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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第13幕:世界を揺るがそう




 御子さまの目覚め……所謂皇国の夜明けから更に一夜が明けた翌日。

 都合、二度目の夜明けがあったわけだけど。


 学術都市クリストファーの一等地。

 ギルドO&Tのホームに当たる洋館の一室に私達はいた。


 

「まず、ご説明から入りましょうか」



 そして。

 今現在、私とマリアさんは並んで椅子に座って講師たるヨハネスさんのお話に耳を傾けていて。



「新聞の生地となる紙は、ギルド創設当初はどの都市にも存在する雑貨屋の安紙を利用していましたが。何分質が悪く、文字も入れにくいものでした」



 両の手で彼が持ち上げたそれぞれの紙。

 二枚は真四角で、大きさも殆ど同じで見た目にも大した変化はないけど。

 初めに高く掲げられた一方を手渡されてさわさわしてみると、素材の繊維が残っている感じがありつつ、しかしツルっとし過ぎている感じがある。

 色も既に若干の劣化をしている感じがある。



「これはこれで味がありそうだけど」

「表面が滑らか過ぎて文字が入れずらいというのは分かりますわね。経験があります。それに、繊維が大きく残っているので所々がデコボコしていて、引っ掛かりますし」

「えぇ。なので、我がギルドで現在主流となっているのはこちらの専用紙。インクのノリが良く、文字もくっきり。読みやすさの王道です」

「ふむふむ。―――因みに、これはどちらで?」

「木材加工においては、二次職【木工士】で間違いありません。我がギルドは、専門ギルドに伝手がありまして」



 「格安で取引をしているのですよ」……と。

 二枚目の紙をさわさわしつつ教えてもらう。



「確かに。薄く、軽く。現実の新聞にも近い質感だね?」

「えぇ。私のギルドも専門との契約は幾つもしていますけれど……中々どうして、手間を掛けてますのね」

「見直した?」

「それとこれとは話が別ですわ。どんな愚か者も、自分の仕事や欲望の為なら全力を出せるものです」

「ははッ、ごもっとも」



「……そして、コレが―――」



 返却した二種類の紙を教壇に置いた彼は一つ軽く笑うと、ステータスを見るときのように叡智の窓を開く。


 聞こえる、小さくも小気味良いキーボード音。



「二次職【記者】の基本スキル“印字機(タイプライター)”。さて、どうぞ検分を」

「「……………」」



 再び受け取った二枚の紙を見比べる。

 双方ともに、同じ箇所同じ文字サイズ同じ文字デザインで書かれた「おはよう」の文字。


 でも、雑貨屋産の紙は文字が所々薄くて、ゴツッとした感じがあり。

 木工士さんが作ったという紙は凄くクッキリハッキリ。

 

 紙に文字を入力する事が出来るっていう、色々と役に立ちそうな能力。

 活字とかで入るから手書きよりも圧倒的に綺麗になるだろうし、行間などの難しい問題も解決。


 新聞だけじゃなく、作家さん物書きさんにも向くのかな。



「レベルが上がれば、書式なども様々変更が可能。文字数なども、最初は制限がありますが次第に取り払われていく。これを積み重ね、或いは写真など切り貼りしていけば―――」



 見ている前で、あっという間に完成。

 最後に渡された三枚目の紙には、可愛らしい丸文字で「世界のあいさつ」とタイトルが押され。


 グッドモーニング、ボンジュール、アニョハセヨ。

 どれも、その国本来の文字で書かれている。


 私の読めない文字もチラホラ。

 


「ドイツがGuten―――グーテンモルゲン。オランダはGoede―――ごえで?」

「フッデ、或いはフーデモルヘンだね」

「似てますわ? やっぱり近いからですの?」

「流石マリア殿、育ちが宜しい」

「―――馬鹿にされてる気がしますわ。いえそもそも、どうしてカナの発音ではなくそのままの表記で書きましたの? 喧嘩売ってますの?」



 インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派西ゲルマン語群。

 正直長すぎて覚えるのは酷だけど。

 オランダとドイツは地理的に隣接している性質上、方言に近しい程に会話が成立する場合がある。



「素直に褒めてるんだと思うよ、マリアさん。グローバルって言って、地理なんて自分の街からでなければ役になんて立たないし。知ってるのは偉いんだ」

「……むぅ」

「ふふ」

「―――でも……、ヨハネスさん。抜けがあるね?」

「……む?」



 忘れちゃいけない挨拶があるとも。



「バウンデーム、ってね?」

「……はは。これは、私とした事が」



 そう、皇国式の挨拶さ。



「あ、因みにね? マリアさん」

「はい?」

「欧州とかなら有名な話だけど、オランダとかは挨拶の時に頬に三回もキスをするんだ」

「!」



 チークキスっていうね。

 広く、ヨーロッパから地中海、中東、アメリカ……。

 文化のある国は日本人が思う以上に多い。



「挨拶―――キス。あるのは知ってますけれど……、三回も?」

「三回も」

「……あいさつで?」

「あいさつで」



 ………。

 ……………。


 

「破廉恥ですわ!!」

(かわいい……)

(ふーーむ……)



 到る結論と台詞が可愛い。

 マリアさんならそう言うよね。



「―――……あの。時に、話は変わりますけれどルミエールさん? ちょっとおらんだ料理が食べたくなったので行きましょう、おらんだ! 話は変わりましたけど!」

「行くの? 案内出来るかな」

「……分かってましたけど、当然に行ったことありますわね」



 あんまり自信ないけどね。

 私の予定を組んでたのは全部敏腕マネージャーさんなんだ。



「さて、場も温まったところで……。情報を提供する側の私が言えた話ではありませんが。今の時代は、情報で多くを享受できる分、情報で全てを知ったと思ってしまう者が多いのも事実」

「あるある」

「やはり頼れるのは、己の眼。踊らされず、鵜呑みにせず。正しい情報を取捨選択する事が大切なのです。―――そういう意味では、実際に海外へ行ってみるのは見識を広げる意味でも非常に良い事ですね」



 まるで講義の締めと。

 二人の生徒を前に、彼は深く一礼。

 私は手をパチパチ、マリアさんは何故やら不満げ。

 


「では、不肖ヨハネスめが催す新聞書き方講座一限目はこれにて終了―――というわけで。一通りの説明も済んだという事で、続きましては実技に移ると致しましょう」 

「はーい」

「……………いつの間に講義ですの?」



 向こうでは未だ大学生さんな彼女は新鮮味が無いかな。

 私、通ってないからとってもいい気分だけど。


 ―――そこからは、先の製作手順に沿って片面のみに文字や絵が印刷された新聞を製作。

 手動はスキル持ちのヨハネスさんだけど、レイアウトなどは私達が決める方向で。


 

「写真の位置はここ。フォントはこの通り、印刷した時の字体はこのように。―――では、ここが重要ですが。タイトルはいかがしましょうか?」

「さすマリって付けたいんだけど、どうかな」

「却下です」

「じゃあ、ドッキリ成功、眠り姫―――」

「却下です」



 ………。

 ……………。



 ………。

 ……………。



 白熱した議論の末。

 最終的に決まった新聞のタイトルを打ち終えたヨハネスさんがサンプルの記事を広げる。



「早速、三国中に号外として発布しましょう。今なら夕刊に間に合う筈です」




   ◇




「―――号外……陽の皇女に挨拶を。夜明けにおはようを(バウンデーム・アルバ)

「ルミ姉さんの命名としては味がないですね。60点」

「クンクン……ルミねぇの匂いが半分くらい。50点」



「うーーんと、……そむりえ?」

「ちっと特殊過ぎねぇか」



 昼飯を終えて14時……オルトゥス時間15、16時に再ログインしてホームに集まって来た俺たちだが。

 ふと外の賑やかさに、何らかの嫌な匂いを感じ取ったらしい恵那と七海が拾ってきたのは、【O&T】の発行する新聞……片面刷りかつ無料で配布される特別号外。


 タイトルは、まぁ、見ての通りで。

 前回の続報、とでもいうべき紙面。


 記事に視線を配して最初に目が留まるのは、やはり。

 例の記者、例の医者、例の歌姫―――ではなく。


 現実ではまずいないであろう、グリム童話のラプンツェルに近しき程に長い白髪。

 黄金色の瞳。

 今に溶けて消えそうなほどに儚げな容貌。

 初期作成のアバターが漏れなく現実で言う平均以上の容姿で作成されるPLに在っても、まず再現は不可能だと断言できる「絶世」を表現する美少女。



「リア・ガレオス・エディフィス。皇国の姫君……か」



 陽の御子。

 その名で呼ばれる存在は、俺たちがゲームを始めるより前には既に病魔に侵されていて。


 ある意味では、チャンス。

 国家の実質的トップを救ったとなれば、およそ願いは思うがままだから。

 多くのPL達は、幾つかの情報からその病を唯一治癒する事の出来るアイテム―――神智の霊薬を躍起になって探していた筈だが。

 クロニクルの報酬で並んだ法外な値段は、とても買えるものではなく。

 

 俺たち自身、あったらいいなーくらいのサブ目標感覚で大迷宮を探索していた筈なのだ。


 ―――だが、見ての通り。


 全てが崩れた。

 多くのPL、組織、集団、最上位ギルド……彼等が夢見ていた計画は、たった一枚の紙きれによって無に還された。


 まただ。

 またしても、彼女は世界を揺るがしたんだ。



「―――成程、な。やること一々突飛というか。あの人……はぁ」



 溜息も出る。

 また、全員揃ってしてやられたわけだ。

 


「つまり。皇国で診療所を開いたのは、評判を呼んで教皇庁の目に留まるようにするため」

「……そういう?」

「無論、それだけじゃカードが不足だろうからな。だからこそのあのユニーク暴露号外。多分、そこまで織り込み済みだったんじゃないか?」

「確かに……うん。評判が集えば当然来るだろうからね、O&Tは」



 小さい事からコツコツやるのも大好きなんだ、あの人は。

 小さい餌で小さい魚を、その魚を餌に、また次の魚を。


 やがて、途方もないモノを釣り上げる。



「でも、どうしてマリアさんも一緒に? ズル―――ギルド、忙しいのではないですかね」

「……だな」



 そこが、どうも引っ掛かる。

 確かにマリアさんはルミねぇが気に入りそうなタイプの頑張り屋だが、その頑張り屋という点……最上位ギルドの長という()()が彼女を縛っている筈で。



「只のギルドなら、まだ分かる。―――けど、戦慄奏者はマリアさん無くして成立しない一強だ。長期で本部を空ける事なんてまずあり得ない」



 嫌な予感がするな。

 或いは―――いや、まず間違いなく……か。



「優斗。終わってなさそうですよね?」

「な」

「ねーー」

「まぁ、僕達も」

「ん。段々理解できるようになってきたよな」



 この一連の件は……ルミねぇの構想は、まだまだ終わっていないと。

 そして、まぁまず。

 


「―――賭けても良いんだが。多分、今頃皇国にあるっていう例の診療所ものけの空だろうな」

「……夜逃げ?」

「してんのか?」

「ルミねぇだもんね」

「基本、目的を達成したらモノや場所には固執しない人ですからね。それこそ、ユニークだって使い捨てと思ってる可能性すら」

「―――ヤバ過ぎなんだけど」



 やるかやらないかで言えば、やる。

 必要とあらば、ユニーク職だって呆気なくやめるだろう、あの人は。

 山の財、社会的地位、名声、利権……ルミねぇにとって、真に大切なのはそれではないから―――その他すべては全部手札。

 


「―――確かに、やりそうだわ。地上大混乱だぞ、コレ」

「どうする? 塹壕逃げとく?」

「だな。最前線まであと少しだ―――行くか。深層80層攻略」

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