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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第九章:パースト編

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第6幕:確認、警備体制




「帝国の宝もん、なぁ……。へへ……館長さァん、や? 実は目の前のこれもレプリカの類だったりするんか?」



 帝国が誇る世界最大の博物館ライブ・ラ・エビル。 

 ご縁があって施設を案内してくれることになった館長アガーマンさんによる説明があってすぐの事だった。

 

 不意に、彼へ素早く忍び寄ったレイド君。

 視線の先に存在するは、帝国の至宝たる王冠【至星の雫】 

 幾ら館長の先の話があったとはいえ、それ程のモノがこんな大々的に、誰でも入館できるような施設で一般へ公開されているという事に疑問を覚えたんだろう。

 ヒソヒソと話しかけているのもそのため。

 彼は最初からこれが偽物である可能性に探りを入れている訳で。



「ふふ……。ご説明の通りですよ、異訪者様」



 しかし、館長さんは余裕の表情を崩さず、薄く笑むままレイド君の肩に手を置いて距離を取る。

 その所作はまさに狐さんのように抜け目なく油断ならない。



「帝国の歴代皇帝に伝わる至宝……至星の雫。こちらは決してレプリカなどではありません。設立以来、我々はこの至宝を護り続けてきた……。御幣なく、早い話にするのであれば―――元より、この博物館は至宝を護る為だけに造られた金庫なのですよ」



 その言葉に、盗賊扮する警察官さん達からどよめきが起こる。

 成程。

 前情報でもって、世界最大の博物館だとか、収蔵数一千万なんて聞かされていたからこそ分かる、その壮大さ。

 館長さんが言うには、その全てがカモフラージュ……全てが外張りのラベルだというんだ。

 衝撃が走るのも仕方がない事だろう。

 剥がれない余裕の仮面に、レイド君もまた更に笑みを深め……油断ならない(おもしろい)存在だと認識したうえで更に疑問を投げる。



「ほぉ……。んじゃあ、もう一つ。アンタは自分達のセキュリティに自信を持ってる。話の内容的に、これまでも宝を狙う不届きヤロウってのは居たみたいだ」

「えぇ」

「んじゃあ、何で今回だけ例外だ? どうして俺らを囲うような真似してる。今迄みたいに、ご自慢のセキュリティでもってどうにかしてみれば良いんじゃないのか?」

「……………」



 これも最もな疑問だった。

 話を聞けば皆が疑問に思ったであろう箇所へ淡々と切り込んでいく彼。

 館長は先程、宝を狙う不届き物を指して「夷狄」といった。

 野蛮人だとか、未開の民とかいう意味のある言葉だ。

 そして……慇懃な言葉遣い、所作とは裏腹に、彼の言動には節々に私達に対する棘の様なものを感じるのもまた事実。

 端的に、この人は異訪者という括りそのものをまるで信用してはいない。

 だからこその疑問だったんだろう。


 対する館長さんはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに大きくうなずく。



「貴方の。皆様の疑問、そして感じた事は誤りではありませんよ、レイド様」

「―――ぁ?」



 ……む?



「ともあれしかし―――異訪者には異訪者を……。我々は当初よりそう認識しておりましたので。皆様にご依頼したのは……、ご依頼したいのは、変わらず当博物館へ予告状という体裁にて挑戦状を叩きつけてきた不届き物の捕縛ですよ」



 その余裕。 

 彼は、お宝が盗まれる心配なんて欠片もしてはいないみたいで。

 そして、この違和感。

 出会ってから、一度も私達は彼に対して自己紹介だとかはしていない筈なのに。



「ふーんむ……。何で俺たちだったん? かんちょ」

「えぇ。―――鑑定眼、とでも言えましょう」



 ふむ?



「私達は存じておりますよ。あなた方には、特別な能力があるという事を。異訪者。突如としてこの世界に現れた存在。その数は十や二十は愚か、百や千ですらなく、どころか種族すら問わない。更には恐れず、朽ちず、死なず……。まっこと……実に不思議な方々だ」



 現地の人たちにとって、私達に対する共通認識がそれなんだろう。

 常識的に考えて、戦いで命を落としたのにも関わらずいつの間にか戦場にけろりと戻ってきているなんて馬鹿げている。

 現実に準拠すれば、気持ち悪いなんてモノではない。

 はっきり、恐怖しかわかないはずで。



「それだけでなく。あなた方の存在は、我々の歩んできた道のりを否定するかの如く……失礼。決して悪く受け取って頂きたくはないのです。しかして、誤解を恐れず発言するのですが……」

「あまりに進化の理から外れてるってね。そういう自覚はあるよ」



 人が技術を身に付けるのに。

 人が成長するのに。

 人生全ては修行の半ばだというのに。

 博物館を始めとする学習機関はそういう意味をもってして設立されいる訳なのに、それを根本から否定するような、僅かな間に進化の過程を駆けのぼる存在。


 それは、世界の歴史から完全に切り離された埒外に存在するモノであり、あってはならない、存在していてはならないもの。

 歴史という世界の進化そのものを冒涜する来訪者……まさしく、異訪者。

 


「にしても疑問に対する解が遠いね。己らに至宝を守り抜く自負があるという。しかし、私達の助けは欲しいと。私達の「特別な力」が必要だと。忌み恐れる存在に助力を求めるのって、どうなの? 果たして、どういう心理なのかな。私達に何を求めてるの?」



 こちらもちょっと強い言葉になるけど、彼くらい強い人にはこのくらいが丁度良い。

 案の定、彼は平然と……む?



「「……!」」

「ひっ……!」

「私も持っているのですよ」



「ヒトの本質を見抜く、目というものを。あなた達の言葉で言うのならば―――鑑定、とでも言うべきでしょうか」



 それは、こちらを見据える瞳。

 瞳に浮かぶ、幾何学模様と表現できる何かが……周り、まわり。


 一瞬、身体中を撫でられるかのような、全てを視られているような不快感が。

 対面する館長の瞳の奥に在する幾何学模様が幾度と不規則に回転し、青々と煌めく。



「私が見てきた異訪者の中でも、皆様は特段強い。一等星の如き光を保有している。その上で、異訪の聖女ルミエール様。陽の体現者マリアさま。とりわけあなた方お二人は、私の目を以ってしても理の外側におられるようだ」

「―――なんで……!!」

「驚いたね」



 そこまで視えてるんだ。

 さっきの鑑定眼っていうのも、そのままの意味だったわけで。

 或いは、彼の鑑定レベルって最上限の20とかあったり?

  


「さて。ここまでをお話しした上で、です」



 一瞬にして緑の幾何学模様が消え去る。

 二、三度目を瞬かせた館長さんは後ろ手を組んだまま、肩を大きく上げて身を乗り出し。



「巷を賑わわせているという怪盗。彼の者も、異訪者だと。異訪者には、異訪者を。そして、その特異性に。私共の依頼……引き受け手は下さらないでしょうか」



 ………。

 ……………。

 


「庭師兼学芸員のクリーン。博物館の敷地内を総括しており、動線などを知り尽くしています。仮に逃走経路などの事をお尋ねになるのであれば彼に」



「警備責任者のサイレンス。館内の警備員は彼が全て動かしております。当日の配置についてご不明な点がありましたら」



「考古学者のワーズと、物理学者のアークセット。当日は特別展の開催初日と重なってしまう都合上、責任者である二人が頻繁に出入りする事になるでしょう。展示物の来歴と配置についてであれば、彼等に」



 細身で長身、かつ身軽な印象を受けるクリーンさん。

 名前とは裏腹にがっしりと筋肉質で元気に満ちた体育会系といった様子のサイレンスさん。

 そして、いかにも小難しそうな老人のワーズさんと、知的なメガネをかけた若い女性アークセットさん。

 博物館には大勢のスタッフがいるみたいだけど、主要かつ館長さんが紹介してくれた面々はコレで全員かな。



「えぇ、以上の彼等は私の信頼する古くからの職員であり、この至宝の真贋を確かめる事の出来る数少ない存在でもありますので。有事に備え、ご紹介しておきました」



 ……あれから暫く。

 その場でクエストを請け負うという返事をしてしまった私達。

 理由は勿論、楽しそうだという事なんだけど。



「まっさか本当に警察の真似事なんてすることになるとはなぁ」

「未来予知に近い精度ですなァ」

「……本当に大丈夫なんでしょうか」



 今更心配になってきた様子のマリアさん。

 やっぱり勢いは大事かつ良くないものだ。

 


「では、お次は館内のセキュリティについてのご確認と参りましょう」



 けど、私達の心配なんて向こうからは関係ないわけで。

 引き続いてこちらを先導する館長さん。


 

「当博物館では、ここ帝都を守護する正規軍における軍属の経験が数年以上あり、かつ来歴に不透明な箇所のない者だけを警備として採用しています」

「ほう」



 それは凄い。

 何せ、この世界の洗練された軍は個人では絶対に敵わないという位置付けだ。

 極端な話、TPだろうが12聖天だろうが最強の個だろうが、単身である限りは絶対に一国の軍隊には敵わない。

 そんな組織の出身者で構成された選抜の守衛。

 圧倒されるね。

 


「マジかぁ……。並みの最前線PLより強いやつらゴロゴロって事だろ?」

「普通にもうアイツ等だけで良いって話やん」

「しかも、当日は更に警備員の増員をする、という事でござろう?」

「いえ、致しません」

「しないん」

「我々は常に全力であるという事ですよ。この日だから厳重警戒という話ではなく、常に。増員など、それこそ外部の者を呼び込むことになりかねない。では次に、部屋全体をご覧ください」

「「おぉ」」



 ガイドさんだね。

 博物館の中なんだから何も間違ってないけど。

 


「床、壁、天井に到るまで。特に床と天井でしょうか? 壁には窓がありますので、完全とは言えませんが。最高位の魔法攻撃も意味をなさぬ強固な材質で構成されております」

「「おーー」」

「また、屋内ではあらゆる魔法を感知し、無効化する性質を持つ希少鉱石にて構成されております」

「「お~~! ……お?」」

「は……?」

「勿論、流石に博物館全体とは言えませんが。効果範囲は至宝の間を中心として、特に来場者の集中する複数の部屋となります」


「―――マリアさん。凄いこと?」

「馬鹿みたいに。バランス崩壊レベルで。確かに存在自体は知ってましたが、ワンルームで最上位ギルドの資金が二、三吹き飛びますわ」



 部屋がお宝の山に見えて来たね。

 魔法無効化エリアの中で超常の力の類は使えない、と。

 ……ん。

 それ、確かに途轍もない事じゃないかな。

 


「はい、かいさーん」

「「お疲れっした~~!」」

「ん……”鏡界製作”」



 ……うん?

 普通にガラス出てくるけど。



「おい館内で……」

「ね。今更だけど、スキルって魔法とは違うの?」

「……一応は。違う、筈ですわ。敢えて分けて考えた事もなかったですけれど……どうなんですの? 全くの別枠? それとも魔法の一ジャンル?」

「えーーと」

「剣技などのスキルもあるゆえ……違う、のでは?」

「あの、モルス館長」



 ツアー中に質問が飛ぶのは当然。

 洗練されたガイドさんというのは、その多くにあっさり答えてしまうものだけど。

 マリアさんの疑問に、初めて彼は困ったように眉をひそめて。



「そもそも、スキル―――というものこそ理解できない事象なのですよ、我々には」

「「ん?」」

「先も申し上げました通り、あなた方の特異性。我々が皆様に助力を乞うているのは、そういう要因もあるのです」



 ―――ようやくカチリとピースが嵌ったような感覚だ。



「え……。今更だけどさ。使えないの? スキル。現地の人って」

「いや、でもだって剣技だのは……」

「あくまで剣技は剣技、魔法剣は魔法剣、スキルはスキル……ってコト!?」

「我々の認識として、似て非なるモノ、ですね」



 驚きの真実。

 私達が当たり前に使っているものは、実は意味の分からない異能だったなんて。

 つまり、火を付けるっていう現象においてもライターで付けているか魔法で付けているかっていう課程の大きな差異があるという事。

 根本から違う能力だったんだ。



「驚きだ……。確かに何か現地の人たちとは違うなーとは思ってたけど、まさか彼等がハト君を召喚したり縄抜けをしたりガラス板を出して海の上を走れないなんて……」

「出来てたまるか」

「俺らも出来ねえんだけど」

「じゃあ、館長さんのその眼も、厳密には魔法の力に入るって事だ。けど、魔法はあの部屋を始めとした一部の部屋では使えないんだろう? 何でさっきは―――」

「あ、確かに。その辺どうなってるんですの!!」



「―――博物館の主たる私が抜け道、などと言う言葉を使うのはどうかと思うのですが……えぇ。魔法であって魔法でなし、更なる深奥」



「あるのですよ。()()、というべきものが」

「「けんのう?」」



 ……何か壮大な話になってきたね。

 館長さんは空を仰ぐように屋内の天井を見上げて。



「それは、魔法からは完全に独立した力。それは、神が定めたヒトに与えられた御業の一端。お心当たりはありませんか」



 一斉に私とマリアさんへ向く視線。

 ……これまた納得。

 彼が言う権能とは即ち、基本属性に該当しない三つ―――星、陽、月に属する魔法の事だろう。

 


「―――あ」

「「あ?」」

「もしかして館長さん、星属性だったり?」

「………ふふ」



 そうだよ、思い出した。

 同じような能力を持っている人と言えば、同じ帝国の在住、星の巫女であるステラちゃんもまた最高位の鑑定眼といえる能力を持っていたんだ。

 ほら、不定神さまとの戦いで見せてくれたあれ。



「では―――当初の疑問も氷解した所で、館の案内もこれにてしまいです。警備の詳細とすり合わせは、当日といたしましょうか。ご不明な点等がございましたらその折に。またのご来館をお待ちしておりますよ、皆様」



 やがて、巡回が終わる。

 足早に行っただけに一時間ちょっとってところかな。

 丁度辿り着いた博物館のエントランスで私達を見送ってくれる館長さんの姿は、やがて奥間へと見えなくなり。 



「うん、うん、実に素晴らしいツアーだったね。彼等の自信の源と言うべきものが理解出来た気がしたよ」

「趣旨変わってね?」

「……本当に私たち要るんですかね?」

「ですなァ……」

「ね。俺っちも分からなくなってきちゃったかも」



 博物館を出る頃には時刻は夜。

 閉館時間なんてとっくに過ぎている訳だから当然だけど、敷地内には人の姿はなく―――ウトウトしていたハト君や闇に紛れて飛んでいたカラスくん達が私達に驚いて逃げていったくらいかな。

 博物館の屋外にトリさんっていうのは映えるものだ。



「予告の時間も夜、だったよな。もう少し周り歩いて確認してみるか?」

「良いね。けど、注意した方が良い。お腹の見えない館長さんの事だから、こっちの周りにも何かしらの防犯装置あるかも」



 本当に私達に出来ることがあるのか、未だ詳細の分からないクエストに疑問は募るけど。

 既に賽は投げられた様子。


 さて、さて。

 予告の日は―――すぐそこだ。

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