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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第八章:フォール編

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第5幕:集いし猛者たち




「ダークホースが多すぎるトーナメントって実際どうよ?」

「否定できねぇ」

「競馬場真っ黒じゃん」



 名の知れた大ギルドの精鋭が無名のPLに敗北する事も珍しくない、そんな大会で。

 今もなお四つに分かれたブロックの戦闘が行われているアリーナを見下ろしながら、私達は新たな待ち人の到着を待っていた。

 多分、今回の台風の目となる……、一般には、やっぱり無名という扱いになるだろう存在だ。



「あぁ、来た来た。ハクロちゃん、こっちだよーー」

「ルミ」



 ユウトたちを始めに、レイド君達やクオンちゃん、そしてユーシャちゃん達。

 これまでに、多くの強者を見てきた私だけど。

 やっぱり、私の中での最強のイメージっていうのは彼女なんだ。


 多分、最も多く戦いを見てきたというのもあるのだろう。

 刷り込みに近いものだよ。


 今にこちらへ向け、てくてくやってきた彼女を待ち構えていたエナが後ろから捕獲。

 


「捕まえました」

「「ナイス!」」

「んんーー」



 男同士にありがちなノリだけど、女性同士でもこういうのって案外あるんだよね。

 ナナミはともかくクオンちゃんのこういうのは珍しいけど。  



「さ、ソーナちゃん達。この子がハクロちゃんだよ」

「ソーナですぅ」

「ユーシャだよ!」

「……リエル。よろしく」


「……………ぅ」



 で。

 まぁこうなるかもしれないとは。

 

 いきなり知らない人たちが沢山いる所に引き出されて紹介されたら、誰だって怖いものだ。

 解放された彼女は、今に私の元へ。

 コアラの赤ちゃんみたいに顔を隠してくっ付いてくる。


 お母さんになった気分だ。

 良いのかい? 私はスパルタで有名な教育ママだよ。



「―――ハクロちゃん」

「……ん」

「前に一回会ってるよ」

「……ん?」

「皇都シャレムで診療所に来たお客さん。病気のNPCさんをどうしても治療して欲しいって。色々な所にお願いしてた、凄く良い子達だよ?」



 都市政府に仕える者としては、ハクロちゃんもNPCとは友好的な関係を築く一人だ。

 そういう所では親近感も湧くだろう。

 あと、興味も。


 子供に初対面の人を信用させるのは、現状最も仲が良い人が取り持つのが当然。

 彼女がチラリと三人へ……心を開いてくれるまで待つ姿勢のユーシャちゃん達へ視線を向けた所で、もう一押し。



「因みにね。次の対戦相手、彼女。亜麻色ツインテールの子。ソーナちゃんだよ」

「私です! 宜しくです!」

「……おぉ」



 差し出される手。

 試合場に乗ってしまえば、敵同士。

 友好的な関係を築くのならば今しかない。


 ……。

 数秒、差し出されたソーナちゃんの手を握るものはいなかったけど―――やがて、小さな手を握り返す小さな手。

 重なるように二つ、更に伸びてくる。

 


「……ハクロ。宜しく」

「「よろしく!」」



 これでまたお友達。

 あまり知られてないかもだけど、友達が増えるのはとってもいい事なんだよ、実は。

 これも知られてないんだけど。

 ハクロちゃん、本当は沢山お友達が欲しいんだって。

 


「負けない」

「私だってそんなつもりないですよぉ!」


「で。聞きたい事がある」

「……うん。ところで―――さ? ずっと聞きたかったんだけど、ハクロちゃんの武器って……それ?」



 ユーシャちゃん達の疑問。

 それは、彼女がずっと背負い続けている、彼女の身の丈すら超えるような巨大な剣。

 切っ先は何とか引き摺らずに運べているようだけど、時折頭より高い位置にある柄頭が何処かに引っかかっているのを見たりもする。


 普通に考えればこれを使って戦うとは思わないだろう。

 いい所が背中を防御する為の亀さんファッション。

 ユーシャちゃんとリエルちゃんは、その歪さに興味を持ったようで。



「これ? ―――ムジュンだ」

「ムジュン?」

「矛盾、的な? 剣だけど防具? みたいな……」

「背中を防御するのに使う―――とか? 」



 普通は思わないだろうね。

 この武器を自在に振り回す剣士さんの姿なんて。



「要求値はともかく、そもそもの扱いって点ではな。―――それはそれとして、もう完全に勇者パーティーじゃないか? これ」

「勇者に剣聖、賢者に盗賊……あと、聖女?」

「どんどんそれっぽくなってくんだけど、いやがらせ? 当てつけなん?」

「やっぱ取られる前に無職に戻しておかない? この人」


 

「ん……んーー? ハクロの武器はこれだけだぞ」

「―――もしかして術師?」

「なのかな? ファッションで武器を持ってる人も結構いるし……」

「はは~~ん? さては、手の内を明かさない戦術みたいな感じです? 上等ですよぉ!」



「……うふふ」

  


 本当に裏表のない子達だ。

 ハクロちゃんの包み隠さない言葉をも凄く深読みしてる。

 あと、クオンちゃんが凄く悪い顔してる……、知ってる側ゆえの愉悦というやつだね。


 なに、大丈夫さ。

 ソーナちゃん辺りはすぐにも分かるよ、きっと。




   ◇




 二次予選―――第四ブロック。

 数百人単位で存在していた各予選の精鋭たちは、今や数十人規模まで削られ……、この二次予選で更に八人……両指の数に満たない程までより分けられる。

 四ブロックからそれぞれ八人―――三十二人。

 

 本選まで歩を進む事の出来る人数。

 それを定めるまで繰り返される激闘の次なる試合は、上位ギルドトップ層、或いは月次闘技のランカー同士の戦いにすら勝るとも劣らない激闘と言えた。



「「―――――」」



「あの二人―――えぇ、どっちも勧誘ね。あなた達ノルマ全然達成できてないじゃない」

「い、いや……」

「でも、この大会中に三人も補充なんてとてもとても……」

「ノルマ達成! リストラされたいのかしら?」

「……ぅ」



 観衆は、ただ単純に試合を見に来る者だけではない。

 この大会で結果を残すような「野生の猛者」を早い段階で見出し、スカウト―――全てが上手くいくのならば、それこそ優勝者を自身のギルドに引き入れることを最上にもしたいだろう。


 そのようなギルドの多いこと、多いこと。

 だが、当然として。

 現在オルトゥスで活動している異訪者の七、八割は開始時点やある機会でギルドに加入している事が多く、そうでない者も何かしらの理由がある。

 強者であるのなら猶更―――勧誘は、そう簡単なものではない。


 

 それはおよそ、現在武器を交えている二人も同様で。

 


「わーー、はぁッッ!!」

「―――ん」



 細足にまるで似合わぬ剛脚。

 それでいて脱兎のような軽やかさ。

 片手による刃の一撃を大剣によって防がれたソーナは、すぐさま手にしていた武器を消滅させ―――空いた僅かな差を生めるように大きく屈む。


 相手は、未だ巨大な刃に視界のいくらかを遮られている。



「―――今度こそぉッ!」



 故に、下方の死角から。

 たった一撃を叩き込まんと、全身全霊の一撃を真下から突き入れ……と。



「わぁぁ!!? 冗談じゃないです! 怖いですよぉ、それ!!」



 まるで城門の質量。

 一瞬にして、断頭台の速度で真下へ落ちてきた刀身は―――急ぎ飛び退らねば身体を真二つ別たれていただろう。

 更に、後方へ跳んだ彼女の鼻先を掠め横薙ぎにされた切っ先は―――ソーナの目と目の間……正中線でピタリと止まり。

 そのまま、弾丸のように伸びてくる。



「―――――わぁぁぁぁぁ!!?」



 全て、全て。

 あらゆる行動に決められていたように対応し、逆にこちらが逃げる際となっても影のようにピタリと追従してくる。

 巨大な武器、小さな身体。

 不釣り合いにもほどがあるその差―――能力という数値では決して埋められない、この世界で投影体(アバター)として生まれ持った差を完全に利用する、獣の如き剣技。


 まるで、剣のみが意思をもって動いているような。

 出鱈目にすら見えながら、その全てが完璧に噛み合っている。

 自分の狂気では及びもつかない高みに、ソーナは呆れを通り越し賞賛すら覚えて。


 しかし、それでも。

 仲間たちの声援を一身に受けている以上は負けられぬと。

 或いは、精神的な揺さぶりはまだ試していなかった、と。



「―――あの、ハクロさん? どうして自分からは仕掛けてこないんですぅ?」

「師匠が言ってた。相手を見ろって」

「……あーー。それ……」



 だが、悟った。

 無理だこれ、と。



「それぇ……、はぃ。多分、敵の手の内全部暴いて絶望に突き落としてから倒せって意味じゃないと思うんですぅ……」

「ん?」



 何処までも付いてくる、追いすがってくる。

 攻撃が通らない、通る兆しすらない。

 気付けば真正面に居て、懐を取れたと思った次の瞬間には攻撃を防がれている、武器が武器だけに、あまりに迫真の……冷や汗確実な反撃を行ってくる。


 狂気に身を任せることで何とか恐怖を誤魔化している身としても、あまりに心臓に悪すぎる。


 

 ………。

 これはダメだ、と。

 今の自分と彼女の間には、どうしようもない実力差がある……、そう理解して。



「……うぅ」



 ソーナは武器を下げる。

 その上で、相手もまた攻撃の手を止め―――何故相手が止まったのかを考えている様子で。

 これを好機ととどめを刺そうという思考になっていない。 


 それもまた、この大剣使いにとって自分はそのような戦法を使う必要もない程度の存在なのだと思わせているようで。

 


「―――降参、しますぅ」

「ん?」



 冷めてしまえば、元の……弱気な自分に戻ってしまう。

 一度でも狂気から素面に戻ってしまえば、終わってしまう。


 戦意を失ったその瞬間。

 あまりにあっけなく、彼女の戦いは終わった。



 ………。

 ……………。



永久(とわ)に眠れ、永遠(とわ)に眠れ。安らかに、安らかに……」



 小さな、落ち着いた声でありながら耳に残る、何処までも冷たく染み渡るような不思議な旋律。

 それは、詠唱。

 スキルそのものにあるわけではない、彼女自身の……一種のルーティーンのようなもの。


 イメージするは、永久凍土。

 自分以外の一切を冷たい眠りに誘う歌。


 

「ヒットしない、と。……―――やっぱりユニークだわ、あの嬢ちゃん」

「術師系ユニーク……魔公か?」

「水属性なら―――氷魔公、って所なのか?」



 予選からその頭角を現しつつあった術師……名をリエル。

 元より、剣技と魔法の合わせではなく、単一の魔法のみで勝ち上がれたものはあまりに少ないゆえ、その存在は早期に知られていた。


 術師とは、後衛だから。

 このような対一で行われる武芸大会においては、前衛職が他を圧倒するのは当たり前の事であり、そもそも同じ土俵には立っていない。

 暗殺者や弓術師などにも厳しい戦いだろう。

 故に、純正の術師でありながら戦いを切り抜けてこの場に立つに至った彼女の能力には、盛んな議論が行われたが。



「……なに、この程度」

「―――ッ!!」

 


 彼女―――リエル自身は、そんな議論など眼中になかった。

 そもそも、パーティーを変えるつもりなど毛頭ないのが一つ。

 そして、彼女自身の目的は、今現在の仲間……ユーシャやソーナと共に、彼女等に置いて行かれないよう、強く、強くあることだから。


 関係ない議論など、する意味もなかった。



「術師でありながら、この場に立つ其方には敬意を払おう。だが、(われ)は負けん。其方の敗北も踏み越えて行こうぞ」

「―――まだ、負けてない……!!」



 それは、まさしく絶望だった。

 それは、まさしくあの時と同じだった。

 当時から既に戦いの核心、身体の使い方を完全に理解し圧倒的強者として頭角を現し始めていたユーシャと、自身の長所を極限に引き出していたソーナ。


 二人と、自分の差。

 一人取り残され、一度死ねば全てが終わってしまうからと、逃げ隠れているしか出来なかった―――万策尽きていた、あの時と同じ。



『待たせたね、衛生兵さんだよ』



『……へ?』



 ………。

 ……………。



『ではでは、また会おうね』

『あの、ポーションのお礼―――』

『大丈夫だよ。元々、支援用に買ったんだ。それより、更に上を目指さないかい?』



『―――うえ?』



 第一次クロニクル。

 鉱山都市の戦いにおいて、リタイア寸前だったPLを……何の繋がりもない相手に、無償で支援してくれたPLがいた。

 およそ、相手は覚えていないのだろうが。

 しかし、助けられた側―――リエル自身は、忘れなかった……忘れられる筈がなかった。


 キャラが、強烈過ぎたから。


 実の所、彼女のユニークはその時点で既に発現していた。

 が、しかし。

 公式がいつか言っていたように、「ユニークが強いとは限らない、使いこなせるかはPL自身の適正次第」……極大範囲の魔法というものが、当時の彼女には扱いが難しかったのも事実。



「なら―――“氷蓮(ひょうれん)・永久凍土”」



 しかし、あの戦場で彼女は掴んだ。

 体力を全快させ、どうせ死ぬならばやってやろうと―――混戦の中で、リエルは己が職業の核心を掴んだ。

 


「点ではなく、面……ッ!!」

「むッッ!?」


 

 全ての攻撃が全体攻撃。

 エフェクトに触れるだけで、一定確率で凍傷の状態異常。

 

 対軍において最強、単身で軍を滅する戦場の支配者。

 それが、魔公系ユニーク。

 敵が距離を詰めてくるというのなら、その距離、彼我の差も、何もかも……自分以外の全てを攻撃すればいい。

 仲間たちなら勝手に逃げてくれる。

 


「―――面白いッッ!!」

「……ぁ」



 ………。

 彼女は、強くなった。

 だが―――それでも、まだまだ高みには遠かった。


 当時の絶望を彷彿とさせる対戦相手―――最上位ギルド【古龍戦団】団長ロランド。

 男は戦域の全てを氷が覆うと理解するや否や、自身の武器を迷わず床に突き刺し―――その柄の上を蹴り、飛ぶ。

 現状のリエルの奥義、その弱点……対空に向かないという欠陥を瞬時に見抜く。

 


「―――ッッ……“氷襲(こおりがさね)” ―――墜ちろッ!!」

「ぬるいわッ!!」



 空へ放った初級スキルの強襲が、纏めて撃墜される。

 ロランドの手に現れていたのは、先に足場にした大剣とまったく同じ形状、色彩を放つ武器。


 同じ武器が、二振り……、三振り。

 出現し落ち、出現し振り抜かれ。

 都合四振り目―――剛腕に振り抜かれるまま、氷塊を破砕した刀身は術者に迫り。



 ………。

 最上位のギルドともなれば、その多くが……最低でも一人はユニーク職の持ち主を保有していると考えられている。

 一般には、そうなっているのだろう。

 事実として、今でこそ解散しているが当時はその強力な支援系ユニークを利用してサーバー最大のギルド数を稼いだ者もいた。

 事実として、彼ロランドのギルド員にもユニーク職は存在する。


 しかし。

 真実として、大規模ギルド程ユニークを多く抱える傾向は確かに多いが、その実ギルド上位層……上から数えた強さで語るのならば、ユニークの持ち主は大抵が先んじて挙げられる事は()()()()



「―――あーー、ぁぁ。健闘したんだがなぁ……。今回に限っては、相手が悪かったな。まさかロランドと当たっちまうなんて」

「そっすねーー。俺なんか絶対やられてたわ」

「俺も」

「俺も俺も」



 何故、ユニークが最強に到るのが難しいか。

 理由は単純明快。


 固唾を飲んで観戦していた彼女も、すぐにソレを理解する。



「分かるだろ? ルミねぇ。一般の上位職は、どれだけマイナーでも先人は何人もいるんだ」

「……うん。分かってきたよ」



 普通職に、ユニーク……。


 単純に、積み上げた物が違うのだ。

 多くの情報を吸収し、先鋒が確立され、その膨大に積み上げられ完成された戦闘データから自分に合った戦いを選べる前者。

 手探りの中全てを自分が発見し、自分のみが切り拓かねばならない後者。


 他から学べるもの、学べないもの。

 成長速度の違い。

 一を積み上げた時には、相手は百を積んでいるかもしれない。


 ユニークとて、判明されて底が知れてさえしまえば只の()()()

 そんな差をひっくり返せる者がいるのならば、それこそ―――天才を超えた怪物だろう。



「―――……ユーシャ。ソーナ。ゴメン」



 その現実を見せつけられ。

 氷魔の支配者は、砕けるように姿を消す。

 ……。

 


「……見事。見事だった。娘」



 しかし、その道が険しい故に、ソレが苦難だと理解している故に、ここまで練り上げた彼女へ、男は単純な敬意を表さずにはいられず。

 勝者となった男は、その最期を賞賛のままに見送り続けた。

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