第9幕:ムショクは忘れた頃に
「「……………」」
帝国領―――鉱山都市。
賃貸のギルドホーム、そのロビーに腰を落ち着け。
オルトゥスにおける攻略コンテンツの一つ……大迷宮に関する今後の攻略会議を行っていた俺たちは、いつしか額に皺を寄せて寄せて寄せまくっていた。
伸び悩みというわけではない。
どころか、最近では近辺でも名を知られてきているくらいの活躍。
十人にも満たない小規模ギルドとしては、十二分な戦果を得られている……その筈なのだが。
「―――ねェ、ナニコレ」
「「……ハァ」」
皺だけでなく、身体をも寄せ合い寄せ合い、一つのモノを覗き。
思わずため息が漏れるのも仕方ない。
あれ程、あれ程……あれ程あれ程あれ程あれ程……口が酸っぱくなる程に「ダメだ」と言った筈だったんだが―――さっきから同じ言葉繰り返し過ぎだな。
それだけ、ほとほと呆れかえっているという事なのだろう。
……………。
……………。
―――新たなユニーク職判明! 支援・回復系特化【聖女】の全貌とは!?
……今日、号外としてO&Tが発行した新聞のタイトルだ。
紙面には、つい最近皇国の中央でNPCを対象として診療所を開いている奇特なPLが居る事、未だ嘗て聞いたことが無いような特殊効果を有するスキルを行使するという噂を聞きつけて調査員(筆者)が派遣された事などが大仰に書かれ。
そして、取材の様子などがかいつまんで書かれている。
取材場所自体は、どうやらあのギルドの本部らしいが……。
「広範囲に及ぶ群体回復。あらゆる状態異常も治す、癒す。プレイヤー、ノンプレイヤー、命の価値に差異はなく、心の純度に貴賤なく」
「前人未到―――蘇生魔法」
「編集者、ヨハネス・グーテンモルゲン」
字面だけで分かる……本当に存在するのであれば、紛れもなく破格と呼べる性能。
だからこそ、そのあまりの盛りに。
筆者が筆者であることも含め、胡散臭さが拍車をかけ。
単なるミステリー番組のようなこの記事だけならば、まだガセやふかし、俺たちにとっても偶然の一致とかで済ませて良い範囲かもしれないが。
「「……………」」
『いえい』
なんて、幻聴が聞こえてくるような。
実家の安心感すら覚える、圧倒的無表情。
―――写っている。
カメラ目線でバッチリと。
腰まである黄金の長髪を一本に束ね、右肩から前へ下げ。銀縁の眼鏡と白衣を身に纏うまま、回る椅子に座して足を組む……創作の中でしか存在しえないような妖艶でアブナイ先生が、バッチリと写っている。
何なら店の所在地も地図付きでちゃんと載っている。
何でこういう時だけはしっかり明確な根拠を示してくるんだ? この新聞。
ヨハネスさんの記事は、当たれば何処までもぶっ飛ぶスタイル……詰まる所、不発たる十中八九はガセだ。
事実か虚構かはさて置き、読者を楽しませる、飽きさせないのが第一の人だからな。
だからこそ、物語的な楽しみ方……例えガセだとしても、面白おかしく脚色されている故、ソレが楽しいという者も多くファンも多いが。
質が悪いのは……上手な嘘を吐くには、一定の真実を混ぜておくのが良いとも言うが。
明らかに冗談染みた記事の中には、ウソのような本当の、とんでもない情報がチラホラ転がっているのも、彼の新聞が放つ魅力で。
ヨハネスさんの発行する号外には、それこそ最上位ギルドすらも注目する訳で。
何故、こういう時ばかり……。
「―――ふう……。ゲームセットって所か?」
「「うん」」
「今回はホームランっぽいしね。無理だね」
だな。
こればかりは、どう足掻いてもそれだろう。
役満すぎて言い訳のしようがない。
そして、この構図。
まず間違いなく言える事としては、この状況を創り出した張本人は他ならぬ彼女自身であるという事。
「隠そうとしてヘタうったとかじゃないよね? ノリノリっぽいし。今度は何企んでんの? あの人」
「また、ロクでもない事考えてそうです」
「お前等なぁ……、ルミねぇがいつもろくでもない事考えてるみたいなその通りだが」
「ちょっとは否定して?」
「速攻すぎんだろ」
………。
……………。
まぁ、アレだ。
一つ、確実な事があるとすれば。
こんな俺たちの反応も、破格とも言える後衛ユニークの露出も、ヨハネスさんのホームラン記事も、もしかしたら居るかもしれない、今回巻き込まれたであろう哀れな犠牲者も。
全て、彼女の望むまま……只一人の詐欺師の掌なのだろう、な。
◇
「―――うん、うん。何度見ても良い出来だ。それに、まさか三国の各重要都市全てで発布してくれてたとはね」
「他ならぬ貴女の頼みですから」
新聞記事も良く書けているし、写真も良く撮れているし。
何より、所在が分かり易いのも良い。
ヨハネスさんに頼んで正解だったよ。
「何処がですか! 何処がぁ!! 満足だーー、みたいにうんうん頷いてないでください!」
「んう? 良く撮れてるだろう?」
「―――え、えぇ。それはもう、凄くアブナイ先生が―――じゃなくてぇ! 違うんです、違うんですの!」
違うんだ。
こういう時って、なんて言うんだっけ。
サクヤがコンビニでアルバイトしてた頃、万引きさんが居て……あ、そうそう。
「ふふ、何が違うのか言ってみな」
「―――何でいつの間にか私が悪いみたいになってますの!?」
「……今日のマリアおかしいぞ」
「今日もね」
「……ふむ。コレが普通なのですか? あなた方とご一緒のマリア殿は」
「まともなのは私だけですの!?」
多分、コレが普通……かな?
今日はいつにも増して賑やかだけど、普段も団長モードを見せる機会は全然ないし、多分こんな感じの筈だ。
首を傾げる私達の前で。
最上位ギルド戦慄奏者の団長たる彼女は、己が戦慄したように天を仰ぐ。
「のらりくらりと! 何もしないまま! もう四日経ってますのよ!?」
「そんな鼻先まで来なくても聞こえてるよ」
「特にブンヤ! 貴方、仕事なさい!」
「コレも立派な業務。密着取材ですよ、マリア殿」
そのまま、回る椅子をくるくるする私の前へズンズンとやってくる彼女は。
おでこが触れあわんばかりの距離感で私に畳みかけてくるマリアさんは……、もしかして、今日はご機嫌斜めなのかな。
オクスリ処方した方が良いのかな、胃薬。
イライラはお風呂でも入ってリラックスすると良いかも。
「うーーん。気長、というわけでもないけどね。一応期限が迫ってるし」
「そうです、そうなんです! もうあと三日しかない!」
彼女の言わんとする事。
それは即ち、彼女のギルドの副団長であるヴィオラさんと私が交わした契約の期限が近いという事で。
当事者なりに、焦りもあるのだろう。
私だって焦ってるし。
「うん、そうだ。イライラにはハーブティーも良い。ほら、最近皇都で流行ってるらしいんだ、マロウブルー。青色だけど、回復ぽしょーんじゃないよ?」
「わぁ、綺麗。頂きますぅ―――じゃないですわ!」
「……ん、変な味だぞ」
マロウブルー……ハーブティーの一種。
日本では薄紅葵とも言われるね。
以前、自宅に遊びに来たユウト達にも振舞ったことがあったけど。
料理はともかく、多くの食材が名前を変えて存在するオルトゥスにあって、向こうとまるで変わらぬ名前のハーブティー。
向こうでも私好きなんだ、コレ。
「ほぅ、これは。確か―――夜明けのお茶、でしたか?」
「流石ヨハネスさん、博識だ。淹れた時は深い青、やがて明け方のような赤色に変化していく不思議なお茶さ。ラモン絞っても面白いよ」
ティーポットからカップまで、どれだけ離して淹れられるかに挑戦しつつ、三人へ供し。
最後に、自分の分を。
お茶請けにはスコーンも用意してるとも。
ほら、ご機嫌な午後の過ごし方。
「……美味しい。確かに美味しいですけれど……何か、煙に巻かれたような」
「気のせい気のせい」
「実にご機嫌な休日ですな」
「ヒマー」
「……ですわね。心配事なんて吹き飛ぶような……心配事? あの―――私、大切な何かを見落としてませんこと?」
「「気のせい気のせい」」
………。
……………。
私のお店は、記事の後でも平常運転で営業していた。
当初のマリアさんやヨハネスさんの予想では、それはもうひっきりなしな勧誘がやってくることで、とても営業どころではないだろうという観測だったけど。
マリアさんなんかは、「私が護ります!」なんて息巻いていたけど。
コレが中々どうして、面白い事になり。
真偽のほどを確かめようとやって来た多くのPL……以前に増して増えたお店の待機列を無視してやって来たお客さん達は、漏れなくNPCさん達の猛烈なブーイングにより撤退。
有名処さんとしても、GR3位の【亡者の千年王国】さん、5位の【妖精賛美】さん、7位の【おさかな天獄】さんとか……。
凄い高名な人たちも来たけど。
そういう上位の人たち程、どうやら礼節とかはちゃんとしている様子で、しっかり列に並んだりしてくれたけど。
「―――てェェェェ!! そうですわ、飲んでる場合じゃない! 期限、期限がぁぁぁ!!」
「彼等、ヨハネスさんを見て確信を得た様子だったね」
「最早、オルトゥスのPLの過半数が貴女の御顔をご存じですとも。―――海岸都市の一件の比ではありますまい」
「はは、照れるね」
「何でそんなに余裕なんですの!?」
「「気のせい気のせい」」
「さっきから言い訳が苦しすぎます!」
うん。確かに、流石に苦しくなってきたかな。
ゲーム内でも、脳の満腹中枢を刺激される事でお腹がたぷんたぷん……。
「よよよよーー……」
「まりあーー?」
「私の声は、もうルミエールさんには届かないんですの……?」
マリアさん、とうとうハクロちゃんの胸に顔を埋めていじけちゃったよ。
虐めすぎちゃった?
「「―――――」」
「……………」
何だか、お店の外の方が賑やかになってきたかな。
既に営業時間外ではあるけど、急患なら致し方ないと、椅子クルクルを止めてちらと外に目をやり。
「―――ヨハネスさん」
「えぇ。ようやくのお出ましでしょうか?」
確認し、確信する。
私の予想だと、フォレストさんみたいな老紳士だと思うんだけど、さて。
ノック音に合わせ、扉を開くはヨハネスさん。
合わせるようにして室内へ踏み込んでくるのは、法衣の上から鎧を着込んだような、純白の装いに身を包み、フードを目深に被ったNPCさんたちで。
実に、物々しい雰囲気だ。
「―――神使。皇国教皇庁が誇る独自戦力ですな」
あ、紳士違いだね。
で、そんな人たちに囲まれるようにしてやってきた祭服の御仁は……。
「んう?」
あれ? この人―――確か、前回のクロニクルでちらっと話した教皇庁の枢機卿さんじゃないかな。
ほら、ヤクブーツを届けた人。
「―――触手じゃない方の枢機卿さんだ」
「しょ、触手……? どういう意味ですの!?」
「オルド枢機卿ですね。……ご存じなのですか、ルミエール殿も」
そういうヨハネスさんこそ。
彼等の情報網って、本当に広いんだね。
鎧姿の人たちに、中心の枢機卿さん。
突然の団体客、その様子を伺う私達。
そして、私達―――私の姿を認め、固まったように目を見張る枢機卿さん。
にらめっこは暫し続き。
「……貴女は」
「あ、覚えてます? その節は、どうも」
訪ねてきた側がこちらの情報を尋ねるよく分からない状況。
どうやら、向こうも私の事を覚えている様子。
なら、こっちから行かせてもらおうか。
「では―――来訪の理由は存じてます。お待ちしておりましたよ、皆様」
「……!」
「改めて自己紹介から入りましょうか。私はルミエール、当診療所の常勤兼責任者です」
この時、この状況の為だけにここを開いたんだからね。
待ち望んだ状況を前に、舌なめずりしたいのを抑え得つつ恭しく腰を折り、自己紹介。
「そしてこちら、助手のマリアさん。用心棒のハクロちゃん、カメラマンのヨハネスさん」
紹介による反応も三者三様。
この事態を理解しようと必死なマリアさんは僅かに顔を顰め。
ハクロちゃんは神使さん達の下げる儀礼用のような剣に興味津々。
ヨハネスさんは今に胡散臭いまでもの笑みを浮かべる。
「医師、という事は。では―――貴女が……。貴女こそが?」
そして。考え込む様子の枢機卿さんと、直立不動の彼等。
二秒……三秒。
「ルミエール殿」
……動かない彼等に。
ささと近付いてきたヨハネスさんから耳打ちを受ける。
「今更ですが……聖女、という表現は。教会関係者からすればいささか過激に過ぎたかもしれませんね」
「―――成程」
相槌を打つ。
確かに、教会の所属でも何でもない一般人が名乗るには過ぎた名前かもしれない。
いかなゲーム的職業名だとしても、それは彼等からは関係ない事で。
……そもそも。
「僧侶系を上位に進める為には、教会に所属することが大きな条件なんだよね」
「左様ですね。モグリの貴女にはまるで関係ないお話ですが」
参ったなぁ。
公認になる為の試験会場とか用意してもらえないかな。
そうなって来ると、エントリーは私一人になっちゃうのかもしれないけど……。
「ならば、貴女は、ムショク―――否。無色の……、聖女様……」
「んう? 無職?」
いきなり罵倒されちゃった。




