第3幕:隠れた強者といふものありけり
冷やし中華―――ふむ。ジェラート?
冷製スープも良いかな。
豚しゃぶサラダとかもアリかもしれない。
季節も冬に入るっていうのに、冷たい食べ物ばっかりが夜ご飯の案に割り込んでくるのは仕方がない事だと思うんだ。
………。
試合の途中だけど、まずは先に帝都について解説しようか。
人界三国の中で最も広大な領土を持ち、鉱山都市から産出される資源を広く流通させた工業力、軍事力を象徴とするこの一大国家な帝国さん。
人間種の初期開始地点である事からもその優遇が伺えるけど。
そんな国家の都ともなれば、それはもう絢爛なもので。
帝都ラヴールは、どちらかといえば鉱山都市に近い高低差のある土地に創られているから、中央に向かう程、土地の値段も景色も高い傾向にある。
中央は、それこそ山のような高さにあって、かなり遠目から見ても伺える帝城はフランスのモンサンミッシェルを彷彿とさせつつ、複数の尖塔からなっていて。
道が丁寧に舗装されている都市の端から見てもあの大きさって事は、塔一つ一つが巨大なんだろう。
それだけ壮大かつ美麗な建築だ。
で、街中には馬車がビュンビュン通ってて。
車道と歩道は完全分離型。
その他、つい最近になって開発されたっていう近代車両……お馬さんのいらない四連装車っていう……所謂自動車に似た機械も少ないながら存在する。
時代のレベルが数十年は進んでそうだ。
あわよくばアレも乗ってみたいなんて思ったのはまた別の話だけど。
―――で、現在地だ。
村人Aさんに貰ったパンフレットに曰く、ここ大闘技場は帝都の観光名所の一つ。
意外な事に、中央ではなく外周部寄りに存在して、市民の娯楽としての側面が大きいらしい。
闘技都市ラニスタって所の盤上……戦うための足場なんかは、四方が五十メートルもあるらしいけど。
ここ帝都の大闘技場は更にスゴイ。
測った人曰く、160×100メートル程もあるらしい。
分かりやすいように言うと、コロッセオの倍くらいだ。
客席の収容人数もそうだけど、アリーナの広さが尋常じゃないよ。
ゲームなわけだからあんまり気にする事でもないかもだけど、都市の外に行けば魔物が居るような危険な世界で、只の娯楽施設にこんなに財力を投じることができるっていうのも帝国の権威の表れなのかな。
………。
さて、本題かな。
現在、私の夜ご飯が冷製フルコースになりそうになってる原因なんだけど……。
「“絶氷の連牙”」
「―――んがッッ!!?」
大勢の観客……PLもNPCもいる―――が見下ろす、アリーナ。
そこでは予選の戦いが行われていて。
今まさに、牙みたいに歪曲した透明の氷が、閉じられたアギトみたいに次々と石床の上から生える。
肌寒さすら覚えてくる。
スピード自慢らしい盗賊風の男の人は、縦横無尽に石床を蹴って相手を翻弄しようとするけど―――その相手が悪い。
「逃がさない」
先も言及した通り、この闘技場って凄く広いんだ。
客席を含めないアリーナの広さだけでも、十分に。
なのに……何処にも逃げ場がなかった。
何処まで逃げても……果てまで逃げても、彼女は標的に近寄る事すらなく、動く事すらなく相手を追い詰める。
圧倒的な面の氷魔法を象徴とする、術師系ユニーク【氷魔公】
全体攻撃魔法によりフィールドを支配する氷の女王。
それが、ユーシャパーティの魔女っ娘担当のリエルちゃん。
本人は賢者って言い張ってる。
「このッ、ふざけた―――こんの……、バケモンがあぁぁぁぁ!!」
離れても隙は作れない。
連続展開にまるで焦りがない事から、魔力切れも期待できないと悟ったんだろう。
相手選手はその俊敏を生かして一気に肉薄しようと駆ける。
それは、勝利を諦めない者の最後の望み。
「―――――」
「また、一勝」
でも、ダメだ。
彼女こそ、そのタイミングを待っていた。
表情一つ変えずに腕を払うリエルちゃんに呼応するように、男の人の前に展開された氷の茨。
それは、魚を捕らえる網のように。
置き罠のように。
トップスピードへ到るより早く、真正面から包み込み―――相手は、氷と共に砕けて消える。
その光景は、あまりに幻想的だった。
………。
……………。
「わはーー、わははーー……!!」
ネギトロ丼……なめろう。
チタタプ?
タルタルソースを作るでも良いかもしれない。
とにかく、今の私は何か細かく刻んだものを作りたい気分だ。
「こっち来ないでぇ! あっちいって!!」
「すぐ終わりますよぉ、わはーー」
「この子怖いよぉぉ!!」
「大丈夫ですぅ、すぐですよぉ。取り敢えず、懐に入れるように立ち回れば良いんですぅ! 後は、流れで内臓を***して、****すれば****ぁーー、なのです!!」
アリーナを駆ける、別の意味で興奮を齎す少女……興奮中の少女?
ユーシャパーティーの盗賊っ娘担当ソーナちゃん。
彼女曰く、イメージはシーフらしい。
私の知識に依れば、シーフっていうのは盗賊とか泥棒の事だ。
でも今の彼女って―――追いはぎ?
最大級の賛辞として、レイド君より酷いよ。
やっぱりソーナちゃんって戦闘に入ると人格変わってるのかな。
これ、切り裂き魔って感じだよね。
「―――ッ、来るなって……言ってるでしょぉ!! “石針柱”!」
対戦相手は術士さん……ではなく、魔剣士さんかな。
確か3rdの有力職。
剣術と魔法両方を扱える職業だけど。
彼女も彼女で、敏捷が高い。
多分、現オルトゥス環境って速さに重きを置いた能力値構成が主流なんだ。
「なるほどぉ、あなた地属性使いさんですねーー!!」
……でも、彼女の速さは別次元だ。
突然床から突き出した槍の柱に欠片の動揺もない……恐怖を忘れた高揚状態の彼女は、手に持った短剣で柱への衝突をぬるりと防ぐと、未だ相手に追いすがりながらもう片手を軽く振る。
―――瞬間、ソーナちゃんの持っていた短剣が別の短剣に代わる。
AC。
正式名称はAdvanced Click。
PLが所持品欄からアイテムを取り出すには幾つかの工程を要するけど。
指の動きを極限まで滑らかにし、その動作を大幅に短縮させる技術。
私の得意なものでもあるけど、ソーナちゃんのソレはかなり特殊。
戦闘中に、たった一瞬で幾重にも武器を持ち換えて、その時その時の相手に合わせて有利属性の武器などを選択して戦うスタイル。
臨機応変、器用を最たる特徴にする盗賊が最も似合うような女の子だ。
「もう嫌ぁ!! 棄権! 降参する!」
「わはーー―――……ふぇ?」
………。
……………。
予選にして、既に大きな盛り上がりを見せている大会。
その要因っていうのはやっぱり、今まで表に出てこなかった「隠れた強者」っていうのが露出していることに依るんだろう。
多分レイド君のと同じシリーズな【怠惰王】とか、毛色の違う【代行者】とか。
ユニークだって、何人も出たらしいし。
本選に進むような子っていうのは、通常の職業であってもソーナちゃんみたいな一芸に秀でた強者ばかりなのは今から間違いないね。
「―――どう? あの二人。とっても強いと思うんだけど」
「マジか。―――いや、マジかぁ……」
「本当に強いんだけどわさ」
「ナナミより凄かったです」
「―――あ?」
「だからさ。何であの手の実力者が、今まで大会とかに出る事もなく知られる事もなく埋もれてたのかな。漫画なの?」
「隠れた強者ってなぁ」
やっぱり強いらしい。
ほら、この世界における私の主観って、完全な一般人目線だから。
私を一とした時に、ちょっと強い人が百で、すごく強い人が千だとしても、殆ど違いが分からなかったりするんだ。
だから、もしかしたらと思ったけど。
どうやら、ユウトたちから見ても彼女たちの強さというものは目を見張るもののようで。
「で、そんなソーナちゃんやリエルちゃんをして、ユーシャちゃんは別格らしいんだ」
「「えぇ……?」」
もう領域が違うよね。
何なんだろうね。
「―――二人共凄いなぁ……。やっぱり、道中で……ううん、ソレは流石に……」
で、クオンちゃんだ。
ちょっとした「造り」として、彼女は私とは別に客席へ入ってきて私の後ろの席に座ったんだけど。
最初、既に前でワイワイ話してる皆に緊張して座ってたはずが、今は目的すら忘れてるみたいで試合後の余韻に浸ってて。
でも、さっきからウズウズな私もそろそろ我慢の限界だし……。
「ね。そろそろ良いかな、クオンちゃん」
「え? ……あ」
「「?」」
「ルミ姉さん? もしかして、お知り合い―――また女の子です……!!」
「また女の子じゃん! 浮気者!」
「……えーーと。お知り合いですか? ルミさん」
どうしてそんなに警戒するのかな。
確かに今さっき紹介した子たちも皆女の子だったけどさ。
「彼女、紹介するね。私の、お友達」
「こ、こんにちは……。クオン、です」
一応、数か月の時を経ての初紹介なんだ。
流石のパーフェクトコミュニケーション少女な彼女でも、かなり怖いものはあるみたいで。
彼女の挨拶に、皆もそれぞれ自己紹介で応えるけど。
「……うん、知ってる」
「「え?」」
自己紹介で初対面の相手にそう言われたら困惑するのも当然だろう。
増して、ゲームの中の世界だ。
現実以上に互いが知り合う機会なんて稀薄だろうし。
ナナミたちは皆で目をぱちくりぱちくり。
ユウトなんかは、もしかして知り合いだったりするのか? ……と言った感じで探るように目を細めて。
「ゴメン、ね? ずっと秘匿領域で冒険しててさ」
「そうそう。相談に乗ってたんだ。完全に合流するタイミング逃しちゃったから、迎えに来てって。皆も、ずっと待ってただろう?」
「―――秘匿……、ん? まさか……」
「……もしかして」
「澄香、ちゃん?」
瞬間、先程の警戒が嘘のように疑心を払拭したナナミとエナ。
彼女たちの問いに、私の後ろでコクリと頷くクオンちゃん。
「「―――スミカちゃん!!」」
「きゃ……!!」
「客席で暴れないでください、お客さん客席で暴れないでください」
いきなり飛び掛かるのはね。
他のお客さん達がビックリするじゃないか。
無論、間に居た私も。
ビックリし過ぎて真顔になっちゃったよ。
「もう! ルミねぇったらすました顔してさぁ! このタイミングって、狙ってたよね?」
「明らか俺たちビックリさせようとしてたよなぁ、また。っつうコトは、ここ暫くルミさんが旅行とかで秘匿領域に行ってたのも?」
「うん? あ、そうそう。一緒に帝都までいかがって。クオンちゃんも強いんだよ? 帝都まで私を護衛してくれたんだ」
「―――え。ルミさんを……!?」
「―――すげぇぇ……」
「そりゃ強いな……」
そこまで言うかね君たち。
「ルミねぇ、多分今帝都に居るPLの中で五本の指に入るレベルの最弱枠の筈なのに……」
「「それはそう」」
そこまで言うかね君たち。
クオンちゃんまでうんうん頷いてる。
――――――――――――――――――――
【道化師(Lv.15)】
手指を用いた動作に補正が掛かります。
貴方のテクニックで世界を取りましょう。
【特殊技能一覧(スキルポイント:2)】
小鳩召喚(修得済み)
・消費魔力3で、ハトを召喚します。
・召喚されるハトの配色 白(80%) 混(15%) 黒(5%)
縛鎖透過(修得済み)
・消費魔力5で、縄抜けを行えます。
・特殊な拘束魔術の場合、必要魔力が上昇します。
鏡界製作(修得済み)
・魔力を消費して鏡面や硝子を生成します。
・生成される物質の大きさは消費魔力に依存。
視界生成(修得済み)
・他者と五感の一つを共有出来ます。
・共有には、共有者の同意を得る必要があります。
脱出転移(修得済み)
・自身と対象の位置を入れ替えます。
・消費魔力は転移距離に依存。
――――――――――――――――――――
現在の私のスキルは五つ。
便利だし便利だし便利だし便利だし……そして可愛い、と。
どれをとっても、隙のない有用なスキルであることは疑いようもないのに。
どうしてそんな事が言えるのかな。
「私も思ったんです。ルミエールさん? 今からでも戦闘職に転職した方が良いと思うんですけど」
「名推理じゃん」
「名探偵じゃん」
「ホント勿体ないんだよねぇ、構成が。だって、バインド系のスキルも無効化できるうえに短距離なら瞬間移動もできて、使い魔を利用する事で索敵も出来るぅ……?」
「技術があるなら水上歩行ができるのも追加でな。本人みたいな」
「「………………」」
「転職して! しろ!!」
「うーーむ」
流石、ガチ勢さん達の言葉は違うね。
確かに、ユニークの仲間入りをした現在の私だけど、以前と変わらず戦闘力は皆無だし。
攻撃系の魔法とかも全く使えない。
けど、まさかここまで詰め寄られるとは思ってなかったんだ。
皆にとってはそんなに魅力ないのかな、聖女って。
「いつまで無職なんです? ルミエールさん」
………んう?
―――あ、しまった。
彼女には言ってなかったんだ。
「……ん? スミ―――クオンちゃん知らないの?」
「あんなに新聞で大騒ぎしてたのに」
「え?」
「ソレ、ユニーク。セイジョ」
「ルミ姉さん、ちょっと前からサポート特化型になっちゃったんです。凄く極端な」
「範囲回復と蘇生持ちの、ヤベェやつな」
………。
……………。
「―――――ぇぇぇぇぇぇええ!!?」
「あーー、そう言えば言ってなかったね。でも、知らなくてもしょうがないと思うんだ。居た場所と、戦闘大好きな彼女の方針的に」
「ちょっ! ルミエールさん!!」
「……戦闘大好きなんだ」
「ギャップ萌えー……」
話題逸らせたかな。
「―――……え。じゃあなんでみんな転職薦めるの? ルミエールさんに。蘇生持ちでしょ? むしろオンリーワンじゃないの?」
「だからです」
「他所が凄い狙ってくるからだね」
「僕が先に好きだったのにされるからな」
「一般職にして価値無くしておけば、そのうち私達のものになるからだね」
「理由最悪ぅ!!」
「「……………」」
マズい、まずい。
ユウトが会話に参加しないで考え事してるしエナが首傾げてる。
何かしらの取っ掛かりで疑われているのかも。
……もう、こうなってはもう仕方ないね。
虎の子であり、最近のマイブームでもあり、私とハト君達の糧食でもあるこれで注意を逸らしておくとしようかな。
「おーい、みんな? そら、次の試合が始まるみたいだよ? 皆で観戦しようよ。ほら、ポップコーンでも」
「「ぱっこーん!」」
………。
……………。
「うわぁい、ぽっぷこーんだぁ」
「ななみぽっぷこーんだいすきーー」
「全員分あるから、焦らないでね。味も色々あるよ? 溶かしバターと溶かしキャラメルと溶かしチョコ掛けと……」
「ちょこがいいです」
「きゃらめる、きゃらめるでたのむ」
「ぼくばたーで」
「おれもぉーー」
私とハト君は塩派だけど、甘党用のも用意しておいてよかったね。
美味い具合に皆の思考も溶けてくれたみたいだ。
遊園地によくいるハト君達よりも警戒心が薄い彼等は、今につかみ取りでおやつに群がり始めて。
……あ。
試合開始まで持ちそうもないね、これ。




