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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第八章:フォール編

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追憶(3):見えるのも悪くない




 お姉さんの、「私の家に来てみない?」という言葉に非常に強い興味を持ったのはどうしてだったのだろう。

 


 ―――多分、知りたかったからだ。

 彼女がどういう環境で育ったのか、とか。

 どんな育ち方をしたら、こんな意味の分からない生き物が出来るのか、とか。



 ………。

 ……………。



 お友達を紹介~~とか。

 美味しいお菓子~~とか。

 その後に続く怪しすぎる言葉が聞こえなくなるくらい、そこに興味があったんだろう。


 多分そんな感じだ。



「じゃあ、イカれたメンバーを紹介するね」

「「……………」」

「勝手にイカれさせるな」



 三月ともなれば、肌寒さも多少はマシになる。

 けど、やっぱり伝統的な日本の家……平屋って言うんだっけ。

 こういう家は、大体木製だし扉とかも昔ながらの引き戸とかも多いから、普通の家より外の気温の影響を受けやすくて、肌寒い。


 以前、お姉さんが「うちにも倉がある」なんて言っていたような気がするけど。

 確かに、この家は……広い敷地に、広い平屋の家屋。

 小さい建物が他にもある。

 通された畳張りの和室は、この空間にいるのが今の四人だろうと、今の倍の数だろうと狭くはないと思わせて。

 こたつも、年代物に見える。


 そんな、歴史のありそうな家で。

 全く関係ないだろう、私と丁度同じくらいの二人は……何処かで会った記憶もない、初対面の、だけど私と同年代と分かる子たちだ。



「じゃあ、まず初対面さんから。こちら、恵那ちゃん。ご存じ坂下神社の娘さんだよ」

「……むぅ。ホントに連れてきたし」

「聞いてはいたが、本当に神社の子だったんだな」



 紹介を受けたから、二人へ軽く頭を下げるけど。

 会話するのはまだ怖い。

 たちの悪い事に、あちらの二人は既に知り合い同士みたいで……つまり、私の頼りはお姉さんだけ。

 彼女が二人だけと話し始めたら、もう何もできないわけで。



「で、こちら。相馬優斗クンと、菅原七海ちゃんね。みんな、同じ学年なんだよ?」



 ………。

 紹介で名前を聞いて、頭の片隅に思い当たるものがあった。

 でも、それが何の記憶かは思い出せなくて。


 ……何だろう。


 学校では見た事がない。

 けど、名前は……。


 ―――そうだ。

 菅原七海。

 数か月前に大きく話題になった子。

 私の通っている学校とは別……けど、近所の学校で発生した給食の「いぶつこんにゅう」を発見した女の子だ。

 

 こんなに人懐っこそうで、明るそうな子だったんだ。

 けど……どうして私はずーーっと微妙な視線を向けられているんだろう。



 ………。

 ……………。



「……な、に?」

「―――別に~~、何でも~~」



 これだけ見られたら、疑問の一つでもぶつけたくなるもの。

 何でもない筈はない。

 ジロジロと、頭から足までを何度も往復するように見渡しておいて、何でもない筈はないだろう。



「……ふーーん?」



 これは……敵意?

 けど、どうにも悪意をもっているようにも思えない。

 というより……この空間に居る私以外の三人。

 例のあの人は論外としても、この二人もまた、黒い所が殆どない。

 

 悪い考え、意識がまるでないんだ。

 もしかしたら、あの時みたいな感じで私の眼が当てにならない側の可能性もあるけど。



「この子が、ルミねぇの言ってた……ねぇ?」

「―――ルミねぇ?」



 何、その呼び方。



「ん? ……ふふっ! そ、ルミねぇ。私のお姉さん!」

「近所の、だけどな。別に血縁じゃないぞ。―――よろしくな、巫女さん」



 黒髪の男の子が説明してくれる。

 けど、私の頭の中には一つの言葉が巡りに巡っていてそれどころじゃなくて。



 ―――ルミねぇ。



 その呼び方、……良い。

 けど、女の子の―――七海ちゃんの表情や仕草は、まるで私に見せつけるような感じだ。

 違う、「感じ」じゃない。

 明らかに自慢しているんだ。


 私は、温厚。

 クラスメイトからは()の名前で通っているのだ。

 ちょっとやそっとの事で怒ったりはしないんだ。

 正方形のこたつ……一人が一面を占領する中で、私は対面に座っている少女へ勇気を出して話しかけてみる。

 


「……ね。七海、ちゃん」

「ふふん、ふふん。んーーう? なに?」

「お姉さん。おんぶしてもらった事、ない?」

「……―――何が言いたいの?」



 ………。

 ……………。



「―――ふっ……」

「笑った! 今私のこと見て笑った! この子絶対性格悪いってルミねぇ!!」



 勝った。

 


「うわーーん!! 慰めてぇ……!」

「おぉ、よしよし」



 ………。

 小学生にもなって情けないと思わないのだろうか。

 一瞬でもこたつを飛び出す勇気は賞賛に値するけど、飛び込んだ先はお姉さんの真隣。

 自分の領域が狭くなるのを厭わず、快くそれを受け入れたお姉さんは、取り出した何かを七海ちゃんの口へ……。



「もご……。もご?」

「美味しいだろう?」

「もご」

「はい、恵那ちゃんも」

「……………届かない」



 嘘だ。

 向こうが手を伸ばしてくれているんだから、少し身体を高くして伸ばせば……手でも伸ばせば十分に受け取れる。

 ……けど。



「……美味しい」

「でしょ?」



 直接口で受けたい気分の時だって、ある。

 結局、私もお姉さんの隣へ移動して。

 更に狭い一面に固まるまま、何かも分からない食べ物を口で受け取る。


 舌に広がる甘さ、歯に当たる硬さ。

 飴だ。

 べっこう飴みたいに香ばしくて、紅茶の様でもあり、でもオレンジっぽいような味がする不思議な飴だ。



「………ん」

「もご?」

「手作りだよ。クレープシュゼットのソースに着想を得てね。剥いた果実の皮に熱々のシロップを伝わせて香りを付けるっていうパフォーマンスがあるんだけど―――」



 美味しいけど、話なんて入ってこない。


 真ん中のお姉さんを挟んで互いに睨み合う。


 成程……。

 私の周りには居なかったタイプの子だ。



「―――で、わたしべっこう飴とか大好きなんだけど。紅茶の飴が一緒に入ってるやつあるだろう? あれも併せたら、もっと美味しいんじゃないかなって思ったんだ。ほら、アールグレイとかもあるし、変な発想じゃないだろう?」

「ん。取り敢えず、同意が欲しいならまずは相手が話を聞いてるか確認した方がいいな」

「んう?」

「で、ルミねぇ。その子は―――何があるんだ?」



 と。

 不意に、ただ一人取り残された男の子が発言して。

 それが、私に向けられたものだと分かって。


 視線が私に集まる。



「ふふふ」



 お姉さんは、勿体ぶって笑う―――まったく表情を変えないで。

 でも、楽しそうな声だけ出すお姉さんは、ちらと私を一瞥して。



「恵那ちゃんはね? 見えるんだ」

「ほぉ。見える」

「へーー」



 ………。



「「―――何が?」」



 そうなるだろう。



「ん、善悪さ。その人が悪人か、それとも善人か―――正確には、罪を抱えているかどうか。何かしらの悪意、罪悪の意識があるか、かな。彼女には、そういうものを抱えている人間が黒く見えるらしくて、その悪意が大きいほどに―――」



 お姉さんには全部話してしまっているから。

 お姉さんが信頼している人たち相手になら、代わりに説明してくれること自体は別に構わない。

 けど。


 ………。

 解説がてらとでも言うかのように、私の真横で黒くなったり白くなったり凄く忙しい人がいる。



「多分、気の持ちようなのかな。ね、恵那ちゃん。今の私とか―――」

「それ、やめて」

「ふむ。やっぱり?」

「「?」」



 他の二人に見えないのは当然だけど……本当に冗談じゃない。

 悪意、罪の意識……超えてはいけない一線を、そんな反復横跳びみたいに。


 ついて消えてが忙しない照明器具を凝視しているみたいな感じだ。

 目が凄く疲れる。  

 


「マジか。本当に見えてるのか? 坂下さんの視界には、黒く? ―――こんな感じって事か?」

「話むずかしい! 眠いから寝るーー……」



 ………。

 ……………。



 ―――何だこの人たち。


 優斗君は、まるでお姉さんの真似とでもいうかのように……説明されたからと言って出来る筈がない照明ごっこを当たり前のように始め。

 七海ちゃんは、今の話が嘘ではないと分かっていて、それでもまるで興味がないとでもいうかのようにお姉さんの膝に頭を預けて横になる。

 

 どちらも、明らかに私が出会ったことの無い手合いで。


 ……疲れた目を背けるように、視線を逸らすけど。

 その先にあるのは、テーブルの隅にうず高く積み重なった本の山。

  


「あ、それ? 敬語で清楚な御嬢様きゃらくたー……っていうのかな。キャラ作りの一環でね。最近凝ってるんだ」



 それは……物語本?


 どれも、表紙は女性キャラクターが飾っているみたいだけど。

 その殆どが黒くて長い髪に、優しそうな顔。

 タイトルも絵も全然違うのに、どうしてか殆どが同じような容姿のデザインで。



「面白いだろう? 判で押したみたいだ。多分、この性格でこの育ちならこういう容姿だろうって先入観があるんだと思うんだけど……」

「……こういうのが、良い?」



 気になる事として。

 お姉さんは、「凝っている」といった。

 きゃら作りとかはあまり分からないけど、とにかく今はソレが好きというのは間違いない筈で。



「んう?」

「こういうの、好き? ()()()()()



 さりげなく、名前を合わせて呼んでみる。

 


「うん? うん。御淑やかな女の子って、とってもいいと思うよ。女性の理想、その一つっていうのかな。―――うん、そうだとも。恵那ちゃんなら元々の立ち振る舞いも穏やかだし、とってもあってると思う」

「……ん」



 こっちは凄くドキドキしてるのに、華麗にスルーされる。

 つまり、そっちの名前で呼んでも良いという事だ。


 次は、膝枕も試してみたい。

 果たして、この人は何処まで許してくれるか、だ。



「―――……。面白いのが増えたな、これは」



「……これで、また一人……。ふふっ」

「珍しくご機嫌だね、ユウト」

「こんなに早いとは思ってなかったんだ。ルミねぇが連れてきたなら、まぁ大丈夫―――」



「む~~~~~~!!」

「……ふん」



「本当に大丈夫だよな?」

「多分?」



 野蛮な先住民と場所の取り合いをしていると、ふわりと頭に手が置かれる。

 見れば、七海ちゃんの頭にも……ルミ姉さんは、同時に手を伸ばしたようで。



「今更ながら、本日皆さんにお集まりいただきました理由なんだけど。ねぇ、二人共。たった二年ちょっと前の話なんだけどね。ちょっと擦れた事を言う男の子が居たんだ。自分には仲間が居ないんだ、って」

「ルミねぇ」

「でも、彼の言葉は実際正しい。だって、本当に心を休められる関係。気の置けない存在。そういう人って、すっごく貴重で、すっごくかけがえのないものなんだから」



 ………。

 温かくて、安心する匂いがして。

 髪を、頭を撫でてくれる気持ちよさにウトウトし始める。


 だから、余計に入ってこない。

 私は大人と話す事も多いから、これでも色々な言葉を知っているはずなのに。

 お姉さんの言うことは、いつもちょっと難しくて。



「でも、君たちなら。きっと、そうなれる。だって、君たちは―――うん。私は、この世界には普通の子なんていないと思ってるんだけどね? その中でも、君たち三人はとっても面白いんだから」

「おも、しろい……?」

「客寄せパンダか、俺らは」

「基準が、ルミ姉さんから見て、面白いかどうか?」



「当然だろう。全ては主観で出来ているんだから」

「「あっせいしゃ……」」



 私は知っている。

 これ、世間一般では暴論とか暴君って言うんだ。



「大丈夫。なんて言ったって、三人には私が付いてるんだから、ね?」

「……一緒?」

「そうだとも。私は、ずっと君たちの味方さ。道を間違ってしまったら、一緒に引き返すんだ。一度積み上げた物を崩すのは勇気がいるものだけど。皆でやれば何とやら。一緒なら、きっと怖くないから……ね?」

「「……………」」



 私とこの二人は、彼女が言うほど気が合うとは思えない。

 性格も、物の価値観も全然違うんだ。



「ふふふっ」



 でも。

 彼女は、私達の考えが分かっているかのように笑って。



「今から予言しても良い。君たちは、最高の友達になれる。きっと、何よりも大切な、変えようのない、かけがえのない存在に……ね」



 何の根拠もない、口から出まかせの言葉にしか聞こえなかった。

 でも、当時の私にとって、その言葉は一度だけ信じてみようと思わせる何かがあって。



 ………。

 ……………。



 ―――そして、それは事実だった。

 

 優斗と七海が居てくれたから。

 二人が居てくれたから、ある日あの人が目の前から消えた時も……何とかなった。


 三人で支え合ったから。

 二人が居てくれたから、私は一人じゃなかった。




   ◇




「えなーー? えなちゃーーん。―――ねーぇ、はらぐろ?」

「……ん。聞こえてます、黒バナナ」

「腐ってないですナナミですぅーー!!」



 三月になっても、まだ寒い。

 現実では連日朝方の気温は五度以下が続いていて、境内の掃除をするときはとっても寒くて。

 だから、というわけではないけれど。

 ゲームの中でも、温かい空間にいると何時の間にかうとうとし始めてしまう。

 ギルドホームだから良いけれど、外だったら色々と危なかったりする。



「―――寝ちゃってましたか?」

「ん。恵那は朝早いからな。ゲーム内でも寝てるってのは珍しいが。―――夢、見れたか?」

「……懐かしい事を思い出してたような。けど、忘れちゃいました」

「あるあるだな」

「ねーー」



 ゲームの最初期から参加しているとはいえ、片手の数で足りるメンバーしかいないホームは……増して、現在三人しかいない空間には非常にゆったりした雰囲気が流れていて。


 時計を見れば、ゲーム内時間でも頃合い。

 残りのメンバーとの待ち合わせ時刻までもう少しで。



「っていうか、相変わらず丁度良いタイミングで起きるね。体内時計? アラーム付きなの?」



 それは、多分……。

 多分、背もたれの質が良いのだろう。



「アラームが付いてるのはこっちの背もたれさんですね」

「動けねえ早く起きろって念送ってたからな」

「良い寝心地でした」

「人肌って良いよねー、あったかいし。この背もたれ、寄りかかっても倒れないし、丁度良い感じに広いし」



 そう、背中合わせにもたれていると、本当に丁度良いのだ。



「俺の事を何だと思ってるんだ?」

「背もたれ」

「世界一安全な生物」

「おい」



 偶に、高校のクラスメイトたちから私達三人の関係について聞かれる事があって。

 凄く仲が良いとか、本当に付き合ってないのかとか。


 でも、その度に返すのは……二人は、家族同然だからって。

 異性とか、関係はなくて。

 


「伝統とかくしきぃを重んじる坂下神社の一人娘がゲームの中で昼寝するくらいやり込んでる……字にするとヤバいな」

「自由な時代ですから」

「その便利な言葉やめろ」



 うちの神社も、ここ数年で出資者たちが変化していった結果、少しずつ変わりゆくものがあって。

 やっぱり、物事は時代に合わせて変わるもの。


 不変なんて、存在しないんだ。



「別に、人間でも妖怪でも宇宙人でも、一緒にゲームをやるのに理由なんていりませんし。巫女が神様嫌いでも良いと思います」

「正当化するなッ」

「ハラグロだしね。ゲーム内ですら黒いのが見えた時も、別にショック受けてなかったし」



 ………。

 そうだ。

 私は、このゲーム……オルトゥスの中ですらアレが見える。

 それは、この力が視覚などではなく脳など全く別の場所に由来する証明なのか、電子で再現された身体であろうとも、相手の中にはもちゃんと人格があるという証明なのか。


 けど。

 それを知ったからと言って、初めてログインしたあの日、その事実を受け止めることはあれど、ショックを受けることはなかった。



「それは―――見えてしまうのは、悪い事だけじゃないって。気付いたんです」

「……んーぅ。え、今更ぁ!?」

「ショック云々聞いたの七海だろうが。……まぁ、そうだな、本当に。まだ寝ぼけてるのか?」



 ―――……確かに。

 それは分かり切った事の筈なのに、どうして今更私は。



「あれか? さっき見たって夢。もしかしたら、その頃のやつなのかもな」

「……そうかもしれませんね」



 そう言われると、そんな気がして来て。


 それは私の、私達の大切な記憶。

 助けられただけじゃない。

 私達は、あまりに沢山の事を教えてもらったから。



「第一に、特別とは楽しむもの」

「第二に、他の人の特別を見つけて、それに困っていたらこれを好機と助けてあげること」

「手品と同じ。自分の予想を上回る想定外が突然現れる楽しさ、な」



 それは、ルミ姉さんの受け売り。

 小さかった頃の私は、黒いかそうでないかだけでしかモノを測る事が出来なかったけれど。


 今の私には、他にも他者を測る見方が沢山有って。

 それ等があれば、大抵の人の事はちょっと触れ合うだけでも分かるけれど。


 時に、そんな私の予想を遥かに超える人だって、確かに現れるから。

 ルミ姉さんの手品を間近で見た時のような衝撃を楽しめることがあるから。


 生来の力は、あくまで手札の一つであり、一つの指標でしかない。

 でも、この力のお陰で、その人がどれだけ悩んでいるか、その人がどれだけ立ち直り前を向けたかを知る事が出来た。

 私が相談に乗って、仲間たちが動いてくれることで助けられた人が沢山いた。



「いつだか、トワさんが言っていた事。「巡り合えなかった人たちの為に」……私達も、現実と、ゲーム内。両方で、ルミ姉さんたちみたいに」

「うん。助けられるよ、絶対」 



 サクヤさんのようにパワフルに。トワさんのように筋道を立て。

 ルミ姉さんのように自由に。

 あの三人のように。


 でも。



「当然、俺達は俺たちのやり方で、な。少なくとも、あの人が戻ってくるまではそれで行こう。追加であの二人もいれば、ひとまずは十分だろ。―――なに、すぐさ」

「それはこの前聞いたから分かってますけど……」

「早くしてほしいよねぇ」



 最近も頻繁に連絡をくれるし、最新のゲームまでプレゼントしてくれたトワさんはさて置き。

 ルミ姉さんとサクヤさんは、ここ数年直接会えてはいない。


 その筈だったのに。

 先日、彼女―――彼? が引退を表明したことで世間は大騒ぎになって。

 優斗から聞いた「帰ってくる」という話が真実味を帯びて。



「でも、やっぱり引っ掛かりますね。どうして絶頂期の今なのか、と」

「……はは。戻ってきて欲しいなんて言っておいて、いざ帰って来るってなったら全員で疑問符だからな」

「不思議は不思議ですからね。私達がルミ姉さんの特別なのは当然ですけど……」

「自信過剰か」

「けど、それでも。世界一の奇術師として。更に多くの人に笑顔を与える。あのやり方は―――それこそ、あの人らしい、一番の方法ではなかったのですか?」

「「……………」」



 世界一の奇術師ルーキス。

 彗星のように現れて、()()()存在。

 


「ルミねぇのお爺さんも、そんな感じだって聞いたけど。そういう感じなんじゃないかな。血筋的に飽きっぽいとか」

「「それはない(です)」」

「……ないよね、ゴメ」



 あの人は、飽きたからやめるとか、面倒だからもう良いというような人じゃない。

 去るのは、「もう自分が居なくても大丈夫だろう」という時だけで。


 だからこそ、意味が分からなかった。



 でも。

 今になって思えば、ずっと私達はそうだった。



 トワさんとの出会い。

 サクヤさんとの出会い。

 昔の出来事とか、現在に至るまでの物語は沢山聞かされてきたけど……。


 何故、ルミ姉さんがソレをやりたいと思ったのか。

 何故、ルミ姉さんは戻ってくるのか。


 私達は、結局その理由を知らなかった。

 

 

「……聞かないとな、その辺も色々と」

「です、ね」

「私達、いっぱい成長したもんね! いっぱい人助けもしたし!」



 けれど、ともかく。

 今は、ともかくだ。


 ……ルミ姉さんが帰ってきたら。

 まず最初に三人で「お帰り」って言って……、それから―――沢山、お互いの事をお話して。

 沢山、これからの話をするんだ。

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