第12幕:おめでとお祝い
鳴り止まない拍手と歓声の中、彼女はそれら自身へ送られる最大の賛辞へ、何らモーションを返す事はせず。
一瞥、見上げる事もなく……そのまま、淡々と退場していった。
果たして、ソレは何故。
褒めて欲しいというのはあくまで身内限定だから?
私達だけで、他の人たちの賞賛は有象無象だから?
違うのだろう。
決してそんな筈はなく、ただ……。
「―――ルミ」
「やぁハクロちゃん。勝った、ね」
「……………」
「恥ずかしかった、ね」
「……………ん」
そうとも。
恥ずかしかったんだ。
どういうわけなのか―――これは馬鹿にしている訳でも非難している訳でもないんだけど、彼女って他の人では見た事もないくらい表情の変化に乏しくて……ちょっと不愛想にも見えちゃうから、初対面の人ほど彼女の事を一匹オオカミな性格だと錯覚してしまう。
けれどそれは、ただ単純にハクロちゃんが対人に慣れてないというだけで。
本当は沢山の人に応援もしてほしいし、沢山褒めて欲しい……誰かと一緒にいるのが大好きな子なんだ。
そもそも、これまでの彼女はあんな大人数の見守る中で戦った事なんてなかっただろうし、割れんばかりの喝采、脚光を浴びる事なんてないに等しかった筈。
戦闘というのも、ずっと修行とか魔物相手の行きずり戦闘ばかりだっただろうからね。
だから、凄く緊張して……恥ずかしくて。
それで、まともに見る事も出来ずにそそくさと退場しちゃったんだろう。
「うん、うん。オルトゥスのクロニクルとしては小さな一歩だけど、私達にとって大きな一歩だよ? これは。―――じゃあさ? 次の試合は終わった後に手を振ってみるとか、どうかなぁ」
「頑張る……!」
「ククッ……勝利前提―――か。うむ、それでこそよ。それでこそじゃな。上弦騎士として、敗北は許さぬぞ、ハクロ」
「……勝つより手を振る方が難度が高いものか、バカ弟子め。―――おい、ハクロよ」
「……………」
「まずは師である儂の前へ来て報告をするが道理ではないか?」
「……ふんっ」
「―――はぁぁぁ。全く、そなたら……」
プシュケ様が嘆息するのは最も。
改めて、本当に素直じゃないんだ、この師弟。
状況を簡潔に表すと、褒めたいから早くこっちへ来いと凄ーーく遠回しに言っているアルバウスさまと、難解すぎる表現ゆえに怒られていると勘違いしていきたくないハクロちゃんという構図。
やれやれ……と。
プシュケ様の気持ちになって同じく首を振っていると、視界に入るは一般席でこちらへ手を振っている一団。
ナナミとエナの口がパクパク……。
早口でまくしたてられる多くは、ハクロちゃんの勝利に対するお祝いの言葉らしいけど。
付け足されるは、私へ向けた言葉だろうか。
大丈夫? 大丈夫ですか―――と。
「楽しんでるよ。こっちは大丈夫―――」
……首傾げられるね。やっぱり。
一般に、読唇術というものの正誤は訓練したプロで半々だという。
声色が、声量が、個人個人の喋り方が違うように。
人の言動というものは癖が存在するのが厄介な事で、この癖が「読唇」という本来練習すればだれでもできるような技術を阻害する。
けれど、それはつまりその癖さえ除いたプレーンな下地があれば、理解するのは容易という事。
「ぱく、ぱく……ってね?」
「ん?」
「あ、い、う、え……お。分かりやすく口を開けて、喋る。会話の基本だよね。けど、それだけでいいんだ。ある程度の経験者が近くに居れば全部分かる。ユウトなら百パーさ」
「おーー」
目は口ほどにものを言う。
よく言われる諺だけど、どちらも人間のコミュニケーションを司る重要な器官だ。
公に、日本人は相手の眼を見て、欧米では口を見て会話をするとも言うね。
機嫌を伺う時もそれらを見て判断するんだ。
だからアメリカではマスクをするのを嫌がる人も多いし、逆に日本では抵抗がない人も多い。
「知ってるかな? 人間の目が白目と黒目に分かれてるのも、よりアイコンタクトによるコミュニケーションをとりやすいように進化したっていう説があるんだ」
「「おーー」」
―――増えてる。
よく反応してくれる子たちが増えてる。
ハクロちゃん、ステラちゃんやリアさまに混じってても違和感ないんだね。
元々容姿がファンタジー寄りっていうのもあるかな―――と。
『戻ってこないのか? ルミねぇ』
「もう少し、ね。もう少ししたら戻るよ」
こちらを見上げているユウト―――送られてくる口パクへ返事をするけど。
案外、あの子たちがこっちへ来るというのもいいかもしれない。
勿論、お許しが出るのならだけど……、むむ?
ヒソヒソ……クスクス。
あの子たち、こちらに背を向けるまま、口元を隠して話をしているよ。
なのに、時折振り向いてこちらを見ているのは……。
さては―――天岩戸作戦。
話してる内容が気になった私が向こうへ戻るのを期待しての事なのかな。
ふ……甘いね、ハチミツとメープルをたらふく吸い込んだホットケーキさんよりも甘い。
私はヒソヒソ話をわざわざ聞きに行く程卑しい性格じゃないのさ。
「おい、ルミエール。何処へ行く」
「いえね、そろそろ一般席に戻ろうかと」
「ほう、そうかそうか……」
「―――確保」
◇
「「天岩戸作戦」」
「ですっ……! こうしていれば、ルミ姉さんが気になって戻ってくる気がします」
「―――……かもな」
「単純すぎるよ……色々と」
「もう今更だよ、クオンさん」
「なーー」
「さぁ、ユウト! 上なに話してる!? 帰りの会してる!?」
「……………」
作戦とも言えないような馬鹿馬鹿しさだが、無いと言い切れないのがあの人だ。
あるかもな、効果。
一つ、観戦のために用意した遠見のアイテムを覗くままに目を凝らして貴賓席を確認し……。
―――私が席を外しても良いと思う人ーー。
………。
―――ハイ怖がらないで良いからねーー、素直にねーー。
………。
―――じゃあ、ダメだと思う人ーー。
―――そんなーー。
ダメそう。
「……満場一致らしいな」
「「どゆこと?」」
「ルミエールさん以外皆して手上げてるっぽいけど、多数決でも取ってるのかな?」
さてな。
もう知らん、アレは。
「……うん。そろそろだね? 優斗。調子良さそう?」
「まずまずだな。思いのほか緊張はしてない」
「バイブレーション機能搭載しておいてよく言うわ。お前の場合は顔に出ないだけとも言うな」
「顔だけですからね」
「顔だけの男だよね」
「正直顔は良いよね」
「……ユニーク【騎士王】の真骨頂は、固有の味方への強力なバフ効果。つまり、自身の能力自体は素の能力まま」
「露骨に話逸らすじゃん。―――そうだね。ユニークだから元の能力補正が高いのはありそうだけど、それでも……」
本来ならば自身が最前線で戦う事を想定しているモノではない筈だが。
今大会で、改めて確認したあの男は……理外の強さだった。
およそ、今までの調子で闘技場に降り立って戦えるような相手ではなく。
いや、そもそも調子が良い悪い以前の問題……。
―――おんしだからこそ、絶対に勝てぬ!
―――君は、あの人とは違う。
それに、あの二人の言葉も気掛かりを加速させる。
「……能力的に分析しようにも、そもそもユニークだからねー。お得意の鑑定とかは通らないだろうし」
今となっては有名な話。
ユニーク職というのは、オルトゥスのサービス開始当時より自身のステータスを隠匿できる能力を持っている。
それならそれで、鑑定できない相手はユニークだと分かるものだが、単純にアイテムによりステータスを隠している者もいるわけで。
「今回は順当にユニークだから、偽装云々の心配はない、と。その辺は考え事が一つ減って良い事だ。―――対抗手段は、ある。秘策がな」
「ま?」
「多分破られるけどな」
「「ま?」」
――――――――――――――――――――
【Name】 ユウト
【種族】 人間種
【一次職】 魔剣士(Lv.60)
【二次職】 鑑定家(Lv.9)
【職業履歴】
一次:戦士(1st) 剣士(2nd)
魔剣士(3rd)
二次:鑑定家(Lv.9)
【基礎能力(経験値0P)】
体力:30 筋力:43(+30) 魔力:40(+15)
防御:30(+10) 魔防:40(+10) 俊敏:67(+15)
【能力適正】
白兵:B 射撃:D 器用:D
攻魔:C 支魔:E 特魔:E
――――――――――――――――――――
向こうのレベルも当然カンスト済みだろう。
そういった差による上下関係は存在しない。
後は装備の差異と、技術的な問題。
「小難しい顔してないでさ? 気楽にいこーよ。こっち無名だよ? やられて困るの向こうだけだし」
「無名じゃないですぅーー、最近じゃちょっとは名前売れてますぅーー」
大迷宮の攻略という点だけな。
実の所、現状「大迷宮」は80層で攻略打ち止めとなっている。
層は数字が推奨レベルと言われていて……まぁ、現状20レベルも上に行ってしまってはいる訳だが。
解放されない限りはそれ以上には当然進めず。
大迷宮の攻略ランキングでは到達階層が一般に掲示されており、ランキングに大きな影響を持つのだが、少人数ギルドかつ、24時間オルトゥスにログインできるゲーム廃人というわけですらない俺たちがランキングに入れたのはこのシステムによる影響が大きくて。
速い話が、チームワークの完成度だ。
大迷宮ともなれば、人数が多ければ良いというものでもないし、個の力にも限界があるからな。
推奨レベルを遥かに超えた80層まで行けるようなチームワークを持つパーティーが殆どいないのはある意味当然。
煮詰まってしまっているのはその為。
……気になると言えば、そちらも確かに。
ここ最近、レベル上限の解放……4thが解禁されるという噂と共に公式が呟いている大迷宮の謳い文句に曰く……大迷宮関係何らかの進捗がある、とか。
「―――大地の叫びがこだましている」
「深き地の獄へ、深淵へと帰郷する事を。融け落ちた記憶は、切に切に願っているのだ……と」
公式の呟きだ。
「やっぱりよ? 地底神……不定の神―――もしかして、本当に近々復活するとかあるのか?」
古くより、ゲームのラスボスクラスと言えば神様などが真っ先に挙げられるが。
その辺まで行くと、インフレバトルだ。
事実、オルトゥスのラスボスとして今現在で最有力なのは最後の地底神たる魔神王……。
次点で、影で暗躍する組織「ノクス」……彼等が企む地底神復活の計画などは、クロニクルとも密接に関わってきている。
前日譚である海岸都市の一件、第二次クロニクルである皇都の一件。
どちらも目的は神の復活だった。
あり得ない話ではなく、どころか最有力とさえいるのは確か。
「でも、現状のPLで勝てるの? 神様って」
「鉄血候にでも聞いてみるか? 丁度あそこにいる―――ステイ、ステイ」
「「がるるるるるるッッ」」
一斉に威嚇を始める仲間たち。
七海と恵那はともかく何で将太と航まで加わる?
嫌われたもんだな、鉄血候。
俺も嫌いだ、理由は忘れた。
「クオン、これ止めるの手伝ってくれ」
「………またこれなんだぁ」
唯一の良心、可哀想なツッコミ役と一緒に仲間を留めていると、こちらの騒ぎに気付いてか貴賓席の聖女様がこちらを一瞥し。
また、口をパクパク―――。
「こっち来る? だって!!」
「そう言ってました!」
「ねぇ、なんでそういう所だけ分かるかな? ねぇ」
あの人は、こちらへ手を振った後に上腕二頭筋を強調するようなマッスルポーズをとる。
………。
ここからは俺だけ別行動。
―――応援のつもりらしい、あれで。
「一緒に応援……ね。少しばかり提案が遅くないか? ちょっとでも話が出来ればやる気も出たんだがなぁ」
「勝てば褒めてもらえるよ?」
「勝てばですけどね。さ、早く行って来てください、優斗」
貴賓席へ向かうためにと立ち上がった筈の仲間たちから次々に背を叩かれ……何故座り直す?
「―――戻ってくるまで待ってるよ、僕達」
「ん。10分までなら待ってやらん事もない」
「……………」
今のリスポーンは鉱山都市。
ヨハネスさんのように、やられてすぐ戻ってくることはできない。
まぁ、航たちの言いたい事はつまり………。
「ウェイ!」
「頑張って来てね、優斗」
「応援してます」
「インテリだから大丈夫!」
「私も、しっかり見てるから!」
「……ん、行ってくる」
足取りは重いが、気分は悪くない。
が……思えば、本当に久しぶりにまともな応援を受けた気がするな。
………。
経験者なら分かる事だが、武道の試合というのは本当に一瞬だ。
判定者がいる以上、有効打だと判断されれば痛くもかゆくもない攻撃であっても、反撃を考えるより早く敗北している。
流石に、気付かないうちに負けてるのだけは勘弁してほしい所だが……。
『では、東門より!! かの最強ギルドが誇る精鋭を二度に渡って打ち破ったダークホース。何の因果か、或いは作為か……一応言っておきますが大会運営はなーーにも操作はしてませんよッ! 大迷宮より這い出た刺客! 上位者狩り、ユウト選手ッ!!』
『西門より。―――もはや、彼の事を言葉で語る事さえ無粋でしょうか。果たして、本当に人間? PLなのか……。絵本の中から飛び出せし存在」
「常に気品を感じさせるその佇まい、余裕の足取り……。いけないと分かっていても恋は止められない。勿論私も大ファンっ。言わずと知れた最強の代名詞……騎士王の登場です!!』
対面の入場口から現れる白銀の全身鎧。
肩で短くたなびく青のマントも、精緻な造りの甲冑も……真にファンタジー世界の住人だと錯覚する様で。
同時に歩み登る中央の盤上。
悠々としたその足取りは、確かに神聖さすら覚え。
相変わらず、聖騎士より聖騎士らしい造形、とでもいうべきか。
既に俺の辞書での聖騎士は高速で動き回るヤバいやつを指す言葉に成り果てているが。
……会話くらいいいだろう。
「知名度補正が強いな、相変わらず。司会も買収済みとは恐れ入った」
「………ほう。賞賛が欲しくて戦っていたのか、君は」
「少なくともアンタ達になって変わるつもりがある程度には、な。ところで―――正直、あの試合より派手に……行けると思うか?」
大会というのは上位争いほど期待されるのが当然だが。
仕方のない事とは言え、件の試合以降、その後の試合に期待するものは激減している筈だ。
その辺は、ルミねぇも残念に思うだろう。
―――自分に重ねて、な。
「確かに、派手は難しいだろう。しかし、目を見張る試合に出来るかどうかは……君次第だ」
「たし―――かに……なッ!!」
落ち着いた声色で返される言葉は、相手が緊張などというものとは無縁と分かる。
改めて……初めてこの距離で……ゼロ距離に接近してきた相手。
交じり合った武器が火花を散らす。
本来であれば凡百で弱小のPLが眼前に立つ事すら許されない、絶対強者。
ここまでの試合、奴の試合時間は総合しても数分程度だろう。
「……ッ!!」
「良い反応だ。若さ特有の」
事実、―――初撃の反応が一瞬でも遅れていたのなら。
………。
俊敏だけを見るならば、青騎士よりは当然に遅い。
だが、そこじゃない。
「―――こちとら、無名だぞ。そこ、は……舐めプ、しろよ」
「相手に失礼、だろう?」
「まぁ、それを抜きにしても―――君を相手にそのような愚は取らないさ、優斗」
「……!」
競り合う中、相手の剣が離れていく。
強く床を蹴りバックステップした相手は……。
「貫け―――“剛尖剣”」
動揺したつもりなど無かった。
飛翔してくるソレも、先の試合でロランドが見せた物に比べれば小規模。
だが……。
「―――くッ!!」
避けないとヤバい。
そう確信させられた。
俺がこの攻撃を見たのは今大会でも初めて……だが、只スキルで発生させた剣を飛ばすだけの攻撃―――そんなモノを今までの試合で出し渋る理由がないからな。
「それ、なんでも貫く剣……とかか?」
「……………」
「そうか―――“一閃”」
二、三と中距離から繰り出される飛剣を、スキルの単純動作で擦り上げ、往なす。
スキルはいつだって同じモーション、同じ攻撃だから決して軌道はブレない……それを利用した七海の得意技だ。
そのままにスキルモーションを生かして肉薄。
「一閃」
発動中だった攻撃を上書きするままに追撃。
兜の奥で細められた瞳と、真っ直ぐに視線を交差させる。
「友達のテンションで名前呼ぶなよ」
「……………」
「騎士王ムーン―――俺も知ってるぞ、アンタの事」




