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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第九章:パースト編

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第2幕:思わぬ人ごみ




 馬車と言えば、ガタゴトと揺れる感覚がマズい第一に想像できるだろう……―――マズい第一?

 否、まず第一に想像できるだろう。


 マズいというのも否定はしないのだけれどね。

 実際、最古の馬車というべきものは紀元前数千年前から存在していたというし、この運搬具が古く長く人々から親しまれていたのは純然たる事実で。

 けれど、マズいんだ。

 だって、凄く揺れるし凄く酔うし、すごく乗り心地が悪いから。

 楽しむためにやっているゲームで、わざわざ気持ち悪くなりに行きたい人というのも少ないだろう。

 

 でも、心配しなくて良い。

 懸架装置、所謂サスペンション……!

 車輪の位置決め、道路へ押さえつける機能……この、曲げても元に戻るというばねの性質を利用した17世紀の偉大な発明によって、馬車の揺れは劇的に減少した。

 それこそ、舗装された道であれば揺れなんて殆ど感じない程にまで。

 そう、皆が喜んで馬車に乗れる時代が来たんだ。


 ………。

 え? ―――今の私達には自動車があるって?

 ならば、それこそ感謝すべきだ。

 何せ、この偉大な発明は現代の自動車へも深い影響を与えていて、およそ全ての自動車に搭載されている当然の技術なんだから。

 皆も、サスペンションは愚か馬具すらつけていない生のままのお馬さんとかに乗って、今一度深く考え、実感してみると良い。

 現代に広く普及する自動車がどれだけ早く、どれだけ安定していて、どれだけ素晴らしい発明であるのかを再認識する筈だよ。



「と。まぁ、そういう事で。……ね、分かるかな? マリアさん。サスペンションの偉大さが」

「―――毎度結論だけを口に出すのやめて下さらないかしら。何の話かすら理解できてないんですけれど? サスペンションって何ですの?」



 おっと、これはしたり。

 熱弁していたつもりが、私とした事が。



「ゴメンね。つまりね? 馬車は最高ってことさ」

「なるほど。絶対違う話だっていう事は分かりましたわ」



 うん、うん。

 本当に彼女は私の扱いを心得ている。

 これだからさすマリはやめられないんだ。



「ルミエールさんッッ!!」

「あ、うん」

「貴女って人は本当に……一体何なんですの!? 馬車は用意する、無理矢理引き摺り込む! 私は攫う! 理由の説明もなしに助手になってくれだなんてメチャクチャは言い出す! 挙句大捕物(おおとりもの)を手伝ってくれときましたわ! 一体何をしようとしているのかいい加減説明してくださらないかしら!?」

「そうだね、ごもっともだね。でも殆ど理解してるね」

「そして憎らしい程に冷静!!」



 喜怒哀楽が目まぐるしく入れ替わり、かつ的確に状況を説明してくれる。

 このある種の冷静さこそが彼女の最大の武器で、私が最も頼りにするところなんだ。

 サポートしてくれる人たちがいたとはいえ、超大規模ギルドの元マスターは伊達じゃない。


 ………。

 勿論、私が彼女マリアさんを態々ご指名したのは、単純に彼女がアクティブだったという以外にもちゃんとした理由はある。



「アクティブだったから暇だと思ったんですよね?」

「それは違うよ。それもあるけどソレは違うよ」



 ほら、アレだ。

 以前私がちょっとばかり暗躍した件、覚えてるかな、皇国での一件だ。

 当時の彼女はまだ最上位ギルドの団長だったし、ちょっと頑張りすぎて疲れてたし、ピンクナースさんだったしで……。



「ピンクナースさんは関係ありませんよね?」

「―――? まぁ、それはさて置き。君は私の思惑を最終的に、ものの見事なまでに看破したし、私の正体にも辿り着いた」

「話したの貴女ですけどね」

「その実績、推理力を考えれば、私がこの事件を追う相方に君を指名するのも、全然不自然じゃないよね? ね?」

「ゴリ押しやめて下さるかしら。……そうやって念を押すから更に怪しく映るんです」


 

 ああ言えばこう言うね。

 ともあれ、私が彼女の頭の回転に一目置いているというのは事実なんだよ?



「いわば、君は私キラーとも言えるんだ。ね? この件にもってこいだろう。また私を倒してよ」

「……犯人は自分って言ってるようなものでは? もう。本当に貴女じゃないんですよね?」

「だからさ? そういうわけでさ? 今回もそういう事で頼めないかな、名探偵マリアさん」

「話聞いてくださる? 助手の設定は何処へ行ったんですの? というか何処へ向かってるんですの? 相棒にしたいというならせめてもの誠意として、話はそこからだと思うのですけれど」



 それも、ごもっともだ。

 いつだって早い話でと提示してくれる……本当に彼女の話の早さは助かるね。


 けど残念、時間切れだ。



「ふふ……。お二人のお話は聞いていて退屈しませんな。……さて。到着いたしましたぞ、ルミエール様」

「おぉ、速い」



 ふっとわーくの軽さは私の利点。

 即断即決でマリアさんを招集し、これまた即決でフォレストさんに目的地までの運転を頼んだんだけど……皆、本当に文句ひとつなく受け入れてくれるなんて。



「ありがと、フォレストさん。帰りはどうにかするから、馬車だけ頼めるかな?」

「勿論でございます。責任をもってお預かりいたしますゆえ……それでは、行ってらっしゃいませ」

「あ、有り難うございま……す?」



 言葉を交わしながら馬車を降りる。

 当然、慣れていないマリアさんにはエスコートが必須。

 未だ不満げでありつつも、何処かまんざらではなさそうな表情の彼女の手を取り、馬車から降ろすと、目的地は目の前で。



「―――え、結局誰ですの?」

「帝国貴族さんの家に仕える執事さんだよ。とっても良い人さ」

「……ここは?」

「秘匿領域の妖精都市だけど?」


 

 ポカンと辺りを見回すマリアさん。

 北欧、特にノルウェーの街並みを思わせる幻想的な造り。

 行き交うNPCさんは希少種である筈の妖精さんが驚くほどに大半を占め……。



「はえーー、妖精都市エデン……」



「―――全部がおかしいッ!! どう運転したら短時間で帝国から秘匿領域に、それも街中に出られるんですの!?」

「気のせい気のせい。さ、入ろうか。―――あ、館内ではお静かにね?」

「きぃぃぃぃぃい!!」



 私が手渡したハンケチを噛んで涙を浮かべる彼女。

 確かにこれは悪役令嬢……と。



「―――これは……」



 館内へ入ると、まず目に入るはその広大さ。

 よくある、天井から釣り下がるタイプの模型展示品がそれこそ数十と出迎え、初見のお客さんの度肝を抜く事だろう。

 実際、今の今まで感情を乱されっぱなしだった女性は一気に沈静化したようで。



「すご……―――ルミエールさん、ここは……?」

「都市名物の博物館トゥリス・アウルム。前回、怪盗さんが盗みに入ったっていうタイムリーな博物館さんだよ。……私も、初めて妖精都市に来た時にパンフレットで知って来館したんだけどね? 全部回り切るのに数日、流し見でも数時間かかるしで、これだけでも満足感が凄いんだ―――あ、入館料500アルね」

「ワンコィン……」



 会話を交えつつ、受付へ。

 普通、受付と展示スペースっていうのは別に存在する筈なのに、お金を払わず入っただけで既に展示を目に出来るというのは凄いことだ。


 お金を出してチケットを買い、入館。

 ついでに渡されたパンフレットを片手に、経験者の私がガイドとして進んでいく。



「あれが、古代妖精族の伝統衣装」

「へぇ……。いかにもなエルフさんの恰好ですね。狩人的と言うか……」

「あれが世界巡りの馬車。秘匿領域産の特殊な素材で作られた、空間を跳躍するっていう伝説上の車のレプリカ」

「へぇ……―――ん?」

「で、アレが秘匿領域の歴史を再現したジオラマ。数千年前のモノから再現されてるしいんだ」

「あ、あの……今の馬車の解説もうちょっと……」



「それで……、ね。マリアさんも気に入ると思うんだけど……」



 今回の目的は只の目の保養ではないから、展示品は軽く流す程度に歩いていく。

 そうだ。

 この広い館内で、特に目玉となっていた展示が……。



「―――竜骨……!? それも、絶滅したとされる真竜の骨格標本、ですか……!」

「そうとも。これが、例の……」



 怪盗が盗んだもののひとつ。

 最も、全身の骨格ともなればその威容は巨大なもので、私が以前第一クロニクルで目にした飛竜さん達より遥かに大きい。


 オルトゥスの世界において、竜という存在は二種存在するんだ。

 現代の竜と、古代の真竜。

 魔族領土の人たちが駆っている飛竜なんかは、三、四メートルで成体になるけど、真竜は十メートル以上にも成長していたとかで。

 コレ単体で見れば、とても持っていけるようなものではないけど。


 

「盗まれたのは、竜種の核……竜骸晶、なんですよね?」

「正確には、その、化石さ」



 竜骸晶と言えば、前に鉱山都市で行われた採掘大会でテツ君が掘り当てた激レアアイテム。

 武器や装備の作成に仕える素材だ。

 けれど、これはあくまで良い感じの状態を保持している場合の話……中に何も内包されていない化石の状態だと、それは単なる美術品としての面しかないらしく。



「あくまで戦闘や何かしらの武器作成に用いられるものを盗んでいる訳ではないのですよね」

「怪盗さんの狙い……本当に分からなくなってくるね、これは。……マリアさん? さっきの話の続きだけどさ」

「……はい」

「意外かもしれないけど、私って隠されたモノを暴くより隠す側の方が得意なんだ。意外かもしれないけど」

「多分皆さんご存じかと」

「―――……流石マリアさん……」

「馬鹿にしてますよね?」



 素直に感心していても信じてもらえない不思議。

 これって私が悪いのかな。



「えぇ、と……。つまる話―――探偵役はあまり得意ではない、という話ですわよね?」

「そうそう、だから全てを疑うような気持でさ? 私の代わりに全てを深読みするくらいの気概でいてほしいんだ、今回のマリアさんには。助手としてね?」

「絶妙に難しいこと言いますわね、貴女は」



 目を奪われるような、過去の遺産。

 それらを奪っていく怪盗さん。

 どちらも大衆の注目を浴びる存在という意味では同一のモノであるけど、本質としては対極に位置する。

 無論、私も。

 


「私は心は盗むけど、モノまで盗む趣味はないんだ。実害が出たら、それは決して純粋な笑顔を生み出さない。もはや娯楽じゃあない……、だろう?」

「………。本当に、貴女って人は……」

「楽しくなってきたね、むふーー」

「興奮するのは良いのですけれど、あまり声を出したり目だったりしないでくださいね? 他のお客さんの迷惑になるので」

「んう? でもさ……」


 

 賑やかなのは私達に限った話じゃないし。

 ほら、他のお客さんたちだって盛り上がってるみたいだしさ。



「こういった学習の場において大騒ぎなんて。増して、博物館の中でなんて―――恥知らずも良い所……」

「―――ん」

「え?」



「賊長ぉ、見てみてぇ! おっきい骨っこ! おっきい骨っこありゅーー!」

「すっごーい!」

「「うえぇぇぇーーい!」」



「……………」



 ………。

 ね?

 


「あの―――凄く展示品盗んでいきそうな犯人っぽい人たち居ません?」

「違うよ。アレは怪盗じゃなくて盗賊団だし」

「えぇ……?」



 確かに方々で悪事を働いて良そうっていうのは否定しないけどね。

 でも、彼等は多分こういう只の展示品にはあまり興味がない手合いだと私は思うよ。


 見て楽しむくらいはあるだろうけど、盗むことは。

 ……多分、ないよ、たぶん。

 丁度こっちにやってきている集団の先頭―――やさぐれたような目つきの悪さを持つ青年へと手を振る私。



「―――やぁ、レイド君達。奇遇だね、何やってんの?」

「んあ? ……お前かよ。マジモンの奇遇だな」

「おや、ルミエ殿」

「よっすー、ルミちゃん」

「「ウェイウェイ」」



「ウェイウェイ……中国語のもしもし?」

「さっき言った手前アレだけど、深く考えなくて良いよ。口から出まかせみたいなものさ」

「貴方の全てみたいですね」

「照れるね」

「欠片たりとも褒めてはいませんわ」 



「―――てぇ……!? まさか歌姫様ァ!?」



 と、ごく親しい間ゆえのノリの軽い挨拶の中で、過敏に反応したのはチャラオ君。

 彼は常に軽薄さを意識したような声を、今まで聞いた事もない程に裏返らせて華麗なステップを踏む―――あ、足踏み鳴らして動揺しているだけなのね。



「マジか! マジでマリア姫様だ! 俺っちファンなんだ! へへ……! ええ……何かあったか……何か……―――タカモリ、布!」

「ブリーフで良いでござるか?」

「字が書けるなら何でもいいさ、はよぅ!」



「う、歌姫さまっ!! ここにチャラオ君へってお願いできますますでしょうかぁッ!?」

「………。ルミエールさん。この変態は……?」

「友達。服に名前は普通の事だよ? 盗難防止にもなるし」

「そういうレベルの話ですの?」



 皆だって名前くらいは書くだろう?



「サイン、サイン、サイン……! 見せびらかして歩きまっす!」

「―――ね?」

「何が?」



 だって、こんなに喜んでくれそうだしさ?

 あと騒がしくなってきたからさ?



「書いてあげようよ、サイン。そんなゴミを見るような目しないでさ?」

「………いや、下着」

「ね?」

「何が……? ―――はぁぁ……。これで、良いん……ですの?」

「おぉ―――!!」



 凄く嫌そうに……できる限り本体に触らないように私が手渡したペンを走らせるマリアさん。

 抑えてないのに凄く達筆かつ迷いがなく、書き慣れている事が分かり。


 まるで家宝のように―――或いは洗濯の時のようにそれを天高く広げて目を見開くチャラオ君。

 とても博物館の中で行われている行動とは思えないね。

 

 おそらく出禁は免れないだろう。



「ところで、レイド君。いつもアジトからほとんど動かない君たちが、こんな所まで来てる事が不思議なんだ。何かあったの?」

「…………ん……、まぁ」



 彼は一瞬逡巡したような表情を見せたけど。

 やがて、今までの大騒ぎが嘘のように、耳打ちするような小さな声量でソレを呟く。



「新聞、読んだぞ。お前の目的は―――まぁ、分かったようなものだが。実は俺たちも怪盗に用があるんだ。良い機会だし、ご一緒させてもらっても良いか? お二人さん」

「―――はい、嫌ですわ」



 ………。

 ……………。



「らしいよ?」

「はい、んじゃ解散ーー」

「「うえぇぇぇ……ぃ」」

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