第10幕:周り皆は偉い人
「―――教皇庁……、始めて入りましたわ」
「私も、入ったというPLに話を伺ったことはありますが、実際にこの目で見ると……ふむ。やはりガセだったらしいですね」
「情報と食い違う? 騙されたんだ」
そうだ、そうだ。
私達、この回廊を抜けて先へ進んでたんだよね、あの時も。
教皇庁。
皇国の権威の象徴であり、信仰の地でもある……ある種、人界の中心とも言えるだろうこの地。
私は二度目の入場だけど、経路も前回と同様で。
現在地は正面から馬車で入った先の大回廊。
現在のメンバーは私、マリアさん、ヨハネスさんに枢機卿さま……詰まる所、前回一緒に通ってない人たちだ。
あの時はああだったとか。
共通のお話が通じないのは、ちょっと悲しいね。
唯一知っているハクロちゃんも、アレで一応軍属だから偶には古代都市に顔を出すって行っちゃったし。
「……で。どうしてルミエールさんが先導してますの?」
「んう? ―――流れ?」
「私も、そこが疑問だったのですが。よもや。知っておられるのですか」
……そうだ。
あの時はああだったとか、こうだったとか。
共通のお話は出来なくても、この場合は「まうんと」ってやつが出来るんだね?
手持ち無沙汰だし、折角だから紹介してあげよう。
「そう、ここ。ここでハクロちゃんとレイド君……あ、レイド君っていうのは悪名高いPK盗賊団の頭領さんなんだけどね?」
「―――うん?」
「此処で、二人は十二聖天を相手取って私達を先に行かせてくれたんだ」
「―――情報過多っ!!」
「皇国所属の十二聖となれば……鉛影の双鎌、黒鉄の機銃、緑化の穿弓……。そのお話も、是非伺いたいものですな。貴女の口からは、いつでも興味が飛び出す」
「じゃあ、その辺は帰ってハクロちゃんと……あ、この先がまた広間でね」
やがて辿り着いた広間。
この広間から先に進めたのは私だけ。
私だけ、先へ進ませてもらったんだ。
「で、残りの皆が私を送り出してくれてね。相手が、話題の触手の方の枢機卿さんなんだけど」
「本当になんなんですの? 触手」
「多分、第二次クロニクルの大ボスって扱いだったのかな」
で、この広間で更にユウトたちとクオ―――暗黒騎士さんが共闘したんだね。
「……そういえば。触手の方の枢機卿さん、どうなったのかな」
皆の総力を結集して倒したっていうのは聞いた。
それは間違いないんだけど、そういう準備の良い手合いって、幾重にも保険を用意していて当たり前だから。
今日も、普通にいるかもなんて思って来たんだけど。
ぽそりとした呟き。
それを質問と受け取ったのか、一緒に歩いている枢機卿の声が聞こえて。
「貴女とお会いしたあの日以来、彼は行方知れずになっております」
「あ、そうなのですか」
本当にやっちゃった?
枢機卿って凄く偉いし、仕事できそうだよね。
昔の時代で、裏で酷い事をやっていたり多くの恨みを買っていた権力者を、しかし誰も追放できないし罰する事も出来なかった事例が多いのは、やっぱりソレ。
仕事が出来ちゃうし、代わりになれる人が居ないから。
その人が居なくなる方が、更に多くの人が不幸になるからと……百の為に一を斬り捨てることも止む無しとされてきたからだ。
けど、今回はまるで関係ない私のお仲間たちが断罪しちゃったわけで。
後始末とかもしてないし……良いのかな。
「仕方ないよね。しょうがないよね? やっちゃったことは。私、しーらない」
「隣で怖いこと仰ってますね」
「この人の知らないは本当に怖いんですけれど」
そうこうしている内に、私が知っている最後の景色。
例の、ステラちゃん達と別れた扉の前に辿り着く。
「―――ここまでだよ。私が知ってるのは。枢機卿さまと出会ったのもここ、ですよね?」
「……えぇ」
「クロニクルが終わってすぐはね? これで皇国も大丈夫になるのかなって。前々から聞いていた、皇女様の病も大丈夫になるのかなって、そう思ってたんだ。―――でも、そうはならなかった」
星神の御子であるステラちゃんが、全てを終わらせてくれると思ってた。
そうはならなかったんだ。
あの時通る事の叶わなかった扉が、こうして目の前にあり。
そして、今回はそれが叶う。
………。
……………。
『―――確認』
『―――確認』
『―――確認―――認証』
「……何なんですの? 今の」
「クエストのフラグなどを取得しているかの確認アナウンスですな。扉を潜ると発動するようになっているのでしょう」
流石ヨハネスさん、詳しい。
「しかし、このアナウンスが流れる場合、パーティーであろうとなかろうと、条件を満たしているPL以外は弾かれるようになっている筈なのですが」
「弾かれるって……進めないってコト?」
「つまり―――私達全員、その条件を達成している? ですの?」
首を傾げる三者。
だけど、そもそも。
ここへ案内されたのって、別にクエストを受けている訳でもないし、別に不思議な事じゃ……。
「ルミエール様!!」
「―――ステラさま?」
何の装飾も調度品も無いような、真に真っ白で奇妙な部屋。
まるで、キャラメイクやログインの僅かな間のみ訪れられた、あの空間のような部屋。
そこには、複数の人物がいたけど。
取り分け目立つ、金色の髪に青い瞳……ふんわりとした、青と白の西洋法衣。
一番私達の側に居たのは、あのステラちゃんだった。
クロニクルの後、教皇庁の最奥へと消えた彼女が、今私の目の前にいる……。
まるで、あの時から時間が止まっていたかのように。
或いは、本当にそんな感じなのかな。
ここへ彼女を送り届けるまでが先のシナリオ。
その役を果たすPLと、更にその先……彼女を手伝うPLが現れるまでがステラちゃん関連のキャンペーンクエストとか。
それぞれが独立しているから、その間の期間は休眠とか。
フラグの関係とか、物語が進まないと時間も進まないままっていうのは、ゲームではありがちな設定だ。
長時間レベリングしてたら世界滅んでましたじゃ困るからね。
駆け寄ってくる彼女は、今に私の手を握ってブンブン振る。
どうやら、彼女だけらしい。
普通に元気そうだけど、リドルさん達は何処に行ったのかな。
あ、紹介紹介。
「―――ええ、と? こちら、ステラ・クライト・ララシアさま。帝国の擁する御子。星神アリステラの御子様……で、良いのかな?」
「そうです!」
「本当に意味の分からない交友関係ですね」
「今回ばかりは激しく同意ですわ」
そんなお二人も彼女に紹介。
ぺこりぺこりと繰り広げられる挨拶に私が満足する頃、ステラちゃんが首を傾げて。
「でも、どうして此処にルミエール様たちが?」
「諸々は、後程私からご説明いたしましょう。……まずは皆様、こちらへ」
暫し、こちらのやり取りを見守っていた枢機卿さんが先を促し。
ステラちゃんと一緒にこの部屋にいた人物たちと軽く話した後、その間を通り抜けていく。
無論、促された私達も一緒に通り抜けるけど。
都合五人の、それなりに年齢を重ねていそうな御仁たち。
この人達。
皆、凄く位の高そうな神官さんばっかりだ。
「―――皇国は、五人の大司教、二人の枢機卿が中心となり主たる政を行っているとされています。ならば……」
「皆さん大司教さん? 壮観だね」
もう見えなくなっちゃったけど。
「我々の役目は、皇国―――ひいては人界三国を天上の神々の加護に満たし続ける事」
「人々の心より闇を取り除き、悪を祓い、眩い光で地平を照らす。その為には、象徴が必要なのです。どれだけ苦しくとも、辛くとも。明日を信じられる、信じるに足る。そう思わせてくれる、確かな信仰の象徴が」
「そして、象徴とは絶対でなくてはならない。欠陥は許されない」
「―――悪役みたいなこと言いますわね」
一言一言に重みを感じさせる枢機卿さんの言葉。
その言葉は何処か強く。「欠陥は絶対ダメ」なんて、或いはマリアさんと同じく、悪役の台詞なんて思ったりもしちゃうけれど。
けど、何でなんだろう。
その横顔はとても悲しげで、小さく映る。
ステラちゃんも俯いている。
「―――皇女様。リア・ガレオス・エディフィス殿下。皆様をお連れ致しました」
返答はない。
国家の最高権力だったろう存在達の脇を通り抜け、辿り着いた最奥の部屋。
先の部屋と同じく、真っ白な空間。
そこから続き、上座に位置する座敷には御所や御前を思わせるような……中の人の様子が影ほどしか伺えない垂れ幕……簾が掛かり。
とても不思議な空間だ。
世界から切り離された空間に、君臨する者の玉座だけが備え付けられたような。
神の御許って、或いはこんな感じなのかも。
………。
……………。
簾の向こう側には―――誰かが横たわってる。
多分、その人物こそが。
そう思うと同時、瞬きの間に簾が開かれる。
準備の間もなく。
声を出す間もなく―――或いは、悲鳴を漏らす間もなく。
………。
……………。
「―――ッ」
その、何とかかみ殺された悲鳴は誰のものだったのか。
それは分からなかったけど……先のシステムアナウンスがどのようなモノだったのか、ソレは嫌という程に分かった。
そこには、確かにいた……あった。
黒ずんだ紅の髪以外の、全身に広がる漆黒。
呼吸だけが、か細くヒューヒューと。
息遣いは確かに聞こえるのに、胸も上下せず、身じろぎすらしないソレは、あまりに歪。
シンとした静寂の中、そんな小さな息を吐き出すような音だけが耳にこびり付くようで。
「―――これ……ぁ、ぁ。こんな、の……」
「黒骸病……いえ、しかし。このような症状など、一度たりとも……」
お医者さん診断。
ハッキリ、馬鹿げてる。
偶の急患でも、こんな事なかったのに。
「末期、だね。それも、私が診察したご婦人より進んで―――進み過ぎてる」
「まっき……成程。ですが、末期というにも、これは……」
あぁ、全くもってその通りだとも。
だって、それは黒いミイラとしか思えない有様だ。
人の形を保っているだけ、人間なのかと疑問を挟みたくなるような惨状。
精巧に人型を模した作りモノの方がまだ納得できるし、そう思いたい、多くの人はそう思って安心したいだろう。
なのに、その呼吸が……消え入りそうなほどにか細い吐息が。
それは生きているのだと、残酷に告げて。
コレが―――皇女様?
私たちを追うように部屋に入って来た彼等……壁際に立つ偉い人達。
オルド枢機卿さんも。
あと、ステラちゃんも。
もしかして、皆で私たち三人を謀ろうとしている?
「目を背けたくなるのも無理はありますまい。生きているとは思えない、生きているのが奇跡。そう思うのも当然でしょう」
「これなるは、今なお皇都を覆う病―――黒骸病。その、源流とも呼べるもの。今の殿下は、生きながらにしてその依り代、呪物と言えるものに成り果ててしまっている」
呪物。
神聖、或いは邪悪。
超常的な力を先天的に、或いは多くの望みによって後天的に宿されたモノ。
記憶に新しいものでは、夏休みにウチの倉から出てきたコトリバコなどが挙げられるけど。
大抵は、誰かの無念、不幸、憎悪……悪意が干渉した結果生まれ出た、碌でもない忌みもので。
勿論、生きながらの人間がなって良いものじゃない。
「えぇ。皆様のお察しになっている通り」
思い出したのも束の間。
枢機卿さんは、私達が薄々察していた事実を突きつける。
「この状態でも、殿下は生きている。そして、殿下の権能は続いている。今なお、続いてしまっているのです」
「―――……うそ」
今に、マリアさんは口元を抑えて崩れ落ちる。
ハッキリ、尋常じゃない。
ここに来るまでの間にあの確認があったのが、理解できた。
―――これ、R指定……年齢制限あるよね。
さっきの扉を潜る際に、私達がこのショッキングに耐えられる年齢かどうかを確かめたんだ。
一緒にハクロちゃんとか居たらついてこれなかったのかも。
詰まる所。
今の皇女様は、清らかかつ崇高たる信仰の象徴などではなく、一つの装置……生かさず殺さず、皇都を覆う不治の病を瀬戸際で悔い留めるだけの、一つの機械として、そこに存在しているだけの。
本当に、目も当てられないような惨状。
そして、オルドさん達もそれを望んでやっている訳じゃない。
それしか方法がないんだ。
ステラちゃんが居ながらこの状況って事は、治せないって事。
でも、皇女様が亡くなれば皇都は……。
「殿下のみが持つ陽の権能がなければ、今に皇都―――やがては皇国全土の民が同じ事になるでしょう」
「―――皆、こうなるっていうのかい?」
「左様です。今なお皇都があの程度の状況で落ち着いているのは、殿下の御業に依るもの。リアソールの御子が持つ権能は、遍く輝き。陽神の煌めく地平に陰はなく。この皇国全土に、地底の権能が入り込めない結界を常に展開しているのです」
つまり、対象人数数千―――数万人規模?
途轍もないね。
「マリアさんもかくやだ」
「と、いうよりも。マリア殿の持つ権能が、陽の御子の権能に準えられたものなのでしょうな」
あ、そういう事なのかな。
そうだ、そうだ。
だって、彼女のユニークスキルって―――
「ルミエール様。無色の聖女様。どうか。どうか、殿下をお救い下さい」




