第11幕:白鷺の剣聖
「こっち」
「ぬ……、ぅ―――カ、……ハ、ァァァ!!」
巡る螺旋、瞬閃の剣舞。
遥か中空へ跳躍するまま、まるで足場でも存在するかのように数秒滑空……ハヤブサが如く空を飛び回り、その刃を振るうハクロ。
大剣の姿は実体の存在しない霧や明滅する残光とさえ思え。
動作動作、単一の動きこそ視認できても、一連の動作全てを目で追う事はもはや不可能に近しく。
「ぐッ……ぬぬ、ぅ!!」
まるで背に翼を負うように飛び続ける大剣士を前に、ロランドは防御の構えを崩す事が出来ず。
寸でで対応しつつも、やがては押し込まれ、押し込まれ……。
「―――はぁ……、はぁ……―――ククッ」
「……? 面白、い?」
「あぁ……」
そんな中でも、彼は笑っていた。
誰が見ても追い込まれている事が分かる状況の中で、だ。
「聖剣の秘奥を引き出す、力。成程……。其方は、既に到っていたのか」
「ろらんど、出来る?」
「……否。吾は、只人に非ず。ゆえに、聖剣を本来の使い方で振るう事は出来ぬ」
「?」
「故……、吾は、吾のやり方で行かせてもらうッ」
「吾、竜なりて。我が身、厄災なりて。吾―――最強なり!!」
突如として竜人の五体を、聖剣エトナから発生した焔が巻く。
………。
一方が次の札を切れば、もう一方が。
戦いは終わらない。
互いを最高の敵であると認識している故に、出し惜しみなど知らぬと……竜人は、最後の一手を見せる。
「拘束、限定解除。“竜脈―――解放”」
焔が晴れる。
その筋骨隆々の体躯は変わらずとも、彼の額には灼けたような赫色の角が現れ。
背からは、翼のように白焔が迸る。
「「―――――」」
会場中が目を奪われるのも止む無しだろう。
それはまさに、竜だった。
只人に押し込められた巨獣の熱が、抑えきれぬとばかりに迸っているようであった。
「さぁ、さぁ……! 只ひたぶるに立ち会わん。ただひたぶるに死合わん!! 剣の優劣を! 生物としての格を!」
「……ん!!」
両者の戦闘を……盤上の様相を飾る台詞は、もはや台風の目などという言葉ですらなく。
二匹の怪物が―――只人を超えた厄災が互いを喰らい合うのを、その領域に到れぬ只人たちがただ息を飲んで見守り続ける。
「―――……何なんこれ?」
「決勝だったか? コレ。……は? 俺、この後に戦うのか? あそこで? 罰ゲーム?」
「「……………」」
言葉を出せても息を吐けず。
驚きふせっても叫びを上げれず。
応援の熱? 歓声の咆哮?
そのようなもの、盤上にて吹き荒ぶ灼熱の奔流、斬撃の嵐を前にしては、塵芥に同じ。
吹けば飛ぶ残骸同然。
「―――んのッッ……! 馬鹿ヤロォォォォォォ! ヤメロぉッッ! ロランド……! 勝つ必要はない! それは見せんなッ!!」
「はーーい、手遅れに候」
「もう無理っすよ、副ダンちょ」
叫んだとて、当事者に声が届くことは決してなく。
振り絞れども、その声は虚しく。
開会以降―――開会式の熱量をも凌駕する戦いの中で……、全てのPLが見惚れる根源の剣舞の中で。
「アリステラさま……アレは!!」
「はい……! リアさま! でも、そんな……」
「―――経験値スキルだ……」
静かにそれを見下ろしていた貴賓席……唯一のPLだった彼女は、気付く。
「―――ロランドさんのアレ……、生力を消費して発動してるんだ……」
「「!」」
竜戦士を取り巻く焔の熱量……身体に現れし変化。
あれなるは、己の第二スキルたる「蘇生能力」と同じ、生力……つまり経験値を消費して発動するタイプだ、と。
「ルミエールよ……。其方、よもや……」
「見えるの、ですか?」
「え? うん……。見えるというよりは、分かるんですけどね。今起きてるアレって、私が蘇生してる時と同―――もがもがもが……」
「「…………!」」
盤上から決して視線を外さなかったルミエールは、両脇から突如伸びてきた掌に抵抗する事が出来ず、そのまま口を封じられる。
不意打ちでなかったとしても、彼女の筋力では抵抗すら難しかっただろう。
しかし、ソレを成した御子たちは、すぐに周囲の様子からその行動が無駄であったことを理解し。
「えぇ、と……。皆様? これは、ですね……その」
「……いえ。アリステラ様。これは、もう……。―――オルド枢機卿。お願い、できますか?」
「は、殿下」
「―――もがもが……?」
「聖女殿。宜しいですかな」
「もが」
「えぇ、そのままで結構です。……生力、とは。不変のもの。生まれながらにヒトの身に備わりし、絶対不変なる力の根源。魔力などとは異なり、本来失っては二度と戻らぬモノなのです。そして、それを御する事が可能なのは、光の神の権能を扱える者―――光の御子のみ、なのです」
「もが……?」
「つまり、本来私達だけの筈なのです。ですから、扱える事を軽々しく公言してはダメなのです!」
「攫われちゃいますよ! 悪い人に!」
「―――爺や。何故私達を見ているのだろうな、御子等は」
「甚だ疑問ですな、殿下」
会話もそこそこに、見極めるような視線で盤上を伺う者らを他所に。
御子らは嗜めるように口を塞いだままのルミエールへ言い聞かせると、ゆっくりと彼女を解放し。
「ぷはーー」
「良いですか? 言っちゃメッ、ですからね?」
「監禁は怖いんですよ? 自由なんてないですし、おやつも持ってきてもらえません!」
「そんなーー。おやつのない監禁生活なんて……。確かに、レベルって上がる事はあっても下がることはないからね。つまり……無職は最強ってコトだね?」
「「……?」」
「だってほら、転職するとレベルが初期値に……うん。それを言ったら、やっぱり異訪者そのものが特殊って事になるのかな? ……あ。そうだ。プシュケ様? ちょっと許可して欲しい事があるのですが」
「む?」
◇
「えへ……えへへへ……」
「クオンちゃん。ちょっと女の子がしちゃいけない顔してましてよ?」
「―――ぁ」
観衆がそれから目を離せないのはそうだが。
中でも、客席から身を乗り出さんばかりに、深い笑みを浮かべていたクオンは七海の言葉で我に返り。
「ぁ……あーー。凄いよ、ね、ハクロちゃん。白鳥みたい!」
「ハクロだから、どちらかというとサギだけどね。……あ。ほら、白鳥とか、白鷺と言えば、有名処は……」
「「日本武尊」」
「知ってるのか優斗」
「アンド恵那!」
「そう、それ」
「知ってるのか航!!」
―――それは、古く日本神話の伝説。
日ノ本平定を目指した英雄の物語。
強大な熊襲を討ち倒し、蝦夷を制圧したかの大英雄は、志半ばで落命するも、その魂は美しい白の鳥となって飛び去って行ったという逸話。
「……んま、実際今のハクロちゃんは……、明らか英雄の化身みたいなもんだしなーー」
「もう正式に12聖名乗っても良さげだよね。白刃の剣聖」
「……いや、ここは、アレだろ。シラサギのように剣の翼を広げ、何処までも羽ばたいていく。さながら―――」
………。
……………。
「―――白鷺の剣聖……、って所かな」
舞うように空を割き、竜を翻弄する彼女だけど。
対する竜も、まるで負けていないというのがこの戦いの恐ろしい所で―――ロランドさんの攻撃は、今や有効範囲がリエルちゃんのユニークと同じくらい広くて。
剣の一振りで、広範囲に焔が広がる恐るべきもの。
この戦いは、まるで生存闘争。
食うか食われるか、星と陽が見守る、大空のもとで繰り広げられる決戦だ。
「私より小さい子が……。わぁ……」
「飛んでます……。奇麗……」
「羽ばたく白鷺のように。舞うように剣を振るう……やはり、そなたの目に狂いはなかったの、アルバウスよ」
「は。あれなるは、あ奴に最も合った戦い方、という事でしょうな」
「……あれこそが彼女の本来の戦い方、と? ―――本当に、大空で戦ってるみたいだ」
武器自体の有効距離はハクロちゃんが上。
だけど、ロランドさん有する焔の聖剣は生成される白焔によって何十倍にもその脅威を増していて、本来であれば近付くだけでハクロちゃんは消滅する程の熱量だろう。
それを留めているのは、魔法すら切り裂く彼女の技。
竜の焔が白鷺を幾重に襲い、白鷺は広げた翼で淡き消す……鋭き一閃は、幾重に生成される大剣―――竜の鱗が幾重に防ぐ。
あまりに只人とは領域が違い過ぎる、果てなる攻防。
『―――……な……ッ。なん……、な、んでッッっすっっっってぇぇぇえええ!!』
そんな戦いの中で。
『よよよヨハネスおちちちおちおちおちついててててくだしあ』
………。
……………。
実況席が騒がしいね。
ずっと盤上の戦いに飲まれっぱなしで、ほとんど機能していなかった実況席に訪れる変化。
本来ならば実況ありきの筈の闘技大会なのだから、ソレを考えればいい傾向、とも言えるけど。
『会場の皆様! 落ち着いて聞いてくださいッッ!! 現在中央闘技場で行われている試合、選手情報の続報です!!』
『今や両選手ともに、その能力を疑う者はこの会場内の何処にも存在しないでしょうが……。何と! ハクロ選手は―――王国古代都市所属の12聖天【白刃の剣聖】アルバウス・ピスケスの直弟子! 新たな12聖天候補であることが!! たった今垂れ込まれましてございます!!』
「「―――――!!」」
燃料投下なんだよね、これ。
少し前に垂れ込んだ情報が今になって会場中に広まる。
戦闘は……ゆっくりと、しかし確実に激しさを増した。
初めて、盤上外の要素が彼女等の戦闘に影響を与えた形だ。
そんなようやくの状況を前に、プシュケ様が息をついて。
「……ふーーぬ。何を言い出すかと思えば、よもや其方がハクロの尻を蹴り上げることを提案するとはな」
「あの方が、ハクロちゃんがやる気出ると思ったんです。この場の皆が知っている方が、彼女の自覚が強く働く」
「ゆえに負けられぬ……、と? こみゅしょうのあ奴がか?」
そうとも、そうですとも。
口では言わないけど、アレでハクロちゃん、アルバウスさまの弟子であることに……ソレと騎士である事に誇りを持ってるから。
あの子もまた、この一戦を。
戦いを全力で楽しんでいると共に、12聖として負けられないものであると認識している筈だから。
「其方は、真剣勝負においては一方に肩入れする手合いではないと思うておうたのじゃがな、儂は」
「私も、ハクロちゃんには負けて欲しくないですからね。負けられない戦いであればあるほど、研ぎ澄まされる。彼女はそういうタイプだと私は思ってます」
「―――成程、の」
結局、私の中での「最強」のイメージって、彼女だから。
ちょっと贔屓になっちゃうけど……あの子にはそうあって欲しいんだ。
……。
『ぬ……ぅ!? 一度ならずッ!!』
『ん、届いた。次こそ―――ッ』
戦闘能力は……やはり、単純な技量ではハクロちゃんが圧倒してる。
けど、あの焔巻く戦場では彼女の強みである俊敏が制限されている上、筋力はあちらが圧倒……重ね、魔法っていう超常の力も扱えるロランドさんの引き出しはあまりに多くて。
『大剣生成―――避炎剣!!』
『!』
ムジュンの切っ先が彼に届いたと思われた刹那、まるで鎧……竜の鱗のように生成される大剣により、刺突は防がれ。
そのまま後退した彼女へ向け―――生成した剣に焔を纏わせて投げ飛ばす―――すっごい脳筋戦法。
あわや串刺しか、という所でその攻撃さえも一刀に両断する剣聖。
……今晩は焼き鳥で決定。
『―――なぁ、ハクロよ』
『ん?』
『楽しいな』
『ん……、楽しい』
「―――……あ奴は、まことに……」
「ククク……ッ」
呆れたように額に手をやるアルバウスさまと、然も面白そうに笑うプシュケ様。
「……羨ましい、ものですね」
「「……………」」
そして。
この場にいるアルバウスさま以外の12聖さん達は、戦闘の様子を何処か羨ましそうに眺めて。
―――この人たちって、やっぱり要人の護衛が任務なのかな。
現段階のハクロちゃん以上の力があるのに自由に暴れられないのって、確かに窮屈だろう。
二人の会話を再録する私の言葉に耳をそばだてながら、呆れる人、笑う人……感心する人。
貴賓席の反応はそれぞれで。
『―――なぁ、ハクロよ。其方、ドン・キホーテの物語を知っておるか』
『……?』
『狂想の旅人。虚構の英雄……巨人に立ち向かい、獅子と戦わずして勝し、宿命の騎士と渡り合ったもの』
『巨人……ろらんど? わたし、きほて?』
『―――否。その役は……、吾よッ』
『吾には、其方こそが巨人であるように思えるわッ!!』
……なんだか、ちょっと分かる気がする。
どれだけ焔を広げども、どれだけ巨大な竜を具象しても、ソレを容易く切り裂いていく敵。
あまりに強大な、小さな怪物。
「ドン・キホーテ……うん。ハクロちゃんは―――銀月の騎士、かな?」
多分、ロランドさんは彼女に巨人や獅子、銀月の騎士……それら全てを視ている。
全てが合わさった、真なる怪物に見えているんだ。
「……あの、ルミエールさま? その、キホーテというのは?」
「初めて聞く名前ですね」
ステラちゃんやリアさまには当然馴染みがないだろう。
この世界にも居ない人だ。
「「……………」」
「気になりますか?」
「……いえ。私は」
「う……、む」
アルバウスさまとパルテノさんも反応してるね。
主に、銀月の騎士って単語に。
月光騎士団の指南役さんに、銀閃の刀姫さん……確かに?
「私の世界で言う、絵物語の騎士のことですよ。たった一人にして数十の巨人に立ち向かった、たった一人で世界を巡った、幻想の英雄さま」
「巨人……鋼鉄神の眷属らか!」
「たった一人で……」
「銀月の騎士というのは、彼の物語の最後に現れた、最強の騎士ですね」
騎士という名の、主人公を連れ戻しに来た村人Aさんだ。
だから私の説明は殆ど大ウソだけど、まぁいいだろう。
だって、道化という点では私も彼も同じ。
嘘で塗り固めた存在だ。
そもそも、ソレを言ってしまえばドン・キホーテも私達異訪者も同じ……現実の自分と、いまある騎士や剣士、武芸者としての自分は全く別のもの。
全ては夢であり、いつかは醒めてしまうもの。
けれど、虚構と言えども……自らより遥かに強大な、勇壮な、大いなる敵に立ち向かう。
私、あの物語好きなんだ。
―――或いは、ロランドさんと私、気が合うかもね。
『燃やせ……燃やせ。もっと、もっとだ……』
『……まだ、体力ある?』
『ククク……ッ』
本当に、おかしいよね。
だってロランドさん、もう何度も攻撃を受けていて……いつ消えてもおかしくない筈なのに。
「―――……ぁ」
「ステラさま?」
「既に、彼は―――いえ。あの御方は……。自身の生力を消費して、未だ命を繋いでいるのです」
「……合点がいった」
レベルを消費する事で、体力が0になっても倒れない。
そんなスキルが、あの聖剣の力なんだ。
どれだけ熱いの? ロランドさん。
『我が剣―――エトナは、熱を喰らう聖剣。持ち主の熱を喰らい、生力を焔にくべ、持ち主を生かす……。これは、吾が戦に賭けるもの。吾は、最強でなくてはならぬのだ……!! 吾は、先導者でなくてはならぬのだッッ!! なれば!!』
『……聞かせよッ。我が好敵手、ハクロよ! 何故、其方は戦うのだ』
彼は問いかける。
自身の生命すら消費してこの場に立つ竜戦士は、未だ嘗て存在しなかった最高の好敵手を前に。
『強くなりたい』
対する彼女の答えは……凄くシンプルで。
『もっと、もっと……強くなれるんだって、バカ師匠が言ってた。だから、一番、強くなる』
「「……………」」
『それで―――』
「皆に。ルミに、褒めてもらう!」
………。
……………。
『……である、か』
未だかつてない規模で迸る焔の海は、まるでロランドさんの全てをくべたような、星が爆発する兆候の如き最後のきらめき。
対し―――魔法を知らぬ剣士は、静かに剣を払う。
命を燃やす戦士と、果てを知りたい騎士は、今再び、互いの武器を構え……。
『なればッーーー“焔天大征"ッッ!!』
『“絶剣―――夢殉”』
太陽と、ソレへ向かって飛び続けた蝋の翼をもつ英雄のように。
先に燃やし尽くすか、先に貫くか。
志半ばで倒れた英雄……翼を融かされ落ちた英雄……伝説の結末を覆すように、白鷺は飛翔し続ける。
太陽さえも貫き、何処までも……、高く―――高く。
………。
……………。
「誉れ……否。友の賞賛……それに勝るもの無し―――、か」
「……あぁ。ソレも―――良い……!」
ロランドさんを取り巻いていた焔が、蝋燭の灯火のようにふっと消える。
彼は、本当に澄み切った笑みを浮かべて。
対するハクロちゃんは―――あの子が、……笑った。
「ろらんど。今迄で一番、強かった!」
「……見事ッ!!」
竜人の姿は、ゆっくりと闘技場から消え去り―――勝者が決まった。
「「―――――」」
『ロランド選手が―――』
『これは……。これは、これは果たしてッッ!! サーバー第二位の最上位ギルドの大団長!! PL最強候補との呼び声も高いかの竜戦士が。竜人ロランドが!! いま、ここに……PLであり12聖でもある無銘の剣聖を前に、破れましたぁぁぁぁぁ!!』
『―――――勝者は、ハクロ選手だぁぁぁ!!』




