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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第八章:フォール編

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第9幕:ベスト16へ向けて



 ……。

 誤算だった、誤算だったとも。

 まさか、ユウトと青騎士くんの戦闘があんなに。



「―――凄かったですぅ……。わたし、殆ど見えませんでした」

「あ。私も、私も」



 ステラちゃんもだったらしい。

 私自身、見えるなら会話の内容も分かるだろうと思ってたんだけど、とんでもない。

 

 二人の動きが早過ぎて、口元を見るとか見ないとか以前の話だったよ。

 遠目だと更に見にくいのもあるけど、本当に速かった。


 けど、一体何の話してたのかな。

 縦横無尽に盤上を駆ける青騎士くんと、スキルの連続発動で応戦するユウト。

 二人の戦いはまだまだ……見えなかったけど、確かにこれからだった筈なのに。


 どうして青騎士くんはリタイアを?


 分からないことだらけだけど、唯一確かなのはユウトが勝ったという事。

 これで、ベスト16入り……と。

 今すぐ客席へ降りて祝福したい気持ちを抑えていると、隣のリアさまが後方の枢機卿さまへ振り返り……いつの間に彼女も隣に? ここ端っこだよ?



「オルド枢機卿? 神使達も、あの方々と同等の速さで動けるのですか?」



 紳士? ……いや、神使。

 確か、皇都の正規軍に属する最高戦力―――古代都市で言う上弦騎士みたいな感じかな。


 枢機卿さまは当然とばかりに頷いて。



「勿論です、殿下。彼等は我が国の最高戦力。異訪者に出来て出来ぬ事などありますまい……」



「しかし。皇都での一件と言い。よもや、異訪者がこれ程までに力を付けていようとは……」

「実に面白いであろう、枢機卿殿。いずれは、追い越される定めやもしれぬ。のぉ、タウラスよ」

「……。―――――」

「ふむ、……ふむ。タウラスもそうだそうだと言っている」



 ソレに関しては鉄血候様たちのいう事も分かるけど、私達としても複雑なんだよ?

 だって、これはゲームだ。

 主役はあくまでPLなんだろう?


 なのに、国家の最高戦力とはいえ、彼等と同じように動ける存在が軍単位で。

 その上、12聖天まで。

 PL間において、現状絶対に敵わない最強とされるNPCたちがいる。

 

 本当にどうなってるのかな、この世界は。

 闘技大会に参加してるのって、PLの中でも上澄みも上澄みなのに、それより上の人がごまんといるんだよ?

 


『―――では、続きまして……第二試合を……』

『えぇ、えぇ! 初めて行きましょうかーーッ!!』



 人数と時間の都合上、二次予選までは各ブロックで行われていた試合だけど、本選は一試合ずつ。

 一部始終を実況できるからか、解説にも熱が入っているらしく。

 その上、いつの間に実況席へ戻って来てたヨハネスさんも交えて二倍賑やかだ。



『では。東より―――ギルド、妖精賛美より。妖精公子、霊弓のティリネル』



『そして西より!! 正体不明! しかして精強! 謎の覆面選手……―――おや?』



 選手紹介は分担制。

 ホッピーさんが一方の名を挙げ、続きヨハネスさんが。


 しかして、果たして。

 東門から現れたエルフさんに対し、今に、西門から闘技場へと現れる筈の姿は、何処にもなく。


 本選へ歩を進め、出場選手にも名を連ねている筈の存在は、しかし。

 灰色の、外套のフードを目深に被り。

 人相が全くうかがえない外見と、人目を引くような、木の枝をそのまま使ったような大弓を持った彼は―――何故か現れない。


 試合放棄?

 いやいや、違うんだ。



「ルミエールさま」

「うん。来るよ、今に」

 


 楽しそうに身を寄せてくるステラちゃんと共にほくそ笑む。

 ―――さても、さても。



『……えーー。予選より、両選手は堅実に実績を積み上げて参りました! 闘技大会、近接有利の戦場に在って、共に武器は弓!! 片や、さながら貴公子のように優美に! 片や、正体不明の覆面レスラーの如く!』



『これなるは、闘技大会に在って、決勝トーナメントに在って、前代未聞の射手対決!!』



『勝つのは妖精公子か!』



『それとも、正体不明の覆面の射手か!』




「「―――――」」



 場を繋ぐように実況は続く。

 でも、いつになっても試合場へ現れない一方に、観衆たちは疑問の声を上げ始め。

 その疑問が最高潮になる頃。



「覆面の射手。果たして? その、正体とは―――」



 その正体は……?

 闘技場の実況席で熱く声を張り上げていた彼が、今に拡声器を放り投げる。

 実況席から華麗に宙へ飛び出す。



「「――――――――――!!」」



 宙で幾度と回転し―――ふわりと試合場に着地。

 風に捲かれるようにパサリと落ちるローブ。

 それは、あの正体不明さんが纏っていた外套で。

 


「そう……こ・の・わ・た・し!! ヨハネスグーテンモルゲン、だーーーッッ!!」




「―――自分贔屓が過ぎませんか? 司会さん」

「ふふ。私事だからね」

「はい、やっぱりヨハネスさんだったんですね……!」



『えーー。選手が一人勝手に盛り上がっておりますが。改めまして、対戦カードが判明いたしました。【精霊弓士】ティリネルに対しますは、同じく【精霊弓士】ヨハネス。つまりこの戦い、弓術師同士、更には同じ職業を持つ者同士の戦いとなっております……!』



 実況席に一人残されたホッピーさんが宣言し。

 遂に、試合が開始する。



――――――――――――――――――――

【Name】    ヨハネス・Guten Morgen

【種族】   人間種 

【一次職】  精霊弓士(Lv.60)

【二次職】  記者(Lv.15)


【職業履歴】 

一次:狩人(1st) 霊弓士(2nd) 

   精霊弓士(3rd)

二次:記者(Lv.15)


【基礎能力(経験値0P)】            

体力:16 筋力:35(+19) 魔力:97(+40)

防御:9 魔防:8  俊敏:75(+20)


【能力適正】

白兵:D 射撃:B 器用:C 

攻魔:B 支魔:E 特魔:E

――――――――――――――――――――




「強い」



 ステラちゃんが見せてくれたソレは、驚きの能力値。

 当然の権利のようにカンストしたレベル。


 ヨハネスさんって実は強かったんだ。

 そう言えば、O&Tのギルドランクって常にトップ20以内に入ってたっけ。

 彼って実質ギルド長みたいなものだし……もしかして武闘派だったの?



「―――今更だけど、良いのかな、見ちゃって。個人情報じゃないかな、これ」

「ルミエールさまは大会には参加なさらないんですよね?」

「ですよね。別にいいのではないです?」



 なのかな。

 確かに、強さが目に見えた方が戦いを一際楽しめるのもそうだけど。



「ティリネル様。貴方のお噂はかねがね……よもや、決勝トーナメントに在って弓術士対決が叶おうとは―――面白いですね。記事のネタになりそうだ」

「題名は? 記者ヨハネス、無様に敗北……とでも付けますか」

「御冗談を。サーバー最強と名高い弓術師、エンジョイ勢に敗れる―――ですッ!!」



 即座に、互いに矢を番える彼等。

 やっぱり、こうして止まっててくれると分かりやすいんだけどな。



「「弦を鳴らせ、蔦を潤せ」」



「「滴る雨を、大地を鳴らせ」」



 ……言葉も同じなら、ソレを放ったのも同時。



「「“破弦”!!」」



 互いに、全く同じ詠唱。

 互いに全く同じタイミング。

 互いの弓から放たれた矢が……(やじり)が、暴風のようにらせんを描いて放たれたそれらが―――擦れる、火花を散らす。

 ……。



「「……………」」



 擦れ合い飛来した攻撃を―――お互い、避けもしない。

 本来なら脳天を撃ち抜く筈だったソレは、互いの頬、その数センチ横を突き抜けるのみにとどまって。



「はは……エンジョイ勢? 貴君が?」

「ふふ……おかしいですか。私は、あくまで二次職メイン。実力を付けるのに必死なあなた達とは―――」

「いえ、いえ。私が言いたいのは……炎上勢の間違いでは? という事です」



「「……………」」



「咲き誇れ、くれないの道下(みちした)

「せせらぎよ。眼下に煌めく逆月(さかつき)よ」

「ひらりひらりと落葉せよ」

「―――うねり、注ぎ、嘲弄(ちょうろう)せよ」



光燿(こうよう)の鏃!」

闇月(あんげつ)の鏃!」



 放たれる二の矢。

 モミジのように朱に光る一撃と、水面のように透き通った一撃。

 

 互いに別の攻撃となって放たれたそれらが交差し……音響を呼び、煙に巻かれているだろう彼等の視界。

 見えない恐怖、過ぎて行く時間。


 ヨハネスさんも、ティリネルさんも……双方、一歩たりともその場を動くことはない。

 ティリネルさんなんかは、本人自身の白兵能力も優れているとワタル君との戦いで既に証明している筈なのに、だ。 


 最早これは、互いの威信をかけたもので。

 もう、戦いの趣旨が変わっているようにすら思えるよ。


 双方、重い鎧も無いし、俊敏重視の構成なのは疑いようもなく。

 つまりは、お互い回避特化の構成。

 一発貰った方が負け。

 命は一つだけ―――その筈なのに、互いの攻撃を避ける事すらしない……実にシンプルかつ、誰にでも分かりやすいルール。


 単調な筈の戦いなのに、今や客席は静まり返って―――誰一人ヤジを飛ばす事もない。

 まるで、達人同士の決闘のようで。



「―――お二人共、凄い……サジタリス様みたいです」



 リアさまが呟く。

 名前から察するに、恐らく。 



「もしかして、12聖さん?」

「はい。我が皇国所属の十二聖で……現在は、行方不明なのです」

「―――緑化の穿弓サジタリス。我が剣と同様、未だ代替わりを経ていない12聖であるか。……痴呆症で彷徨っているのではないか?」

「という事は、プシュケ様。もしかしてアルバウスさまも?」

「―――ふふ。で、あるかもな」



 本当に何処行っちゃったのかな、あの人。

 一応彼女の護衛として来てるんじゃないのかな。

 やっぱりNPCさん達と話してると、普段知る事の出来ないような貴重な情報が出てきて……とと。

 

 

「やりますね、流石は最上位ギルドの最精鋭……霊弓と謳われるだけあります」

「それ、付けたの貴君らO&Tではないですか。私から名乗った覚えは一度としてないのですが」



 三度、四度……弦が鳴る。

 次々に放たれる攻撃の応酬は、最早ラリーの領域……どちらが先に相手という動かない的に技をぶつけられるかの根競べで。



「ですが―――やはり。所詮はPLの後ろばかりを追いかけているブンヤ。未知を開拓し続けている私の方が、今は上の様ですね、ヨハネス」

「……! 今、この私に、何と―――ッッグクぅ……ッ!?」



 矢の応酬が優れているなら、彼等は口先も回る。

 弓術士の特徴なのかな。

 互いに煽り合っていたヨハネスさん、ティリネルさんだけど、一方の放った言葉は攻撃以上に刺さったみたいで―――一瞬だけ動きが鈍ったヨハネスさんの手を抉る一撃。


 彼は、終ぞ番えていた矢を放つ事が出来なかった。



「終わりです……避けねば、ね。―――穿てッ! “極光の一条星(ブライト・スフィア)”ッ!!」

「よもや……!!」



 視界を埋め尽くす圧倒的な極光。

 放たれた光の一矢は、ヨハネスさんが咄嗟に放った一撃を呑み込んで尚留まる事なく、突き進み、そして……。



「―――避けず……か。謝罪しますよ、ヨハネス。貴君は、やはり誇りある狩人だ」

 


 盤上には、一方のみが残される。

 その謝罪……聞こえる人なんていなかっただろうに。

  

 ……。

 威力こそやや小規模だけど、あれってアレだよね。

 海岸都市の一件で、事件の黒幕だったアールさんが使ってた技そのものだ。


 PLも使えたんだ、アレ。

 やっぱり、NPCの技って将来的にはPLも使えるものばかりなのかな。



『勝者! ギルド【妖精賛美】所属、霊弓のティリネル選手!!』

「「―――――」」



 そして。

 あれだけの静けさだった会場に、雷雨のような歓声が巻き起こる。

 抑えていたモノが弾けたみたいだ。 


 「ざまあみろ」とか「よくやってくれた」みたいな声が聞こえる所を見るに、どちらを応援していたかは明白だけど。

 とにかく、これで―――



『さぁ、戻ってまいりました、実況ヨハネスでございます。私の悪口言ってる方々、顔覚えましたよーー』

「「!」」

『ヨハネス? ちょっと大人しくしててくれません?』

『ははは。えー、続きましての試合は―――』



 はや。

 リスポーン地点、何処に設定してるんだろあの人。

 本選まで進めるくらい強くなるためには、膨大な時間と労力を費やしているだろうに……負けたショックなんて欠片も存在しないみたいだ。


 凄いね、ヨハネスさん。



『続きましての試合もまた、メーンイベントと言えるでしょう! 皆さま、ご注目!』



『東門より! 今や白兵戦において最強との呼び声も高く! サシでやるならこの男ォ! その溢れ出んばかりの雄々しさ、刮目せよ!! 【竜人】ロランド選手!!』


『対する、西門より。ノーマークだった予選に始まり、その全ての試合で相手の手の内全てを暴き、その上で凌駕し続けてきた小さき怪物……天性の武芸者。白銀の剣鬼―――ハクロ選手。これは実に盛り上がるカードです……!』



 次の対戦は……ハクロちゃん対ロランドさん。

 闘技場の入口には、既に見えている影。

 もう、両者共に準備万端らしく。


 と……私に気付いた様子の彼女は、こちらへ手を振る。

 眠たげなところもちっちゃくて可愛い。

 あれが戦う前の剣士の顔かな。



「「!」」



 ―――と。

 今まで置物のように動く事のなかった三者へ、突然に変化が現れる。



「―――どうした。リオン。パルテノ」

「……皇太子殿下」

「……っ。申し訳ありません。しかし、あの少女は……」


「タウラス」

「……………!」



 紅蓮さん、金壁さん、銀閃さんが、何かに気付いたように身じろぎして。

 この三人に共通するものと言えば、当然。



「―――ふん、ようやく気付きよったか、未熟者どもが」

「「剣聖殿!」」



 不意に貴賓席に現れる老体……アルバウスさま。

 果たして何処に行っていたのかな……なんて私が首を捻っている中で、プシュケ様が口角を上げる。



「戻ったか、アルバウス」

「は。申し訳ありませんでした、プシュケ様。―――ふふッ。おぬしらが思うておる通りじゃ」

「………!」

「よもや……」

「異訪者に12聖の座を譲ると仰るのですか!? アルバウス老! 馬鹿な!」



 ハクロちゃんは、アルバウスさまの弟子。

 ひいては、彼の跡を継ぐ次代の12聖だ。

 けれど、当の彼女は予選の間も戦いの場に度々現れていた筈で―――本選から観戦を始めたタウラスさんはともかく、予選からずっといた二人は、どうして今更?



「既に、許可をやってきた。―――黙って見ておれ」

「「!」」



 怖いよアルバウスさま。

 背の高いお爺さんが凄むと凄く怖いんだよ?

 


「……ぅ」

「―――ひ……ぅ」



 ほら。

 リアさまもステラちゃんも私の両隣で怖がってるよ?


 ところでさ。

 プシュケ様も、どうしていつの間に私の背後に座ってるのかな。

 他の人たちもどんどん距離詰めて来てるよ?

 どうしてなの? 当然の権利なの?

 広い貴賓席は他にも席空いてるのに、どうして皆いつの間にか私の周りに寄ってくるのかな。 



 ―――もしかして、読唇目当て?

 選手同士の会話聞きに来てるの?



「其方等もこの催しにより理解しておるであろう。異訪者の持つ特異性……あり得ざる成長速度を。この試合で、おぬしらも理解するであろう」



「あ奴こそ、我が座を―――白の剣聖を継ぐ者よ」

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