エピローグ:やがて来る
帝国要塞都市を襲った未曽有の大災害。
大神によって更地と化した都市は、しかしその大神によって「再建」された。
Wtat……何故?
果たして、地底神とは?
遥か神代に世界を包んだ天上と地底の神々の戦いとは、そもそも何だったのだろうか。
地底の神々は悪だったのか?
継ぎ接ぎの謎は残るばかりであり、目を離すことはできない。
そして、都市の現状。
確かに要塞都市は元の姿こそ取り戻したが―――
「都市政府の関係者たちは未だ行方不明。参加者の証言では政府そのものが黒幕の手に堕ちていたという話もあり……と」
目を通していたタブレットから一度顔を上げ、天井を仰ぐ。
件の要塞都市。
情報にもある通り、政府の人間は関係者が誰一人としていなくなり、都市は機能を停止。
取り敢えずは帝国の王太子様が代わりの整備を進めていて、直轄地として運営されるんじゃないかって彼等も予測を立てたりしているけど、それだって運営がまともに再開されるのはいつになるやらと。
「中々ややこしい話になってきたものだね。有り難う、返すよ」
「ん。……詰まる所、帝国の壁としての機能がなくなった要塞都市に、薄明領域との境界としての役割があるかどうかって話になって来るんだよな。あの都市は元々魔獣と魔族の脅威を防ぐために存在するもんだ。それがなくなったと来れば……」
「厄介だね、うん。やっぱり皇国と帝国の関係も難しくなってるみたいだしさ。王国だって……」
帝国も、王国も、皇国も。
三国はそれぞれに強力な自戦力を派兵して薄明領域の探査を行っていた。
領土拡張の為だ。
王国で言えば、ハクロちゃんが所属する騎士団の上弦騎士……彼等の大多数は都市には常駐しておらず、未探査領域を探索する前哨基地にいるとか。
そこにちょっかいを掛けるのが最近のPLのトレンドだって話を前に掲示板で目にしたから覚えてたんだ。
「ね~~」
……すぐ近くでだらしなくも抑揚の効いた声が上がる。
にゅい……と、和室の中央に存在するこたつから這い出る腕、身体。
「な~んでルミねぇの家に来てまでゲームの話しなきゃならんのさ」
「ゲームよりオコタですね。それに勝るのは……ルミ姉さんのベッドだけです。この枕のモフモフ加減は、恐るべきモフモフ……」
良いだろう。
こたつもベッドも、取り寄せた凄く良いやつだ。
枕だって私の頭と体のデータとの科学的なあれこれを考慮して作られたオーダーメイド品なんだよ。
ところで部屋を占領しすぎじゃないかな。
親戚だってもっと遠慮するよ普通。
「すまないね、当の本人が少し遅れるって。交通機関がパンクしてるみたいなんだ。多分、年末年始の揺り戻しだね」
「―――調べてみたけど、近年まれに見る大渋滞らしいぞ。モールのゲーム再入荷の関係もあるか? タクシーだとして数時間、電車でも一時間はかかりそうな気もするが」
「うーーん。最悪空港から直接走って来るさ」
「……へ?」
「40キロはあるけど。何言ってんのこの人」
「年明けも仕事仕事で、大人って大変やねー」
「進学組には関係ない話ですなー」
「就職も早期化。今じゃ大学二年からインターンやってるくらいだぞ。そもそも受験だ。現実みろ」
これで、彼等の通う高校はかなりレベルが高い。
皆、それぞれやりたい事があり、選択のメインは大学への進学なわけで。
「―――そう言えば、ルミさんは何系の学校出たんですか? 専攻とか」
「ん。先達の意見も聞いてみたいっす」
「あ、その手の話は分からないんだ。私、大学行ってないし」
「「え」」
「意外かな。卒業してすぐに海外へ渡ったんだ、件の彼女と。だから、私は皆が求めているような道を指し示してあげることはできない―――コネクションは幾つか提供できるけど?」
「……くっ」
「断りたい、のに……、こういうのって断らなきゃいけないのに!!」
「じゃあ断れよ、そこは」
分かるよ。
不安は時にその人の決心、強い意思を潰し歪めてしまうものさ。
就職活動の重圧とか、極端な話になると災害時のパニック、圧倒的な暴力、或いは死への恐怖……根源的なもの。
普段は理知的で温和な人も、語気を荒げて混乱したり。
「恐怖っていうのは、まさにそうだ。私も沢山経験したよ。色々な国を歩いて、色んな怖い人にお財布とか狙われて……ね」
「「?」」
「沢山の恐怖があったんだ。凄く、恐怖してたんだ」
「ルミさん……」
「日本って平和なんやなって……、やっぱ世界って……」
アメリカのカジノで綺麗な土下座を見せてくれたオーナーさん。
中東の廃墟街で仲間同士銃を突きつけ合って助けを乞う暴徒さんたち。
東アフリカの海上で自分から悲鳴を上げて海に身投げしていく略奪者さん。
皆、恐怖におののき助けを求めてたんだ。
「―――相手側じゃねえか」
「恐怖させる側やん」
「何したん? 話聞きこか?」
「加害者側への事情聴取ですねこれ」
「違うよ? 私じゃないよ? 私は言ったんだ。もうやめてあげようよって。ちょっと命狙われて脅されただけでやり過ぎだよって」
………。
「時に、ショウタ君。ワタル君。さっきの空港から走って来るって話じゃないけど。君たち、さ? ゲームより現実の方が強いかもって人に会った事はある?」
「「……え?」」
ユウトもナナミもエナも、三人とも笑っている。
けど、それは優越感から来るものではなく、知ってしまっているという恐怖から来るものだ。
「……獅子を身一つで倒す。竜を剣一本で倒す……難易度は、果たしてどちらが上なのかな」
獅子は現実、竜は空想の存在。
現実たるこの世界に竜は居ない。
精々がコモドドラゴンとか。
空も飛ぶし、比にならない巨体……火だって吹くかもしれない。
竜っていうのは、もしかしたら獅子より圧倒的に強いのかもしれないけど。
そんな世界では、多分それと戦う人間ももっともっと強いだろう。
じゃあ、現実で獅子と素手で戦える人は、あちらの世界でもドラゴンに勝てる?
あちらの世界でドラゴンに勝てる人は、こっちの世界で獅子に勝てる?
多分……というか100人中の100人はゲームの中の方が絶対に強い。
けど、それが1000人……万……億分の一人だったら?
「武器、スキル、魔法……。あちらの世界では使えるけど、こちらの世界では使えない事っていうのは多い。けど」
「逆だって、沢山ある」
いつの間にか、皆こたつの中にぎゅうと詰まっていた。
身を寄せ合うように、寒気から逃れるように。
……怪談でもないのに。
けど、どういうわけか私も寒気を感じて―――部屋のふすまとかが空いてない事を確認したのち、保温してあった甘酒をくいとやり、続きを。
「件の私の親友―――彼女はね? 多分、この世界の人間で一番―――」
「違うわ、ルミ」
……。
おっと。
寒気の原因が分かった。
「―――生きとし生ける生物の中で。一番強いのよ、私は」
彼女が来た。
立っている。
私の背後に。
恐るべきは、背後に回り込まれた私自身は当然として、対面にいたユウトたちでさえ、今この瞬間まで彼女の存在に……私の背後に立ったこの瞬間になって、ようやく気付いたという事実。
―――またしても私の家のセキュリティが……プライバシーが。
………さても、さても。
左足を軸に身体を回転、彼女の肩に手を置く。
「というわけで皆さん、彼女を紹介しましょうか」
「ルミ。まずは再会のハグからじゃないかしら。抱きしめてあげるわ。ギューーっとね」
「お腹と背中が懇意になっちゃう」
もう二度と再会できなくなるよね、それ。
マーライオンの物真似はもう卒業したんだ。
「―――いつの間に……! この女の人……またマジック?」
「これもルミさんの仕掛けか何か、なのか?」
「……ちゃーう、これは」
「理解できないものを全部手品ってことにするなら、あの人たち三人は存在自体手品って事になるぞ」
「方向性も全く違いますけどね」
こたつの中で身を寄せ合って息を潜める五人。
しかし、連鎖の頂点に君臨する生物は一度私から視線を外すと、小さくて可愛い子供たちを視界に収め――――にこりと笑う。
「ふふふ。可愛いわね……そして気に入らない」
「あの」
「もっと言うことありませんか? 久々の再会なんですけど」
「成長したねとかないんす? あと気に入らないってなに? 私の胸の成長とか?」
「……ユウト、立ちなさい」
「はいはい……それで?」
「―――ふーん。私より背、伸びたの」
「意外ですか。あれだけ叩いて潰したのはむしろいい刺激だったみたいです」
………。
「ルミ」
「ほいさ。では、改めて」
例えば、老舗旅館に務める老齢の女将さんの所作。
例えば、その道数十年の刀鍛冶さんが刃の鍛造や焼き入れを行っている様子。
そういうモノに仰々しさがあるか。
彼女も同じ……右手をふっと軽く上げ、胸に手を当て一礼……肩から前に垂らされた一束の黒髪がさらりと揺れる。
彼女の所作には一片の不純もなく、どころか美しさすら感じる。
最も、それは皺も染みも存在しないパンツスーツを着こなし、芸術品のようなプロポーションを持つ彼女だからこそ。
「彼女は檜山朔夜。山川里しすたーずの一人で……」
「お初に、お友達さんたち。ルミのボディーガード兼マネージャー。お目付け役と総合演出も兼任してるわ。今のなんちゃらシスターズは記憶にないけれど、よろしくね」
「かっけー……」
「何か、格好良いね……。ところでマネージャーって……?」
「あら。言ってなかったの?」
「ルーキスよ? コレ。ほら、奇術師の」
「「………?」」
………。
これ?
「いや、そこじゃねえだろ」
「絶対そこじゃないですね」
「反応箇所違うってルミねぇ」
「む、口に出てたか」
多分寒いせいだ。
身震いが如く、思わず私の硬い口から声が漏れ出ちゃったんだろう。
………。
……………。
「「―――――」」
「優斗。どうです?」
「……死んでる」
二人はどうやら「さいきょうせいぶつ」の圧にやられちゃったらしい。
ちょうえりーとな女社長って感じの風体だからね、サクヤは。
暴力的な身体つきも相まって、純な男子高校生さん達にはいささか刺激が強すぎるよ。
「……あはは、はは。終わりだよ。もうこの世界のなにも信用できないっていうかルミさんが信用できないそうだ悪いのは全部この人だしいつだってふりまわされるし楽しさと驚きが濁流が如し」
「それなそれなそれなそれなそれな……確かに手癖悪いし金髪だし青目だし丁度時期同じくらいだったし何か似てんなーくらいには思ってたけどまさか性別詐称してるとは思わんやん既に受け入れて納得してる自分が一番怖ぇぇ……。夢か? これは夢なら覚めて……」
「引きこもっちゃった」
「たかしー、ご飯よー。お願いだから出てきて……こたつから」
「ルミねぇー、お腹空いたー」
だね。
親睦を深めるためにも、落ち込んだ彼等を励ます為にも。
おいしいものは全てを解決するんだ。
「うん、ご飯にしよう。落ち着いて、ゆっくりと話せば何事もなるさ」
「全ての元凶が何か言ってるわね」
「ブーメラン刺さってますよ姉さん」
………。
……………。
「もしかして常人の数倍の筋肉量がどうとかいうやつですか? ミスタチオン……とかなんとかの」
「えぇ、それもあるわよ」
「……も?」
「そ、もっもっもっも……」
「凄い食べっぷり……」
「マジで何処に入ってんだ? 朔夜さん……」
余ったからと大量に頂いた春の七草を天ぷらに。
これまた余ったお蕎麦を茹でて。
良いね、人が沢山いると。
まだまだ時間をかけて消費する予定だったアレこれがあっという間に片付いて……。
「ねえ、ルミ。もしかしてこのお蕎麦手打ちなの?」
「分かる?」
「えぇ、見てくれが悪いもの」
だろう?
「初期の作品でね。こういう時もある。何事も挑戦さ」
「―――そう言えば練習し過ぎて大量に作ったって言ってたな」
「今エナが食べてるのが後期の作だ。極限まで蕎麦の香りとコシをを両立した傑作で……」
「……美味しいです、凄く」
「当たり外れあるのね……」
「けど上達はっや……。あ、そうだ。朔夜さん。話戻しますけど、そういう筋肉の発達とかあると、やっぱり燃費も悪くなるんですか?」
「えぇ、実はね。一日に一万キロカロリーは欲しいわ」
「「?」」
「何者なんです? 本当に人間ですか?」
「人の皮被ったロボットなんです?」
「失礼ね。私はれっきとした―――」
「人間? 冗談だろ」
「筋肉の異常発達、異常色覚、反響定位、短時間睡眠、複数周囲の共感覚、硬結性骨化症……他多数。これらを同時に持ってるのは果たして人間に該当させて良いのか? 新人類人猿の間違いだろ。どうなってるんだ、進化は」
………。
どうなってるんだろう、うちのセキュリティは。
部屋の引き戸が開き、冷たい風が入ってくる。
………。
賑やかさにあてられたか、そこには黒髪の座敷童さんが一人……。
「トワ! 来たわね!」
いまに、サクヤはつゆの椀と箸を持ったまま両腕を広げてこたつを飛び出し。
入口に待ち受ける相手も、戸惑うことなく顔を綻ばせてそれを受け入れ……。
「いたいいだいいたたたた!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッッ!?」
「誰が類人猿ですって?」
「むぎゃぁぁぁ!? ギブギブ!」
「ギブミー?」
「のーー!」
「そら、その辺に。トワ、つゆはどうする? 関西風か関東風か……」
「聞くか!? 今の流れでッ!?」
ここからが私の蕎麦打ちの過渡期作が出てくるところだ。
1人増え得た所で、皆には更に消費を頑張って貰わないと。
「さぁ、味変の薬味もあるよ。成長期もそうでない子たちも、どんどん食べてね」
「わぁ! 山菜も一杯じゃない!」
「肉食わせろにく」
「んう? じゃあ、はいこれ」
ワガママな大人も大満足できる。
そう、私の特製蕎麦ならね。
「……?」
「燕皮麺」
「……。まさか、あの中国の?」
「そ。豚肉を小麦粉に練り込んで作った生地さ。独特のコクがあるよ」
「また知らない人が―――ね、ねぇ。優斗」
「あの人が……か?」
「……んま……、んま……そ。オルトゥスの開発者……管理者だな。そう言えば会うの初めてだったか?」
「あ、そうだったっけ」
そう言えばそっか。
一応、存在には触れてたし話題になったりはするけど、直接の対面はなかったか。
まぁ、あっちが説明してくれてるみたいだし。
「世界最高の頭脳と、世界最強の肉体。それとカモノハシ。檜山、黒川、月見里。あの三人が―――山川里シスターズだ」
「台無しだよ」
「それいつまで擦るんだよ。てかなんでカモノハシだ」
「ふふふ……。賑やかだ。ここは良いな、ルミ。あったかくて、美味しくて……」
「何連勤?」
「師走から数えて30くらい」
「「……………」」
「ルミさん、さっきのコネの話忘れてください」
「やっぱいいっすわ」
「そう?」
「「自分の道は自分で決めます」」
……何となんと。
子供がこういってくれるほど年長者が嬉しくなることはないね。
「ふふふっ。良い子たちじゃないか。楽しんでくれているか、諸君。私のゲームはっ」
「「えーーい!」」
「私達の、でしょ? トワ」
「……む。まぁ、プレイヤーあってのゲームだな、うん」
「お?」
引っ掛かる、サクヤのその口ぶりは。
けど……彼女の場合。
もしも彼女がそれを始めたとして、どうなるかは私にも想像できないよ。
「なぁ、朔夜さん。もしかして……」
「そ。私もつい一週間前から始めてるの、オルトゥス。皆、フレンドになりましょ?」




