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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第14幕:最後の歌



『最近、あのギルド話ばっかりなんだなぁ』

『勢い凄いよね? もしかして、三位の千年王国抜くんじゃないかしら?』

『ビッグスリーが崩れるなぁ』



 ………。

 ……………。



『でも……。あの噂って、本当なのかな』

『皇国のあんなが一件あったんだぞ? 流石にガセだわ。もしかしたらギルラン一位も狙えるかもしれねえし、勿体ないってレベルじゃねえぞ』

『その為に来たんだろ。それを確かめるために』

『うん。向こうも多分、噂は間違いだっていう話をする為に―――』


 

 ………。

 ……………。



 どよめきと、興奮。

 いつだって味方してくれた、怖いけど背中を押してくれるもの。



『マリアさまぁ……ッ』

『うそ……うそっ』

『本当に。本当のほんとうなんですか……?』



 多くの声が聞こえる。

 宵の闇の中で、月の僅かな光が差し込む簡易楽屋で……本来なら聞こえてくるはずがないのに、何処までも鮮明に、私を責め立てるように。



『大丈夫。大丈夫だよ』



 分かっている。

 私なら、大丈夫。

 だって、私は最上位ギルド【戦慄奏者】の大団長。


 最後まで、そうなのだから。



「………ふふっ」



 狭い楽屋口を進む中。


 今までとは、全てが違うのだと改めて理解する。

 舞台で使うセットが所狭しと用意されていたこれ迄と、そのような物が殆ど何も存在しない今。

 覗くステージは、予定していた準備がなにもされていなく。


 私の指定した要望は、その殆どが実現されてはいない。


 コレがいつもの舞台だったのならば。

 彼女だったのなら、或いは「放送事故?」なんて言うのかも。

 

 恐らく。

 これもまた、私の独断を阻止したいが故の、団員たちの最後の抵抗なのだろう。



 ………。

 ……………。



 でも。

 これくらいの舞台。

 最初期の―――それこそ、何もセットが無いようながらんどうとした広場での、小さく、温かい講演に比べてしまえば……。



「原点回帰、という事にしておきましょうか」



 今の私は無敵の人だから。

 さぁ、行こう―――……と。

 


「え?」

「「―――――」」



 深呼吸を行い、舞台へ歩き出した……、その瞬間だった。



『じゃあ、悪い魔法使いが魔法を掛けてあげようか?』



 耳の奥に響く彼女の声。

 歩き出す私の歩調に合わせて、薄暗い夜の光に照らされていた、がらんどうとした殺風景なステージに光が齎される。



「―――わぁぁぁ……」

「これ、演出? いつもみたいな派手さがないと思ったら」

「奇麗……流石、こういう所に手ぇ掛けてるわね、このギルドは」



 空から、幾筋もの光が降ってくる。

 それは流れ星のように、流星雨のようにステージ上の各所に降り立ち……そのまま、光を残して闇に飛び去って行く。


 あとに残ったのは。



『それ、スポットライトの替わりね』



 ……これ、懐中石(ルクストーン)だ。

 鉱山都市周辺で産出される、名前の通り発光し照明効果のある鉱石。

 特に物珍しくもない、見向きもされないような小石……最近、採掘関係のクエストで大量入手して持て余すPLが増えているとか。



『ステージも。もうちょっとあるだろう?』


 

 もはや数百を優に超える、多くのPLが見守る中。

 今や明るく照らされた舞台上―――センターへ歩み寄る私に合わせるように、幻想的な光景が出現する。

 

 水が流れ、そのまま薄氷と固まったように固定化される。

 一瞬で形作られるは、ガラス張りのステージ。

 更には、頭上で水銀のような流動の物質が現れたかと思った刹那、現れる球状の装飾。


 それはどういう動力なのやら……強弱のある断続的な光を反射しながら回転を始め、スポットライト以上の光で宵闇を照らす。


 今や、殺風景だった高台は細やかながら、幻想に形作られた最高の舞台へと変わり。



「ルミエールさん……」



 本当に、貴女という人は。



 ………。

 ……………。



 ミラーボールはちょっとセンスが古いのではなくて?

 何か中でふよふよしてるし。


 何?

 何入ってますの?

 貴女、もしかして精霊さん押し込んでますの?

 ハムスターみたいに自力で回転させてますの!?



「今宵の演出は、楽しんで頂けていますか? 皆さん」



 でも、今の私は真面目モード。

 そんな思考をおくびにも出さず、このあまりに不思議な演出に魂を攫われてしまった彼等を引き戻す。



「こんなに、多くの人たち……。集まって頂き、有り難うございます。とても嬉しいですわ」



 重役たちとは、話した。

 手続きも、殆どは纏まっている。


 だから、私が最後にすべきは。



「私達の始まりは、小さな。本当に小さな歌唱団。それが、ここまで大きくなるなんて。数百人の団員を抱える程になるなんて、当時は想像もしていなかった」

「「……………」」



「つい最近の号外は? 読んで頂けていますか?」


 

 もう、ギルドでなくとも良い。

 もう、繋がっているから。



「あまりに荒唐無稽な噂、突飛なお話。そういうのが重なって来ると、どれが真実なのかと―――分からなくなってしまうもの」



「……だから。ここで真実を、私自身の意思をお伝えいたします」



 私は、伝える。

 言葉にする事が、相手に伝える一番の方法だから。


 ギルドは、あまりに大きくなり過ぎた事。

 私自身、完全に掌握するのは不可能な事。

 末端―――いえ。

 私の団員達が、他のPLへ問題行動を起こしてしまっている残念な事実。



「好きを、好きなだけ。……でも。その為に、立ち上がろうと頑張っていた時期は、もう過ぎたのです。とっくに、ギルドとして彼等を護る……いえ、高慢に囲い込む理由は無くなっていたんです」



 オルトゥス世界の多くが知られつつある今。

 右も左も分からず、という例は少なくある。


 教え導く者の役目は、終わりつつある。

 あのモットーを掲げた頃の私の役目は、終わりつつある。



「ようやく、分かったんです」



 ―――何より。

 好きなことをやるのに、数なんて必要ないから。

 好きのために、他者のソレを害して良いはずはないのだから。

 ギルドでなくとも、とっくに繋がっているのだから。



「結局は、私の我が儘なのですけれど。けれど、必ず、皆さんを笑顔にしてみせると、保証します! 今宵、私の最後の公演を。全霊の、最高の歌を聞いて欲しいから! 只の、一人のプレイヤーとしての私の、最初の観客に、なって欲しいから……!」



 最高のショーを、最後の我が儘の免罪符に。

 今、ここに宣言しましょう。




「―――戦慄奏者は……解散します!!」




   ◇




 ………。

 ……………。



「………―――ぁ。ぁ……」



 崩れていく。

 拠り所だった世界が―――己の居場所が。

 何としてでも守ろうとした、阻止しようとした光景が……目の前に広がっていく。



「魂の抜けたような顔だ」

「……!」



 静寂。茫然と立ちすくむ中。

 不意に聞こえたその声に、己は振り返り。



「―――大丈夫かい? あんまり感情が溢れちゃうと、強制ログアウトするらしいじゃないか、このゲーム」

「……ルミエールッ!!」

「おや怖い顔」



 そこに居たのは、金色の長髪と蒼玉のような瞳を持つ女性PL。

 彼女等の長がおかしくなった原因、彼女の長が己らの前から去った原因……、団長を繋ぎ止められる、この最後の機会すらいとも容易く攫って行った、悪夢のような存在。


 団員達がもてはやしていたような容姿の会話など、只の戯言。

 美しい外見?

 己から見れば、悍ましい悪魔。

 狡猾で残忍な道化にしか―――……。



 ………。

 ……………。



 ―――道化は、己か?



「貴女が―――、お前が」



 この状況が、全てを物語っている。

 それは、紛れもない己なのだと。


 しかし、だからこそ。

 己を道化に仕立てたこの存在が、憎くて憎くてたまらない。

 


 ―――ここだけの話、彼女の名前が更に売れる……それこそ、今より数割増しの名声が得れるようなスゴイ計画なんだけど。

 ―――もし、ソレが上手く行ったら……キミが納得するような内容だったら、マリアさんのお願いを一つ聞いてあげてくれないかな。



「お前が!! お前がおまえがおまえが……ッッ」

「まぁ、待ってよ。大好きな歌が聞こえなくなるじゃないか。私と、君の。君たちの大好きな、歌が」

「……ッ」

「彼女の、最新曲。私もフルで聞くのは初めてさ」



 歌が、始まった。



「I'll definitely see you again someday」



 それは、今迄の彼女を現していた太陽の荘厳さを持つモノではなく。

 沈みゆく光のような。


 雄大で、温かく……しかし、何故か物悲しい曲調。


 嘗て熱狂に包まれていた世界で。

 彼女のライブにおいて、一体感を身体で表現し続けていた筈の彼等も、今は只、皆がこの瞬間、この一瞬の寂寥感に酔いしれている。

 急に騒ぎ出すモノなど、誰一人としてなく。



「―――包み込むような、優しい音色。ね、ヴィオラさん。本当に、太陽みたいだよね? 彼女って。私は見た事ないけど、もしかして本当に居たんじゃないのかな。ライブ中に強制ログアウトさせられちゃう人」

「……………」



 そうだ。

 あの方は、本当に陽だまりのような方だった。

 最初期から。

 彼女があの小さな楽団の長であることに異を唱えている者など、誰一人なく。


 これからも。


 ずっと、ずっと。

 太陽に、ずっと照らし続けて欲しいと。



「彼女は、我々と共にあるのが……歌い続けるのが、彼女のやりたい事で。私の、私達の望む……」

「でも。それってさ? ほんとうに無理させてまで続けなきゃいけないモノだったのかな」

「……………」

「太陽だって、休みたいと思うかもしれないしさ」

「―――お前に。何が。私達の、何が。私の感情の、何が……!!」

「それも道理だ。私は、最近の異訪者だからね」



「……マリアさんに聞いたよ。ヴィオラさんって、創設メンバーでこそないけど、最初期からファンやってた凄く熱心な子だって。いつだって最前線で応援して。でも、来る者を温かく迎える、凄く他人想いの、優しい子なんだーーって」

「………―――!」

「ね?」

「……違う、私―――私、は」



 感情がぐちゃぐちゃになる。

 マリアは―――団長は、己の事などつい最近任命した副団長という事以外に殆ど覚えていないと。

 己自身は、そう思っていたのに。



「好きな事を好きなだけ楽しむ。確かに、君たちのモットーだ」




「Don't worry―――心配しないで。Don't be scared―――怖くないよ」




「でも、好きっていうのは突然に飽きが来るものだから。或いは、怖くなるものだから。君は、怖かったんだね? 彼女の歌が、二度と聞けなくなるのが。大好きな彼女と、二度と会えなくなるのが」



 私は。



「戦慄奏者は、マリアさん無くしては存在しえない。彼女が世界を去ってしまえば。太陽が沈めば、二度と朝は来ない。君は、マリアさんが居なくなるのが怖かった。―――ゲームから」



 その通りだ。

 例えユニークであろうと、それは例外ではない。

 むしろ、その逆。

 ユニークという職を保有しているからこそ、他PLから受ける言葉、暗い感情を正面から余すことなく浴びせられ、二度と現れなくなったという異訪者もいる。



「―――役職で縛ってしまえば、好きで縛ってしまえば、責任感の強いあの方は去れなくなる……。ずっと、一緒に居てくれる……」

「分かるよ、うん」



 感情と、言葉が止まらない。

 (せき)を切ったように溢れ出る。


 ……隠し事が出来ない。

 つい先程まで、あまりに憎かった女性に、気付けば内心全てを余さず吐露している。




「I'll definitely see you again someday―――いつか、きっとまた会えるからね。I'll definitely see you again someday―――いつか、必ずまた会いましょうね」




 その歌が。

 己の悲哀を、優しい寂寥に変えていく。

 唯一胸に残ったこの慟哭さえ、私から奪い去ってしまう。



「―――ね、ヴィオラさん。さっきの、休む休まないの話なんだけどさ。やっぱり、ずっと一緒っていうのも大変だと思うんだ、私は。疲れるし、気付けば嫌な部分を探しちゃってるって話もあるし―――まぁ、これは言い訳だけど」


「それより、何よりさ。一番大事なのは―――」




「言いたいじゃないか? おはようって。また明日ねって」

「……………!!」




 ………。

 ……………。



「ね? マリアさん」

「―――ですわ、ね」



 いつしか、歌は止んでいた。

 まだ開始から幾ばくも経っていない……まだ、終わる筈はないのに。

 彼女は、すぐそこにいた。



「また明日、って。フレンドメールに打ち込む瞬間がたまらなく好きなんですの、私」

「……マリア、さま」

「えぇ。全部、聞いてましたわ、ヴィオラさん」

「―――――ぇ?」



 全部……ぜんぶ?



「この人、とってもいい加減で、とっても不思議な方なんですの。あんな風に即席でステージを構築しちゃったり、お互いの五感を共有出来ちゃったり、何なら瞬間移動とか出来ちゃったり」

「びーじょんびじょーん」

「……寒いギャグにすらならないので放っておきましょう」



 団長が目で示した女性は―――何故か頭に鳥を乗せてくるくる回る。

 まさか、ビジョンと(ピジョン)を掛けているつもりなのか? と。

 


「エレンさん。スモアさん。ぎょうざだいふくさん……。―――ヴィオラさん。私、一人では何もできませんから。結局、私の所為で多くの方に迷惑を掛けちゃいましたけれど……。暫く、また一人で頑張ってみようと思うんですの」



 最後まで、真摯に。

 団長は、団を取り纏める役職たちを説得した。

 彼等も最終的には、ギルドの解散届に名前を書いた―――書いてしまった。


 私も。

 約束した以上、それを反故にする事は決してできず。

 

 公演への妨害。

 それを跳ね除けたうえで、最後の公演をやり遂げて……なのに、最後まで彼女は。

 今この瞬間ですら、団長は私に頭を下げる。


 もはやそんな必要なんて、ある筈もないのに。



「もし、私が躓いてしまったら。その時は、助けてくれますか? ヴィオラさん」

「―――私を。許してくれるのですか?」



 己の言葉を聞いた団長は。

 眼を瞬かせると、何故かきょとんとした表情を見せ。



「私は、最後の最後まで貴女を……」

「許すも何も。貴女の行動は、全て私の為、ギルドの為。確かに、そこに自分の意志があったというのは勿論ですけれど。それこそ、私達の流儀。モットー。根源たる私が、何を責められますの?」



 ………。

 ……………。



「私は、貴女へ恨みを感じた事などありませんわ。これ迄も、これからも。大切な、仲間(フレンド)ですもの」

「―――――」



 そうだ。

 団長は、ギルド員全員とフレンドだから。

 全員の事を、覚えているから。



「同じギルドではなくなってしまいますけれど。これからも、お友達として。助けて欲しいのです」

「―――はい……」



「はい……! おまかせください!」

「でも、悪い事をしちゃったと思うのなら。償いはしないとね?」

「「……………」」



「あの、ルミエールさん? 今どういう状況だか」

「店主君がぼやいてたんだ。最近売り上げの管理とか在庫管理とか大変だーーって。新規で大口のお客さんが国外から来てるんだって。何でかは分からないけど、ヴィオラさん働き口探してない? いまさっき大ギルド倒産したし」

「ル・ミ・エ・ぇ・ル・さん?」

「大リストラ時代だ。マリアさんお得意様だから、張ってれば会えるかもよ? お店」



 お互いに、冗談めかして。

 本気で責めている様子など、まるでなく。


 ……私も。

 こんな気安い間柄に。



「―――……ふふ」



 毒気が抜かれる、とは。

 まさに、こういう事を言うのかもしれないと。



「管理業務ですか。商業簿記一級でしたら、何とか」

「え!? 凄い!」

「―――流石最上位ギルドの副団長さんだ。なら、団長もさぞ」

「……ルミエールさん?」



 いつしか、目の前の……金色の女性に対する害意は完全に忘却していて。

 あぁ、確かに。


 団長が。

 皆が言っていたのも、納得する他ない。



 ―――本当に、不思議な方だ。

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