第5幕:年末怪盗物語
帝都ラヴール。
人界三国でも最大の国土面積と軍事力を保有するとされる国家の首都に当たる都市だ。
件の武術大会が行われた大闘技場、有数の遺物収蔵数を誇る大帝博物館……多くの有名建造物を名所にしたこの都市は技術的な面でも常に最先端を行き、その栄華に惹かれたものがさらに集い、また強大になる。
更に言うなら、季節は冬も年末。
師走の末ともなれば、そろそろ一年の疲れを休めるべき目も労わるべき。
目の保養と言えば―――あれしかないよね?
「いらしゃーい」
「ここは帝国の都だよー」
「ここは帝都ラヴールだよ」
「ようこそー」
「ここは―――」
………。
「いつにも増して多いね、村人Aさん達が……いや、都人Aさんと言うべきかな? 垢抜けてる」
「いつもの光景でも、ここまで来るとハッキリ怖いのですけど」
確かに?
一人二人ならまだしも、型に嵌めたような没個性、異口同音。
そんな人たちが両手の数でも足りないくらいにズラリと並んでお出迎えしてくるのだから、初めて訪れる人たちはUターンしてしまうのかもしれない。
「ほんと、みんな無機質に同じようなことしか言わないからね。走ってパンフレット押し付けてくるのなんて、ほらーだと思われてもしょうがないよ。ねえ?」
「おま無機質の権化」
「大概ツッコミ待ちだよなー」
「そんなルミエ殿が最高です」
とは言え、恐怖という意味では私達も案外大差ないのかもしれない。
ぞろぞろと十数人の集団……特に明らかに正義とは思えない人相の男の子たちが警察さんの格好なんかして練り歩いているのだから、然もありなん。
囲まれてる私やマリアさんなんかは只の人質くらいにしか映らないかもしれないし。
いざという時はその線で二人だけ見逃してもらおうそうしよう。
「おい、全部聞こえてんぞ」
「んう?」
「んう、じゃねえよ。見てる傍からあっちへフラフラこっちへフラフラ……四連装車に引かれても知らねえぞ」
四連装車っていうのは帝国が生んだ産業革命の最たる例。
学術都市で生まれたっていう、魔力で動く自動車だね。
四輪で、形も現代的だし。
今も車道をビュンビュン走っていて、その普及率から技術の高さが伺える。
「てか本当に目的地も目的も分かってんだろうな」
「無論分かってるさ。レイドくんだって目的地周辺でわざわざ訪ねる事もないだろう」
「目的地周辺なのにフラフラしてる事が問題だと思うんです」
「一向に入る気配ないじゃんね」
だって―――外観がとっても良いから、ちょっと色々な角度から見て見たくなるのは仕方がない事じゃないかな。
皆の言う通り……そう。ここだ、ここ。
白の大理石が果たしてどれ程使用されているのか、さながらピラミッドを思わせる大質量の西洋建築は白亜に輝き。
入場門以外の侵入口など無いとでも言うかのように青々とした柊、茨が生垣となって広大な敷地内をぐるりと囲う。
よもや、この庭師が数十人居ても管理が行き届くかどうかというレベルの中庭が未だ入場無料で見れるほんの入り口に過ぎないだなんて。
今回の祝勝会はこのお庭で花見なんてどうかな―――え? 場所取り及び居座り禁止?
そんなー。
………。
帝都の中心地に位置する異訪者用の転移門から徒歩で10分余り。
およそ、先程の村人Aさんロールをしている人たちが作成したパンフレット、その全てに描かれているであろう観光名所。
一方には星が、もう一方には……炎?
それぞれ乗せられた天秤の均衡状態を刺繍した大旗がトレードマークなその建物。
それこそが、帝国は勿論、三国に存在する博物館、美術館、その他学習機関の頂点に君臨すると言っても過言ではない博物館。
収蔵数はパンフレット上では1000万点、常時展示されているものならば20万と随分と大きく出ており、一度は見るべきとされる常設の展示だけで数百点は存在するという。
「―――うーむ……。これは本当に大きく出ているよ? かのグレートブリテンが誇る大英博物館ですら、その収蔵数は800万って言われてるんだ。全く馬鹿馬鹿しいよ。本当にそんなにあるっていうのなら私の目に見せてほしいね全く、はやくチケットを。何処で買えばいいの? あそこ? 早く、皆早くこっちだよ急いで」
「……色々文句風に言ってますが、とどのつまり全部視たいだけでは?」
「教養は無駄にとってもあるから困るんですよね、この人」
「が、実際気になるよな。1000万だぞ。一つ千円だとしても……」
「じゅ、じゅうおく……ってコト!?」
「馬鹿、一兆でござろう!」
「馬鹿で無駄な金勘定やめてくれます? ルミエールさんも、どうしてそんなに強気な姿勢なんですの?」
いや、だってさ。
人類が長い歴史を掛けて生み出してきた知識の産物を、膨大な設定が存在するとはいえ箱庭の世界が超えちゃってるんだ。
人間代表、無職代表として思う所は当然にあるよ……と。
「まぁ、そういう感じだね。あ、ところでレイド君達。盗賊としてのお仕事頼んで良いかな。ちょっと博物館のセキュリティ掻い潜ってくれるだけでいいんだけど」
「収蔵庫忍び込む気満々かよ」
「絶対人間の代表して欲しくない……」
「こんなんが人間の基準でたまるか」
だって見てみたいし、収蔵品全部。
欲を言うなら全部一緒に展示してみて欲しい。
………。
大帝博物館の大まかなマップは、複数の別館、区画からなる構成。
まずお客さんたちは入口に当たる中央エントランスから踏み込み、専用の通路からそれぞれ歴史を取り扱う館、生物生態を取り扱う館、魔法技術を取り扱う館などの別館へ進む。
自分の見たいものや研究プランに合わせて見学を行うわけで。
「改めて館内マップを見るにも……、導線がしっかりしている筈なのに、全部見て廻るには凄く時間がかかりそうですわね……」
「常設の展示数も数十万の領域にもなってくるとね。勿論そういう見方もあるけど、私のお勧めは自分の見たいものだけを先んじて決めておいて、それだけをじっくりと観察する事さ」
「目的忘れてねえよな。観光に来たわけじゃねえぞ」
勿論覚えているさ。
「さぁ、行こうか。取り敢えず端から全部見てみる?」
「観光に来たわけじゃねえぞ」
「大事な事なので二回言いました、と。では、お目当ての……」
「―――お。このパンフレット随分と新しいみたいだ。つい最近の……」
「どれですの?」
「ほら、ここ」
「おい」
「おーい。なぁ? 進む気あるぅー?」
「……ふむふむ」
「……成程?」
「おい野郎ども。この置物ふたつ運べ。早急に」
「「あいあいさー」」
―――博物館の名物である【至星の雫】は歴代の帝国皇帝たちが戴冠式の際に先代より賜る冠である。
雫の名が示す通り、頂点に嵌った特大の蒼玉は儀礼的な側面の他、その他無数に埋め込まれ、あしらわれた多くの宝石類と共に帝国の象徴である「星々」を現し、至高天……頂点に立つ皇帝が星を束ねる存在であることを示している。
建国時より存在するとされる当美術品はその側面から幾度と帝国内外の人間に狙われているが、全ての魔法を無効化する結界魔法すら使用された大帝博物館のセキュリティは世界一ともされ、その安全性が揺らいだことは未だかつてない。
盗める怪盗がいるのであれば、ぜひとも挑戦してみてほしいものである。
「確かに……、明らかに今回の予告を意識しているように」
「だろう、だろう?」
「―――……あれ? ここは?」
「お? いつの間にエントランスじゃなくなってるね? 無意識に進んでたのかな」
「「……………」」
「ね、レイド君。もしかしてここが……」
「ん。最大規模の展示館……中央は帝国歴史館だ」
「ほう……ここが噂に聞こえた」
博物館の四分の一を占めるという館。
国立施設なんだから、自国内の文化を広く深くなのは道理で。
目玉となる展示の多くはこの館内に収蔵されているというけど、とりわけ私達が注目しているものこそ、かの怪盗さんが予告を出して狙っているとされる今回のお目当てなわけで。
「じゃあ、早速お目当ての宝玉冠ちゃんとご対面しようね」
「そうだな。へへ……」
「「ぐへへ」」
「護る側より盗む側なんですわよね、どう見ても」
「―――もし……、もし。そこな皆様」
「「ぎっくぅぅ」」
「い、いや!? まだ何も盗ろうとなんて考えてないですよ!?」
足早に目的地へ向かおうとして、不意にこちらを呼び止める様な声に私達は足を止める。
キョロキョロと視線を彷徨わせ、皆の視界に留まるはこの世界に在っても大きく需要のあるスーツに身を包んだ壮年の紳士。
企業ならば重役といった風体の男性だ。
「突然のお声掛け、失礼致しました皆様。ワタクシ、当大帝博物館ライブ・ラ・エビルの館長を務めさせていただいております。モルス・アガーマンと申します。早速なのですが、皆様にご案内したい情報がありまして」
「私達にかい?」
「えぇ、えぇ……。そのご尊顔、皆様のそのいで立ち、特徴。失礼ですが、皆様は異訪者。それも、世間さまを賑わわせる此度の騒動を聞きつけて当館へいらしたのではありませんか?」
「そうだが、それが?」
興味、興奮、そして少しばかりの警戒。
警戒より前者二つが圧倒的に勝っている盗賊さんたちは応と館長を名乗る男性の言葉に頷き……。
そして。
――――――――――――――――――――
【Original Quest】 大博物館○○事件
(所要:不明)
連動型クエスト。
あなたのもつ何かしらの能力が博物館館
長の琴線に触れました。
条件の達成を行い難事件の解決に乗り出
しましょう。
勝利条件、敗北条件はクエストの進行に
応じて順次アンロックされます。
【勝利条件】
現在不明(main)
現在不明(sub)
【敗北条件】
現在不明
――――――――――――――――――――
視界に現れる、久しぶりのクエスト。
発動条件は……あれ。
達成条件……敗北条件……あれ。
「どうやら事件は迷宮入りみたいだね、そうみたいだね」
「本当に意味が分かりませんねコレ。今まで見たどんなクエストとも質が違うみたいですわ」
本当に突然のことだから、せめて何かしらのヒントでも欲しい所なのにね。
本当、ここまで不親切なクエストさんは初めてで。
「―――ふふ」
「なんか笑ってるが」
笑わずには言われないよ。
だって。
「なるほど。今の私たちにピッタリなクエストじゃないか」
「探偵とか警察だからってコト?」
「それもあるけど―――っと。館長さん。要件について、ご案内してもらえるのかな」
「えぇ、えぇ。こちらへどうぞ」
ニコニコと棒立ちで待っててもらうのも悪いからと声を掛ければ、館長さんは先導するように前を歩き。
ゾロゾロ後に続く警察集団と二人の探偵。
まさに物語が始まりそうな感じだ。
「―――んで? ピッタリって?」
「結局のところ、私達は怪盗さんを追うっていう漠然とした目標を掲げている訳だけどさ。その為に何をすればいいかはとっても曖昧だったじゃないか。だからこそ。何をすればいいか分からない時は、何かも分からないクエストを受ける。目的も分からないような事をやる。ソレに限るのさ」
「限るんだ……」
「不意に知らない街に行ったりするようなアレか」
「そう、自分探し。私も昔はよくやったんだ。ヘリコプターから落ちながらアイロンがけしたり、ディープなダイビングしながらアイロンがけしたり、エベレストでアイロンがけ……」
「アイロンしかかけてねェ」
「自分見失い過ぎでは? 見つかるもん見つからないだろ」
………。
「こちらが、アルケの石片。四光神の中でも、長である光神アルケを祀る神殿の壁画レプリカです」
「ほう。こっちは?」
「そちらはワイン蔦の紫晶杯……。透明性があるグラスに緑の蔦をイメージした彫刻を施したモノですが、水を注ぐことで杯全体がワイン色に染まる事からそう名付けられました。この蔦も、ブードゥの蔓の彫刻なのです」
「ほえー……」
「かんちょー。こっちの剣は?」
「神代より存在する聖剣ハイドゥグラム……。帝国に伝わる水の聖剣です。無論、展示されているこちらはレプリカになりますが……」
進むほどに興味惹かれる展示。
館長さんは私達の興味が向いた一つ一つを説明してくれて。
前へ前へと知識を求める中で―――やがて、ソレは見えてくる。
「当館は帝国の建国以来、一度として冠を夷狄の脅威に晒したことはありません。それはこれまでも、これからも同じ。帝国の星を守護する。歴史を受け継ぎ、保守する役を与えられた我々には、その自負があるのです」
館の最奥。
独立した展示スペースとなる部屋には、多くの見物客がいたけど。
中央のケースにそれはあった。
主に銀と蒼玉で構成されているらしき王冠―――無論、頭にすぽりと被れるようなサイズのソレ。
そのてっぺんにはこれでもかと巨大かつ六条の光を灯した不思議な模様のサファイアがはめ込まれていて。
「―――すげぇ……。宝石がたくさんだぁ」
「奇麗ですなぁ……。この模様は?」
「スターサファイアですわね……。サファイアの中に別鉱石が内包された状態で磨かれた。キレイ……」
「博識ですね、お客様。まさしくこれなるは光の蒼玉。【至星の雫】を象徴するもの。冠を掲げし時、白日の元屈折し、収束した光の中に歴代の皇帝たちは帝国の未来を視たとされています」
光の屈折現象を利用し、熟練の職人さんが磨き上げた宝石。
それが、スターサファイア。
アリステラ……星を国の象徴として掲げている帝国にはピッタリというわけで。
職人さんの技量にもよるけど、このレベルのスターサファイアを再現するのは現実では難しいんじゃないかな。
電子の世界だからこその、目を見張る逸品だよ。
「にしても屈折………、歪曲……ふむ」
「ルミエールさん?」
館長さんが王冠の素晴らしさを延々と語ってくれる中。
私の脳裏では、この博物館の名前とともに発言された言葉の内容が幾度も反響しているようで。
ライブ・ラ・エビル……。
ふむ?
live La evil……。
成程、成程。
じゃあ、あれに覚えた感覚も……ふふ。
最近意識するようになっていたから気付いたけど……やっぱり名前って面白いね。




