第13幕:騎士王と逸般人
「まさか、騎士王がアンタ……貴方だったとはな。偶に話すクラスメイトが実は皆には内緒で魔法少女やってました……みたいなショックだ」
「―――ふッ。何故女になる?」
一瞬突き出た相手の剣が、こちらへ届く前に虚空で静止する。
こちらが放とうとした横薙ぎも、自身の腕より前に行く事なく止まる。
最初の競り合い以降、数分は経っている筈が……未だ互いが「攻撃」した数は合算でも片手指の数程だろうか。
「女はお嫌い? 結構。なら―――幼馴染が世界最高の奇術師だった、ってのはどうだ?」
「………。本当に……、よく、気付いたな」
あぁ、本当にな。
世界って狭いわ。
というかあの学校がおかしいわ。
流石開発者の母校。
ゆったりと動いた互いの剣先が触れあい……一瞬に鋭く弾き合い、隙が無いと見るや再び元の構えへ、にらみ合いへ戻る。
そろそろ、まるで進展のない試合に観客は焦れてる頃合いか。
しかし、この反応―――やはり?
「……あぁ、一つ言っておくが―――あの人はウチのギルド内々定済みなんだ。足りてないなら他当たってくれ」
「少し遅かったな、祭の折に勧誘済みだ」
「―――――……ッとと」
……あぶな。
一瞬、思考を忘れ……刺突を放とうとして、動かした数ミリで腕が止まる。
今は……無理だな。
「だが、何故分かった。君の能力自体、私は高く買っているが……人の挙動を重ね合わせる事、それは君の得意分野ではなかった筈だが?」
「あぁ。現実とゲーム……人相どころか姿形が全く違うんだ。同一人物なんて見分けられるのはあの人くらいなものだろ。けど、貴方は俺の事を知ってた。俺も―――昔、聞いたことがあったんだ。俺が彼女に会うより前に……自分と同じくらい凄いのが。誇りたいくらいの弟子が居た……ってな。妬けるだろ」
「ははは」
……本当にそっくりだな。
挙動、話し方、雰囲気……表情。
この男は、まるであの人とそっくりで……だからこそ、分かる。
鉄仮面の如き無表情ながら、今この男は確かに。
「楽しんでくれてるみたいだな」
「―――分かるか」
無表情検定二段持ちだからな。
だが―――何見てる?
一体、彼は何について楽しみ笑っている?
騎士王の視線は既に眼前に立つ取るに足らない相手から外れており、上へ―――貴賓席の方向へ……。
「拗ねてる顔だ」
「……うん? ―――“一閃”ッ!!」
「―――はは。趨勢よりソレが大切か」
「当然、だろ」
寸でで捌きはしたものの、予想に違わず僅かに肩を抉られ、一方的なダメージが入る。
が、安いものだろう。
一回転と視界が切り替わり、彼が見ていた景色が俺にも見えるように。
視界の高い位置に在する貴賓席では、……どうやら、一人のPLを他の者たちが説得しているようだった。
……あぁ。
―――確かに拗ねてる顔だ、アレは。
………。
……………。
「酷いんだ、皆。皆して私があっちに行くのダメーって言うんだよ? 今日初めて会った人たちだって」
「「……………」」
「酷いよ。ね? ハクロちゃん」
「ん、酷い」
でもハクロちゃんもあの人たちの側で手上げてたよね?
プシュケ様の命令で入口に立ち塞がって、私が出られないようにしてたよね?
ステラちゃんも、リアさまも……皇太子様に鉄血侯様に護衛の皆さんも。
皆して行っちゃダメって。
酷いよね? 訴訟も辞さないよ? それとも、異訪者には人権がないとでも言うのかな、無国籍だし。
ならまずは市民権を得る所から始めないと。
有志を募って抗議活動だ。
「―――さぁ、ルミエールよ。そろそろ観念してくれぬか? 座れ」
「悪いとは思うが、君がいると観戦がはかどるんだ。悪いとは思うが。こんな席で悪いが、座り給え」
「美しき者よ。もっと其方の話を聞かせてはくれぬか。さぁ、我の隣―――」
「こちらが空いてますよ」
「こっちです、ルミエールさま!」
観戦が捗るって何?
皆が私の進路を妨害するのはつまり、皇太子様の言うソレが理由らしく。
でも、そうなってくるとやっぱり私の下宿先も在する国家……帝国皇太子さまの機嫌は損ねられない。
こうしている間に試合の様子も変化してるし……戦いが非常に非常に気になる私は元の席に座り直す。
「……ね。この戦いさ。どう見る? ハクロちゃん」
「……………」
「勿論、ユウトが強いのは知ってるんだよ? けど、騎士王くんって、ロランドさんと並んで最強って言われてるんだろう? 実際、どうなのかな。そんなに強いの?」
私としてはどちらも友達だから、どちらも応援してる。
けど、やはりここは実況でも触れられていた通り、ジャイアントキリングのチャンスを得たユウトの勝率も知りたいところで。
私、そういうのからっきしだから。
果たして、騎士王くん……サーバー最強と名高い彼がどれ程のものかは興味があって。
「ユウトは強い―――けど……アイツ、なんか……ユウトと同じ感じがする」
「え?」
思ってたのと違う答えだ。
同じ感じって、一体―――……っと。
いつも眠たげな半眼の瞳を今だけははっきりと見開いて盤上を睥睨する彼女へ質問を続けようとして、言葉を飲み込む。
最初の競り合い以降、膠着した戦況。
魔剣士と、騎士王。
二人の間の空間……剣を目いっぱい伸ばせば相手を貫いて尚余りある僅かな距離はしかし。
両者共に、未だその半ば程までしか武器を伸ばさない。
相手の身体へ達するくらい剣先を伸ばす方が稀―――そう思わせる程に、戦況は動かない。
「……フム。これは様子見、という事なのか? 爺や」
「……………」
「……むむ、むぅ。アルバウスよ。何故動かぬ? あの二人は」
「……………」
皇太子様も、プシュケ様も。
これまでの試合で全くなかった不可解な展開へ、僅かな疑問を持っているようで。
「―――いえ、殿下」
「様子見、とはやや異なりますな、プシュケ様」
「「?」」
そういう事………私も分かってきたよ。
それは、ある意味では非常に戦いらしい戦いだった。
いや、闘技大会である以上、参加者が皆高レベルの精鋭である以上、今までのも全て戦いではあったんだけど……。
「「―――――」」
熱気に包まれた、魂を震わせるような死闘でなく。
いわば、見切り勝負―――達人同士の決闘を彷彿とさせるもの。
最初こそ困惑し焦れを感じていた観衆たちも、いつしか拳を握り、ただ切に両者の刃が交じり合うその瞬間を待ち望んでいる。
どちらかが動いたとき……必ず、必ずそれは双方が痛手を負っていた。
これ、アレだ。
「―――二人共、分かってるんだね。絶対に攻撃が通るタイミング」
武器を僅かに動かしているのは、読んでいるから。
使用武器は、互いに長剣。
ユウトの持つソレは本人曰く大迷宮でドロップしたっていう魔剣で、現在はテツ君の強化によって最前線でも十分に通用する強力な属性武器に仕上がっているらしい。
火属性の上位派生……炎属性らしい紅色の刀身を持つ、武骨ながら引き込まれるような―――黄昏時を思わせる剣。
では、騎士王くんのは?
彼の持つ剣は、言うなれば宝剣。
鉄色より、ハッキリ銀色と表現できるソレは柄も金色と蒼の精緻な造りで、工芸品や文化財としての価値がありそうだけど。
何より。振られるたびに淡く銀光を残していく。
幻想的とさえ思える光景。
―――あれ、どう見ても聖剣だよね。
「先の先、後の先……どちらも取り合ってるんだ。今までの戦いに負けないくらい、激しく動いてるんだ、アレで……」
「ん。しゅどうけん取り合ってる」
より自分のダメージを少なく、相手のダメージを高く。
無傷でなんて欠片たりとも思っていない。
今でいえば、騎士王くんは相手の手足の挙動を。
ユウトは相手の眼の動きから。
互いに、得意分野で相手を分析して回避行動をとってる。
「いま、互いの予測は完璧に噛み合ってる。必ずダメージが通る、いわば絶対攻撃と、完全に防御が成功する絶対防御。ジャンケンでたたき合ってる感じだ。出来ることがあるとすれば、少しでも自分のダメージを少なく、相手を叩く事。まぁ、いつも通りと言えばそうだけど」
「……あの。ルミエールさま」
「それはつまり、噛み合い続けたら一生決着がつかない、という事ですか?」
「そうとも言えるね」
………。
……………。
「―――てーーと? あのボウズは、王様の同類だってのか!?」
「そういう事、ゴードン。彼……ユウトクンは、王様と同じ……一目見た全てに対応できる、そういう目を持ってる。相手の視線と僅かな予備動作で、先の先まで全部分かっちゃうんだ。そんな人、王様だけだと思ってたんだけどね~」
ほんの一瞬、反射のように僅かに動いた腕が止まり、また僅かに動き、止まる。
そんな動きが幾度も、幾度も……幾度も幾度も。
互いが互いを牽制するかのように。
しかし、その動きは予備動作や威嚇の範囲にすら到っていないような、本当に僅かなもの。
彼等からはソレが何の意味を持っているのか、皆目見当もつかない。
「―――では……お二人が続けているあの動きは」
「有効打にならない事を理解して攻撃を止めているとでもいうのか? たったあれだけの動きで……。理解を超えておるぞ。最早未来視の域ではないか、ソレは」
「その通りだよ、老師。あの二人は未来を見てるんだ。確実に攻撃が通るのなら放つし、無理ならやめる。被弾しても相手のダメージのが大きいならやる。全部理解してるんだろうね。実際、ユウトクンが自分から攻撃らしい攻撃した時、全部被弾したもん、僕」
彼等は、知っている。
騎士王がPL最強と呼ばれる所以。
魔物やNPCなどはともかく、騎士王は相手がPLであるのならば、決して負けない。
その不敗神話を支える根幹こそ、騎士王ムーンが持つ天性の才。
何の自己強化も持たない、最弱の戦闘ユニーク【騎士王】の保有者たる彼自身のスキル。
「……ああいう、異能染みた力―――ギフテッドだっけ? あんな馬鹿げた力を持ってる人に限って、何故か油断も慢心も……そういうのが欠片もないんだよね」
一見膠着しているかに見えて、確実に進んでいる戦況。
魔剣士の放った一撃が騎士王の小手の継ぎ目を僅かに裂き、逆に騎士王が放った一撃は魔剣士の脇腹を裂く。
その様子に。
青騎士は目を細め、笑みを深める。
「でも―――やっぱり……最強は、王様さっ。どんな芸当でも、どんな異能だって。上位互換っていうのがあってね。あの技術は、王様に一日の長があるみたいだ」
「―――……難しい言葉知ってるな、ボウズ」
「賢いではないか」
「流石副長ですね」
「……………ゴホゴホン……。けど―――まるで、兄弟みたいだよね、あの二人。それとも、同じ釜の飯っていうのかな」
青騎士には、僅かな疑念があった。
その、違和感に気付いていた。
彼もまた、己を最高峰の実力者であると客観的に理解している故……敵の動きを分析して戦いを有利にするめる事など分かり切っている故。
だからこそ―――騎士王と、魔剣士……両者の動きが、あまりに酷似しているという事に。
同じタイプの技術であるという事以上に、同じ型に嵌っていたかのような、酷似という言葉でも表せない、言いようのない違和感に。
「……本当に似てるんだ、あの二人の戦い方って」
「そう―――まるで、同じ技術を同じ人から教わったみたいに……さ」
………。
……………。
「―――なぁ! 青騎士もそうだったが、鎧ある事を思い出してくれないか!? なんで付いてこれるんだよ! それともアンタ等高尚な騎士様の鎧は段ボール製なのか!? 住所不定か!?」
「面白い例えだ。……ならば、ソレについてくる君はゴキブリだろうか」
真剣勝負が煮詰まってくると……技で白黒がつかないとどうなるか。
焦れは、高尚な人間を子供に戻す。
頭が真っ白、我を忘れて……とどのつまり、感情の決壊。
一度感情のタガが外れた人間というのは誰であろうとそうなる。
今回の場合もある意味ではそうなのだろうか。
「リアルとは違う事、したいだろ。貴方も同じだと思ってたんだが? 裏切り者が」
「しようとしたが、私はこのザマだ。結局、栄光からは逃げられないらしい」
素で言うな、この人。
詰まる所、俺の能力高すぎて普通に振舞おうとしても無理だったわ……って事だ。
「あれだけ疲れた目しておいて、結局こっちでもその眼かよ。リアルでもゲームでも無双状態……と。はは―――馬鹿じゃねえのか?」
「……………」
「ステイステイで、そんなザマ。結局王様、最強様。さぞ楽しいだろうな、てっぺんは」
この際だ。
煽れるだけ煽ってやる。
別に祭……行事の手伝いで無理な作業量任された仕返しがしたいわけじゃない。
「―――ならば、君はどうなのだ」
「一位を目指していると、聞いた。当然最後に塞がるのは私だ。……君なら、できる筈だろう? 少人数で満足か、弱小ギルドで満足か? 新聞の隅で満足か!? 想定外すらない、決死の一撃すらない。淡々と……今のままで私に勝てない事くらい、分かっている筈だ。予想外を見せてみろ。あり得ざるひらめきを見せてみろ。何故―――」
「勝つ必要なんかないんだよ、俺には」
「………!」
「一時でも騎士王とまともにやり合えた。或いは、認められた。今の俺にはそれで十分だ」
名声? 欲しいままだ。
この大会で勝てば、凡百の有象無象が手を挙げて、大手を振るって現れるだろう。
うちに来ないか、仲間になりたい……。
勘弁してくれ、結構だ。
「今の俺じゃあ、貴方に及ばない。似たような才……僅かな差かもしれないが、僅かなソレが埋まる事は永遠にないだろう。―――なら、他頼みか? んなの……数だけ増やすのなんて、他の奴らが沢山山ほどやってるだろ?」
俺は俺のやり方で上に行く。
ただそれだけの事であって、他の誰かにとやかく言われる筋合いなどない。
俺のやり方……向こうとは違う、脇役らしいやり方で、だ。
例えば……小物の常とう手段。相手を揺さぶる、とか。
……確かに読唇は苦手だが―――同音異義。知りたくもない相手の心を読むソレは、昔から大得意でね。
読めなかったのは世界で一人だけだ。
「最後に言わせてもらえるか。―――欲しくもない栄光になんて逃げるな。本当に欲しいものがあるなら、正面から、会いに行けばいい。過ぎた関係なんかじゃない。あの人は、ずっと待っててくれる。そういう人だ」
「……………!」
「だから―――真似するなら、アンタも待ってろ、首洗って。俺は、必ず勝ちに行く。アンタ等の上に行く。俺の、仲間たちと」
言いたい事を言ったら、退場。
これ、脇役の基本。
「―――“焔閃・斬鬼零落”」
今打てる最大の攻撃スキル。
無論、ボスレベルの魔物にはてんで効かないようなものだが……対人ならこれで十分。
炎属性たる真紅の焔を纏った斬撃は、まるでとどめの一撃と言わんばかりに半月を描いて騎士王へ伸び―――。
「“王断”」
見るも無残、一瞬で返り討ち。
後出しが正式ルールと化していた戦いで、バカみたいに突っ込んだ身体は深々と袈裟に刻まれ。
「ふふッ―――……あぁ。いつでも来ると良い。君ならば、歓迎しよう。団員として」
「……はッ。真っ平御免だ、主人公様」
スマン、皆。
あれだけお膳立てしてもらって、結局負け……いや。
楽しかったし、良いか。
◇
◇
◇
革靴、或いは裸足。
一面が鉱物の足場となっている広大な空間には、大小の人影が一つずつ。
一人は長身、一人は小柄も小柄。
魔物の唸り声に溶けるように、歩みの音が反響する。
Lv.にして80超……地上でも類を見ない強大な魔物らが跋扈するその区域において、しかし彼等は臆さないし襲われない。
前方を歩けども、脇を通り抜けども。
両者にひとたび視線を向けた魔物らは、しかし興味もなさそうに他所を向く。
やがて辿り着くは―――大迷宮深層。
未だ異訪者らが足を踏み入れること叶わない、厳重に封印されし神域。
そこへ難なく降り立ったのは、果たして。
「―――では……不定王さま。こちらで宜しいのですね?」
「うん。ありがと、アール。一人だと迷ってたかも」
魔物はヒトを襲う。
それは地底の神々が形作った魔物が敵対者である天上の神々の眷属を襲うという単純な設定によるもの。
で、あるのならば……ヒトならざる両者が難なくこの場へ到れるのは、至極当然の事。
「えーーと? 何処だっけ」
懐をまさぐる、まさぐる……。
小柄な人影……顔のない少年の手には、いつしか大空をそのまま結晶に落とし込んだかのような……本来懐に入るような大きさでは断じてない、抱える程もある青の球体が収まっており。
彼はソレをゆっくりと掌から零れさせ。
支えを失った球は、鉱物の乾いた地面へと着弾……容易く砕け、ドロリとした内容物が流れる。
「おはよ、パパ。それともママ?」
「はて。どちらでしょうね……っとと。揺れが激しく……」
………。
やがて。
内容物が、破片が、鉱物が……地面が―――取り巻く空間全てが、彼の意思に応えた。
空間は、死する事も叶わずこの時を待ち続けていたのだ。
何故なら、ソレは還りたがっているからだ。
何故なら、鉱物とは不滅なるものだからだ。
何故なら……その空間こそが、神の玉体であるからだ。
「さぁ、目覚めよ。不定神アスラ・シャムバラ。地底の水。六神の中で最も強大な軍の力を有する形なき神―――我が創造主、創世の妖塊よッ!!」
―――。
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―――。
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【Original Quest】 創世の妖塊
(所要:不定)
緊急クエストが【鉱山都市】にて発生中です。
大迷宮深層にて【不定神アスラ・シャムバラ】の封印が決壊。
終末イベントへ繋がる恐れがあります。
PL、NPC間で協力して週末イベントの到来を防ぎましょう。
貢献度によって【大迷宮】のランキングポイントを取得できます。
【勝利条件】
不定神****・*****の再封印(main)
黒幕の討伐(sub)
【敗北条件】
鉱山都市の壊滅
鉱山都市領主の死亡
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