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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第八章:フォール編

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幕間:不定なる先へ




「後は―――やはり、人界帝国領で行われている異訪者らの闘技大会でしょうか。皆様もご存じの通り、三界が注目しております。今や、異訪者らはこの世界を構成するものの一つとなりつつありますからね。……ふふ」



 異訪者らが現れ始めて未だ数年と経ってはいない。

 にも拘らず、既に彼等はこの世界に定着している。


 そう断じて良い程に、異界の者達が各国へ張った根は深く、果てしない。

 最早政府の奥深くへ食い込んだ者すらいるのだ。

 それは魔族国家たる冥国タルタロスすらも例外ではなく。



「謀殺しようにも、奴らは死なぬ」

「何より、恐怖を知らぬ」

「死なず、朽ちず、そして強くなり続ける……。げに恐ろしき存在ですね、彼等は。特に―――えぇ。皇国の御子姫を救った異訪者の聖女は、今や皇都でこう呼ばれているようです」



「夜明けを齎す者シャヘル。輝ける者―――ルクス、と」



 黄金の髪色を持つ伝令、アールの言葉に、その場に居た者たちが苦い顔を決め込む。

 ……皇国での一件。

 長き時を掛け、地底の神々の中で最も強き力を持つとされる【死刻神】アリマンを復活させるという計画は、あと一歩に迫ったところで異訪者らによって阻止された。


 この一件だけではない。

 海岸都市における、【鋼鉄神】ヨグノスの一件もまた、そう。

 彼等が周到に用意してきた計画は、ここにきてその全てが突如として顕れた異界の者達に妨げられたわけで。


 彼等の組織が人界へ張った根は、それこそあまりに深く、底が知れないが。

 植物が互いに養分を求め枯らし合うように。

 生き抜くために他の植物を排斥するように。

 今や、知らずのうちに彼等が組織の為に、彼等の為にと動き手を伸ばしていた筈の葉は、後からやってきた種によって、今この瞬間にも葉と根を伸ばし続ける雑草によって枯れ落ちている。


 この瞬間にも、だ。



「えぇいッ! 忌まわしい異訪者共が!!」

「―――……騒がしいな」



 重厚な黒晶で形作られた円卓へ、新たに現れた影が座す。

 灰の無精ひげを蓄え、ほつれた灰の外套を纏う男の風貌。

 鋭い朱の瞳を持つ巨躯の男は、まるで盗賊のようであった。



「あと二人か……。話を戻そう。綱は再び底へと沈み、死刻の神を呼び戻す計画は頓挫した。ならば諦めるか?」

「否。断じて、否である。我らは眩き光など許容しない。それが、道理である故に」



「―――その通りだ」

「「!」」

「そも、我らに諦めるという言葉など存在しえない。何処に、死を諦めるものが居る? 死は、受け入れるものでしかない」

「ふふっ……。人の世など、まやかしである。繁栄の記憶など、全ては眠れる神の夢の中。泡沫の夢物語でしかない」



 ソレが紡ぐはずだった先の言葉を、伝令が紡ぐ。

 紡ぐままに席を引く。



「ですね――――ノワール様」

「……然り」



 伝令者に先導されるようにしてこの場に現れたのは、神官風の西洋法衣を纏った男。


 ―――ノワール。

 皇国にて行われた第二次クロニクル……その大ボスを務め、異訪者らによって滅せられた筈の男は、五体満足のままに円卓の一席に腰を落ち着ける。



「ノワール卿。今更ではありましょうが、貴方が居ながら、後れを取ったというのはどういうことなのでしょうね」

「―――ふん。不覚を取った。それだけの事。……重ね、分体が一つなくなっただけに過ぎん。この後に支障はないわ」



 元より、彼等の計画は並行して行われる。

 一つが頓挫したのならば、元々の担当者に加え、もう一人が加わる。


 死刻王ノワールが【死刻神】アリマンを。


 鋼鉄王が【鋼鉄神】ヨグノスを。


 無明王が【無明神】オグド・アマウネトを。


 そして、現在この場には居ないものが、【不定神】を。

 彼等にはそれぞれ、担当する神々が存在し。

 特定の役割を持っていない盗賊王もまた、組織が持つ最大の武力たる実働部隊の長として。


 それぞれが表の顔を持つ彼等に代わって、神々の復活を援護する役割を持つ。



「―――では、その後は? 死刻王。早い話が……、死刻神さまを地上へと引き上げる計画は完全に潰えたのか? まだ、余地はあるのか?」

「可能だ」



 鋼鉄王の言葉に、一も二もなく頷く死刻王。

 彼の中では計画は未だ継続中という事でもあり。

 


「他の神が一柱でも完全に目覚めれば、呼応するように力は強まるだろう。それ迄、我は待つのみだ」

「……うむ?」

「それは……」

「―――つまり……、他任せという事では?」

「違う。利用する、という事だ」

「他任せではないか」

「違う。地下に潜り過ぎてボケてしまったのではないか、鉄頭」

「キサマこそ。光の都の眩さに頭をやられてしまったようだな、元枢機卿」


  

 平行線そのものたる会話。

 その会話が終わる予兆も見えぬ頃。



 ………。

 ……………。



「ゆえに―――光は地より登らず」



 男は、現れる。

 背丈のみを見るならば、男より幼子……線の細く、丈の低い身体からはそう表現できるだろう。



「暁光など、許されない。始まりに戻すというのならば、この世の始まりに存在していたのは光差し込む夜明けなどではなく、果てなき闇なのだから。存在しないものが劇中に現れるなど、許される筈がない。そうだろう? 君たち」



 役者は役者であるし、作家は作家である。


 創造する者、演じる者……そして見物せし観客たち。

 観客が壇上に上がる事などあってはならないし、登場人物に過ぎない演じるものが作家の意思に反しアドリブを加えて良い筈がない。


 全ては、創造者たる作家が決める事だ。



「故に、創造者を連れてこなければ。故に、地底の戸を叩き、お伺いを立てなければ。―――我らノクスに神の意思あれ……ってね」

「どうぞ、アートルムさま」

「ありがと、アール」



 光を引きずり下ろすもの。

 それが、己らゆえ、と。

 唄を詠じる吟遊詩人のように、軽い足取りのままに現れたソレ。

 ソレは、議席の中で唯一空席だった場所の前までやって来ると、伝令者が引いた腰掛けへと身体を落ち着ける。



「―――……来たな、不定王」



 進行を行う鋼鉄王の言葉に、片腕を上げて応えるように反応するソレ。

 術師風のローブの奥にちらついた幼い体躯の風貌―――否。

 それは、貌と言うべきか。

 或いは、無貌と言うべきか。

 晒された声の主の持つ、本来顔が存在する筈のそこには、焼け爛れた皮と焦げ跡が存在し、およそ顔を構成する目や鼻といったものが殆ど存在してはいない。


 これが、彼が不定―――特定の姿形を持たぬ王と呼ばれる所以。

 


「すまないね。別に、変に問題が発生したわけじゃあないんだ。ただ、準備に手間取っただけさ」

「公に、それを問題が発生したというのではないか?」

「いやいやぁ、ははは。ごもっとも。だけどさ? そも、僕は研究者なんかじゃない。計算なんか出来っこないんだ。小難しいスケジュール管理などもっての外」



 やれやれといった様子で首を振る不定王アートルム。

 その仕草は、貌がないという一点さえ除いてしまえば無邪気な幼子のようですらあり。



「そうさ。始めから完璧に行おうとする理由などない。不完全ならば、その不完全なままに催してしまえばいいんだ、宴をね」

「……不定の。貴様」

「―――おとと、すまない盗賊の。完璧主義の君の前で言うことではなかったかな」



 今まで静かに座り目を閉じていた男が不定王を睨めつける。

 が、他の者達が二人へ向ける視線は大差なく。

 


「どちらも悪趣味であることに変わりはないな」

「「違いない」」

 


 鋼鉄王の言葉に同調する無明王と死刻王。

 王らは、各々が自分だけがまともであると妄信していた。

 互いに同調していようと、内心は見下し合っているのだろう。



「しかし、だ。何故、異界の者共は我らの計画に立ちはだかる? 何故、訪れた者たちは我らの神の復活を止められる? まるで、知っているかのように。神に警告でもされているかのように」



 ―――――彼等は、異訪者が何故、何処から顕れたのかを()()()()()()()

 およそ、一つの仮説があるだけだ。


 かつて地底の神々と天上の神々の戦いに現れた聖剣の勇者らのように。

 かつて魔神王が人界へ侵攻した折に現れた12の傑物のように。


 異訪者とは。

 光の神々が呼び出し、闇を統べる神々の復活を阻止する、……これまでと同様に表れてきた目障りなる存在……。勇者や十二聖らと同様の存在。

 そういったカウンター装置の一つなのだろうと彼等は認識していた。



「きたいなのは、奴らの行動原理だ。協力したと思えば、同じ異訪者同士で敵対する。そうなったかと思えば、また協力。信用などなくとも、簡単に背を預け、共に戦う。理解できん」

「出たね、完璧主義が」

「快楽主義は黙っていろ」



 確かに。

 主義こそ違えど、彼等一つの行動原理のみを追求する者達からすれば、異訪者の持つ奔放とさえ思える行動の数々は実に不思議な存在であり。



「―――恐れながら、私から」

「む。言ってみろ、アール」

「では。恐れながら、鋼鉄王さま。彼等異訪者は、異端の存在こそあれ、光―――正義―――正しさを。楽しむ、自由に重点を置きつつも、定められた道を征かずにはいられない業を背負っているのだと私は愚考しております。それは、本人らの性格そのものは関係なく。人界側に現れた者達。魔族側に現れた者達。どちらとも例外ではありません」



「どちらの側にせよ、殆ど同じなのだとすら考えて問題ないでしょう。彼等は、その定められた道しるべの中から、己にあうよう。自らの意思で任を取捨選択しているに過ぎない。その任こそ、世界が供した彼等への選択(クエスト)。だからこそ、我らには規範が存在するように映る」



「ともあれ、するもしないも彼等次第。結局は……全て、やりたいか否か。楽しそうか、そうでないか。彼等自身にあるのは、それだけなのです。敵対したとて、憎しみなどそもそもないのですよ」



 伝令は、実働たる盗賊王以上に異訪者と多くのかかわりを持った。

 だからこそ、その行動原理に一定の理解があり。



「つまり、彼等もまた享楽を求めてるって? ははッ」

「その通りなのです、不定王さま。奇しくも、というものではありますが。彼等は、己が利益、何より楽しさを求める。その過程で、敵対者であろうと同盟者であろうと、関係はない。重ねて、憎んでなどいないのです。その利益の過程に偶々光が存在しているだけにすぎないのです。用意された光―――王道が」



 まるで、世界がそう仕向けてでもいるかのように……と。

 言葉を切った伝令。



「……そのしるべこそが、第三者による介入。光の意思……と? 実に興味深い、な」

「合理と、道理、その過程に偶々正義があるのみ、か」

「しかし―――全ては闇より出でしもの。なぜ、光だけが例外だと言える? 何故、光こそが正義だと考える」



 闇は光を手放しはしない。

 追いすがり、追いすがり……そして、やがては全てを呑み込むのだろう。

 だが、決して憎んでいる訳でも、憐れんでいる訳でもない。

 むしろ、その逆……光の出ずるところに隠れるようにして闇が存在するのは、見守っているからに他ならない。



「生とは、巡るもの。全ての人は闇より生まれ、光という生を歩み、やがて再び闇へと戻っていく」



 闇とは、決して恐怖の象徴などではない。

 死とは、決して恐るるものなどではない。

 ただ、生まれた場所へと還るのみ。

 ただ、元居た場所へと還るのみ。


 光とは、闇の仔なのだ。



「―――或いは、ね。僕の引き起こす今回の一件で。僕達もまた、知る事が出来るのかもしれない。古の時代、かの神は何処へ帰ろうとしていたのか。地底とは―――闇とは、果たしてどこにあるのか? 地獄っていうのは? 異訪者の世界には、地の底に該当する概念っていうのは幾つもあったっていうけど」



 地獄の概念は、彼等の世界各地に存在するという。

 国、種族。

 あまりに異なる生活を送っていながら、むしろ、それに近しい概念が存在しない文明こそが少数派だと。



「じゃあ、さ。彼等の言う地獄っていうのは、何処にあるの? 彼等のもつ宗教観で、それってどういう位置にあるの? ―――僕の考えは、こうだ」



 物理的な位置、宗教的位置づけ。

 考えるのが楽しくて仕方がないとでも言うかのように、笑い声が響く。

 無貌の王は片手の指を真上へと掲げ、ソレを語り続ける。



「地獄もまた、理想郷なんだよ。存在しないものをひとが空想する時っていうのは、ソレを求めているから。良きものであろうと悪しきものであろうと、彼等は求めるんだ。欲するからこそ、思い描いたんだ」



 「だから、実現させてあげないと」……と。

 ソレは、一度言葉を切り。



「じゃあ、計画の話と行こうか」



 掲げていた片腕を下ろし。

 両手を広げ、群衆の前に立った貴人のような所作でソレを始める。



「僕の所の計画も大詰めだ。不定神アスラ・シャムバラ。大迷宮の深淵に眠る神様は、必ず復活する。勿論、完全な姿でとは言い難いけど。まぁ、あの神の性質を考えれば、蘇らせさえすれば全てを呑み込むのは時間の問題」



 時は来たと。

 存在しない貌に笑みを浮かべるまま、宣言する。



「始めようよ。終わりの計測を。数え続けよう、全てが闇と死に還る、その時まで。僕達が居なくなる、その時まで」



 反論も、異論もない。

 高々と宣言する無貌の王へ、あるものは笑みを深め、あるものは期待するように頷く。


 帰るべき闇を失い、やがて求めた、かつて人間であった、只人で会った者達。

 彼等は、進み続ける。

 全てはかつての故郷へ―――懐かしき闇へと還る時の為に。

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