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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第17幕:買い出しの流儀




「よくもまぁ、あんな急ピッチで製作出来ると思うぞ。正直、余程魔法だと思う」

「ね。文化祭パワーってヤツ?」

「その辺情熱が違うよなァ。あ、ルミさんめっけ」

「やあ」



 文化祭で使う消耗品類を買い出している中、帰れば衣装合わせが待っているというメッセージを受け取る。

 共通グループだから三人も確認したんだね。


 それぞれ段ボールを抱えてやってくるユウト、ショウタ君にワタル君。

 時を同じくして、メールを受け取ったらしいナナミとエナが両手に山の資材が入った袋を手に合流地点へ歩いてくる。


 目印役としては、集合したみたいで安心安心。


 

「―――来たな。そっちはどうだった?」

「上々です。例の品も……」

「あった、あったよ! ほら!」

 


 袋を広げ、互いに戦果を確認し合いつつ、メモ書きを再度確認。

 買い忘れの類は……ひとまず大丈夫、かな。

  


「取っ手付きの紙コップ、案外あるもんだな」

「あるとないとじゃ雰囲気違うし、100個入りで千円以下なら安いものだね」



 なにより軽いし。

 両手に色々とは言ってもこれなら持ち運びも容易だから、ナナミとエナも全然苦じゃないらしい。



「じゃあ、粗方買ったところで。向こうも結構いい感じに進んでるみたいだから、そろそろ戻ろうか」

「「はーーい」」

「あとは必要な物が見つかり次第だな」



 すぐそこにあるエレベーターのボタンをタッチ。

 平日であるのにやっぱり盛況な昼過ぎのショッピングモールは、駐車場もやっぱりぎゅうぎゅう詰め。


 しかして迷いない足取り。

 向かうは、よくあるタイプの電気自動車。

 新車で購入したから400くらいしたけど、八人乗りって凄いよね。

 カラーは青さ。



「車出してくれるのマジ助かりますた」

「「ますた」」

「練習さ。こちらも付き合ってもらってる。擦っても怒らないでね」

「はは。冗談―――ぇ、冗談ですよね?」

「本気ですね、この顔は」

「どの顔?」



 この顔だよ?


 免許を取得してから一か月も経ってないんだ。

 初心者マークを付けているうちに乗り回して、今のうちに沢山擦っておけばぺーぱーとやらにならずに済むんだろう? 



「でも、どういう心境の変化なんだ? 今更車の免許なんて」



 車に荷物を積み込み積み込み。

 かなーーり狭くなった車内に乗り込む皆。

 ユウトの疑問ももっともだろう。

 私、そういうのあんまり触れてこなかったからね、今まで。



「そこ言ったら今更じゃないかな。ルミさん、帰国して一年経ってないし、料理始めたのもそれかららしいし」

「な。そういうもんじゃないのか?」



 お。

 分かってるね、お二人さん。


 そう。そういうものさ。

 皆がシートベルトを付けるのを確認、ウィンカーをつけてゆっくり発進しつつ、当時の事を思い出せども。

 きっかけといえば、やはり。

 


「強いて挙げるなら。ほら、夏に皆で旅行に行っただろう?」



 あの時、車を運転してくれていたのは巌さんの秘書佐内さんだったけど。

 私も、ああいうながーーいの運転してみたいなって思ったんだ。



「―――まぁ、ただそれだけ」

「……馬車といい、リムジンといい」

「なしてそういう変わり種ばっかりやりたがるかね、この姉」

「ルミ姉さんですからね。全部それで説明できます」

「そういう事にしておこう。買い出し班は任務完了……、裁縫班も上々……、製菓班も問題なし。最高だな、ウチのクラスは」

「何かインテリが似合わないこと言ってるね」

「不吉だね」



 でも分かるよ。

 物事が順調なのはとても気持ちの良いものだ。 



「お菓子試食したいなーー、したいなァーー」

「ですです」

「世にそれはつまみ食いと呼ぶ」



 確か、今の所メニューはクッキーと、パウンドケーキと、スコーンと……。

 簡単に食べれるものが良いという感じ。

 パスタとかサンドイッチとか、オムオムとか……その辺も、喫茶メニューとしては定番だけど。

 食べるのに時間がかかるし、作るのも盛りつけるのも面倒なのでスルーというユウトの非常に非情な案に票が集まった結果がこれだ。 


 回転率が下がるとか何とか。

 本当に取りに来てるよね、優秀賞。

 


「僕はスコーンとか興味あるな。変わり種の、抹茶とホワイトチョコのやつ。そもそもスコーンってあんまり馴染みないし、チョコチップとか入ってるんだっけ? ジャムとか」

「ジャムは付けるのがメインかな」

「んんーー。なァ、今更だけどスコーンとクッキーって何が違うんだ?」

「分かんない」

「違うんですか? あまり違いが……―――何でもないです」

「うん? どうし―――ぃ」



 ………。

 ……………。



「……ルミさん?」

「スコーンとクッキーを一緒にしたら怒るよ、皆」

「「―――ゴメンなさい」」



 いけないね、それはいけない。

 それはダメだ。実にダメだ。 

 私としては、それだけは見過ごせないよ。



「対抗車両無くて良かったな。完全にヤる目だった。五割り増しで感情消えたぞ、今」

「ゼロを割ってもゼロなんですけど」



 ヤる目は失礼だろう。

 こんなに安全運転なのに。

 


「でもさ? 自分の意思で完全に制御できるお車さんは確かに良いけど、やっぱり制御できない感も欲しくないかな」

「―――何言ってんの?」

「本当に何言ってんの?」

「すんませんマジで勘弁してください」



 ……おかしいな。

 この年代って、「俺の右手がー」とか、「制御できない感じがたまらない」とかいう年頃って聞いたのに。

 誰も肯定してくれない。

 お馬さんだって生き物だから、そういう意味で馬車っていう乗り物は完全制御には出来ないって意味なのにな。


 ―――ふふ。

 でも、ステラちゃんが馬車くれるって言ってたし。

 この調子で、安全運転頑張ろうね。



「ふん、ふーん」



 気分あげあげ。

 今日の夕食はあげあげ。


 唐揚げじゃないよ。

 この寒い時期は狐さんも大好きお揚げが美味しいんだ。


 だから。

 実は、買い出しの待ち時間ついでに特売の油揚げを沢山買って……。



「ふーーん」



 ………。

 ……………。



「音程と抑揚が来い」

「―――っていうか……なぁ。多分そのつもりなんだろうが、馬車手に入れたとして、どうやって運転するつもりなんだ? あれ」

「……言われてみれば」

「道化師から転職する筈ないですしね」

「……マジでその辺考えてなさそうだなぁ」

「いざ御者席座った時に真顔で拗ねそうな気がする。「あ、免許持ってない」って」




「口元隠して何話してるの?」

「「なにも」」




   ◇




「「お帰りなさいませ、ごしゅじんさま」」

「声が小さい! ご主人様を恥ずかしがるな! もう一回!」

「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」

「うるさいッ! 聞こえてる!」


「……なにこれ」

「ふた昔さん昔前のブラック企業研修か何かか?」



 帰ってすぐの熱気としては上々。

 実際に効果があるのかは分からないけど、皆むしろ楽しんでやってるみたいだから良いのかな、多分。


 事実、声の通りも良くなってるみたいだ。



「あの気迫でメイドは無理でしょ」

「冥土の獄卒のが似合ってるね」

「ゴリラだろ」



「―――今ぼそっと呟いた奴らは誰だ! 聞こえたぞ、出てこい! 二度と笑えない体にしてやるッ」

「「……………」」



「やっぱあれやる意味あるのか?」

「息抜き息抜き」

「生き抜いてますね」



 自分たちに関わりはないと、好き放題言える外野って得だ。

 


「お帰りーー、買い出しありがと!」

「生もの買ってないよね?」

「ん? 紙製プラ製の食器類と、紅茶と、コーヒーと……コーヒーって生もの入る?」



 とは言え、いつまでも外野ではいられない。

 皆、買った消耗品類の仕分けや衣装合わせなどに合流してすぐにてんてこ舞いだ。

 

 さて。

 じゃあ、私は目を付けられぬうちに一度中抜けして職員室で……。


 

「さぁァァ、ルミちゃん先生! 大人しく、何も言わずこれを着て貰おうかッ!」

「「着て、着ろぉ!」」



 ほーら来た。

 私達絶賛不買運動中ですみたいな……、或いはデモ行進のような。

 一人一着は試着用の服を持ち、私を取り囲む生徒達。


 人気者は辛いね。

 余程この機会を伺っていたとみる。

 でも、それは予測できていた事。

 私をどうにかしたいのなら、常に私の予測から外れ続けないと。



「ふふ。良い大人はね。子供の言うことをちゃんと受け入れてあげる度量があるんだ」



 取り敢えず、両手を上げて降参のポーズ。

 多分、皆私が多少なりとも抵抗すると思ってたんだろうね。


 一瞬固まるけど。



「何か分からないけどチャンス!」

「着せ替え人形!」

「じゃあ、皆一列にね。試着室、試着室……決して覗いてはなりませんよ」



 一番前を取る事に成功した幸運な生徒から執事服を受け取り、一角に拵えられた簡易の試着室へ。

 丁度誰も使ってないし、複数人入れるけど後続の様子もなし。



「ちょっと試着室に忘れものを」

「急に試着がしたくなったんです」

「ダメです」



 どうやら封鎖中らしい。


 試着用の衣装は、それこそ様々な種類がある。

 この間戦争に発展しかけていた派閥争いが和解したのは良いけど、それによってある程度自由にデザインを構築できるようになったゆえ、逆に一緒の空間だと違和感が出てしまうことになって。


 それをどうにかしつつ、上手く調和を……と。

 

 考えられたのは、時間制。

 近しいスタイルの制服を着る子達が同じ時間のシフトに入る事で、ある時間は萌え萌え喫茶、またある時間は硬派な喫茶に変化する。

 


「それにより、別方面のリピートも狙えるわけだ」



 納得に頷きつつ、執事服に袖を通す。

 ……ちょっと小さいかな。

 上手く締め付けて誤魔化しつつ、髪は良い感じに一本に纏めて……あとは、誰しも持ち歩いているであろう簡易メイクセットでチャチャっと……。

 

 鏡、よし。

 さぁ、出来た……と。

 ついでに口元もぐにぐに整えたあと、きびきびとした足取りで更衣室を出る。 

  


「お待たせ致しました、お嬢様」

「「―――――」」



 両声類っていうのは努力次第で誰しもなれる可能性があるけど。

 とりわけ、青年期のクールな声は私の得意分野。

 現役時代は、舞台の度に声が変わるから一時は口パクなんじゃないかとか、色々雑誌で議論されたけど。


 渋い紳士の声も、爽やか成年の声も、幼い少年の声も、わんわんボイスも。

 全部私の声さ。


 生徒たちの前でここまで真面目に変声するのは初めてだっけ。

 我に返った生徒たちの黄色い視線が心地いい。



「キャーーっ!!」

「執事さーーん、こっち向いてーー!! 目線下さい目線!」

「どうやってんの!? 本当に格好良い!」

「てかルミちゃん先生が笑ってる!? 写メェェ!」



「……俺とは別の意味できゃーきゃー言われてる」

「強く生きろ」



 試着がいつの間にか撮影会に。

 暫しソレを堪能した皆はやがて我に返ると、こぞって次は次こそは我こそがと押し寄せる。



「先生、先生!! 次はこれ着て!!」

「こっち、こっち! 私が先に並んでたの!」

「二番目は私だったでしょ!?」

「メイド服も着させろ!」

「のぅ殺されたい!」



 ……今だね。

 良い感じに盛り上がってきた所で、ふっと肩の力を抜く。

 ふわふわタオルを軽く顔に押し当て、ふっと一呼吸。


 

「はーーい、体験版はここまで」

「「―――なァァっっ!!?」」



 そうとも。

 コレが私のやり方さ。

 サイズを見るという意味での試着なら一つで十分だし、全部着てあげるなんて一言も言ってないんだ。



「横暴だ! 断固抗議します!」

「「ぶー、ぶーー!!」」



 想定通り凄いブーイング。

 でもね。

 良い大人っていうのは、時に嫌われ役を買って出るものなのさ。



「皆が何処よりも頑張ってるって証明してくれたら、文化祭の終わりに着せ替え人形になってあげるよ。ダメだったときは―――分かるね?」

「公用語英語はマジでアカン」

「パードゥンしか言えなくなる」



 無論、証明とは結果だ。


 詰まる所は優秀賞とか。


 熱気が収まる頃、ぼちぼちクラスの中にはコスプレ状態の生徒が大多数を占めてくる。

 試着が上手く行ってる証拠だ。



「じゃあ、そろそろ。コーヒー、淹れようか」

「休憩?」

「商品として出すなら味を知っておかないと」

「ルミ姉さんの紹介ならはずれない筈です」



 私の好みが皆の好みかは分からないだろうに。



「さ。第一号は誰が行く?」

「ワタシ、コーヒー、ニガテ」

「苦いです」

「―――将太。……行けるか?」

「何でそんな怖がってんの? 何かあるの? 怖いんだが!?」



 その子らはただ甘党なだけだよ。



「ふふ。さ、こちらへ、お嬢様」

「――――……ふぁい」

「お席、お引きいたしますね」

「――――皆ァ。俺、メスになっちゃう」



 お客さんを席に座らせて、さて準備。



「ケトル、ケトル」



 飲み物の提供に関しても、学園祭というのがミソで。

 コーヒーサイフォンとかだと見栄えは良いけど回転率とかもそうだし、あまりに背伸びし過ぎな部分がある。

 ミルとかも、ちょっと無駄な部分だし。

 やっぱり粉の状態で買ってきてドリップするのが妥当だ。


 時期的にも、うちのお店ではホットがおススメ。

 アイスは……残念だけど、都合上リキッドコーヒー……紙パックのものになってしまうからね。

 やっぱり、風味が全然違うよ。


 紅茶の淹れ方にうるさいのは既にクラスに広まっているけど、コーヒーもそこそこうるさいんだよ? 私。

 ……さ、出来た。



「ミルクやお砂糖はご利用なさいますか?」

「ブラックで!」



 テーブルへ運ぶと、既に準備万端なアクション芸人ショウタ君。

 火傷待ちかな。


  

「では。ブルーマウンテンでございます」

「おぉ……、コレが―――……」



「……よく聞くけど、ブルーマウンテンって何だ?」



 湯気を立てる紙製コップを手に首を傾げる彼。

 その疑問は最もだ。

 よろしい。

 


「お教えしましょう、お嬢様」

「ふわぁぁぁあ……」

「―――キャンセルか?」

「キャンセルだね、将太の執事服。メイド服急いで作らないと」



 そもそも、キリマンジャロやモカ、グアテマラといったポピュラーなコーヒーの名だけど。

 これ等は、どれも生産地に由来する。


 スパークリングワインの中でも、シャンパンと名乗れるのはフランスのシャンパーニュ地方で作られたモノだけなように。

 その地で作られているコーヒーのみが、固有の名で呼ばれる訳で。

 コーヒーの王様と呼ばれるブルーマウンテンもそう。


 ジャマイカはブルーマウンテン地区のみで作られた豆だけがソレを名乗れる。

 その希少なコーヒー豆は他産地の豆とブレンドしていないなら100グラムだけで五千円以上はするし、一般の喫茶店でも一杯数千円はざら。



「日本に初めて来たのは昭和の頃、との事ですが。当時は英国の王室御用達などと言われておりました」

「「ほへーー」」



 根拠ないらしいけどね。

 うんうん頷きながらも、ショウタ君はコーヒーを一口。


 電流が走ったように目を見開く。



「一杯数千円の味がする……!」



 現金だね。

 値段を聞いちゃうと途端に風味が変わるのはどの食べ物も同じ。

 それもまた味だ。


 彼は、更に一口。



「……! ―――王室御用達の味がする……!」



 根拠ないらしいけどね。

 当時は産地のジャマイカが英国領だった事で広まった根も葉もないデマだ。



 彼は、更に一口。



「ところで代金を払ってない味がする……」



 試食、試飲用だからね。



「―――ねぇ。そろそろ味の話してくれない?」

「……正直分かんね。値段聞いたあたりから味分かんね」

「最初からやん」

「誰だコイツに試飲させたの」 

「「お前や」」

「ってか、良いの? これお店で出すって。ブルマン、聞いてる限りスゴイ高そうなんだけど。高すぎて買ってもらえないと……」

「ブレンドなら安くなるよ」

「……これは?」

「勿論純度100パーセントさ」

「「ダメじゃん!!」」



 ダメはダメなんだけどね。

 別に、今回の企画ってそういうんじゃないんだろう?



「まぁ。予算少し増えてるからな、ウチは。それに、端から文化祭で利益なんか望んでないだろ?」



 そういう事さ。

 今日日、打ち上げで使わせてもらえるわけでもなし。

 運営の費用とかも、諸々含めた額を学費として徴収しているんだから、生徒達が予算ギリギリ使ったとしても誰も文句を言いはしない。


 利益なんかなくていい。

 赤字でも良いのさ。



「―――あ、うま」

「飲みやすい感じなんだ、ブルマンって」

「カフェオレカモン」



 味も問題なし、と。

 あとは皆にコーヒーや紅茶の淹れ方の何たるかをじっくりと仕込むとして。

 さぁ、そろそろ本腰を入れて準備に掛からないとね。

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