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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第八章:フォール編

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エピローグ:もこもこしろしろ?




 和やかな時が流れる。

 ここまでゆったりとした時間が過ぎるのはいつ以来だろう。

 思えば、ここ最近は現実でも生徒達への年内の追い込みがあって、ゲームでも戦いの連続で―――私戦ってないけど。


 目線が紙面を滑るすべる。

 紅茶が進む進む。

 今回はアイスティーさん……お菓子の味を引き立てるために敢えて紅茶の味を控えめにしているフランス風―――え? 氷で薄まってるだけ?


 紙面を捲る、紅茶を飲む。  

 捲る……、飲む、捲る……めくるめく……。

 今の私はさながら御隠居さん。


 いつも通り、なんて良いご身分なんだろう。

 あ、そうそう……紅茶大好きな例の本国ではね? 喫茶店でもティーパックのままお茶が出されたりもするんだ。

 初めて行った人にはちょっとがっかりポイントだったり?


 因みに、私が好きなブランドは……。



「また紅茶か? ルミエ。好きだなァお前も」

「うん……? うん。だってそういう血が混じってるし」

「……?」



 成程、確かにこれはこれは……。

 新聞屋さん、いつも通り「号外」って言ってたけど、これは確かに情報量が多いよ。



「新エリア解放に伴い、新しい種族の獣人が続々解放……。一次職4thレベルキャップ解放……その他各種アイテム。これを一気に?」



 年末の大規模アップデート情報。

 それに加え、何でも各地のフィールドで「スライム系」の魔物が現れるようになったのだとか。

 今まで一度たりとも見かけた事なかったのに……やっぱり例の件に関係してるんだろう。


 で、見開きでは例の武術大会の話が一面を飾っている。

 一番大きな写真……あの二人の戦いを撮ったものなんだけど、ブレがひど過ぎていささか……うん、前衛的な物すら感じてくるね。

 まさか、これが一番マシな写真だったのかな。


 ……おっと、卓上のコップが揺れてる。

 これは……元気なお客さんだ。


 

「よっはー! 一刃の風ただいま参上―――ってまーーたルミねぇ紅茶呑んでる新聞読んでる! 好きだねぇーー!?」

「「こんにちはーー」」

「やぁ。……ずずッ。大人だからね」

「ふん? ほーん……」

「……あの、七海? 言外に子供って言われてますよ」

「……ん? ―――ぁ。むっきーー!」


 

 ………。

 あとは、各地で盗難が相次いでるとか? 

 図書館、博物館、美術館……中には領主館なども被害を受けていると。

 泥棒さんと言えば真っ先に浮かぶのは盗賊さん達だけど……。


 あ、以前行った秘匿領域の博物館も被害に遭ってるんだ。


 

「―――事件の匂いだ」

「紅茶の匂いだろ。ノルドさん、俺たちにも淹れてくれますか?」

「僕リモンティー、ホットで」

「同じのを」

「私ピートティーのアイス。ミルクと砂糖ありありで」

「あい、よ」


「アップルティーにミルク? 果物の風味が分からなくなりません?」

「子供なんだろ」



 注文を入れるなり堂々と私の周りに落ち着き始める彼等。

 長居する気満々とみた。

 手狭だし、幾らかスペースを作ってあげないと。



「“境界製作”―――あっちの方も下の階層が解放されてるんだろう? ギルドホームで大迷宮攻略の案でも練ってると思ったんだけど」

「それがさー!」

「そらもうえらい事よ! どっか行くたびにナンパされるの! 優斗が!」

「俺が」

「コイツが! あと航とエナリアさんとナナミンが!」



 つまりショウタ君以外全員ってコト?



「勿論ソイツも。詰まる所全員。大会の件もあるし、神様戦でやり過ぎたみたいだ」



 黄金の炎とかやっちゃったらね。

 確か、クオンちゃんも言ってたかな。

 大会に出場すらしてないのに何故か方々から―――最上位ギルドからも沢山勧誘受けたって。



「まぁ……自業自得?」

「「だよねー」」

「薄情者!」

「こういう所ドライだからね。あ、紅茶ならべっこう飴がおススメかな、私は」

「ドライフルーツじゃないんかい」

「紅茶の種類によって変わってくるんだ、一概に言えないよ?」

「べっこう飴なら何でも合うと?」



 意外なほどにね。 

 合作が市販されてるくらいなんだから合う合わないもないさ。

 ―――因みにこっちではこれも合う。



「……何やってんの?」

「魔力ポーションティー。紅茶に入れるとね? ハーブティーの味になるんだ。この為のアイスティー」

「「ティー……」」

「使い方ァ……」

「ここまで来るとエンジョイ勢も末期だな」


「で、来てもらったのは悪いけど、私これから予定あるよ?」

「知ってるさ。ただ気分転換で何か飲みに来ただけだしな」

「つまり俺の店目合ってってことだよな!」

「そうなりますね」

「何食っても飲んでもうめーし?」

「へへへへっへ」



 ……食料品店が喫茶店やらご飯屋さん扱いされてることに関しては最早誰も何も言わないんだね。

 店主君すら忘却の彼方にすら思えるよ。

 それもこれも、この子達のおだて力の強さがそうさせるんだろうけど、ね。

 今日はオフだからいないけど、大規模ギルドから転職してきた敏腕秘書のヴィオラさんが裏方してくれてるから売り上げも良いし……。

 


「まぁ、そういう事ならゆっくりしていって。私はこの辺で失礼させてもらうけど」



 スキルの効果も永続じゃないし、お茶も空いたところだ。

 そろそろ頃合いかと、新聞を片手に立ち上がり、皆がカップを持ち上げた時にガラステーブルが砕け消える。



「んえ……、寝床にまで新聞持ってくの?」

「うん? あぁ、アイマスク代わりにするからね」

「素直に目隠し買えば?」

「白いハンケチならあるんだけどね」

「それダメなやつ!」

「縁起でもねぇ!」



 ちょっとブラックジョークが過ぎたかな、これは。

 半生半生……反省?



「半死半生……睡眠って一番それに近いと私は思うんだ。じゃあ、お休みーー」

「おやすみなさいです」

「夜這いおけ?」


「―――ナナミ?」

「just kidding! just kidding! ―――本気で睨まないでぇ!」

「―――なんて?」

「冗談だから本気にするなってよ。睨んでるってより眠気でショボショボしてるっぽくないか? アレ」

「そういえば昨日も夜遅くまでゲームしてたって……」


 

 ……。全く。

 最近の女の子は大っぴらだっていうけど、私の目の青いうち、せめて未成年のうちくらいはこの子達の不純異性交遊なんて……。



「異性……同性? 同性なら良いのかな。いやでも不純な同性交遊というのも教師としてはいささか……。おてて繋いだりハグ……せめてキス迄だよね。それ以上は……うーむ」

「「?」」



 ………。

 ま、いっか。

 早いうちに起きて準備しよ。


 

 ………。

 ……………。



「―――んーー……んん……」



 昼前だ。

 時間で言えば11時半きっかり……流石私。



「と、宿屋の時計確認して寝ただけなんだけどね……ととっ」



 思えば、ゲームの中より現実のベッドの方が質が良いっていうのはどういう事なんだろうね。

 普通逆じゃないかな。

 現実で出来ないような体験こそ、ゲームでやるっていうのが醍醐味だろうに。

 豪邸に住むとか、プライベートビーチを満喫するとか。


 ……さて、準備だ。

 待ち合わせの時間までは余裕があるけど、ゴハンは大事。

 朝ごはんは食べたり食べなかったり。

 でも、お昼は欠かしたことがない私。


 ……さて、どうするかな。

 普段の私であればお昼はしっかりと食べて、元気百倍の状態で戦いに臨んだんだけど、こと今回に至っては……ふむ。

 相手の性格などを加味して……そうさね。

 


「準備して行こうか。待ち合わせ場所は―――」




   ◇



 ………。

 ………………。



 都内某所の駅前。

 近くには大規模なショッピング施設もホテルもアミューズメント施設もあるから、何をするにも困らない。

 休日という事も相まって人通りは凄く多いね。

 ……心配になってきた。


 でも、これも彼女たっての頼みの内だし……。



「―――さて……、人間観察をば」



 駅構内にあった観光案内を広げるままに手近な休憩スペースに腰を落ち着ける。

 ……下調べ通りの事しか書いてないけど、情報が簡潔に纏まっていていいね。


 案内と道行く人たちを交互に確認しつつ、時折懐中時計も確認。

 時間まではまだ五分ほどあるね。


 恰幅の良いサラリーマンさん、派手な化粧をした男性、冬場にしては随分薄着の女の子、着物の集団、そして団体鳩くん……。

 多くの人と獣が通りゆく。

 勿論羊さんだって通りゆく―――……めぇ?



「とて……とて……」



 ―――羊さんがハト君追いかけてる。

 凄いね東京。

 まさか、かの現代大都市である帝都でこんな光景を見ることができるなんて。

 やっぱり都会のハト君はハイカラって言うか、人に追いかけられても全然飛んで逃げるって発想がないんだよね。



「………………」  



 ―――あ、違う。

 あの羊さん、女の子だ。

 めえめえ……羊さんファッションっていうのが良いのかな。

 ふんわりした白地のもこもこコートに、もこもこの耳当て、そしてもこもこベレー帽。

 もこもこだ。

 この冬場だとあったかそうで良いね、もこもこ。



「で。―――んー……あの子だね」



 で、私の探し人はあの子で間違いなさそうだ。

 さて、今回のナンパはどういう切り口で行こうか。


 前は在日日本人、その前は喫茶店のお姉さん、その前は……。

 


「………!」



 ……ほ?

 立ち上がり、一歩踏み出そうとして……随分と視線の先に居る少女が、何かを感じたようにこちらへ振り返る。

 当然だけど、容姿はあちらとまるで違う。

 

 けど……身長や体格で言えば、殆ど差異がないね。

 じっ……と。

 目を何度も何度も瞬かせ、片時も目を離すことなくこちらを伺いつつも、しかし何をするでもなく迷うように逡巡している少女。

 立ち尽くすその姿はどうにも見た目以上に小さく見えて。


 でも。

 


「………………」



 なら、そうだ。

 私も、待とうか。

 皆知ってるだろう。

 相手が知らない人なら勿論のこと、偶に会う親族親戚、友人、長らく会わなかった友達……そういう人と久々に会った時って、何処か遠い気がして、気が遅れちゃうこと、あるだろう?


 それって、人によっては大きな……凄く大きな壁なんだ。

 でも、だからこそ。



「……っ」

「……………」



 一歩。

 女の子が、こちらへと一歩足を踏み出す。

 一歩はやがて大きなものとなり、二歩となり、歩みとなる。



「……の」



 歩いてきた少女は、私の目の前で立ち止まりおずおずと声をかけてくる。



「―――あ……、っ。の……!」

「うん。頑張った、ね?」

「………!」




「―――――」

「頑張ったね、ハクロちゃん」

「―――……るみ?」

「うん。私だけど―――ぐっっふぅ……!」



 この私が……まともに攻撃を……!?

 違う、攻撃の意思がないからこそか。


 成程、これはまさに弾速……!

 お腹に鈍い痛みを……身体能力で言えばまぁゲームに及ぶ筈もないけど、この体裁きは紛れもなく彼女だ。

 そして、漏れなく私の耐久も現実準拠だ。

 獅子にじゃれつかれてる可愛い人間さんだ。



「―――るみ……るみ……!」

「はは。まるっきりあっちと同じじゃないか。言ってたほどシャイじゃないね? 君も」

「……ルミが同じだから」



 そういうのもあるんだ。

 私の姿がゲームとまるっきり同じだから、脳がソレを受け入れちゃって……と。

 まるで私が悪いことしてるみたいじゃないか。



「……………」

「………どうかした?」

「本当に、ルミだ……!」



 私だよ?

 欠片ほどのまじりっ気もない、純然たる、磨かれ切った、曇りのない私だよ?



「一応ね? 本名は月見里(やまなし)留美(るみ)って言うんだ」

「ルミだ……」

「私だよ?」



 そう言えばこの前手持ち無沙汰で呼んだ解説書か何かにあまり現実の名前をゲーム内で使うものじゃないとかなんとか書いてあったような気も。

 あの子たちほぼほぼアウトだね。


 ところでさ、ハクロちゃん……私のアバターネーム、フルで言える?



「……ぁ。私……ねね。八代(やつしろ)寧々(ねね)

「……ふぅむ」



 重ね、まるで面影がない。

 ちょっと失礼な話ではあるんだけど、こちらの彼女は髪もふんわりした茶色で、瞳も黒だし。

 名前で言っても、あちらの彼女とはまるっきり繋がりがない。


 本当はソレが普通なんだろうけどね。

 


「寧……安らか、穏やか。ネネちゃん。良い名前だ。自己紹介が終わったら……うん。じゃあ、行こうか。私のセレクトプランで良いんだよね?」

「ん! ……何処行く?」

「二種類あってね。お腹空いてるかな」

「甘いもの」

「いいとも。知り合いの所でケーキバイキングの予約を抑えてあってね」



 キャンセル上等。

 質も上等。

 良い所があるんだ。



「けーき……!」

「その後も、きっと楽しんでもらえるよ。ネネちゃんがやんぬるかなって言うまで楽しんでもらうつもりさ」

「―――……やん……ぬ?」

「携帯で調べてみると良い。で、ほら、そこ」

「ん」



 目的地はすぐそこさ。

 ほら、見上げてごらん?



「―――……ん?」

「ほら、そこのホテル。大きいだろう? 60階建ての60階」

「……………」



 ―――ガタガタガタガタガタガタ。



「……………んう?」

「―――ぁ……う」



 ガタガタガタガタ。

 ガタガタガタガタ。

 さながらバイブレーション機能……表情の変化も乏しく震えている。

 恐怖より動揺が近いのかな。



「―――る、るみ……!」

「言っただろう。もうおしまいだ(やんぬるかな)って言うまでって」



 今回は題して「めえめえ塩と鞭作戦」

 牧場では牛さん達の塩分摂取に塩のブロックを置いておくのが定番……彼等にとっては飴同然。

 ちょっとスパルタだけど、今回は一緒に鞭も用意させてもらったよ。 

 


「依頼内容、ちゃんと理解してるよ。同年代の……学校の皆と。現実の人たちとも、仲良くなりたい―――友達、でしょ?」

「―――――」



「……ん」



「ん!」



 ふふ。

 こういうの、いつ以来かな。

 少しずつで良いんだ、ゆっくり、一緒に頑張って行こう?

 取り敢えずは敷居も階層も値段もたかーいホテルへ足を踏み入れる所から、ね?



「いいとも。どんと任せてくれて構わないよ。こう見えて、私には幾つも若人を導いた前科があるからね」

「……ぜん、か?」




ここまでのお付き合い、有り難うございます。

戦いの果て、小さな剣聖さんのお願いが履行され、奇術師流スパルタ対人訓練が開催されようとしている所で……、名残惜しいですが本章はここまでと。

以降はちょっとしたあとがきになりますので、飛ばしていただいて構いません。


……今第八章は完全に戦いメインの章でした。

なんやかんや大規模トーナメントがあって、なんやかんや神様と戦って……極力戦いは(ボロが出る為)避けたい身、結構疲弊中。

前回のあとがきで戦闘はあくまでもサブ要素とか書いてた気がしますが……ともあれ乗り切れてよかった、と。


―――さて。

改めてとなりますが、本作は全11章構成の予定。

つまり、あと三章で畳む形らしいのです。

それが可能なのかは多分作者の人が知っているかもしれませんが、取り敢えず来たるは第九章。


次回からは、題して【パースト編】

英語で言うと……過去編?

例の如く、数話だけ過去編を挟んで過去編をさせて頂く形となるわけですね。


投稿はいつも通りに。

次章も大きく物語が動いていく……のかなぁ。

物語のオルトゥス―――起源へ向け、彼女はどう歩んでいくのか、物語の果てに、紡いだ絆、仲間たちと共にどのような末路を辿るのか。

無事に無職へ帰還できるのか。


手すきな時にお付き合い頂ければなぁー、と。


では、いずれまたどこかのあとがきで。

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