第7幕:怨嗟の積もるところ
『発症―――状態異常:恐怖』
『発症―――状態異常:恐慌』
『発症―――状態異常:狂乱』
………。
「―――““光華耿々・初灯り”」
『発症―――状態異常;空腹』
『発症―――状態異常:飢餓』
『発症―――状態異常:麻痺』
『発症―――状態異常:鈍化』
『発症―――状態異常:束縛』
『発症―――
………。
「―――““祈りの極光”」
『発症―――状態異常:猛毒 発症―――状態異常:腐食 発症―――状態異常:沈黙 発症―――状態異常:幻惑 発症―――状態異常:盲目 発症―――状態異常:錯乱』
『発症―――特殊状態異常:即死ノ宣刻―――』
………。
ごくごくごくぐびーー。
うむ、うむ。
ちょっと不作法なのは百も承知だけど、急ぎでポーションをがぶ飲み。
だって、いま明らかにダメそうなの混じってたよね。
状態異常を治すアイテムってそれぞれ専用のものがあったりで、万能アイテムって凄く高価なんだよね。
これ、大体のPLは意味も分からず死んじゃうよね?
もしかして私嫌われちゃった? 手の込んだ罠に嵌められちゃってる?
「ルミエールさま。あまり直視なさるのは危険です」
「うん、そうみたい」
ようやく、直視しなければ良いという事を知って。
急いで目を背ければ、これは確かに……。
けど、もっと早く教えてくれると更に助かったかな、リアさま。
頭の中がおかしくなりそうだよ?
状態異常云々より先に、容量がパンクして強制ログアウトさせられるよ?
未だ嘗て、このゲームにこんな沢山の状態異常が存在するなんて知らなかったよ? 私。
―――薄暗い空間だった。
何処までも見上げることができるような、高い……とても高い天井だった。
今現在私達……私、リアさま、ステラちゃんの三人がいるのは、皇国皇都……中枢たる教皇庁の中でも更に深層の地下に存在する場所。
壁面は下手な露天掘りみたいに岩や土の色が剥き出しだし、ガタイの良い男性位もある黒い杭のようなものが不規則に、無数に突き立っている。
どうも、灯りの発生源はその巨大な杭みたいで。
辺りは暗めの月夜くらいの明るさだ。
聖地の地下なんだから、多分聖域っていうべきなんだろうけど。
まぁ、どう考えてもそんな歓迎の仕方じゃないのは確かで。
見上げる程もある大空洞。
私達が立っているのは、そんな広大な深淵のほんの一部……先は崖になっていて―――その足場のない正面を見れば、まさに何も見えないような暗黒が、何処までもどこまでも広がっているようで。
一寸先は闇、と言った感じ。
そんな、自分が矮小でちっぽけな存在だと分からされるような空間に在って、先の先の暗闇に浮かぶソレはどうしてか認識できた。
吸い込まれるような、二つの虚空。
大型の自動車すらすっぽりと収まってしまいそうな穴は、信じがたいけど……その形、その存在は見えないけど私にもあるもの―――眼窩。
虚空に浮かんでいるのは、巨大な「頭蓋骨」だった。
目が慣れてきて、分かる。
頭蓋骨の後ろには、宙釣りになるようにして鉄塔みたいに大きな背骨が続き、側面に肋骨のようなものが。
高所恐怖症の人ならこの空間だけで卒倒してしまいそうなほどに怖いだろうに、こんなこわーいものがコンニチハするなんて聞いてないよ?
お茶の席の二次会がこんな背筋がぞわぞわするものが待ってるなんて知らなかったよ?
これが……。
「―――これが……死刻神、アリマン」
「はい、ルミエールさま。我が国に封印された大神。死と混沌、消えぬ怨恨を刻むとされる地底四神が一柱です」
リアさまが肯定してくれる。
彼女の持つ透き通るような白髪と蜂蜜色の瞳は、こんな空間でもよく見えて。
成程……、成程。
中々どうして、本当に。
「本当にいるんだね、神様。……こんなのが、本当に存在するだなんて。自分がどれだけぬるま湯の中で生きて来たのかを思い知らされているみたいだ」
「―――そんな事はありませんよ!」
「えぇ。ルミエールさまは凄い方ですよ?」
そう言ってくれるのは嬉しいんだけどね。
「けど、こんな出鱈目だとは思ってなかったんだ」
私達PLの現段階での最終目標は、薄明領域を超えた先に在する領域の支配者「魔神王」を討伐する事だと聞いている。
魔神王は封印を逃れた地底神の一柱であり、この神様とは同格の存在だ。
「普通ならば、この場に来た時点で発狂している筈なのです。幾重に封印されているとて、大神級に位置する地底神の中で最も強大とされる闇の神。人の身で立てるものではありませんし、直視などして平静を保っている筈はないのですよ?」
「本当に私来ても良かったの?」
「はい! この場に立ち、平静を保っていられている時点で、問題はない筈です!」
確認方法間違ってないかな。
刺して死ななかったから大丈夫って言ってるようなものだよ。
「えぇ。ですから、そういう意味では、やはりルミエールさまは……」
相性がいいって事なのかな。
――――――――――――――――――――
【聖女(Lv.19)】
彼女は光である。
彼女は救いである。
己が危険を顧みる事無く、苦難を避ける事無く、
無償の慈愛で世界を包む。
彼女は遍く人々に己が光を分け与え、自らの生
力を削りて進み続ける。
いずれ己が光が消え去る、その時まで。
Passive
・暁ノ光(状態異常耐性:極大)
――――――――――――――――――――
曰く、上位の一次職などにはスキルとは別に一つか二つ常時発動の能力がある事が多いらしく。
私の暫定職である聖女にも、一定能力以下の状態異常効果を全て無効化する常時発動スキルが存在する。
それが雑多なものを防いでくれているんだろう。
え、防いでもらってアレなの?
状態異常耐性貫通……どうやって戦うの? アレ。
「ルミエールさま」
「うん」
で。疑問は尽きない。
態々ここに連れて来てくれたリアさまたちは、私に何をさせたかったのかな。
リアさまは、揺れる瞳のまま私の名を呼ぶ。
「貴女は、どう思われますか。この、神たる混沌を目の当たりに……異訪者である貴女は、どのような事を思われましたか?」
「率直にお願いします!」
うーーん。
まず、一つ言える事として。
多分、皇都作る場所間違えてると思うんだ。
業者さんに発注する時間違えちゃったのかな?
皆が病気になっちゃったのってこの神様のせいなんだよね?
……とか、色々思う所はあるけど。
多分、彼女等の言いたい事はそういうモノじゃないんだろう。
「じゃあ、率直に。私は戦闘なんて全然経験してないぬるま湯育ちだけど、ね? 私のあった事のある人達―――異訪者たちの中には、いるよ、沢山。こんな出鱈目な神様と出会ったとしても、むしろ喜び勇んで戦いに参加するような子たちは」
「「……………」」
多分。
二人は、私を同等の協力者として勧誘しているんだ。
もしその時が来てしまった場合、この、凄まじいまでもの神様と戦うための戦力として、私達―――死んでも死なない異訪者を、PL達を。
恐怖で膝を屈さない英傑の助けを必要としているんだ。
私の言葉に、目を見合わせて頷き合う二人。
彼女等は、意を決したように語り始める。
「皇都での騒乱の折。異訪者の皆さまの尽力により、地底四神の中で最強とされる神、この死刻神アリマンが復活する最悪の事態は避けることが出来ました」
「ですけど……もしも、他の地底四神の一柱でも封印から解放されるようなことがあれば、或いはこの神は……いえ。全ての地底神は、呼びかけに応えうるかもしれません」
「そうなればすべては終わり」……と。
至極真面目な表情で語るステラちゃん。
地底四神……。
光の四神と対になる存在である彼等は確か、この死刻神と、海岸都市の鋼鉄神、鉱山都市の不定神、そして……何処かの誰かさん。
この四柱だよね。
―――え。
四柱みーんな復活の可能性があるのかい?
それちょっと話変わってくるよ。
「地底の神々の中には完全に滅された存在もいるはずじゃ?」
流石に話が違うよ?
だって、ほら……輝く威光で不定を融かせ……。
例えば不定神さんなんかは、浄化の焔でグズグズに融かされて消滅……その結果が件の大迷宮の広大な洞穴になったって話を聞いたんだけどな。
「―――いえ。かの神々の中で完全に消滅した存在は、一柱として存在してはおりません」
衝撃の事実。
「じゃあ、皆復活する可能性があるって言うのかい?」
「はい」
「魔神王さんの同類なんだよね? 只でさえ魔神王さん一人でこんな状況なのに、それに匹敵するような強大な神様が―――四柱も? 復活?」
「……えぇ。残念ながら」
「一柱でも完全な形で蘇れば、私達人界三国に生きるものに未来はないのです。古の大戦。神々同士の戦いですら、多大な犠牲の末に封印した神々。四光神さまが眠りについた今となって、戦えるのは我々しかいません」
「そして。神託では今現在、悪しき心の持ち主たちが―――……」
「リアさま?」
話の途中で黙っちゃった彼女は。
『―――帝国……鉱山都市ノ神……』
『封印、ヲ―――解カレヨウト』
リア殿下?
もしかして、さっきの私みたいに状態異常に押しつぶされそうになっちゃってるのかな。
目が虚ろだよ?
白目剥いちゃってちょっとかなり怖いよ?
目隠し要る? でも白いハンケチ被せるのは凄く不謹慎だよね? 亡くなった仏さまにやるやつだよソレ。
「あの、ステラさま」
「神託です」
「え?」
「神託です」
それでゴリ押そうとしてる?
ちょっと無理ないかな、怖いよ?
「日輪。太陽。陽の光。古来より、陽は予言を司る神とされています。リアさまにはそういう力があって……ここ暫く、同じ神託が何度も下っているのです。そして、その頻度はどんどん多くなっていて」
「―――……ぅ」
「リアさま」
目にハイライトの戻ったリアさま。
ふらついた彼女を背中から支える。
「有り難う、ございます……」
「神託の間隔が短くなっている。復活する可能性。鉱山都市って事は……、不定の神ってこと?」
「……はい。およそ、猶予は数週とありません。今回ルミエールさまをお呼びしたのは、異訪者の方々に協力を仰ぎたいと、私とステラ様で話し合った結果で」
私、メッセンジャーみたいな扱い?
異訪者の皆さんにコネクションがあると思われてるのかな。
それ、多分ヨハネスさんの領分だと思うんだけど。
というより……およ?
「猶予、数週もない……。完全に復活すれば、終わり……。もしかして、本当は闘技大会なんてやってる場合じゃなかったりするのかな」
遊んでたら世界滅んじゃってましたーー、えへ?
なんて事になっちゃうよ?
だけど、私にできることって?
……アレかな。
「アレだ。鉄血候さまに会って話をしてこないと」
◇
この世界で過ごして分かった事として。
ゲームである以上、主役はあくまでもPLだから、NPCさん達は積極的には動いてくれない。
今回みたいに何かしらのヒントをくれたり、親しい相手なら頼めば色々してくれもするけど、結局待ちの姿勢でいても何も始まらないわけで。
全ては、私達が動く必要がある。
「お待たせいたしました、皆様。ビスマルク閣下がお会いになるとの事です」
というわけで、現在地は鉱山都市フォディーナの領主館。
広く硬質な廊下に、防音、耐衝撃の機能がしっかりと備わっているらしい室内。
何処もかしこも灰色かつ重厚で、質の良さそうな金属に覆われた守衛さん達はまるで置物のように不動……どうにも、館っていうよりは要塞みたいな館内だ。
都市内の、ソレも一番安全な場所にあるだろうに、どうして「僕最前線です」みたいな顔してるのかな。
唯一趣味的と言えるのは、かなりレアそうな鉱石とかが調度品として置かれてるくらい?
―――クラウス・F・ビスマルク侯爵。
ここの領主様、以前に一度だけ会った事があるんだ。
勿論、そんなのはコネになろう筈もないから、同じ帝国貴族のステラちゃんにアポを取って貰って、ね。
「お待たせしたな、皇女殿下。そして星の御子殿」
扉が開き、センブリ茶みたいなしぶーい声と共に部屋へ踏み込んでくる影は、当然に顔も渋い。
刈り上げた灰色の髪に。
切れ長で鋭い黒の瞳で。
立派なカイゼル髭をたたえた老齢の男性はしかし、活力に漲っていて筋骨隆々。
あの時と何も変わっていない鉄血候様と、その後ろに付き従うようにしてささと踏み入れてくる裏方黒子さん……あの人、十二聖なんだよね。
確か、紅蓮の戦鎚タウラスさん。
本当にずっと付き従ってるんだ。
「さて。申し訳ないが、あまり時間は取れぬ故て身近に染ませて頂こう。本日の要件は―――」
客人として聞いていたであろうステラちゃんとリアさま。
室内へ入り、まず二人へ注意を向けた彼だけど、ソファーでそんな二人に挟まれるように、不遜にも真ん中を陣取る異訪者は嫌でも目に入る様子で。
「……む?」
出た、情報のアップロード。
NPCさんって、過去に関わり合いになったPLとかに再会したりするとこんな感じで思い出す時間があるんだろうね。
リドルさんの時とか、以前にもこんなことあったよ。
「よもや、異訪者。其方―――」
「以前……出土品の買取交渉の際にお会いしましたね、侯爵様。異訪者のルミエールです」
こちらが立ち上がって挨拶する中、目を細めつつ対面にどかりと腰掛けた貴族様。
大きく歪むソファー。
三人掛けだろう席の過半数を占有できるくらいの体躯を持つ彼は、そのまま反発を生かすように身を乗り出す。
「なるほど、その気になったかァ!!」
相も変わらず、圧のある人だよ。
これも、ネゴシエーションにおけるトリックの一つだ。
例えば握手の時に相手を身体ごと引き寄せたりするのと一緒……親愛を表すと同時に自分のペースに引き込む、ポピュラーな戦術。
帝国の金庫番って言われてるらしい彼の交渉手腕に一役買っているんだろうね。
「……あの。お久しぶりです、ビスマルクおじさま」
「私は、幼少の頃に一度だけお顔を拝見して以来でしょうか、ご挨拶をさせて頂いても? ビスマルク侯爵」
ステラちゃんの慣れた感じの挨拶。
リアさまの一歩引いた挨拶。
これだけで、三人の関係が大体分かって。
二人へ挨拶を返す侯爵様はしかし、注意だけは私から外すことはない。
「―――一度だけ面識があるとのお話は伺っておりました」
「ですけど、どういう関係なのです!?」
その尋常ならざる様子にそれぞれ違和感でも覚えたか。
私に注がれた彼の注意を引くように二人も前のめりに。
都合三人前のめり。
侯爵様の後ろにいる黒子さんに興味がある私。
私に興味があるっぽい黒子さん。
大分場が混沌としてきたね。
「―――ふむ。関係、という程の深い程でもない。今はな」
「えぇ。私も同じだと感じています。以前、妻にならないかとプロポーズされただけで」
「「な!!?」」
前のめりから仰け反る。
その反発を生かし、さっきより前のめりに……私を護るように立ち塞がる星と陽の御子さま。
何だろう、この攻防。
何の話をしに来たんだっけ。
「結婚の話はまた後日にしましょう、侯爵閣下。もし私一人で来ざるを得なかったなら、その手を使うのもアリだったのですけれど、ね」
「輝きは変わらぬようだな、其方は。……ふーむ。では、次は一人で来るが良い。通すように言っておこう」
「「―――ルミエールさま!!」」
冗談さ、冗談。
場を和ます小粋なジョークだよ?
軽く両手を挙げてソレを表現するけど、理解はしても納得はしてくれてない感じがそこはかとない。
「―――……ふふ。ふ、クク……。やはり、そなたは面白い女子よ、異訪の聖女よ」
「恐縮です」
で、このままだと話が始まらないと。
ステラちゃん達もそれは理解している筈で、場が収まる頃にゆっくりと事のあらましを説明し始める。
どうやら、この話を通すのは今が初めてらしい。
やっぱり行動に起こすのはPLが居ないとなのかな。
………。
……………。
「―――ふむ」
「やはり、その話であるか、星の御子。そして陽の御子姫殿」
そして。
話を聞き終えた侯爵様は、深く息をつくと背後に立つ黒子さんにちらと視線をやる。
封印されている大神さまが復活しそう。
そのまま世界が終わりそう。
そういう突飛もない話をされた割には、侯爵様の様子は取り乱してもいないし、懐疑的でもない。
もっと疑われたり突き返されると思ったんだけど。
やっぱり、貴族間ではステラちゃん達御子様の役割って言うのは周知なのかな。
それとも大貴族限定?
「―――――」
「うむ」
「―――――」
「うむ、……うむ」
黒子さんが、侯爵様に何度か耳打ちする。
ちょっとだけ見えた口元とか肌とかから察するに、まだ若いね、この12聖さんは。
代替わりとかしてるのかな。
「うむ……! 話は相分かった!」
やがて、今後の方針における結論が出たのか。
私達に向き直る侯爵さまに、身体を固くする二人。
私も楽しみだ。
頭の切れるとされている侯爵様が、一体どんな無茶ぶりをして来たり、大冒険を供してくれるか、実に楽しみで……。
「時に、諸君。現在、異訪者らが闘技大会を行っているという話は存じているか」
「「………?」」
お?
知ってるけど、どうして今……。
「あ、あの……おじさま?」
「侯爵様?」
「賓客として招待状が届いておってな。うむ、そうだとも。これも一つの縁。これより、共に観戦でもいかがか」
PLの闘技大会……娯楽の一つとして偉い人達に定着しちゃってる……!!




