともフレンドになったり意見交換したりもするから、色眼鏡なんて掛けるつもりはないけど……。



「……あ、あの……。どうかしました?」

「あなた……」



 それよりこの視線だ。

 凄く凝視されてる。


 まるで、私の全てを視ているかのような。

 連鎖の圧倒的頂点に君臨する生物が、未知の獲物を品定めするかのような、あまりに次元の違う鋭さ。


 別種なれど、これに近しいものを私は知ってる。

 騎士王? 違う。

 竜人? 違う。

 魔王? 論外。

 強者という面では剣聖……ハクロちゃんとかもいるけど……そうじゃない。

 全員、漏れなく凄いプレイヤーたちだけど、そういう意味の強さじゃなくて。



『んう? 私なの?』


 

 そう。

 もっとこう、高次元的な眼だ。

 同じ人間な気がしないとか。

 私達とは、そもそもの生まれ持った情報量自体が異なる……そういう人特有の何かがある。


 ………。 

 女の人は、まだまだ凝視。

 舐めまわすみたいな不快なものじゃないけど、都合十数秒も歩きながら凝視されれば、気にもなる。



「―――どうです? 結果出ました?」

「そうね」

 


「貴女、強いわね」

「……………」



 あ、そういう?

 まあ、多少は覚えもあるつもりだけど。

 ……。

 おかしい。

 私の二次職【鑑定家】のスキルには、自分より低レベルの鑑定スキルが使われた場合は自動で抵抗した上でアナウンスがある筈。

 

 スキルで見てたとかじゃなく、只の勘なのかなぁ。

 


「えっと……。有り難うございま―――」

「剣道……、剣術……いえ、どっちもかしら。凄いわね今時」

「―――え……」

「あと、顔色一つ変えずに相手を探る抜け目のなさね。最初。私の顔見た時、―――スキルっていうのかしら? 相手の情報を視る、みたいなことしなかった?」

「―――――」



 嘘でしょ?

 この人、本当に……まるで。



「……えっと。どうして?」

「一つ目は簡単よ。単に体裁きがそうだってわかるだけ。私もやってたの、少しだけ。二つ目は……貴女、私が自己紹介しようとした時に、おかしいなって顔していたでしょう? 名前見たんじゃない? 集中してみてるみたいだったし、情報を読んでたんじゃないかしら。こっちが名乗ってから私の名前呼ぶまでも全く違和感なかったみたいだしね」

「……凄いです」

「観察の初歩よ」



 実際、それは全部あってるけど。

 メアさんは、まるで……本当にあの人の同類みたいな感じだ。




―――――――――――――――

【Name】    メア

【種族】   半魔種

【一次職】  戦士(Lv.1)

【二次職】  鑑定家(Lv.1)


【職業履歴】 

一次:戦士(1st)

二次:鑑定家(Lv.1)


【基礎能力(経験値2P)】            

体力:15 筋力:10 魔力:10 

防御:10 魔防:5  俊敏:10  


【能力適正】

白兵:C 射撃:D 器用:D 

攻魔:E  支魔:E 特魔:E

―――――――――――――――




 最もメジャーで、序盤最も強力な構成。

 種族特性として、初期ステータスも他種族より高く。


 ………。

 鑑定でステータスを視ていたのは、あくまでこれから彼女にどういう案内をしようかを順序だてるためではあったけど。

 こんなの、もう……。



「メアさん―――突然なんですけど、騎士とか、興味ありません?」

「騎士?」



 こんなの、誘うしかないでしょ。



「いま私達がいる国なんですけど、異訪者の大半は政府に所属してるんです」



 政治を管理する中央統制部。

 国土や財貨を管理する通商連合部。

 魔法に関する研究機関の魔法省執行部……。



「色々とカテゴリは違うんですけど、その中でも私の所属が軍部で……」

「へーー、騎士……―――うん?」




「どうしてかしら。やっぱり、聞いてた話と違うわね」

「……あ」



 違和感があった。

 けど、初心者そのものな挙動があったから、そういうモノなのかなって思ってたけど。

 もしかして。



「メアさん、もしかして―――」



 今でこそ人界側と魔族側の勢力図は現実世界の情報でも広く知られているけど。

 このタイミングで初ログインするような彼女が。

 様々な物珍しさを感じていると思われるメアさんが綿密に下調べをしたうえで今を迎えているかは微妙な所。


 ……案の定、彼女は私達「半魔」という種族のみが持つ固有の事情について知らなかったらしく。

 


「―――というわけで。私達半魔種……デミディアは魔族領域固定の初期リスポーンなんです」

「……そうだったの」



 廊下の天井を仰ぐメアさん。

 完全に想定外という雰囲気は。



「やったわね……これ。もっとちゃんと下調べしておくんだったわ」

「心中、お察しします。もしかしなくても、誰かと待ち合わせとか……」

「してたわね。通商都市ってところで会うつもりだったのに……」



 あからさまに人間種の初期値点だね。

 でも、この分だとドワーフの初期リスポーン地点が幾つかの都市からランダムなのと、半妖精のリスポーン地点が秘匿領域な事も知らないんじゃないかなぁ。


 そうなって来るとギャンブルだよ?

 なんて言うか、本当に掛ける言葉が。


 ………。

 私ってやっぱり性格悪いなぁ……。

 彼女がこうして困ってるっていうのに、私の中では次第に沸々と沸き上がってくる感情。


 これは、間違いなく「期待」で。



「で、でも、良いですよ? 半魔種」



 そうだ。

 私としては貴重な女性プレイヤーを逃したくはない。

 彼女が私の事をああ言ってくれたように、私の見立てでも、彼女の身のこなしは多分何らかの身体を使う競技や武道を齧った人のそれだと分かり。

 ……唯一、さっきの動きのぎこちなさに疑問が残るけど、それも些細な事。

 あちらの世界で培った体裁きや身体の使い方……合理性は、この世界でも十分に通用するのだと自信の経験から分かっているから。


 こんなの、チャンスでしかない。

 是が非でも軍にスカウトだ。



 ………。

 ……………。



「実は私、この国の将軍なんです!」



 それから少し経ち。

 落ち着いて座れるスペース……私の使ってる応接室で、アイテムボックスに入ってた貰い物のピートケーキやらピートジュースやらを振舞いつつ、メアさんに世界感とか情勢の話とかをして。

 

 最後に、切り込むことにした。



「……将軍。凄いのね。そういう職業なの? さっき言ってた、4th、っていうの? 現状の最上位職」

「これは完全に別枠なんです。四騎士って言ってですね?」



 冥国政府の四大部門―――中でも、軍部元帥ジュデッカさまの指揮する国防軍部には四騎士と呼ばれる指揮官たちがいる。


 NPCに属する三人。

 武人肌で切り込み将軍のアリギエリ。

 普段から冷静沈着かつ穏やかなエルゴ。

 女性でも憧れちゃう美人な軍師ガラティア。


 で、異訪者の騎士団……最初期は部隊だった……を、四人目で唯一のPLである私が取り持ってる。



「軍部はとにかく実力主義です。勿論、単に戦闘力的な強さもそうですけど、腕っぷしは無くてもサポートに強かったり、頭脳面で活躍したり。やる気さえあれば上は目を掛けてくれますし、NPCの将軍たちも強くなるのを惜しみなく手伝ってもくれます。そういう人達と誰でも会話できるのは魔族側の特権ですよー?」

「あらやだPR? 企業説明会なのかしら」


 

 人界側の最高戦力12聖にも全く劣らない戦力が直接指導してくれる。

 他にはない利点だ。

 

 あとは単純にどの国よりも一枚岩に近い状況だから、パワーレベリングなんて事も簡単に出来ちゃうし。

 ………ほぼほぼあり得ない事だけど、あの三人は「自分たちに勝てるのだったら喜んで将軍の座を明け渡す」なんて公言しているし。

 何ならジュデッカさまも言ってるし。

 重ねてほぼあり得ないけど、将軍位や軍そのものを握る事だって出来るのだ。


 でもこれ言うと誇大広告とかになるかなぁ。

 あっちで言う、単身で12聖を倒すみたいな話だ。

 何なら、12聖より個としては強いらしいし。


 レイドボスを個人で倒せたら誰も苦労しないよ。

 もし仮に―――本当にあり得ない話として戦闘の能力面で拮抗は出来ても、そもそもの基本となる体力が違い過ぎる。

  


「だから、メアさんも―――私達と一緒に、騎士、やりませんか!?」



 ともあれ。

 そういったネガティブは極力触れず、ポジティブな部分を粗方話して。

 自分の性格の悪さに自己嫌悪。


 ………。

 でも、結構頑張ったと思う。

 勿論、彼女がそれを望まないのなら別の選択肢として色々提示する事も出来るけど。

 肝心の彼女の反応は……。


 ………。



「……どんな顔です? それ」

「……いえ」



 微妙そう。

 凄く、微妙そうな顔だ。

 クール系美人の女の人がやると、違和感が凄い。

 


「―――ああ、違うのよ? クオン……将軍? の説明はとってもわかりやすかったし、魅力を全力で伝えてくれてるんだなっていうのも分かるの。けれど……」

「けれど?」



 少しの沈黙があり。

 彼女は、恥ずかしそうに口にする。



「私、名前がメアじゃない? 騎士になったら……なんて呼ばれそう?」

「それは、まぁ……」



 ―――ナイト・メア?



「強そう……」

「見解の相違ね、独特な感性だわ。私はイヤよ」



 格好良いと思うけどなぁ。

 というか、イヤな部分そこなんだ。

 過去に勧誘した女性プレイヤーとかは、そもそも戦うのが怖いとか、二次職メインでやるために始めたとかいう断り文句が多かったのに、メアさん自身は戦うこと自体にはまるで忌避感がないような感じで。



「……うーーん。結局、今すぐに人界側に行ってって訳にはいかないのよねぇ?」

「残念ですけど。偽装や変装の一つでもしないで行っても、低レベルじゃ都市所属のNPCにも狙われるかもですし」



 ………。

 彼女はまた暫し考えるそぶりを見せ。

 確かな余裕がありつつ、物憂げで何処か浮世離れした姿は……年上なんだろうなって、憧れの感情が沸き上がって。

 


「一つだけ、教えて頂戴?」



「クオンは、何を求めてるの? 何をしたいの? この世界で」



 ……それ、重要な事なのかな。

 今までの質問の中で一番抽象的ながら、最も本気な顔で求められたソレ。

 メアさんは至極真面目なようで。


 私は。



「私は……この国が好きです。国民は国を守る軍部の人に深い敬意をもってて、軍も何があっても民は守るぞって……そういう関係なんです。得体のしれない私達のことすら、最初から受け入れてくれてたんです。……でも、勿体ないとも思ってます」



 未だ力を失っていない神の庇護のもと、閉鎖的な国家。

 崇拝対象がすぐ傍に居る故に、彼等は保守的になってしまった。

 私達を受け入れてくれたのは、種族的なものが大きかったんだと分かったから。


 魔族と人間の確執。

 ずっと続く争い。

 けど、私達異訪者がどちらの陣営にもいて、先の件では曲がりなりにも協力し合えた事実。


 決して、その為に魔神王さまに倒れて欲しいわけじゃない。

 むしろやがてその為にあっちが攻めて来たなら、全力で叩き潰すつもりではある。


 そうじゃなく……、私はただ、この国の人たちが、子供たちが、それを求める異訪者が自由に知る事の出来るようにしたいんだ。

 飛竜を駆らなくても、強くなんかなくても、自由に。



「私、この国の人たちにはこの国だけじゃなく、もっと沢山の楽しい事を知って欲しいんです。外と交流して、もっと世界を知って、沢山美味しいものを食べて。―――ついでにこの国にもっと甘い物増やしたいです!! それが私の方針!」



 だって冥国で一番名物のフルーツって魔神王の御馳走(ディアボリカン)の原種だよ?

 魔神王の御馳走だよ?


 人界に出回ってる改良品は種だけ激辛だけど、こっちのはそもそも果肉も辛い。

 ―――不平等じゃん。

 そもそもこっち側の料理って、しょっぱい系とか辛い系が多いんだ。 

 魔族の食文化がそうさせるんだろう。



「……知らないを教えてあげたい、ね」



 カプサイシンに荒れる私の脳中。

 小さく呟いたメアさんは一瞬目を光らせて。

 


「うふふ―――良いわ。私も、取り敢えず初めての世界を。あなたが好きなこの国を見てみたいもの」

「……! じゃ、じゃあ―――ぅえ!?」



 こちらの回答を待たず、あまりに様になる動きでその場に跪く彼女。

 所作はまるでNPCのもの。

 洗練され切った慇懃な動きに、私は動揺を隠せず。



「騎士―――今は1stの戦士ね。まぁ、気分だけでも……、騎士メア。今から私の全ての力、あなたに預けるわ。多分もう慣れたし……上手く使いなさい? クオン」

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