第7幕:記憶の中の怪盗
「構成するは不変銀と、規則的に配された大小さまざまなクリア・ダイヤモンド。そして頂に座する象徴的スターサファイア」
「言わずと知れた帝国の象徴―――国旗のモデルでもあるこの至宝の伝承。それは帝国建国時、力を持った英雄たちの成した偉業に起因します」
それは、古い逸話。
今よりはるか数百年前―――突如として深淵より人間の領土へ出でた強大な魔物。
竜の姿をとり、百メートルを超えるかという巨大なそれの進撃は、大陸の人々をたいらげ尽くさん勢いだった。
今でこそ人界の国家は三つだけど、当時は今よりもっと沢山の国々が乱立していたらしく。
大魔の影が落ちるや、幾多の国が滅びた、沢山の命が消えた。
終わりなき絶望の大穴へ突き落された人々はいつしか天の星々へ祈り―――そして、その祈りは確かに届いた。
やがて現れる、揺るがぬ強き信念と人を惹きつける才を持った青年。
たぐいまれなる剣士。
この人ありと言われた槍使い。
比類なき知恵を持つ術師。
そして百発百中の射手。
いずこから集った彼等は五人一丸となり深淵の大魔に立ち向かい、やがて強大な魔を討伐、再び地の底へ封印した。
「そして、荒野となった土地に人々は集う。無論、英雄たちの旗のもとに。彼等の纏め役だった青年は帝国の初代皇帝となり、四人の仲間たちは領主に。これが四大貴族と帝室の長く深い関係へと変わって行くのです。そして―――」
この物語には続きが……一つの予言があると、語り部は言い。
「この至宝は、鍵なのです。至宝が崩れし時、無明の彼方より失われた楽園が地上にその姿を顕す。世界の崩壊は避けられぬ、と。学術都市の初代領主……遥かなる知恵者であった術士の予言では、そう語られております」
語り部……博物館長モルス・アガーマンさんの言葉と共に、不穏な音楽が流れ屋内の灯りが消える。
「ですが、皆様。ご安心を」
「たとえ地上より光が失われても、輝けるただ一つの至高の星天。即ちクリプトセントは不滅なり。英雄の問いに応えるよう、また多くの英雄は生まれ落ちる。それはまさしく満天の星々のように。我ら歴史の天秤ライブ・ラ・エビルは後世まで至宝を護り続けることを約束いたしましょう」
それは、さながらプラネタリウム。
ドーム状だった屋内の天井に、幾つもの……現代社会の空では久しく見られなくなってしまった満点の星が浮かび上がり。
やがて拍手が巻き起こる。
年末のこの時期に行われる「星の根源展」……デモンストレーションとしては実に良い宣伝効果を生んでいるようだ。
「失われた楽園―――ね……。ムー大陸か何かか?」
「アトランティスでは?」
「レムリア大陸っしょ」
そう、これは特別展。
博物館の展示っていうのは年中殆ど変化のない常設展と、こういった期間限定で一つのテーマを深堀する特別展に分かれるんだ。
今回の星の根源展で言えば、普段はお目にかかれない帝国の歴史にゆかりのあるものが沢山展示されたり。
にしても期間限定って良い言葉だよね。
私弱いんだ。
重ねて言えば、同じ本も映画も何度でも見直すタイプ。
もう一回さっきのお話きこっと。
……次の予定は二時間後だね。
席に座っていたお客さんたちはまばらに立ち上がり、他の展示館へと歩みを進めていく。
そんな中で、私は未だ席を立てずにいた。
「……ふーむ」
「ルミエールさん? メモなんか取ってどうしたんですか?」
いや……ちょっと、ね。
ふむ……ふーむぅ。
「マリアさん、アナグラムって知ってる?」
「……。えぇ、と。確か、文字の並べ替え―――でしたか?」
そう。
特定の言葉を並べ替えて、別の意味ある言葉にするという一種の「言葉遊び」
例えば、「あるひ」だったら「あひる」になるわけだね、カキカキ。
「……で、どうしていきなりそんな話を?」
「ううん。世間話」
「世間……? どの辺に世間があるのか……本当に貴女って不思議な人で―――」
「川に雨……にわかあめ。うん、そうだね。カキカキ……」
「クロスワード!」
「アナグラムクロスワードだよ? O&Tの朝刊に載ってたんだ」
あのギルドが発行する新聞には毎回こういうのがあってね。
私これも好きなんだ。
この為に新聞を購読していると言っても良いよ。
「本当に何考えてるのか分からないというか意味不明というか……。どういう育ち方をしたらこうなるやら。貴女ってのほほんとしてるようで、実は及びもつかないくらい沢山の事を一度に考えてますよね?」
「あ、わかる?」
「……それは」
「そうなんだ。実は今頭がパンク寸前でね」
「クロスワードの話じゃないですわ」
「ふむ……、うむ? あぁ、ここはこうで……」
「ルミエールさん」
「―――考えすぎて良いんだ。世の中には、何も考えない方が幸せっていう人もいる。それを、私は否定なんかしない。けど、私個人としては、考えてた方が楽しいんだ。ずっと、ね」
会話をしながら枠を埋めながら先の公演の感想もねん出する……結構大変。
けど、そろそろクロスワードも埋まってきた。
ステージの方では、次の公演に向けて準備が行われている様子で。
「―――貴女の過去、もっと聞いてみたいんです」
「んう?」
「ユウトさんたちとの出会いとか、その辺は過去に聞きましたけど。あなた自身の事は殆ど分からないままですし……」
っと、お隣さんから。
マリアさんは一緒に私のクロスワードを覗き込みながら、しかし心あらずといった様子で。
私の過去? っていうと……半生?
残念ながら今回の特別展の企画は私の自伝じゃないんだけどな。
「そんなの、気になる?」
「です。というか、当然です。今では私もこっち側なんですから……! およそ、常人とは乖離しまくりだとは思うんですけれどね」
「酷い言いようだね。友達なのに。親しき中にもメークインだよ? 非常識だよ」
「非常識の塊で存在自体が嘘みたいな人に言われたくありませんわ。それより、何処で諸々の技術を? 一番楽しかった国は?」
今日の彼女は情熱的だ。
プラネタリウムデートでムードが上がってしまったらしい。
「諸々の技術だって、独学じゃあないでしょう? 貴女の師匠って、どんな人なんですの?」
「―――む?」
師匠。
私の師。
「それは勿論お爺様だよ」
独学と言えばそうかもしれない。
けれど、多くを積み上げる強固な土台をつくれたのは全て彼のお陰だ。
「お爺様? ―――どんな人なんですの?」
あ、知らないんだ。
いや……むしろ当然なのかな。
「まぁ、無理もないか。今のマリアさんくらいの世代でお爺様を知ってるのは余程の手品オタクか、歴史を漁ってるようなコアなファンくらいだろうからね」
「過去の人なんですね」
「それはね、お爺様だし」
「そういう意味じゃなくて」
現役で活躍してたのって、それこそ二十幾つとか、三十年前とかにもなってくるだろうし。
「ここ数年何故かあっちで手品ブームみたいなの起きてたけど、それでようやく掘り起こされて、でもまたすぐに忘れられちゃう……元よりそのものが古い界隈だし」
「まぁ、手品なんてテレビくらいでしかお目にかからないって言えば……」
それ自体を知らない人は殆どいないだろうけど。
じゃあ、マジシャンを目指している人がこの世界にどれくらいいるのかって話で。
それでも、界隈から見れば星の数ほど。
一瞬でも、一時でもソレを目指そうなんて考えた人、出来たら格好良いだろうなって……そう考えた人は沢山いるだろう。
その上で、結果を出せた人の数など……。
「沢山輝いて、光を齎して。沢山の人に知られて、隠居して……」
「そんな人知ってますわ」
「ふふ。それで……―――。とっても、羨ましいよね」
「―――羨ましい? ……とっくに世界一になった貴女が?」
……おっと。
私とした事が。
「さて。ぼちぼちいい時間にもなってくるね。行こうか、名探偵さん」
「あっ。ルミエールさん……!」
この話はいったんおしまいだ。
新聞を畳み、彼女の手を取って次なるデート地点へと急ぐ。
そろそろ、時間だ。
………。
……………。
「やぁサイレンスさん」
「何もお変わりはないですか?」
「……これは、皆様」
集まった皆でゾロゾロ。
警備の確認と、件のお宝が展示されている展示室に行くと、そこでは警備責任のサイレンスさんがいて。
物理学者のアークセットさんと考古学者のワーズさんの姿もある。
何でも、展示設備の最終確認らしい。
「館長さんから、この後の動きはアンタに聞けって言われたんだが、いま聞いても良いか?」
「えぇ。その件でしたら……こちら。配置は、このようになっております」
合流したレイド君の言葉に、広げられる館内の見取り図。
警備員の配置から何から、色々と描かれているようで。
「守りを固めてるところ、魔法不可エリアも……こんな詳細に」
「ほう、ほう……全部見せてくれるもんだね」
「無論、額面通り……ここに描かれているすべてではありませんが、基本的な事は包み隠さず伝えてよいと館長が」
「まぁ、予告時間直前っていうのもあるよな」
仮に私達が怪盗の一味だとして、今更話し合って作戦を立てるような時間もないからね。
曰く、私達は自由に動き回って痕跡を追って良いという事で。
クエストの文面は未だ不明のままだけど、恐らく怪盗さんを捕まえればすべてわかる事だろう。
まさか逃走補助がクリア条件だとも思えないしね。
………。
記憶の怪盗より、悪魔の天秤へ。
来たる12.31大晦日、一等の星々が輝きを始めた空のもと、帝国クリプトセントの至宝たる最上の輝き星【至星の雫】を頂きに参ります。
皆様に置かれましては、それまでに極光星とのお別れを。
皆様の明日が、優しい夜明けで始まるように……。
「―――怪盗メモワール……」
O&Tのギルドポストにポイされていた予告状。
兼ねてより、怪盗さんが何かを盗むときはあのギルドに予告状が届いていたらしく。
「始めのうちはあまり大きく取り上げなくて、新聞の片隅に留まっていたけど……話がどんどん大きくなるにつれて、見出しは大きくなり、そして今現在に至る、と」
「―――ところでこの最後の台詞、どっかで聞き覚えあんね」
「……うん? でござる?」
「―――PLが、NPCの所有物を盗む。可能か不可能かで言えば、まぁ可能だな。普通に」
「専門家的にはそうなんだ」
「誰が専門家だ」
で、実際に試した事のあるらしいレイド君達に曰く、ソレは「可能」らしく。
「勿論、現行犯なら当然キルされますし、大事になれば都市そのものを追放されるってこともあり得ます。領主にはそれだけの権力があるわけですからな。その上、個々に強大な軍事力を保有している。相手にするだけ馬鹿な話です」
とはいえ、可能というのはあくまで一般のレベル。
都市や国家単位ともなると、一ギルド単位でも事を構えるのはまず不可能。
だからこそ、本格的に私達なんかが出来ることがあるのかと思うわけなんだけど。
「レイド君―――は例外として、盗賊君達も現状4htなんだろう? 彼等に勝てそう?」
「「……………」」
私がちらとサイレンスさん達を伺うと、レイド君達も横目でチラ。
黙りこくった彼等は真剣に考えこんでいる様子で。
「一対一なら、恐らく勝てるっしょ。あのムキムキ警備長以外は。相性にもよっけど」
「問題は集団戦ですな。我々は元より個人プレーの集まりたる烏合の衆……。連携力など、欠片たりとも―――」
「これは、皆様お揃いで」
「「っ!」」
「おや、クリーンさん」
「来館者の方々の行動エリアは制限しました。これで争いに何者かの介入は避けられるでしょう」
ヒソヒソ話に合わせての登場で皆ちょっとびくっとしてたけど、学芸員のクリーンさんも到着し、これでほぼ全員。
次の公演の準備をしているだろう館長さんを除くネームドのNPCさんが揃った。
そして、予告の時刻も……。
「星々の輝き始める時刻―――まぁ、確定的にこの時間って決まってるわけじゃねえが」
「ノッてきたねぇ……」
「警官としての職務を全うしましょうぞ」
「……盗賊の裏切りに注意ですわね。条件によっては寝返りかねないですし。あぁ、あと……失礼」
「んう?」
マリアさん? どうして私の両手を後ろで縛るんだい?
「一応」
「いちおう……?」
「まあ妥当ですな」
「やね」
「容疑者候補から完全に外れたわけじゃねえしな」
そんなー。
私じゃないって何度も言ったのに。
哀れな探偵助手さんを囲むまま、人相の悪い探偵団は皆が思い思いにカウントダウンを開始する。
年明けの話じゃないよ? あくまでゲーム内時間の夜であって、現実ではまだ日中なんだ。
「さん」
「にー!」
「いち……。と」
―――。
―――――。
天井までが非常に広大な展示空間に存在していた大時計が、時間を告げるように重厚な音を立てる。
……。
暫し、室内を静寂が支配した。
『さぁ、皆様。お時間です』
そして、パチリ―――と、手に持ったコンパクトが閉まるような音が水の一滴のように静寂に波紋し。
男とも女とも取れない声と共に、ソレは現れた。
黄金色の髪を一本に束ね、肩から前へ流し。
仮面の奥にある蒼の瞳と、黒と青で構成され、紅の裏地がはためくマント……外套で決めたコーデは妖しげな統一感がある。
極めつけに、右手を胸に左手を大きく広げるポーズは……まさしく。
「おい、おい……まさかだろ……?」
「アレって……!」
「まさかっっ―――奇術師……、ルーキス……!?」
◇
「―――奇術師ルーキス!?」
「―――む?」
誰かと思ったら、知った顔だ。
けど、直接会った人じゃないような気もする。
おかしいな、何処で会ったことあるんだっけ。
「ルーキスって、あの……?」
「えぇ! 最後の公演で文字通り姿を消した―――手品師の振りをした魔法使いとまで言われた、稀代の大魔術師ルーキス……! 本当にそっくりそのままの……!!」
「ほらね? やっぱり私じゃない。早くこれほどいて―――」
「取り敢えずノーです!」
そんなー。
おかしな話だよ。
彼はとっくに引退して姿を消した筈なんだ。
そんなのがこんな場所でゲーム三昧でかつ世間様の役にも立たない悪い事を繰り返しているだなんて、見損なった。
『役者は―――概ね揃っているようですね。ライブ・ラ・バベル正職員の諸君。そして……おや、警察に探偵まで。総出での歓迎、痛み入ります』
吹き抜けの構造である展示エリアで、大時計の文字盤を背に。
まるで宙に浮いているかのように空中に留まる存在は、再び気取ったような一礼をする。
男性とも女性ともわからない、ボイスチェンジャーで加工されたような機械的な音声。
その声までもが、どうにも何処かで聞き覚えがあって。
「―――おい、おい……まさか、本当にあのマジシャンさんなのか?」
「天下の奇術師も所詮ゲーマーだった、ってコト!?」
「サイン貰えないですかな」
「いえっ、そんな筈……! ルミエールさん……!」
「私見られてもね」
見比べられても困るよ。
けど、彼女にとっては一人しか存在してはいない者が確かに複数人居るという事実。
「悪魔の天秤の名に懸け、引っ捕えぇぇぇ!!」
「「―――――」」
今に、警備員さん達がカラーボール染みた球形のものを投擲し始める。
内装を傷つけないのかと不安にもなったけど、それは空中で広がりネット状に……捕獲用ボールかな。
怪盗さんはマントを翻し、私の目には捉えられないような速度でそれらを回避する。
「……姿を消した筈の存在がいる。しかも、別に誰かが願ったわけでもない形で。生き恥みたいに。……つまり亡霊だね?」
ここまで静観を決め込んでいたけど、これに関しては私もちょっと不本意なんだ。
迷い出た亡霊さんを案内するのは聖職者の役目だし。
「取り敢えずその空中浮遊のトリックの種を見せてもらおうね。まずは―――これさっ」
「“小鳩召喚”」
前情報通り、この空間内では魔術は使えない。
だから警備員さん達も他の方法で対応しているわけだけど……私にはこれがある。
弓矢や投擲とは一線を隔す、ホーミングミサイルぽっぽだ。
現れた五羽もの尖兵さんたちは、連携しながら怪盗の足元へ飛翔する。
「出た! ルミちゃんのお家芸! レッツゴーハトポッポ!」
「その愛くるしさと動物愛護を盾に相手を一方的に殴る……、まさに攻守においても完璧!」
「さすがだぁ!」
「……なにが?」
人聞きはどうあれ、効果的だろう?
さぁ、あちらの出方は……。
『―――そう来るならば……ふむ』
―――。
私が放った必殺の一撃「白の弾丸」
それは何と、相手が放った「黒の弾丸」にころころほっほほっほと撃ち落される。
ついでに、流れ弾の捕獲用ボールが当たって一羽捕まる。
あれ、暴れる程に締め付けるタイプの網なんだ―――とか、今はそっちじゃなくて。
「「カラス!?」」
こちらがハトならあちらはカラス。
このぽっぽ召喚術に亜種があったなんて……!
野生においても、雑食のカラスはハトも卵も雛も食べられちゃうわけだから、相性はまさしく最悪だ。
「勿論、都会には他にも餌が沢山あるから敢えては襲わないらしいんだけど―――」
「雑学はあと! 皆さんもであってであって!」
「―――あぁ、皆様も使いますか? ボール」
「投擲物は専門外なんだがなぁ」
「「おなじーく」」
撃ち出される攻撃を、悉く回避。
華麗に空中を跳びまわる賊。
実際、PLとしての実力と判断能力はかなり高そうで……しかし、こちらだって。
「逃がさねえよ、怪盗さん」
「シャルウィダンス? おれっちたちと踊ろうや」
『……ほう』
対人戦闘力なら、およそレイド君達はトップクラス。
それこそTP並みだ。
短剣を握るレイド君とチャラオ君が壁を駆け上がるように宙へ踊る。
前情報に反して連携の取れた双撃は、鮮やかに怪盗さんを捉えにかかる―――けど。
「ありゃ?」
「ふぁ!」
『―――ふふふっ。残念』
「では、某が―――」
『それもハズレ』
レイドくん、チャラオ君、タカモリ君の盗賊三人衆が。
傍若武人のトップ3がまるで翻弄されている。
空中で動きの軌道を変えているとすら思える、恐ろしいまでもの回避性能……!
「そんなっ―――敏捷のステータスが高すぎますわ……!」
本当にそれだけかな。
一見、アレはまるで未来視の域。
それこそ、騎士王くんやユウトと同じ。
或いは、ハクロちゃんのような戦闘直感のような。
―――否。
その、どれとも違う。
アレは複数の要素からなる、タネも仕掛けもあるタイプ……単純な能力の高さから繰り出される、純然たる技術だ。
「“小鳩召喚”……“視界生成” ―――そらっ」
舞い踊る捕獲玉、何故か数名捕まっている盗賊さん達。
混沌とし始める状況の中、螺旋を描いて飛翔し続けていたカラスさん達の視界を塞ぐようにして、嘴に黒のハンケチを加えたハト君達が飛ぶ。
まさに館内大混乱。
『―――これは……』
「おっと? 急に動きが鈍くなったなぁ!」
「………!」
「俺っちがもらっ―――ぶべぇぇ!?」
「何と―――ガラス!」
出たね、空中歩行の絡繰り。
ほんの一瞬、一瞬だけ怪盗さんは反射率の殆どないガラス板を壁の取っ掛かりや空中に出現させ、それを足場に空中移動をしてるらしい。
勿論現実ではほぼ不可能だけど、この世界ゆえの能力の高さと何かしらのスキルで補ってるんだ。
で、今みたいに本当に危ない場合は相手の動きを制限する事も出来て……その間にくるりと一回転のまま回避。
その機動力にはやはり恐るべきものがあるけど……。
「……鏡界製作。それも、同じ」
「ルミエールさん?」
「怪盗さんね……私と同じく、カラスくんの見てる視界を共有してる。それに、ガラス板。突然現れたのも……全部」
『こういう事も出来ますよ、警察諸君』
「「!」」
「―――マジかッ!」
種が割れたと思った次には新たな引き出し。
間近に迫ったレイド君の刃を、今度は斜め上へと宙を飛び上がり回避……よもや、カラスさんを足場に……!
なんて格好良い―――じゃなくて、なんて酷い事を。
動物愛護団体が黙ってないよ。
私の能力値じゃ、海上を歩けても空中を歩行するのは流石に不可能。
でも、彼には出来てる。
あれって、一見私の二次職である手品師と同じようで、戦闘にも使える……本当にそういう能力なのかな。
言うなれば、手品師を基にした一次職―――。
「手品師の戦闘ばーじょん。発展形みたいな一次職なのかな」
「ユニークってコトですか!」
恐らくね。
こっちと違って、多分変装のスキルとかも……。
『ふふ―――やはり、貴方が……貴女こそが……』
不意に、怪盗さんが私を瞳に捉える。
全部聞こえてた? 凄い地獄耳。
奇術師ルーキスの姿をとった、しかし決して本人ではない何者か。
彼は外套を翻らせるまま、更に上へ上へと……屋内の限界高度まで飛翔し。
「「!」」
最後に大きく翻り、脱ぎ捨てられるマント。
その姿が再び確認出来た時、またしても怪盗の姿は変わっていた。
それこそ、180度転換したと言ってもいい変わり身。
若く中性的だった容姿は、長身かつ痩せ型……翻る衣装とも相まって大鷲を思わせる身体と、狼のような鋭い眼光へ。
脱ぎ捨てられた仮面の奥の顔……灰の髪や顎髭がギリギリまで迫った照明に反射し、銀光の中こちらを見下ろす老人は……。
「驚いた―――……お爺様だ」
「「え?」」
月見里光義。
とうの昔にぽっくりしちゃった私のお爺様だ。




