プロローグ:帝都ラヴール
人界三国。
オルトゥス世界には、総じて三つの人間国家が存在しているが。
人々がそれらを指して単純に「帝国」などと称するように、これら三国には正式な名前などは存在していない。
その為、便宜上……これ以上なく単純かつ明瞭な名を持つこれらに、今更別称を与える必要も、本来ならばないのだろうが。
それでも別の名を用いたい者たちは、三国をそれぞれこう呼ぶ。
帝国―――クリプトセント。
地方貴族もが強い光を有し、それら遍く星々を束ねし至高の星天。
王国―――サンリアニクス。
古き遺構を数多く有する大自然の現身、輝ける至高の月陰。
皇国―――エディフィス。
中央に全ての熱を集めし群体、主の命に全体と動く猛き至高の陽炎。
これらの名は、それぞれ三国の王室、或いは帝室から取ったものだが。
現在、異訪者らはそれを国家を指す言葉として用いている。
―――そして。
今回の舞台は、まさしくその一つが大きくかかわってくるのだろう。
………。
……………。
屈指の道楽系とされている二次職【花火師】の五尺玉が空へと飛び上がり、天に無数の花が咲く。
現実ではできない採算度外視、安全性度外視の道楽。
歓声からは、果たしてどれ程の人員がこの場に居るのかを察する事も難しく。
景色の中に複数映るモニター……巨大な叡智の窓は、恐らく記者系の二次職によるスキルで生み出されたモノなのだろう。
そこには、今現在俺たちが見上げている巨大な施設の内部が映し出されていて。
映像が軽く数千人を収容で出来得るだろう場内を忙しなく移動する。
中央の石畳、そこに立つ一人の男を映し出す。
『さぁ!! とうとうこの時がやってまいりました!』
聞き慣れた声は、ギルドO&Tの名物編集長ヨハネスさんのもの。
相変わらずよく通る声で。
現在地―――帝都ラヴール。
通商都市トラフィーク、鉱山都市フォディーナ、要塞都市カストゥルム、学術都市クリストファー……帝国に在する四大都市、その他幾つかの地方都市。
現状、その全てがPLによって踏破されてきたわけだが。
ここにきて、ようやくこの地が解放されたのは果たしてどういうわけなのか。
解放されたその日のうちに街道を渡っておいて。
今更ながらに首を捻るが……当然答えは出ず。
「さて―――な。なぁ、皇帝ってどんな奴だと思う?」
「イケメン」
「筋骨隆々の大男」
「間を取ってヨボヨボ爺?」
ファンタジー世界の定番。
魔王と並んで敵方の大ボスを張る存在と言えば、強大な竜やらが挙げられるが。
やはり、悪の大帝国を統べる皇帝も外せないわけで。
鉱山都市の鉄血候や通商都市の狼公爵。
現状のTPではまるで歯が立たないとされる12聖天やら軍隊やらを保有している大貴族共さえもが忠誠を誓う存在、とは。
皇帝とはどのような人物像なのか。
我ながら、興味を掻き立てられるもので。
大会の喧騒……ぐるりと見回すだけで、顔も知れたような名のあるPLが幾匹も存在する高揚。
思わず、愛剣の鍔を鳴らす。
銘を、【焔刀斬鬼】
元がBランクというレア武器は、テツが新たに属性を付与して打ち直したことでA-まで位階を上げ、属性武器に。
現環境でも十二分に通用する性能に駆け上がった。
……その他、出来得る限りの準備はしてきた。
それでも、やはりゲームという娯楽はあくまで娯楽と考えている俺たちと、第二の生として日々本気で駆け抜けている者達との力の差と言うべきものは確かにあって。
何処まで行けるか。
それを確かめるのが今回の目的。
上を知らなければ世界一など夢のまた夢……と。
『では、来賓の紹介から参りましょう』
それを再確認する頃。
長々と、しかし聴衆を飽きさせること無き前口上を語っていた伊達男が一息を入れ。
大仰に手を伸ばすと、慇懃にお辞儀をする。
向けられた手の先にあった垂れ幕が開かれ、その向こう側には複数人の人影が……と。
まぁ、催しごとのお決まりと言えばそうか。
『―――皇国より! 皇国正教都市統括。レリスティリア大司教!』
『―――王国より! 海岸都市領主シュトラント・ドラコ・カンケール伯爵!』
「―――帝国より! 商業都市領主プルム子爵!」
………。
……………。
「うっげぇ……! 海洋伯いんじゃん」
「マジで意味わからないくらい偉い人ばっかだなぁ……マジで」
「本当にね。もっと、こう―――ないの? 遊び心というか、その辺の誰かとか、ない?」
「……本当に誰です?」
「その辺の誰かはマジで誰だよ」
その辺の誰かは冗談としても、本当にどんなコネだ?
豪華ゲストが本当に豪華すぎるんだが。
よくもまぁ、公に知られている著名なNPCばかり引っ張ってくるもので。
「予想としては、精々12聖とか貴族が一人二人いれば、なんて所だったんだけどな」
「完全にアタリが外れましたね」
まさしくな。
だが、流石にこれ以上ともなれば、それこそ……ん?
『そして―――帝国帝都より!! 皇太子、エトワール・アルバ・クリプトセント殿下にあらせられます!!』
「「……!!」」
只でさえ浮足だっていた客席に更なるどよめきが起こる。
勿論、俺たちも目を剥いた。
皇国の皇女に続き、つい先日新たにマップへ追加されたばかりの帝都……その頂点に君臨するレベルの存在が、よもやこんな場所に姿を見せているという事実。
更に、更に。
外套で顔を隠しているらしい皇太子の斜め後ろを固める影。
肩まで届く銀髪の美女と、輝かん金髪の美男子……。
「―――……両脇どっちも12聖やん」
「どんなパイプ持ってんだ? マジでいちPLいちギルドが招待できるような賓客じゃないんだが?」
顔色の伺えない皇太子さまはともかくとして、その両脇に侍る男女。
セットで出回っていたモノだから、アレ等に関する情報は知っている。
【銀閃の刀姫】パルテノ
【金璧の天盾】ル・リオン
共に、帝国が保有する12聖にして皇帝の腹心。
それが皇太子に付いている事実を見るに、まぁ王位継承が確実視されてるってことの表れなんだろうが。
アレ等の前で武術大会?
子供の運動会じゃねえんだぞ。
『その他二次予選、本選にも超豪華な来賓を予定しております。皆様、どうぞお楽しみに……』
趣旨変わってないか?
大会メインってより、賓客の顔ぶれを見たいがために大会エントリー決める連中が出そうなレベルだぞ。
『では、続きまして。ルールなどの解説を行っていきましょう』
「―――ん」
「来たな」
待ってましたと、一斉にモニターへ向き直る大勢の視線。
少々出鼻を挫かれはしたが、俺たちにとっては……その他大勢のとっても、ここからが重要な箇所で。
武術大会、という体は取っているが。
これは公式の催すものではなく、あくまで複数の大規模ギルドが主催したもの。
その為、ある種の八百長、チーミングなどといった遊戯の温床になりうる可能性は公式大会より高いのが道理。
大規模ギルド特有の、数を頼みにした戦法がまかり通ってしまうのならば中堅以下のギルドに勝ち目はない。
この辺の調整がどうなっているかは、最優先で確認すべきだろう。
「んじゃ、頼んだ」
「よろ」
「纏めて後で説明してください」
「よろしくね、優斗」
―――……俺が。
『えーー、同ギルド所属の場合、出場人数は一ギルドあたり五人までとなっております。まぁ、大会までにギルドを脱退し、閉会後に再加入などの方法を取ればその限りではありませんが。―――しかし、皆皆様へ一つだけ。そのような方策を頼みにする場合は、運営側としましてもしかるべき対応を検討いたしますのであしからず……ふふ』
ナチュラルに脅してくるなヨハネスさん。
どんな最上位ギルドでも、O&Tを敵に回したい連中はそうはいないだろう。
……あの脅し文句があっても、その手の抜け穴を使ってくる輩が現れるのはまぁ間違いないだろうが。
この辺は良心と野心の天秤って所か。
「えーー、こちらもギルド関連。同ギルド所属のPL同士は出来得る限りトーナメント表では分散するようになっております。こちらの理由も言わずもがな、でしょうか」
『……さて。先述の通り、大会は一次予選、二次予選、本選からなります』
―――曰く。
一次予選は各ブロックに分かれたトーナメント形式。
二次予選は偶数ブロックと奇数ブロックの上位者。
そして、本選は優勝争いまで、と。
予選から本選まで、通しで不意打ちや協力などといった不確定要素に左右される事なく戦うことができる。
ソロプレイにも優しいな、案外。
拍子抜けするほどにスポーツマンシップに則っているというか、何と言うか……いや。
「……確かに。予選を何でもありの戦争形式にしたらしたで、同じギルドの術師を捨て札にして敵をごっそり持ってけるからな」
「デ・バ・ン……?」
「ノーだ」
「最強のPLを決めよう」などと謳うだけある。
時間はかかるが最も実力が出る形式で来たらしい。
参加枠も五つだし。
一応、ギルメン全員が出場できる計算ではあるな。
「―――あ、先に言っておくな。大会は勿論、俺以外が行く」
「予選落ち確実だからね、将太の場合は。僕は出るよ?」
「私はパスです」
「私も……うーーん。どうしよっかなぁ? パス?」
そもそもの得意分野が違う組はそうなるか。
今回の場合、殲滅戦や対ボス戦特化の将太や遠距離特化の恵那、奇襲専門のナナミなどは不向き。
少数ギルドだと余計に得意不得意の住み分けがはっきりし過ぎてこうなるわけだ。
「僕と優斗で爪痕だけでも残せれば、かな」
「……どうだかなぁ」
PL主導とは言え、初といって良い大大会。
これまでも公式非公式問わず闘技大会の類は幾つもあったし、実際王国の闘技都市ラニスタなどでは日夜大会が催されてはいるが……、未だ嘗て、この規模の催しとして闘技大会が繰り広げられたことはないのだ。
―――初代チャンプ。
その称号は、他の何物にも代えがたい魅力であり、誰もが夢見る。
GR一位の円卓の盃を始め、古龍戦団、死者の千年王国、妖精賛美、轟の一矢、おさかな天獄……。
最上位ギルドの多くが参加を表明した現状とあっては尚の事。
果たして。
波に飲まれずに走り抜けられるか……。
「―――ん。時間、どうだ?」
「もーそろ、来そう」
波と言えば、こちらもそう。
俺たちが来た時にはまだ空いていた筈なのだが。
今くらいの時間にもなると、帝都大闘技場へ続くこの辺のエリアも大分賑わってきた―――込んできたので、方々へ進むのも一苦労で。
例えば、あそこを歩いている背の低めのPLなど……ん。
「ねぇ、あの子」
「……………」
あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。
辺りをキョロキョロと見回していうるちに、団体の通行客がやってきたらしく集団に押し流されて……逆らう事なく流れていく。
あーれー……ってか、自分が流されていることに何も思う所がないのか、なすがままに、そうめんの如く。
仕方がないので先回りしつつ、目の前に流れてきた所で―――っと、捕獲。
「んんーー」
そのPLは、抱えあげられるままに足をじたばた。
小動物か?
この前校外学習で行った動物園のモルモットを思い出すな。
「―――俺だ。俺だ、ハクロ」
「んーー、……ん?」
人ごみに揉まれて流されそうになっていたちびっ子を引っ張り上げ、ようやくこちらを認識した彼女と向き合う。
「スマン。ちょっと待ち合わせ場所が悪かったな」
「迷子?」
「お前がな」
「わっかんないよぉーー? ハクロちゃん以外の全員が迷子になってたのかもしれないし」
「それはある」
「あるかもね」
そういう考え方もあるか。
「時間通りですね、ハクロちゃん。素晴らしいと思います」
「頑張った!」
「ん、頑張った」
まあな。
出会った当初は単純に感情が薄いだけなのかと思った時もあったが。
ハクロが単純にコミュ障なだけというのは、今では自他共に認める所で。
会話をするのも、誰かに道を聞くのも一苦労というのが本人の評。
今回で言えば、一人で帝都まで行けという「師匠」の出した試練とやらはかなり苦しかっただろう。
「酷いよねーー。こんな小さな子に一人で行けなんて」
だが、今回誘ってきたのは実は彼女の側。
目的地到着の目印になって欲しいとの事で。
俺たちも、ご指名とあらばと喜んで待ち合わせしていたわけだが。
確かに、一人で歩かせるのは不安が大きい。
何してても只の迷子にしか見えないからな。
歩いていた様子など、まさにそう。
「とてとて」なんてオノマトペが初めて脳裏に浮かんだぞ。
だが、実力は間違いない。
何なら、密かに優勝候補の一人ではないだろうか、なんて思っていたりもする。
……見た感じ、本人のやる気はさほどでもなさそうだが。
「―――そういえば、戦いは見世物じゃないっていう概念があったよな。アレ、どうしたんだ?」
「招待状がプシュケに来た。面白がって、師匠に参加してみたらどうかって言ってた」
もしその気だったら、今頃来賓の席に古代都市の領主も居たって事か?
「師匠が、代わりに参加しろって。テリスも、いい機会だって頷いてた」
テリスって……ルミねぇが言ってた古代都市内乱の首謀者だよな。
元鞘とは言うが。
自分の命を狙っていた人間を雇い続けるのは、果たして豪胆と呼ぶべきなのか。
「まぁ、そういう事なら……ライバル、だな」
「ん」
「手加減は―――してくれよ?」
「ん。―――ん?」
「手加減しないとかじゃねえのかよ」
「八百長持ち込んでんのこっちじゃん」
ハクロが乗る筈ないだろ。
「はははっ。まあ、その時は全力できてくれた方がこっちもやりやすいからさ。宜しくね、ハクロさん」
「ん。ルミが見てるなら、頑張る」
「「……………」」
………。
……………。
「―――ん?」
俺たちの反応に何か考えるものがあったか。
ハクロは、右に左に……歩道を確認する小学生のように無表情の視線をさまよわせ。
正面に向き直る。
「ルミは?」
「―――――あぁ……っと。多分今頃―――旅行中? 秘匿領域辺りを」
………。
……………。
「帰る」
「「ちょおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ、っと!! 待って!!」」
―――師匠の命令かっる。




