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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第八章:フォール編

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追憶(1):見え過ぎるのは不幸せ

新年一発目。

新年といえば初詣、初詣といえば神社、神社といえば……。




 一人の時間が好きだった。

 

 誰かと一緒に居るのが嫌なわけじゃない、話すのが嫌いなわけじゃない。

 でも、やっぱり一人が良かった。



 ―――怖かったからだ。



「ぅ゛あ゛ーーん!! 恵那ちゃん! ○○ちゃんが!」

「違うの! ○○ちゃんがぶった!」



 ……それは、ずっと目の前にいる何かだった。

 普段は普通の人間だった。

 でも、普通の、同年代の子供たちは偶に「まもの」になる。


 春の蚊柱みたいにまとわりついて、まとわりついているそれ。

 黒い……、黒いモヤだった。


 顔の一部を覆ったり。

 酷い時は顔も、身体も覆われたり……。

 普段からよく知っている子達が、突然黒いなにかになる。

 黒くてぼやけた、人型のなにかに。



「……………」



 最初は、怖くて仕方がなかった。



「○○ちゃんが悪いんだ! だって、最初にやってきたんだもん!」

「遊ぼうっていっただけ! なのに○○ちゃんが―――」



 ……そして、気付いた。

 ある時を境に。

 その黒いモヤが見える時っていうのは、決まって喧嘩とか、やっちゃいけないって言われたような悪い事を皆がしている時。

 何か、知られたくなかったり「うしろめたい」事がある時なんだって。


 

 ………。

 ……………。


 ―――当然、皆は見えないと言った。



「話、聞くね?」

「……うん」

「……○○ちゃんが悪いんだよ?」



 だから。

 見える私がどうにかするしかなかった。

 喧嘩だったらお互いが納得したり、謝れるよう、悪い事をしたのなら、怒られる前に謝るように。

 私は、気付いたから。

 本人だけが抱えている黒が視えるから。


 自然に、私は相談を聞いて、聞いて、聞いて、聞いて……。

 放っておくと、雰囲気が悪くなると知っているから。

 見えてしまうからこそ、表面化するその黒に耐え切れない。


 子供なら、まだマシだった。



『―――ぅ……、ぁ』

『あら、恵那ちゃん? どうかしたのかしら』

『緊張してるんだろう。ククク……、可愛い子だな。将来が楽しみだ』

『あらやだ、○○○さんったら』



 ……大人は、もっと怖かった。


 子供とは比較にならない、黒い人が沢山いる。


 黒くない人なんて、殆どいなかった。

 顔を覆われた人が当たり前―――全身が真っ黒な人も、決して珍しくなんてない。


 そういう人に限って、うちの神社に沢山出入りしていたり、凄く偉い人だったり、お金を沢山寄付してくれたりする人なんだって。

 尊敬できる人達ばっかりなんだって、皆が口を揃えてそう言って。



「―――二人共? 仲直り、ね?」

「「……………」」



「……悪く言って、ゴメン」

「わたしも……ぶって、ごめんなさい」



 子供は、良いんだ。

 大人が叱れば素直に謝れるし、出来なくてもいつかは分かってくれる。


 でも、大人は謝らないし、平気で何度も悪い事が出来る。

 バレることも少ないし、怒ってくれる人が居ないから……いつか、居なくなっちゃうから。 


 私は……。

 いつも誰かの顔色を伺うだけ。

 良い子でいれば、黒くならないって分かっているから。

 良い子のままなら、大丈夫だと分かるから。

 皆が褒めてくれるから。


 ……自分が真っ黒になるのが怖かったから。

 映りなんかしないのに、鏡を見るのが怖くて。

 いつだって周囲が怒っていないかどうか、悪い事をしないかどうか、気を配るのだけが上手くなる。



 ―――こんなもの、見えなければよかったのに。




   ◇




「―――肝試し?」

「そう! 恵那の神社でな!!」



 小学校で過ごす一年目の夏。

 それも、終わりが近付いている中、その言葉を告げたのは誰だったのか。


 今までと同じように、私の神社で開かれるお祭りに行く途中で話されたのがそれだった。

 初め、いきなりどうしてとか、子供だけで良いのかとか、色々思ったけど。


 疑問に思っていた私に、一人の子がこそっと教えてくれた。

 普段から喧嘩もしない、驚く事も泣く事もない……、そんな私が怖がって泣いている所を見てみたいんだって。


 皆で私を置いて行って、反応を見たいんだって。

 悪戯される時も、先に気付いちゃうから驚きが少ないだけなのに。

 こっちだって、怖いものは怖いのに。


 今までにも、誰か一人に皆で何かしようっていうのはあったけど。

 私がそうなるのは初めてで。


 ……でも。




「恵那ちゃん、ゴメンなさい……」

「大丈夫。教えてくれてありがとうね」

「―――……うん!」



 別に、それ自体は構わない。


 それでも良いと思った。

 神社の周辺なら知らない場所はないし、置いて行かれても帰る事は出来るから。

 夜でも、多分何とかなる。


 それで暫く分の満足を与えられるなら、十分だと思った。

 人が喧嘩をしたり悪い事をしたりするのは、満ち足りていないからなんだって、お父さんは言っていた。


 だから、これで暫く皆が満足できるなら。

 あれが見えなくなるなら、良い。


 ……お金をたくさん持って、社会的地位があって。

 それでも、どうしてか満足していない人たちが、沢山の黒を抱えている人が、お爺さんおばあさんになってまで黒い人が世の中にはたくさんいるのは……変だと思うけど。



「この道を、皆で?」

「うん! それでね―――」

「ふっふーん。最後に、あの井戸を、一人一人覗いていくんだ」

「「え!?」」

「皆は、すっごーーく遠巻きに見てるだけな! さ、灯り貸せ!!」



 無理やり懐中電灯を取られる。

 手書きの……、お世辞にも上手とは言えない字で書かれた「きもだめし じゅんろ」の文字が見えなくなる。


 神社の山の奥にある井戸。

 縁日が近くでやってる筈なのに。

 ここだけは、おかしなほど静かで。

 

 井戸は、とうの昔に枯れた古井戸……、何度も覗いたから私は知っている。

 底には何もない筈。



「まずは恵那!」

「……うん、分かった」


 

 そして、皆も。

 井戸までたどり着く頃には、彼等は逃げ去っている筈。

 聞いているから分かっている。


 ………分かってる。



「……ぅ」



 お化けなんていない。

 いるはずがない。

 それはそれとして、怖いものは怖い。

 皆に聞こえないように小さく声を漏らして、震えそうになる身体に力を入れて―――井戸へ歩く。


 ゆっくり、ゆっくり。

 小さく歩いていたからかもだけど、かなりかかった気がして。



「これを、覗く……―――」



 まだ、もうちょっと。

 あと十歩も歩かないうちに、井戸の中が、……あと四、三……。



『てーー。でーー……』



 ………。

 ……………。



『てーー。でーー、ほーー』




「「……ぇ?」」



 急に、井戸から小さく白い光が漏れる。


 聞いたことも無いような、底の底から響いてくるような、感情の感じられない冷たい声。

 人間の出すような声じゃないソレは。

 大きくなる……、段々と大きくなって。



「―――……ぇ……、ぁ」



 その声の元が……この、覗き込めるほどに近付いた井戸であると分かって。

 暗闇に慣れた目に映る、苔の生えた石組の上に。



 井戸から―――。



 細く、青白い手が伸びてくる。



「「わ゛あ゛……、ぁぁぁぁッ―――――ッッ!!?」」

「わぁ゛ッ ぁッッ!? ……痛っ……ぅぅ……!」



 元から逃げる準備は出来ていたからだろう。

 後ろから聞こえる皆の声は、どんどん小さくなって。


 多分、一人、転んだ。

 けれど、痛みより先に恐怖が優先されているらしくて。



「あ、えなちゃ……っ。皆!! ―――ま、まってよぉぉ!!」



 痛みなんて感じていないように、続けて声が遠ざかっていく。


 私は……?

 向こうの事なんて気にしている暇じゃなかった。


 足がもつれる。

 身体が動かない。

 灯りなんて何も持ってない、方向が……先の景色が。



「……ぁ」



 幽霊なんて、お化けなんている筈ない。

 分かっている筈なのに。

 何で、こんなにも……こんなにも。



「う―――ぅ……、―――ふぅ」



 干上がった古井戸から這い出てきたそれ。

 白い服、青白い肌……痩せ型で、胸に本当に小さな光源を下げた金髪のお化けは―――……。



 ―――金髪のお化け?



「……あ―――ぇ?」

「―――ん……んんーー……!」



 頑張ってる。

 お化け、頑張って井戸這い登ろうとしてる。

 ふらりと井戸の足場を跨いで……あ、つんのめった。



「―――っとと……、全く。どうして君たちはそんなに狭くて暗い所が好きなのかな」

「ホ」



 お化けは、小脇に一羽の鳥を……鳩を抱えていた。

 アレは。


 神社の境内でよく地面をつついている鳥たちとは明らかに毛色が―――体色が違う。

 体表にも艶があって。

 全体的に丸みがあり、しっかりと肥えているように見える。



「テーデー、ポッホー」



 ……普通のドバトじゃない。

 アレはキジバト。

 鳴き声が特徴的だからすぐに分かる。

 そして、普通のドバトとは違う特徴的なあの鳴き声は、求愛の時と……。



「君の物だって? あの井戸が?」

「テーデー、ホ」

「よく言うね、ブイスリー。飛べなくてほーほー助けを求めてた癖に」



 縄張りを主張する威嚇の声だ。

 金髪お化けの頭の上に乗ったハトは抗議するように鳴くけど、お化けはそれをまるで意に介さない。



 ………。

 ……………。



 もしかして。

 私達がお化けの声だと思っていたのは、井戸の底だったからくぐもっていたハトの……。


 じゃあ、この人は、本当に只の人げ……。



「さぁ、登ったら目の前に小鬼さんだ。さても、さても。……ふーーむ?」

「………ぁ、ぅ」



 やっぱりお化けかもしれない。

 私よりずっと背の高いお化けは、西洋人形みたいに顔の形が整っていて。

 そして、日本人形みたいに感情が見えない。


 今に近付いて来て、見た事もないような青い瞳でしげしげとこちらを見ている。

 黒も白もなく、無色透明という方が……木や石の感情でも読もうとしているみたいに、何も分からない。

 けど、目の前にいるのは確かに人間に見えて。


 人間? 本当に?



「キミ、ちゃんと人間だね。迷子……じゃないよね? 忙しなく目が動いてる。怖がってるのもあるだろうけど、それより観察してるのかな? 随分賢そうな子だ」

「―――あ、……の」

「うん」




「もしかして、お化けですか?」

「んう?」

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