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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第九章:パースト編

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第9幕:犯人とは




 証言Ⅰ 警備員(37)

 

 ―――えぇ、あなたがた異訪者と共に、怪盗への対処に当たっていました。

 激しい戦闘と応酬の末、しかして賊の姿を見失ってしまったところで考古学者と物理学者の両名から緊急の呼び出しがかかりました。

 

 急ぎ向かった所、企画展示場の講堂、その壇上で館長が……。

 ……はい。

 第一発見者は、その二人だと。

 私は検視などは専門外ですが、考古学者は医療にも精通していました。

 彼なら詳しい死因も分かるかと。

 はい、学芸員がやってきたのは私達より一足遅れて、ですね。

 騒ぎを聞きつけてとの事です。


 ソレと……これは推測にしかなりませんが、あれ程大きなガラスの破砕、それによる大音量などは館内の他の部屋にも届いていた筈……。

 或いは、怪盗はそれによって何らかの音を誤魔化そうとしたのでは、という可能性を感じました。

 



 ―――証言Ⅱ 学芸員(40)

 

 はい、その時刻は館内の巡回を行っていました。

 丁度、最奥展示室の真反対……特別展示室にも若干の距離がある展示場です。

 アリバイというには弱いですね。


 ですが、まさか。

 あの館長ですよ?

 彼は未来すらも見通すと言われる程の御方で……、あぁ、いえ、申し訳ありません。

 確かに騒ぎを聞きつけて駆け付けたのは私が最後だったようですね。

 女性の―――恐らく物理学者の悲鳴だと思いますが。その音で異変に気付いたのです。

 まぁ、様々な展示がありますからね。

 精巧なもの、凄惨なもの……館内ではままある事ですから、今ある作業を終えてから、と思ったのですが、よもやこんな事になるとは……え?


 他に音、ですか?

 いえ、特には……ガラスの破砕音、或いは何らかの射出音……ふむ。

 特には、何も。

 外への窓ガラス? ―――あぁ、そういう事ですか。

 あの部屋には完全防音の設備があった筈ですから、気付かなかったのはその影響でしょうか。

 



 ―――証言Ⅲ 物理学者(24)


 ぅ……はい……、えぇ。

 いえ、すみません……。まだ精神的に調子が十分ではありませんが、少し落ち着けました、有り難うございます。

 ……。

 そう言って頂けると、とてもありがたいです。

 では、少しずつで宜しければ。

 ……考古学者と共に展示室の調整を行っていました。

 はい。

 えぇ、そうです。

 館長から休憩を取るようにと勧められて、一緒に講堂を出ました。

 

 ……いえ、これも仕事でしたから。

 特別展示場の講堂は広く、ステージの上にも遮蔽物になるようなものはありません。

 遠距離からでも、近距離でも、何かしらの害を与えるのはそう難しい事ではないでしょう。


 動機……。

 いえ、私達は皆感謝こそすれ、館長に対して恨みを抱いているようなものは居ない筈です。


 私の悲鳴……ですか?

 いえ、すみません。

 発見時は気が動転してしまっていて、周りの状況も……多分、叫んだような覚えもあります。

 



 ―――証言Ⅳ 考古学者(65)



 うむ。

 簡易的な検査の結果、館長の死因は何か鋭いもので胸部を穿たれたことだと思われるな。

 まだほんの20分も経っておらんだろう。

 精度? ……死んだばかりの人間はそう多くおこなってなどおらん、あくまで目安よ。

 儂の専門はあくまで適切に保存された屍ゆえな。

 

 ……動機?

 これが原因で閉館などなれば、それこそコト。

 そのような真似、儂がすると思うか? 増してこんな非力な爺が。


 ―――物理学者が?

 あぁ、叫んでおったとも、あの娘っ子は耐性がまだ途上であるからな。

 老いた儂でも聞こえるのだから、耳の不自由な者でも聞こえる程度には大きかったわ。

 ……娘っ子は館長の事を慕っておった、気の毒な事じゃ。

 

 

 ………。

 ……………。

 


「情報を整理するか……。犯人は男か女で、推定年齢は10~70歳。髪があり、服を着ている」

「今わかってんのはこんくらいかね? 探偵さん」

「えぇ、黙っててくださる?」


 

 ふむ。

 その情報が確かなら、事件は迷宮入りの可能性も出てくるね。

 とどのつまり実がないって事だ。


 大真面目な顔でまっさらなホワイトボードを掲げるリーダー格と、それに頷く警察たち。

 呆れた様子で頭を抱える探偵さんも添えてバランスも良い。


 ……と、遂に我慢の限界が来たかマリアさんがボードの前に躍り出て。


 

「では……ここまでの話を整理させて頂きます。皆さんちゃんと聞いてくださいね!」

「「はぁーい」」

「職員さん達に伺った限りだと、それぞれのタイムスケジュールにおかしな点などは無いように思えます。重ね、言動の齟齬も。ですが、ある意味ではアリバイの意味合いも不確かというか……殆どあってないようなものとも言えますわね。いっそこの辺りは深く考えなくて良いのかと。それで……犯行現場からして、一番可能性が高いのは事件現場に近かったお二人ですが……」

「凶器も見つかってないからね。事件解決にはその辺も欲しい所だよ」



 考古学者ワーズさん曰く、死因は鋭い何かで刺されたことによる「刺殺」

 とはいえ、そんなのこの世界にはありふれているだろう。


 刃物、飛び道具は勿論だし……。



「遠くから狙いを付けて魔術でってのも考えられるな。風属性だって水属性だって。地属性も出来る。上位派生なら何でもありだ。怪しい箇所って言われてもなぁ」

「マリアさんの言う通り、タイムスケジュールとか証言で断定するのは難しいだろうね。現実準拠ならまだしも、この世界には不確定要素があまりにも多いから」



 現実世界のように、指紋やアリバイ、監視カメラといったものも何処まで信用に値するやら。

 そういう世界で推理っていうのは実に難しいんだ。

 増して、怪盗さんのショーを見せられたあとだと余計に。



「うん、うん。身に染みてきた所で……そういうわけだからこそ、クエストの本来の目的、そして用意されたヒントを適切に解する事が必要になってくると思うんだ。皆で知恵を出し合って考えようね」

「……では、原点に立ち返り。差し当たっては怪盗の残した言葉、ですわね」



 今一度思い起こされるのは怪盗の放った言葉。

 ―――謎を知る者は既に死せり。なれば死の名を読み解けよ、汝が真実を暴くものなれば。建国の神話を読み返せ。裏切り者の名を示せ。武器を捨てし、者の名を……と。


 まず間違いなくこのクエストにおける対象―――「裏切り者」を指す暗号。



「取り敢えず、謎を知る者は既に死せり。これは、多分……」

「モルス館長のことですね。単純に、犯人を見たのは彼だけというお話かと」



 恐らくその通りだ。


 しかし……死人に口なし。

 彼から話を聞ければそれが最善なんだけど……。



「どうする? やっぱり取り敢えず起きてもらう?」

「「待て待て待てッ!!」」

「ゲーム性も何もあったものじゃないですわ!」



 蘇生案却下。

 そもそも、死亡から時間が経ち過ぎているというのもあるね。

 私の蘇生術”極光の祈り(アウローラ)”を使ったとて……多分、私の一次職レベルが一に戻るだけで終わる予感。



「冗談だよ。出来ないさ。蘇生魔法なんて、案外万能じゃない。けどさ? 歌うくらいなんだから、それも意味のある言葉なんじゃないかな」

「―――……ダイイングメッセージ、ですか?」



 速い話がね。

 謎を解くカギは、やはり館長さんにある。

 何かないかなって……もう粗方は調べ尽くしたか。



「死の、名前……あのォ」



 今一度皆が遺体の周辺をキョロキョロしていると、盗賊A君が小さく手を挙げる。



「今思い出して。俺神話とかよく見るんすけど、死って、確か……ローマ神話の神様だかなんかに、マルス? ……いや、モルスってのが居たような」

「あ、某も同じことを。死神……というより、死の女神と言うべき存在でござる」



 あぁ、そうだね。

 ローマ神話で言う死の女神。

 或いは、ラテン語で言うワードそのものとして、mors―――即ち館長さんの名前は「死」を表している。



「―――死ぬこと既定路線かよ」

「とんでもねえフラグだったわけね。あんだけ大物感出しておいて。んじゃあ、アガーマン……。マンは男っしょ? ……アガーって? タカモリ」

「いや、それは……」

「やっぱ電脳の力を頼って調べる? おーい」

「りょーー。けどヒットするかは分からんよー?」



 チャラオ君の言葉に進み出る一人。

 彼の二次職は確か……ワタル君と同じ、【翻訳家】 

 そのままの意味で翻訳機能のスキルがある筈。

 最も、英語や中国語、或いはフランス……当然古代言語は例外としても、あくまで主要な言語の幾つかに訳せる程度らしい。

 その辺もレベル次第かな。



「―――……なッ!?」

「どうした!」



 けど、今回は上手く行ったのかな。

 突然仰け反る彼は果たして何を見たか……皆興味深げに身を乗り出して。



「英語で―――」

「「英語で!?」」

「……寒、天」



 ―――寒天。

 美味しいよね、寒天。

 ひんやり爽やかで、歯切れが良いゼリー……或いは黒酢や青のりなんかでところてん。

 私和菓子とか好きだから、黒蜜や餡子なんか掛けちゃったり。

 

 

「アガー、マン……。つまり……寒天男?」

「なわけ!」

「ふぅむ……。大事なのは前半部分だけなのでしょうか?」



 名前に関しては手詰まりかな?

 その後はサイレンスさんやクリーンさん、職員さん達の名前も検索してみるけど……意味は大体わかったようなもので。

 


「―――ワーズさん、建国の伝説について教えていただけませんか?」

「……建国の神話。では、何を知りたい」

「じゃあ、裏切り者っていうのは? 伝説自体に、そういう人の存在ってあったりするのかな」

「……………」



 話は移り変わる。

 怪盗さんの残した言葉の一つ―――建国神話の謎だ。



「帝国の建国紀に登場する五人。即ち初代皇帝と四大貴族家の長ら。彼等は、それぞれが特別な才に秀でておった。剣士は一騎当千の武威。槍使いは第六感的とも言える直感。弓術士はあらゆるものを貫く剛力。賢者は、見通す眼を」



 通商都市の初代、穏やかなる狼人種の剣士アーク

 鉱山都市の初代、耳の不自由な人間種の槍使いパピルス

 城塞都市の初代、精強な妖精種の弓術士シャーリー

 学術都市の初代、見通す賢者クライト・ララシア


 それぞれが歴史に名を残す程の英傑。


 考古学者さんが語るは、初代皇帝達と大妖魔との戦い。

 決戦の地は現在の帝国領の東も東―――四大都市が一角、城塞都市。


 初代皇帝の統率により彼等の士気はこの上なく。

 剣士の一撃が魔物の軍を割り、賢者の瞳と槍使いの直感が活路を拓く。

 そして、弓術士の放った鏃の一撃が遂に妖魔の脳天を捉え、地へ引き倒し隙を作る。


 と来れば後は軍の力でゴリ押し。

 転んだ相手を皆でポカポカ……やがて大妖魔は沈黙し、その身体は崩れ落ち……魔物たちは、全て下敷きになってしまいましたと。 

 どれだけ大きかったの? 大妖魔。


 あとララシアって、ステラちゃんのお家だよね。

 彼女、学術都市の貴族家と繋がりがあるのかな。



「そして、迎える戴冠式。完成した冠を皇帝が手にし、誰もが完全なる平穏の到来を実感していた」



「その披露宴にて……冠を管理しておった賢者が何者かに殺害されるまでは、な」

「「………!」」

「状況として、そこは完全に密室。宴の席に外部から闖入できる者もなし、犯人は内部に居ることは確定的であった」



 ―――それって。



「この状況と似てる……ってコト!?」



 何とはなしに始まったこのクエスト。

 だけどこれは、当時の再来という事も出来るわけだ。



「ただ、賢者が管理しておった冠、それ自体に異常はまるでなく。偽物とすり替えられていたという話でもない。……何故、賢者は殺害された?」

「賢者の死。その犯人は、歴史の謎なのです。何故、見通す眼を持っていた程の存在がそれを予知できなかったのか」

「絵物語として、課題と言いますか……」



 皆熱く語ってくれるね。

 流石博物館勤めなだけある……幼いころから聞かされたかのような熱意。



「……自分がいなくなることでむしろいい可能性が見えた、とか?」

「自己犠牲キメェよ。普通に油断してたんだろ」

「うむ。であれば……もしも賢者の不意を突けるものがいるとすれば、それもまた共に旅をして能力の性質を知っていた者たち、そして同格の英雄と呼ばれる程の実力者であった者らしかあり得ぬ、という事じゃな」

「―――考古学者さんは、やっぱ初代皇帝たちの中に犯人が居たって?」

「そういう解釈もできる、という話じゃ」



 考えてみれば、そうか。

 館長を賢者だとすれば、その仲間は皇帝を含め四人。


 今回の被疑者の数と同じ。

 


「また、賢者は死の間際、最後の余力をもって()()()()()()()()……。そうメッセージを残したとされている」

「王の中の王……? ―――って、皇帝?」

「やっぱ犯人は初代の皇帝さんか。事件解決だな! 武器持ってねえし!」



 武器を捨てし者……と。

 単純に考えればそうだね。

 実際、前情報とも合致する……けど。



「単純すぎでは? 普通に皇帝バンザイ、みたいな感じなのかとも思えますが」

「だね。その上、いまこの中にそんな王様って言葉に合致するような人なんて―――んう?」

「あ?」

「「……………」」



「おいおいおいおいおいおいッ!?」

「いましたわね、盗賊の王。実際邪悪ですし、もう犯人」

「それ言ったら博物館の名前とかどうなんだよ! じゃー悪! お前も悪!」

「……ライブ・ラ・エビル。確かに博物館の名前としてはどうなん? エビルよ? 邪悪」



「今更ながら、ライブラって天秤座でござるね。十二聖天と関係ありそうでは? コレ」

「けど、天秤座の12聖は皇国所属です。黒鉄の機銃ライブラ・バベル」



 私にとっての黒鉄はお店の名前だよ? 


 ……と、いつの間にか脇道逸れて雑談に。

 こうやって時間が過ぎていくんだ。



「いっそあてずっぽうで行くか。あくまでゲームだ。外しても悪いようにはならねえよ」

「そんな身も蓋も……」

「レイド君の言う通りかもね」

「ルミエールさん!?」



 あぁ、違くてね。



「いや、ほら。ちょっと難しく考えすぎかもよ? マリアさん。答えは、もっと単純……それこそ、推理なんて答えを知ってからでも遅くはないと思うんだ」

「……はい?」

「一旦犯人決めつけちゃってさ? その後から逆算で動機付けして……、行動の怪しい箇所を推理して……」

「逆転の発想やね」

「ありっちゃあり……なのです?」



 ダメ押しとしてもう一言欲しいな。

 言うなれば……そう。



「意味を成さない言葉にこそ、真に意味があるのかもしれないよ」

「………また深いのか浅いのか」

「浅いとも。テングサって知ってる? 寒天の材料。浅い海に生息してる海藻なんだ」



 子供の頃。

 まさかあんなに美味しいゼリーの材料が海藻なんて思いもしなかった、と。

 ……こうだ。

 こうやって頭を空っぽにしてリセットしてさ? それから考えるのだって―――。



「意味のない言葉……。まぁ、確かにアガーマン……,、寒天男なんて……」


 

 ………。

 ピシと、マリアさんの表情が固まる。

 まるでカサカサに乾いた寒天……或いは厚化粧に罅でも入ったみたいな―――。



「……ルミエール、さん!!」

「あ、ううん。別に深い意味はないよ? ほら、いい意味で……」

「紙と―――紙とペン! 持ってましたよね!? ありますよねぇ!!?」

「あ、うん。新聞の折り込みチラシ裏で良いなら……」



 飛び跳ねるように顔を近付けてきた彼女の気迫に押されて紙を渡す。

 ひったくるようにクロスワードに使っていたペンも取り上げられて、今に彼女は血気迫るような表情で走り書きを始める。

 乱雑に床に座り込み、お清楚なんて知らん顔。



「―――でも、それなら……。アガーマン……? ……アガー、マン」



 幾度と文字を書き連ね、連ね。

 ………。


 私が、レイド君が……皆が。

 全員の視線が集まり、注目を集める中で……マリアさんはただひたすらに床に広げられたチラシの白紙に似たような言葉ばかりを書きなぐる。


 ……うん。

 解けたみたいだね。

 ここからが彼女の本領発揮。

 じゃあそこから逆算して……納得できる推理、いけるかな?



「―――分かりましたわ」



「一人だけの裏切り者。確かに、居ました」

「「!」」

「思えば、その人の言動には確かに怪しい所もありましたわ」



「そもそも、これは推理ゲームじゃない。ルミエールさんの言う通り、道筋から正解を求めるのではなく、逆でも良かったんです。答えは、ずっと転がっていたんです。怪盗の協力者? 或いは、事件の首謀者? そもそも、答えは敢えてぼかされていた」 



 私が認めた探偵さんの声は、静寂の訪れた空間に良く轟き渡った。

 そして、その指先は只一人を指し示す。



「ただ一人、武器を捨てし者。それは、あなた。―――裏切り者は、あなたですわ!!」

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