第17幕:地底の水
「と―――名乗ったところで。もう少し、良いかな」
両手を挙げ、高らかに宣言した……少年?
うん、多分男の子―――顔のない彼は、続けるように洞穴内をぐるりと見回し? 語る。
「浸透領域―――。僕達はこの場所をそう呼んでるんだけどね。ここは……かつて、天上の神々との戦いで不定神アスラ・シャムバラが息絶えた、丁度その場所なんだ」
彼、どうやらガイドさんを気取りたいらしい。
右手をご覧くださいってね。
……けど、確かに納得。
道理で、この空間は他の場所よりずっと深く、そして広い感じなんだ。
堆積物の中で生物が朽ち果てると、そこだけ空間になったりするのはよくある話……イタリアのポンペイとか、遺跡として残っていたりもするし。
「まぁ、この大空洞、全部って考えると……」
「改めてヤバい感じするけどな。武道館よりあるぞ、ここ」
改めて、それだけ巨大な生物が朽ちたという事が分かるけど。
でも、不定王……アートルム君は、どうして今更そんな事を。
「ん~~ん、んー……。あー……、いまいち僕の言葉の意味が分かってないみたいだね、君たち」
「内海の化身、創造の大波。地底の水と呼ばれた大神だ。本当に、こんなものだと思うのかい? ―――見せてあげるよ。本当の、姿」
「「……!」」
首を捻る彼が両手を広げた、その瞬間だった。
地面が、天蓋が、壁が……目に見える空間の全てが、一瞬で融けたように、ドロドロと消え。
全面キンキラキン―――……え、これって。
「「―――――」」
唐突な浮遊感に包まれつつ、納得。
勘違いしてたみたいだ。
恐るべきことに―――私達が空間として認識していた、視界に収めていた全ては、本当のソレではなかったようで……。
「マ―――ジ、かよ……! これぇぇ……!? うぉ……!?」
「壁も、天井も―――全部かみしゃまの肉片……ってコト!? 背筋ぞわぞわぁぁぁぁ!!? 落ちるっ!!?」
……あ、そっか。
地面も溶けたんだから、それは落ちるよね。
道理で浮遊感。
で、落ちたら普通に即死コースだよね? これって。
全身を強く打ち付けってやつだよね。
現実だろうとゲームだろうと、高所から落下したら只じゃ済まないのはお約束。
「崖だったらよかったのにね?」
「あー、よくある生存フラグぅ……」
「下が川ならな……」
「だねーー……―――言ってる場合じゃないよぉぉ!!? 地下じゃ呼べない空飛べないじゃん!!」
ダメだよクオンちゃん。
まるで、地上なら飛べるって言ってるようなものじゃないか。
……即座に足場の消滅を認識して行動へ移す事が出来た者は、あまり多くなかった。
むしろ、普通の人は当然そうだ。
昔、お爺様がテレビのドッキリ企画見せてくれたんだけど……芸人さんがエレベーターに乗ったともったら、いきなり底が抜けて、落ちて行くの。
スローカメラで見ると、本当に理解が追い付いてない表情してるんだよね。
「老師ぃ! こういうのはどうすりゃいいんだァ!?」
「……………諦めい」
「壁走って降りればいいんだよ! ね! 王様!」
「―――採用」
「「アホかぁ!!」」
「え、でも―――……12聖さん達走ってるし……壁。NPCの女の子たち抱えて……、シュバババって……降りて……る?」
「もうやだアイツらぁ……」
「人間じゃねえよぉ……」
空中で足場を生成したり、壁に武器を刺して速度を軽減したり……本当に走って降りたり。
皆、それぞれの方法でこの危機に対応する。
流石、歴戦の猛者ともなると生き汚さが違うね。
「あ。皆は大丈夫?」
「あぁ。着地寸前に爆風で軽減する。皆、手つなぐぞ。って事で、ショウタ」
「また俺かよ!!」
「やくめでしょ、破壊工作」
「皆の便利屋です」
成程、理に適ってる。
肝心のタイミングも―――ユウトがいるなら大丈夫かな。
「良かった良かった。じゃあ私は先に行くから。“小鳩召喚”―――“脱出転移”」
「「ズルぅぅ―――ッッ!?」」
勿論、私も生き汚い部類だ。
伊達に人を押しのけて生きてないよ。
ハト君にマッハで地底へ航行してもらって、即座に場所を入れ替えて華麗に着地。
「―――ルミエールさんッ……そのままッ、伏せててッ!」
「……んう?」
と……着地から優雅に起き上がろうとした瞬間、クオンちゃんの声が。
「“炎刃滅却”!!」
ちらと目線を上げれば、視界いっぱいを埋め尽くす触手と、それを燃やし尽くす大波のような黒の炎。
大蛇が断末魔を上げるようにのたうち回り溶けていく触手。
……よくよく見れば、降り立った底は辺り一面の触手畑で。
小麦畑を思わせる、黄金の地平線……。
「ふむ……。俗にいうちゃくちがりってやつだね?」
「……です、ね。伏せてて!」
どうやら、運営側は世界の滅亡を私達に阻止させる気がさらさらないらしい。
本当に意地悪だよ。
………で。
「―――これが……」
本当の意味で姿を現した地下空間。
私達が通って来た最下層……大迷宮80層の通路は、手をかざすと簡単に隠れてしまう程に遠く、小さく、ずぅっと上の方に。
一体何十メートル落ちて来たやら……。
いや、或いは……目算だと、高低差200メートルは超えるね、この大空洞。
そして。
そんな疑問すら些事と断じてしまうような、威容。
「「―――――」」
何とか着地と生存を両立させた精鋭たちが、すぐさま息をのむ。
彼等もまた見てしまった、ソレを。
「神様だからね、何でもありさ。何でもあるから、神様なのさ。分かる? 人間種……と、その他皆さん? 異訪者って本当に色んな種族がいるんだね」
「地底の水と称された大神、アスラ・シャムバラ。その威容はまさしく海であり、全てを呑み込む破壊の渦」
体躯は……体高は。
およそ、この大空洞の半分……つまり、100メートルくらい?
形で言うと富士山をまるっこくしたような黄金半透明の肉体から、大小数百の触手が、身体と同じく不透明のソレが伸びる。
こんなに大きくて肉厚なのに、向こう側が覗けるほどに半透明。
驚きもするさね。
だって、これって……。
「「―――――やっぱスライムじゃん!!」」
だよね。
薄々そうなんじゃないかと思ってたけど、やっぱりそうだよね。
不定神……神様の正体は、何と100メートルにも達しようかという、あまりに巨大な「スライムさん」だったんだ。
「まさか、ここにきてスライムて……」
「オルトゥスってそういう、現代ファンタジーでメジャーな魔物全然出てなかったからね。もう無いものだと思ってたんだけど……」
「そういう趣向って事ね」
スライム、オーク、ゴーレム、スケルトン、オーガ……。
……。
「あ、リアさま。死刻神さんスケルトンなんだっけ?」
「スカル……? あ、えぇ。骨です」
「骨ですね」
守護者様たちがいるから心配してなかったけど、御子さまたちも無事だ。
で。
そう考えると、もしかして地底神たちのモチーフって……。
……あ、そう言えば。
『スライムさん?』
『そうだ、スライムさんだ。私が一番好きな魔物だな』
『……あんまり強くないイメージだけど?』
『―――スライムは強キャラだろ!!』
この前一緒に飲んだ時、トワがそんなこと言ってたっけ。
こういうのを伏線っていうのかな。
……さて。
「―――ステラちゃん、リアさま。協力してくれるかな」
「「!」」
「疲れてるだろうし。この場の皆を癒してあげたいんだ」
「よしキタです!」
「お任せください」
「「式句詠唱」」
「―――“光華耿々・初灯り”」
出現する、巨大な空間を呑むような巨大な魔法陣。
このサイズは私も初めてで。
今この場にいるPLさん達全員を対象として、体力と状態異常の回復だ。
元々このスキルは範囲回復……とはいえ、私一人だと大規模レイドとなるこの人数は流石にカバーしきれない。
なら、アレだ。
皇都の一件でマリアさんとステラちゃんがやってくれたヤツ。
「皆様―――回復は、我々にお任せください。どうぞ、存分に」
「「―――――」」
どうだい? 私のロールプレイは。
最近見てる異世界あにめを参考にしてるんだけど。
それしか出来ないのは事実だし……と、そろそろ真面目に行こう。
「……成程。厄介とまでは行かないけど、やっぱりいつの時代も鬱陶しいね、光の権能の持ち主は……。まぁ、それも終わりだ」
「じゃあ、ここからが本番って事で。―――最後のピース。パパが目覚めたら、世界は終わり。これは、起こすか起こさないかの勝負さ」
「……では、アートルムさま」
「うん。ありがと、アール。ここからは、僕の遊び場だ。いずれ、闇の底で」
短いやり取りの後。
不定王くんと一緒に居たアールさんの姿は、ふっと消え失せる。
前の時も、皆曰く溶けるようにいなくなったらしいし……本当に神出鬼没な人だ。
「で。ただ寝返りを打つだけだけの神様っていうのも面白くないだろう? 目覚めるまでは、僕が司令塔になるよ」
「さぁ。夢と、つゆと消え去る時まで足掻いて―――おっと」
「ッ!!」
「不意打ち失敗……速い!」
騎士王くんと青騎士くんの一撃。
完全に彼の意識外だったであろうそれはしかし、地面から生えてきた黄金の柱に防がれ。
彼はさも可笑しいとお腹を抱え……。
「楽しませてもらうよ」
宣言するまま、吸収されるようにしてそびえ立つ不定神へ溶け、消える。
声だけが、延々とこだまする。
『―――始めようか、諸君。人間と、神。結果の見えた戦いを』
◇
状況としては、先の戦闘と変わらないけど。
確かに、今の不定神さまの「思考」の部分はアートルム君が担っているようで、動きにちゃんと意味がある。
「行ってください、竜の戦士よ。私が拓きます“極光の一条星”ッ!!」
「善き哉! 焔轟乱舞―――ぬぅ!?」
「コイツ等無限沸きかぁ!」
「纏めて薙ぎ払おうぞ。術師隊、放て!」
単身が突出しようとすれば包囲するように立ち塞がり、術師たちが方々から放った弾幕も、先程の戦いとは打って変わってその全てが本体へ届く前に絡み合い強化された触手に防がれる。
全て、ちゃんと思考しているような動き。
自在な動き。
空間内はまさに大混戦。
PLの最精鋭である彼等と、神様の生みだした尖兵が入り乱れ、幾重に流れ弾が、絶えず噴き出る黄金の噴煙が命を刈り取り。
回復を担う私にも、今や明確な意志を持っているように、積極的に攻撃が飛んでくる。
兵站の何たるかをちゃんと分かってるみたいで。
しかし、そんな一撃は悉く魔法と鏃に迎え撃たれ。
また、鋼の一撃に斬と断ち切れ……っと、撃ち漏らしも……。
―――ドゴッ。
不可視の壁に防がれる。
「ルミエールさまは、命に代えてもお護りします……!」
「命に代えられると困るんだ。私何度でも蘇るし」
「微力ながら、私もお力に! 頑張りましょう、皆さん! ―――右手側、来ます!!」
「あいあいさー」
「女性はマムだね。アイアイマム……凄いなぁ、御子さま。攻撃全部予測できるんだ……!」
「私の眼は星の神が与えたものですから!」
護りは万全らしく。
ユウトたちが私の周りを動き、ステラちゃんの指示で攻撃を捌く。
それでもすり抜けてくるような攻撃は、リアさまが一瞬の障壁でガードしてくれる。
「回復役には護衛がつく。パーティーの常識だ」
との事。
私、いつも護ってばっかりだ。
もうちょっと何かしてあげたいんだけど―――あと、私ちょっと気になる事があるんだ。
「……ねえ。睡眠って、状態異常なんだよね?」
「ん? ―――そうだけど」
「ヤバい事考えてる? てか何見てる?」
いや。
―――――――――――――――――――――――
【SKILL】 夜明け (Lv.MAX)
祈りの力に根源を持つ、原初の光。
神の理に介入し、必定さえも塗り替える光の権能。
薄明は砕かれ、世界は暁の光を知る。
太陽は地底より登り、月影は静空なりて、星々は道を示す。
偽りの黎明は沈む。
たそがれ時は既になく、かはたれ時が訪れる。
今こそ、夜明けの時は来たれり。
・対象の【状態異常】効果をあらゆる条件を無視して即座に回復する
―――――――――――――――――――――――
多分、この「あらゆる条件を無視」っていうところがミソなんだ。
どんな前提条件とか、どんな特殊条件とか。
そういう全ての情報を無視して、完全に踏み倒して回復させちゃう……世界の理を真っ向からバカにする、まさしく私が大好きな部類。
こんな無法が許されるのは聖女か道化くらいで。
「―――……ううん。さっきから寝てる寝てる言ってるけどさ。それ……解除したら、どうなるのかなって」
「「やめろおぉぉぉぉぉお!!?」」
「もがもが……」
「話聞いてたか? 起きたら世界が終わるって話してたんだが!?」
いや、大丈夫大丈夫。
この力って、私一人だと使えないくらい魔力消費凄いし。
だから拘束しないで回復できない―――。
「皆様!! 今すぐ防御を……いえ、これは!?」
「「―――――」」
ステラちゃんが叫ぶ。
まるで、何か最悪の可能性を予知したかのように叫ぶ。
それはまさに当たっていた。
言うなれば、ひときわ大きな寝返り……神様の身体が大きく震え、大岩ほどもある雫が雪崩のように、雨と落ちてくる。
そんな事すら些事。
真なる脅威……発生した黄金の大津波は―――どう見ても、全方位空洞内全てをカバーできる範囲のマップ攻撃。
とても避けられるものでなし。
「―――これ、は……」
「負けイベかな?」
防御、とは言っても。
こんな巨大な暴力、一個人がどうこうできるものでは決してなく……撃ち出された魔法も虚しく飲まれ。
「―――当然、一個人では不可能だろう。なれば、私が君たちの盾となろう。天盾の名にかけて」
そんな中。
リアさまのものとはまた異なる、黄金の壁が広がり、波を押し戻す。
「そら、防いだぞ。続けないのか? 諸君」
「「……!」」
「盾ではありませんが、道を拓くのならば、我々が。皆様は、その間に。いかに我らとて、神相手に攻防自在とは行きませんので」
改めて、別格だった。
全方位を呑み込むような数十メートル級の津波を容易く防ぐ盾。
百の触手を一撃に切り裂く刀。
「……………」
「少しは何か喋らんか、若人よ。―――どれ。儂も、後続へ道を示そうか」
「―――白刃、さざれ」
道が、拓かれる。
白刃の一撃は神様本体にすら届き、半透明の肉を割り―――……ん。
「ね、今、一瞬」
「……あぁ」
「何か見えたよね。朱い……核みたいの? あれどうにか壊せって事かな」
「イベント戦闘来たな」
立つ、12聖。
彼等が侵食、浸透してくる黄金の海から守ってくれるという事は。
これは、ある意味お約束の展開という事。
「うーん……。やっぱり、NPCが決めてくれる筈はないか」
「最強の味方がやたらと理由付けて主戦力になってくれない、よくある展開ね。まぁ、あるとないとじゃ全然違うし、滅茶苦茶助かってるんだろうけど」
実際、彼等が居なかったら何も出来ず終わっていたのは確かで。
単純な薙ぎ払い一つで全てが吹き飛ぶ。
あ、またチラッと……。
「―――神様、間違いなく少しずつ小さくなってはいるんだ、少しずつ」
「このままだと、全部消えるまでに数日かかるだろうけどな。……さっきの核か?」
「そうなるかもです」
「でも凄い高い位置にあるよ?」
蒸発、或いは消滅。
不定神さまの身体が崩れて欠損を埋めている瞬間……僅かにほつれた時にだけ現れるあの、紅い核。
アレへ攻撃を当てられれば。
「―――ってわけね。行けそう? 王様」
「……厳しいな」
「ロランド」
「やってやれんことは、無い。のう、ハクロよ」
「…………ん、ん」
PL間でも最強の個である彼等が幾度と切り拓かれた道を進み、仕掛ける。
彼等ごく一部の反応速度は、最早常人の認識を超えてすらいるようで。
「ははは―――この、神話の戦いに巻き込まれた一般戦士枠感よ」
「そっち側の人間が言わないでくんないかな」
「統一大会のベスト16入りが一般枠なら俺達なんなん?」
「今更だけどクオンちゃん強すぎない? 何で大会でなかったの?」
「……あはは」
「どう見ても―――あれが心の臓の可能性、だよな」
「試してみる価値はある―――弓兵、術兵! 今だけ所属関係なく、力を合わせよ!」
「デバンだ、出番」
「目立つチャンスですね」
騎士王くんの号令に、多くが動く。
ショウタ君とエナが。
混戦という不利なステージでも生き残った歴戦の射手たちが手を挙げる。
「如何です? 妖精公子殿。一つ、合技でも」
「良いとも、編集長。ならば―――皆で行こう!! かまえ!」
「「放てぇぇ―――ッ!!」」
………。
一瞬の出来事。
雨と放たれたそれらは、しっかりと核へ向けて放たれ、防御に展開された触手を次々と貫き。
しかし、攻め切れない。
どれだけ放てども、触手を粉砕せども、最後の一押しが足りてない。
届くより前に、後続がやってきてしまう。
そんな時だった。
「「―――――」」
まるでミサイルが激突したかのような、一際大きな打撃音が鳴り罅く……核の場所へ、巨大な岩が炸裂。
―――やっぱり、防がれる。
明らかに見えない加護が働いている感じだ。
とは言え、同じく明らかに普通じゃない痛烈な一撃は……誰が。
皆の注意が、ソレを放ったであろう攻撃主へ向けられ。
「通常の魔法では神の真体を貫通する事は出来ぬか、タウラス」
「………………」
「神とは、永遠。永遠なれば、神ゆえな。……まっこと度し難い」
そう言えば。
今の今まで、このクエストの発起人の事を私達は忘れてたね。
大槌を振り抜いた状態の紅蓮の戦鎚さんを従えるまま、鉄血の侯爵は広げられた右手を前へと突き出す。
「―――――何故我が何の準備もせぬまま無謀な戦いに身を乗り出すと思う? 阿呆が。そのような愚、そのような負け戦など、このクラウス・フォン・ビスマルクが成すものかよ」
彼の言葉は、まさしく決着の狼煙だった。




