第12幕:ハイチーズ
いつしか白い部屋の中には、団員一号兼照明係君のような丸くて淡い光が満ちていて。
けど、それだけ。
夜明けという割には、荘厳も黄金もない。
御大層な魔方陣を描き出した割には……私の魔力をごっそりと持って行った割には、全然派手じゃない。
もっと、こう……バーンとかズガーンとか無いのかな。
にい、いち……。
………。
……………。
待ってみたけど、やっぱり無いみたいだ。
こちらとしては首を傾げる、手術中の医者にあるまじき行い。
やだよね? 自分のオペの最中に「あ、間違えた」とか言われるの。
「これ―――、は……」
「―――よもや……」
「シャヘル……! まさしく……、彼女こそがッ……!!」
でも。
何でだか大絶賛の様子。
後方から聞こえてくる、そういった声の持つ感情の高ぶりは計り知れず。
………。
……………。
『リーベルタース―――本当の夜明けを見届けるその日まで存在し続けるモノ』
『……ふむ』
『皇都シャレムは、今でも待ち続けていると言われております。光を齎す者―――シャヘルを』
そういえば、私が初めて皇都を観光していた時、詫び石さんの前でお爺さんとそんなやり取りをしたっけ。
彼等が求めていたのは。
この国の人たちが本当に求めていたのは、太陽の焔のような激しく荘厳な再誕ではなく、優しい夜明け。
新しい朝だった、と。
―――シャヘル。
じゃあ。この状況は、彼等にとっては予言が成就した形になるのかな。
お日様がのぼり、少しずつ宵の闇が消えていくように……御子様の身体を覆っていた黒はぶちのような模様になり、小さな斑点になり……やがて、完全にその姿を消失する。
「………う―――ぅ」
「「!」」
瞼が、開く。
………。
……………。
「―――わぁ……!」
「これは、これは……」
マリアさんとヨハネスさんの反応は実に分かり易かった。
私自身、目を見張っている。
醜いアヒルの子と、ジェットコースター。
共通点なんかないけど。
敢えて見出すとすれば、やがて訪れる落差。
元が真っ黒な程、ピカピカに羽ばたいた白鳥は輝いて見えるし、頂上まで上り詰めた時ほど、落とされたときの絶望は筆舌に尽くしがたい。
今の私達は、まさしくそれに近しいものを感じていて。
「……………」
細く真っ白な長髪。
黄金、もしくは蜂蜜色に透き通った瞳。
ずっと寝た切りだったとは思えない程にハリのある肌……。
「リア様! まだ身体を起こされては……!」
「―――良いのです」
声は清流のような、或いは玉を転がすような澄んだもので。
目を開いた少女は、昏睡状態だった人にありがちな動作をまるで取らなかった。
周囲を見回すとか、錯乱するとか。
そういう挙動を一切挟まない―――そもそも、一般人はそういう現場に遭遇する機会なんてそうはないだろうけど……これ、かなり異常なんだ。
起き上がった彼女は、黄金の瞳で私達を覗き。
そして、微笑む。
「ステラ様。マリア様。―――そして、ルミエール様」
成程。
自己紹介、必要なかったり?
「ずっと、見ていました。苦しくても、動けなくとも、ずっと。皆様のぬくもりを、熱を。ルミエール様の手の温かさも、感じていました。感じていたのです、わたし」
「オルド枢機卿も、皆皆様も。有り難うございます」
「嬉しかった。わたしを諦めてはいないのだと。まだまだ、わたしも諦めなくて良いのだと。諦めなくて良かったと、思えるのです。祈り続けられたのです」
「……どういう意味です?」
「―――シナリオのお話ですね」
そうだね。
オルド枢機卿さまに曰く、彼女がいるからこそ皇都に蔓延していた黒骸病はあの規模で済んでいたというし。
恐らく、彼女はずっと……―――。
本当に、ずっと?
祈り続けられたって……比喩なく?
「理解が追い付いた。もしかして。シナリオ的にも、そういう事?」
「恐らくは」
「どういう事ですのーー!?」
「決して、ソレを強制されていたわけではない。でも、だからこそ終わりの見えない絶望を見ていた。そして、その上で、諦めなくて良かったと」
「……あの、マリアさま? 私も同じ御子ですから、分かるのですけど……皇都を覆う術は、大儀式魔法。行使には様々な前準備が必要なのです」
「―――えっ? それって……」
「そして。リアさまが一瞬でもソレを厭えば、救いたいと思わなければ、たちどころに皇都を覆う陽の加護は消失していた筈なのです」
途切れてしまえば。
病魔に侵された先の状態の彼女では、二度と発動は出来なかった。
そうなれば皇国は終わりだ。
私達が思っていた以上に事態はギリギリだったんだ。
私達の魔法と同じく。
一回一回発動する度、魔力は消費するだろうし……都市を覆うような巨大な魔法なんて、それこそ何度も発動し直せるじゃないんだろうし。
―――つまり。
全ては、彼女次第だった。
終わりが己に委ねられたうえで、あんな状態になっていながら。
その道がいつ終わるかも分からない絶望で、何処までも辛く苦しいものだと理解した上で、この子は片時も……一瞬たりともソレをやめたいとは思っていなかったんだ。
なんて精神力だろう、御子さま。
「―――マリアさん。ハンケチ使う?」
「……ッ……お借り、しますわ」
「ヨハネスさんも」
「ははッ……、感謝の極み」
ゲームだからとか、NPCだからとかは関係ない。
作られた小説や劇作が人の心を震わせるのに、理由を求める人なんていないんだから。
私も、とても感動して……。
「ルミエール様」
「あ、はい」
やっぱり、主導した分追加のコメントとかもらえるらしいね。
その、黄金の瞳で私を覗き。
ゆっくりと立ち上がった彼女は、床と足の触れ合う感覚を確かめるように、覚束ない足取りで小さく一歩、一歩とこちらへ歩み寄って。
「貴女は、あなた達は私の―――ぁっ」
「おっと」
で、これってPLサービスのうちに入るのかな。
私が男の子だったらもっと嬉しかったのかな。
でも、残念。
患者さんとは恋愛できないんだ。
「病み上がりですからね。あまり無理はなさらない方が良いかと。あ、オクスリ出しておきましょうか? あとあと、経過観察の為に次回の予約とか。スケジュールとのすり合わせを致しましょう」
「え?」
きょとん、と。
続く私の言葉に固まる皇女様。
年齢的には十代後半はありそうだけど、どうしてか外見以上に幼く見えるね、陽の御子様。
「ぁ―――えぇ、と……オルド枢機卿?」
困らせちゃったかな。
助けを求める彼女の声に、すぐさま枢機卿さまが進み出る。
その顔は先程までと同じ冷静なものだけど、凄く嬉しそうな雰囲気は誰でも感じられるだろう。
「……経過観察につきましては、後程すり合わせを。処方箋につきましては……品を拝見しない事には、何とも」
「それは道理だ。では―――薬箱、薬箱。一番良いのは……あ、スイカポーションとか如何です?」
「む? これは、わが国にはない種の……」
「―――突然の商談。真面目に話されてますね、アレ」
「そういう人ですの」
至って真面目だよ?
何でもそうだけど、病気っていうのは治りかけが一番油断するし危ないんだ。
峠を越えて、その先に更に峠がない保証はないからね。
「……拝見させて頂きました。これに関しても、後程。つきましては、此度の御礼について話をさせていただけますかな」
オクスリの反応はあまり芳しくないご様子で。
やっぱり薬の質は及ぶべくもなかったかな。
上級より良いのとか当然に持ってそうだしね。
で、報酬か。
確かに付き物とは言える。
そもそも、今回はクエストを受注してのものじゃないから、ソレに関しては何も聞いていないけど。
「あの。特に口約束の類もありませんでしたけれど。具体的に報酬、とは……?」
「えぇ、マリア様。貴女にも、お望みのものを。私共に出来る範囲であれば、ではありますが」
フム。
ここは一つ、円陣を組みまして。
「どうしようか? 二人共。分けっこしない?」
「む……む」
「あの。私もなのですか?」
「―――そうです、オルド枢機卿。皆様にそれぞれ、という事でよろしいですよね?」
「は。そのように」
「では、一つずつ、という事で……みっつまでですね」
皇女様が両手の指を合わせて微笑む。
三つも!
私と、マリアさんと―――ヨハネスさんじゃないよ?
ステラちゃんの分だよ?
「……いえ。私の分は良いですわ、遠慮しておきます」
「え?」
「ルミエールさんにお譲りする、という事ですわ」
「私も。結局、私一人では何も出来なかったですから。私も、ルミエールさまに」
「―――む……」
「あ。では私が―――イタッ」
「ブンヤ。お前は何もしてませんわ。ほんっっとうに何もしてない」
カメラマンは、極力映っちゃいけないからね。
当然のことだよ。
けど、まるでソレが当然とでも言うかのように下がってしまったマリアさんとステラちゃんは……。
「うぅ、む。……本当に、三つも良いのかい?」
「はい」
素晴らしい即答だ。
なれば、私が思いつく最高のお願いさんは。
「じゃあ―――記念撮影とインタビュー、良いかな? これで二つ」
「「……………」」
視線の質変わったね。
悲哀を感じさせるけど、可哀想なものを見る目とはまた別かな。
どういう感情なんだろう。
固まった空間の中、一瞬唖然とした様子の皇女様はすぐにオルド枢機卿の方を向き。
彼が首を横に振ったのを見て、こちらへ向き直る。
「あ、あの……ルミエール様?」
「んう?」
「そのようなもので宜しければ、いつでもお受けしますので……」
「もっと他にはないのですか!? こんな機会、滅多にありませんのよ!?」
「そうです! 滅多です! 勿体ないです!!」
滅多にって言うか、めっためたの袋叩き。
他に……ほか。
「そこでどうして私を見ますの!?」
ここは一つ、悪役令嬢様の悪知恵を。
ヒロインを陥れる程の神算鬼謀を貸して欲しいんだ。
「マリアさん。知恵を貸してくれないかな」
「―――えぇ……うぇ……。ほら、あるじゃないですか。強い武器とか、聖剣、とか……、いらないですわね」
「うん」
「じゃあ、強力な魔法の秘伝書―――いらないですわね」
「うん」
「じゃあ、頑強な装備……要求値不足ですわね」
「うん」
「別荘、領地、利権―――欲しがる人でもなし、官職……要るんですの?」
「ううん?」
………。
……………。
「―――ねぇ、何なら欲しがりますの? 何なら要るの? 貴女」
「マリアさん、漏れてる漏れてる」
ゆっさゆっさ。
そんな呆れた目で身体ゆすられてもね。
あ、でもお金とかは私だって普通に欲しいよ?
でも、そういうのって現金だからさ。
お礼に何が欲しいですかって言われて、お金下さいは違うだろう?
だって、この空気ってアレだろう?
貸し借りなしになるくらい凄いものを頼んだりする感じで、貴族王族の度量の深さを見せる感じなんだろう?
荷車一杯の果物とかも、腐るからって却下されちゃうだろう?
アイテムボックスにも入りきらなそうだし、むしろ千両箱の箱。
荷車の方がメインになっちゃいそうだし……。
……荷車?
………。
……………。
「あ、馬車とかもらえたりするのかな? ほら、馬車。お馬さん付きで諸国漫遊」
「「……………」」
「―――ほんっっっとうにこの人……」
精一杯のお願いも呆れられる始末。
「ルミエールさまは馬車が欲しいのですか?」
「え? うん」
と、そこに第三勢力乱入。
ステラちゃんが興味深そうに会話に入ってきて。
「それなら、私でも―――そうです! では、私が差し上げます!!」
「「!」」
「……ステラさま?」
「はい? リアさま」
これは、まさか御子間の争い。
帝国と皇国の代理戦争?
私嫌だよ? こんな会話が国家間の大戦争の引き金を引くのなんて。
「……どうやら、貴女には欲望というものが存在しえぬようですな、無色の聖女ルミエール殿」
無いんじゃなくて、服が合わなくて入らないような感じだけどね。
で、どうして枢機卿さまは無職を強調したがるのかな。
第一印象が強すぎた?
「では。報酬に関しては保留、という事に。それでよろしいですかな?」
「なくても良いんだけどね。報酬の為にやったわけじゃないんだ。それより、何より―――今は」
「「……今は?」」
「やっぱり写真撮ろうよ。このめでたい日。今日という日を忘れないために」
「―――……はは。自由なお方だ」
「……えぇ。本当に不思議な方」
「そうなのです! 冒険家さんって自由なのです!」
待ってましたと、いそいそと準備を進めるヨハネスさんは流石だ。
じゃあ、僭越ながら私が皆さんの配置を。
まず、真ん中にマリアさんを据えて、両隣を御子様で固め……。
「良し、準備オーケー」
「こらっ!」
怒られた。
「何が良しっ! ですの!? 全然よろしくありませんわ!」
「マリアさん、お母さんみたいだね」
「……ッ!! ―――じゃなくて。貴女どうしても私を首謀者に据えたいんですの!? 偏向報道も甚だしいですわ! 悪いメディアのやり口!」
「はは。何故私の方を見ながら言うのでしょう」
そんなこんなで、無理やりに手を引かれて真ん中に据えられ。
左にステラちゃん、右に皇女様、そして後ろにマリアさん。
あとは枢機卿さまと大司教様たちを散りばめて……総勢九人での撮影となった。
「後ろが良いんだ、マリアさん。さては、集合写真にありがちなやつ。頭に悪戯する気だね?」
「し・な・い・で・す!」
「緊張します!」
「私も。初めての経験です……」
ともあれ。
これで、一応の目的―――その半分であり峠となる箇所は達成、で良いかな。
「良いですねぇ、真っ白な部屋とは。背景の編集をせずに済みそうだ」
「早く撮りなさい」
「ふふ。では、僭越ながら。皆様、笑ってくださーーい?」
「―――――はい、チーズ」




