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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第二章:マニュアル編

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プロローグ:新たなる冒険の予感




 トワと再会してから一週間ほど。


 仕事が始まる前夜。


 私は、背徳のゲームログインを敢行していた。



「店主君、今日はやけにお客さんが多いよね」

「そうだな。客が多いのは確かだが、どちらかと言うと、外を歩いている連中も多い気がするぜ」



 …そう、かな。

 まだ、それが分かるほど目が慣れていないけど。

 

 もしかしたら。


 何か、催し事があるのかもしれないね。



「祭りでもやるのかい?」

「…いんや、そんな話は聞いてねえな」



 じゃあ、違うのかな。


 もしくは、店主君だけが商店街の企画からはぶられているか。

 気の良い彼の事だから、恐らく後者は無いかな。

 でも、そうなると気のせいという可能性が大きくなってしまうんだけど…。この店にすら入ってくるなんて。


 よほど人が集まっているのかな。


 そんなに暇なのかな。



「…なあ、ルミエ。さっきから失礼な事考えてねえか?」

「うん。ちょっとだけ」

「おう、そうだろう――じゃねえ! せめて誤魔化せや!」



 ああ、耳がキーン。


 ツッコミが上手だね。

 最近私の考えていることが読めるようになってきたらしい彼は、脇に会ったダダンボールをバンバン叩きながら声を張り上げる。


 どうやら…。

 今は、たたき売りをしたい気分らしい。


 でも、気になるね。


 私は、催し事が大好きなんだ。



「NPC関係じゃないなら、私たちに近いものかもね。確か…教会図書館に最新情報が張り出される筈だから、ちょっと見てこようか。暇みたいだし」

「うっせー。専門店ん時は繁盛してんだよーだ」



 言ってて悲しくならないのかな。

 それって、私と出会うまでずっとこの調子だったってことじゃないか。 

 自分の手柄にするつもりは無いけど、ここの野菜、本当に美味しいからどうにかできないかな。あれ以来、常連さんは増えたらしいけど、まだまだ閑古鳥だし。


 改善案を頭に展開しながら。


 私は、店主君に手を振って店を出る。




  ◇




 やって来たのは。

 教会図書館でも、奥まった一室。

 この空間は、一般には解放されていない、プレイヤー専用の部屋で。


 世界から孤立した空間と言うべきだろう。

 ここに居る司書さんも、当然プレイヤーだ。


 今までにも何度か利用しているので。


 慣れた足取りで一つの区画へと赴くと。

 すぐに目に入ってくるようにして、幾つもの張り紙が見受けられる。


 その情報を読み取るに…。



「……成程、新しい【クロニクルストーリー】が発令されるのか」



 それは、活気づくというもの。

 クロニクルストーリーと言えば、この世界全体に影響を与えるイベントだ。

 それを実際に認知できるのはプレイヤーだけなんだろうけど、NPCも何らかの噂や情報を手に入れて行動しているのだろう。


 コンソールを弄りながら、情報確認。


 なんでも、これが初めてらしく。

 盛り上がらない訳がない。

 


「レアアイテム、豪華な報酬…ああ、素晴らしい。プレイヤーたちも忙しくなるだろうね」



 私が絡む余地はないだろうけど。


 …でも、もしかしたら。

 戦闘系以外で、何かしらの役割くらいは廻って来るかもね。

 トワの事だし、救済案のようなものを用意したり、バックアップのような仕事を準備してくれているかもしれない。

 そんなことを考えながら頭をひねっていると。


 不意に、後ろから声が聞こえてきた。



「――ねえ、そこの貴方」

「んう? …私かい?」

「そう、貴方。ソロなら、私のギルドに入らない?」



 ああ、勧誘か。


 街中では珍しいものでもないと聞くけど。

 実際に声を掛けられたのは、案外初めてかもね。


 ―――まあ、それはそれとして。



「すまないね。私は誰かと一緒に戦えるほど強くないんだ」

「……そうなの。まあ、その気が無いのならしょうがないわ。もしも気が変わったら、【フォディーナ】にあるギルドホームにいらっしゃい。仮面舞踏会ってギルドよ」



 そう言い残して去って行く女性。


 他のプレイヤーに声を掛けに行ったんだろうね。


 ……ギルドか。

 恐らく、イベントの影響。

 何が来るにせよ、人が多いことに越したことは無いから、手当たり次第に声を掛けているという事なのだろう。


 調べたところ。

 ギルドのメンバー数に、上限は無いらしいからね。



「でも…フォディーナ?」



 聞いたことのない名前。


 恐らく、地名だろうし…調べようか。

 名前が分かっているのなら、易い。


 コンソールで機能を立ち上げ。

 検索すれば、ほれこの通り。

 基本的な情報がピックアップされたようで、映像と共に幾つかの解説が浮かび上がってきた。



「【鉱山都市フォディーナ】は、トラフィークの北側に位置する。遺跡での採掘がきっかけで栄えた都市であり、保有する【大迷宮プレゲトン】は帝国の資金源…か」



 すぐ北に位置する。


 いいね。凄く面白そうだ。

 別都市の名前を聞くのは二回目だけど、こっちの方が現実的。

 何せ、隣の都市らしいからね。


 【大迷宮】なんて大層な物もあるらしいし。

 金銭が溜まったのなら、そちらへ行くのも良いかもしれない。

 

 悠々と画面に目を通し。


 窓の外に目をやれば、オレンジの空。

 

 ゲーム内時間では夕暮れ。

 現実では既に深夜という訳で。



「そろそろ、起きなきゃ…いや。寝なきゃね」



 寝ている状態に近いとは言っても。

 やはり、脳は活性化しているわけだから、ちゃんとした休息を取らないと、疲れが完全に抜けることは無いだろう。

 …ここでログアウトしちゃっても良いかな?

 バッドステータスはそこまで怖いものじゃないと聞いたし、金銭も殆ど下宿先に保管している。


 再びログインした時。

 私がいるのは、【黒鉄商店】の自室だろうし。



 ああ、ここらで失礼しようか。



 瞳を閉じれば移ろう景色。


 数秒待たずにベッドの上さ。

 


 ………。



 …………。




「――んん……ンッ」


 

 おはよう、私。

 おはよう、天井。


 知っている壁は実に安心するもので。



「前日にゲームを楽しんだにしては、良い目覚めじゃないかな」



 起床時刻は5時きっかり。

 非常勤としては早いのかもしれないが、職場の教師たちと顔合わせをするらしいので、当然早起きはしなければならない。

 

 朝はちょっと弱いけど。

 存外に爽やかな目覚めなのは、ワクワクによるものか。


 なにせ、新たな出会いと。

 大切な年下の友人たちが待っているのだから。



「……【ON】の入ってた箱。何か有効活用できないかな」



 ベッドを出ると、目に入るモノ。

 光沢があり、頑丈な大箱だ。


 何度かひとりかくれんぼに使ったけど、あまり面白いものじゃないんだよね。この家広いから、逃げやすくて良いんだけど。


 まあ、そのうち考えようか。

 今はそれより、朝食さんが大事だ。



「朝は…パニーニが良いかな?」



 サンドイッチは簡単美味しい。


 余裕のある目覚めで気分が良いから。

 何時もより、具を多めにしようかな。 


 セミドライトマト。

 …パックの生ハム?


 ああ、良い朝食だ。

 一日が始まったという感じがするね。



 ―――さあ、今日も頑張るとしようか。

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