プロローグ:新たなる冒険の予感
トワと再会してから一週間ほど。
仕事が始まる前夜。
私は、背徳のゲームログインを敢行していた。
「店主君、今日はやけにお客さんが多いよね」
「そうだな。客が多いのは確かだが、どちらかと言うと、外を歩いている連中も多い気がするぜ」
…そう、かな。
まだ、それが分かるほど目が慣れていないけど。
もしかしたら。
何か、催し事があるのかもしれないね。
「祭りでもやるのかい?」
「…いんや、そんな話は聞いてねえな」
じゃあ、違うのかな。
もしくは、店主君だけが商店街の企画からはぶられているか。
気の良い彼の事だから、恐らく後者は無いかな。
でも、そうなると気のせいという可能性が大きくなってしまうんだけど…。この店にすら入ってくるなんて。
よほど人が集まっているのかな。
そんなに暇なのかな。
「…なあ、ルミエ。さっきから失礼な事考えてねえか?」
「うん。ちょっとだけ」
「おう、そうだろう――じゃねえ! せめて誤魔化せや!」
ああ、耳がキーン。
ツッコミが上手だね。
最近私の考えていることが読めるようになってきたらしい彼は、脇に会ったダダンボールをバンバン叩きながら声を張り上げる。
どうやら…。
今は、たたき売りをしたい気分らしい。
でも、気になるね。
私は、催し事が大好きなんだ。
「NPC関係じゃないなら、私たちに近いものかもね。確か…教会図書館に最新情報が張り出される筈だから、ちょっと見てこようか。暇みたいだし」
「うっせー。専門店ん時は繁盛してんだよーだ」
言ってて悲しくならないのかな。
それって、私と出会うまでずっとこの調子だったってことじゃないか。
自分の手柄にするつもりは無いけど、ここの野菜、本当に美味しいからどうにかできないかな。あれ以来、常連さんは増えたらしいけど、まだまだ閑古鳥だし。
改善案を頭に展開しながら。
私は、店主君に手を振って店を出る。
◇
やって来たのは。
教会図書館でも、奥まった一室。
この空間は、一般には解放されていない、プレイヤー専用の部屋で。
世界から孤立した空間と言うべきだろう。
ここに居る司書さんも、当然プレイヤーだ。
今までにも何度か利用しているので。
慣れた足取りで一つの区画へと赴くと。
すぐに目に入ってくるようにして、幾つもの張り紙が見受けられる。
その情報を読み取るに…。
「……成程、新しい【クロニクルストーリー】が発令されるのか」
それは、活気づくというもの。
クロニクルストーリーと言えば、この世界全体に影響を与えるイベントだ。
それを実際に認知できるのはプレイヤーだけなんだろうけど、NPCも何らかの噂や情報を手に入れて行動しているのだろう。
コンソールを弄りながら、情報確認。
なんでも、これが初めてらしく。
盛り上がらない訳がない。
「レアアイテム、豪華な報酬…ああ、素晴らしい。プレイヤーたちも忙しくなるだろうね」
私が絡む余地はないだろうけど。
…でも、もしかしたら。
戦闘系以外で、何かしらの役割くらいは廻って来るかもね。
トワの事だし、救済案のようなものを用意したり、バックアップのような仕事を準備してくれているかもしれない。
そんなことを考えながら頭をひねっていると。
不意に、後ろから声が聞こえてきた。
「――ねえ、そこの貴方」
「んう? …私かい?」
「そう、貴方。ソロなら、私のギルドに入らない?」
ああ、勧誘か。
街中では珍しいものでもないと聞くけど。
実際に声を掛けられたのは、案外初めてかもね。
―――まあ、それはそれとして。
「すまないね。私は誰かと一緒に戦えるほど強くないんだ」
「……そうなの。まあ、その気が無いのならしょうがないわ。もしも気が変わったら、【フォディーナ】にあるギルドホームにいらっしゃい。仮面舞踏会ってギルドよ」
そう言い残して去って行く女性。
他のプレイヤーに声を掛けに行ったんだろうね。
……ギルドか。
恐らく、イベントの影響。
何が来るにせよ、人が多いことに越したことは無いから、手当たり次第に声を掛けているという事なのだろう。
調べたところ。
ギルドのメンバー数に、上限は無いらしいからね。
「でも…フォディーナ?」
聞いたことのない名前。
恐らく、地名だろうし…調べようか。
名前が分かっているのなら、易い。
コンソールで機能を立ち上げ。
検索すれば、ほれこの通り。
基本的な情報がピックアップされたようで、映像と共に幾つかの解説が浮かび上がってきた。
「【鉱山都市フォディーナ】は、トラフィークの北側に位置する。遺跡での採掘がきっかけで栄えた都市であり、保有する【大迷宮プレゲトン】は帝国の資金源…か」
すぐ北に位置する。
いいね。凄く面白そうだ。
別都市の名前を聞くのは二回目だけど、こっちの方が現実的。
何せ、隣の都市らしいからね。
【大迷宮】なんて大層な物もあるらしいし。
金銭が溜まったのなら、そちらへ行くのも良いかもしれない。
悠々と画面に目を通し。
窓の外に目をやれば、オレンジの空。
ゲーム内時間では夕暮れ。
現実では既に深夜という訳で。
「そろそろ、起きなきゃ…いや。寝なきゃね」
寝ている状態に近いとは言っても。
やはり、脳は活性化しているわけだから、ちゃんとした休息を取らないと、疲れが完全に抜けることは無いだろう。
…ここでログアウトしちゃっても良いかな?
バッドステータスはそこまで怖いものじゃないと聞いたし、金銭も殆ど下宿先に保管している。
再びログインした時。
私がいるのは、【黒鉄商店】の自室だろうし。
ああ、ここらで失礼しようか。
瞳を閉じれば移ろう景色。
数秒待たずにベッドの上さ。
………。
…………。
「――んん……ンッ」
おはよう、私。
おはよう、天井。
知っている壁は実に安心するもので。
「前日にゲームを楽しんだにしては、良い目覚めじゃないかな」
起床時刻は5時きっかり。
非常勤としては早いのかもしれないが、職場の教師たちと顔合わせをするらしいので、当然早起きはしなければならない。
朝はちょっと弱いけど。
存外に爽やかな目覚めなのは、ワクワクによるものか。
なにせ、新たな出会いと。
大切な年下の友人たちが待っているのだから。
「……【ON】の入ってた箱。何か有効活用できないかな」
ベッドを出ると、目に入るモノ。
光沢があり、頑丈な大箱だ。
何度かひとりかくれんぼに使ったけど、あまり面白いものじゃないんだよね。この家広いから、逃げやすくて良いんだけど。
まあ、そのうち考えようか。
今はそれより、朝食さんが大事だ。
「朝は…パニーニが良いかな?」
サンドイッチは簡単美味しい。
余裕のある目覚めで気分が良いから。
何時もより、具を多めにしようかな。
セミドライトマト。
…パックの生ハム?
ああ、良い朝食だ。
一日が始まったという感じがするね。
―――さあ、今日も頑張るとしようか。




