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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第8幕:レッツゴー新聞社




「まさか……、捏造とか考えてませんこと?」

「そう思う?」



 ゆっくりと語らいながら並んで歩くは、今や私の相方になりつつあるマリアさん。

 ボリュームのある縦ロールの掛かった茶髪。

 透き通った碧色の瞳を持つ有名人、私の医院のアイドルさ。


 ……ふむ、ふむ。

 残念な事に、出先だからと彼女の恰好は例の看護服ではないけど。


 普段の小奇麗な旅装からしても……。

 やはり、改めてみると彼女という個には華がある。

 皆が皆、平均以上の容姿とされるオルトゥスのPLに在ってもそう思うんだから。


 容姿だけでなく、雰囲気がそうさせるんだ。



「確かに。捏造ではないけど、これを機に、美人過ぎるナースと評判のマリアさんを芸能デビューさせるのもやぶさかではないね」

「えぇ……?」

「歌って踊れる看護士アイドルとか、どう?」

「あの」

「うん、良い考えだと思うんだ。うーーん……歌姫とか、どうどう?」

「もうなってますわ」



 何と。

 良い案だと思ったんだけど。


 彼女のギルドである戦慄奏者は、現在地であるここ【学術都市クリストファー】に存在しているわけだけど。

 今回の目的はそちらではなく。



「―――……着きましたわ」

「ほぅ、コレが……」



 学術都市一等地……奇しくも彼女の有するギルドと同じエリアに所在するそこは……今やオルトゥスのPLが知る情報の9割9分を握るとすら言われるギルドの本部。


 その佇まいは新聞社というよりは、洒落た木造の洋館と言った感じで。

 森の奥でひっそりと佇むにはまだ年季が足りていないけど、十二分に重厚感があって、博識な人たちが住んでそうな感じだ。

 もっと、オフィス街の一角を想像してたんだけどね。



「本当に行くおつもりなのですか?」

「もちもち」



 で、今回の私の目的だけど。

 確かに、有名人であるマリアさんを利用させてもらえば、新聞の一面くらい簡単に埋めること程度は楽に出来るだろう。 

 けど、ヴィオラさんが念を押したように、戦慄奏者を納得させるには彼女の名声を上げる必要がある訳で。

 既存の情報や彼女自身の持ち札では、どうしても不足だ。

 無論、前提としてマリアさんとごく近しい仲である人たちが唸る内容じゃないと意味がないし。


 何より。



「捏造なんて、誰も納得しないよね」

「普段捏造ばかりやってそうな人が言うと説得力がありますわ」

「詐欺がお仕事だからね」

「否定もなさらないのですね」



 それは、まぁ。

 だって、人を騙すのが私の楽しみだし。



「勿論、世間話をしに行く訳じゃないんだ。私、フレンド削除したくないし?」

「私もですわ! 絶対イヤぁ!」


 

 yeah、ナカーマ。

 


「そうと決まれば、善は急げだ。行こっか」

「―――あっ。ま、まって下さい!」



 そびえ立つ洋館の正面玄関口へと歩き出し、自動で開く木製の両扉を入っていく。

 如何にもな洋館なのに、自動ドア。

 建物の扉が自然に開くのは何か違和感あるけど、ゲーム内では全然珍しくないんだ。

 一々開け閉めするのも面倒だからかな。




   ◇




「ルミエール殿。お返事はメールだと伺っていましたが……」



 受付でアポイントメントの確認とか、お名前カキカキとか色々あったけど。

 やがて通された応接室。


 広々とした暖色の空間は大きな窓が幾つもありつつ、端に様々な機材が固めておいてある。

 私達の座る席は、陽光が反射しないような位置取りで。

 何か、如何にもな撮影用の部屋みたいで……うん。


 私、この空間何度か写真で見た事あるよ。

 

 ここ、私が毎週読んでる新聞のインタビューで使われてる部屋だ。

 紙面に実際に載ってる部屋だよ。

 聖地巡礼ってやつかな。



「わはーー……」

「ルミエール殿」



 あ、うん、聞いてる聞いてる。

 何の話だったかな。



「―――来た理由だったっけ? 私の、ユニークスキル。【聖女】についてなんだけどさ」

「……!」

「ちょッ!! ルミエールさん!?」



 以前、海岸都市で話した時。

 当時司会者で、私のアピールを見ていた彼は、確かに表情豊かかつ最後には泣いてくれていたけど……再会してから見た彼の顔って、大体にこやか鉄仮面なんだよね。


 多分彼、私と同類寄りなんだ。

 けど、けどね。

 私の言葉を聞いた瞬間、そのにこやか鉄仮面が外れかけたよ。


 

「あとは、前金を貰っちゃっただろう? 暫く来てくれなかったから、働きづめで疲れてないかなーーって、往診に来たんだけど」

「……はは。流石、医者というわけだ。本当に、貴女という御方は……。では―――やはり、貴方のお力は。支援系、回復系のユニークである、と」

「そうとも」



 元々、ヨハネスさんが私の元を訪れたのは、未知の僧侶系一次職の情報を手にしたから。

 本人もやや勘付いていたっぽいし。

 その答えを話してあげようとやって来たんだ。



「情報は力である。情報には、それに見合った対価を、と。O&Tのモットー……鉄の掟なんだよね?」

「左様ですね」

「じゃあさ。これで前金分、足りる?」

「充分に……と、言いたいところですが。これでは、私は掟を反故(ほご)にしたも同然でしょう」

「―――ふんッ。いくら払ったかは知りませんが。たかがアルとその情報が釣り合う筈もありませんわ」



 お金では手に入らないものだしね。

 あいや、もしかしたら沢山お金を稼ぐことが条件のユニークとかあったりするのかな、するのかも。



「左様ですね。仮にも、掟を創った者の一人として。創設メンバーの一人として、見合った対価を払う必要があるでしょう。貴女は、私に何を望まれるので?」

「今の情報、そのままさ。号外でも何でも。ちょっといい感じに記事を仕立ててくれるだけで良いんだ」

「……………」



 彼は、測っている。

 一見デメリットしかないように見える、読めない私の真意を推し量っている。


 彼にとって、確かに遂さっき私の口から出た情報は有益だけど。

 それだけでは―――ただ単に、「彼女はユニークである」と喧伝(けんでん)した所では、あまりに真偽不確かな情報だ。

 けれど、保有者である本人が協力的ならば情報はより鮮明に、信憑性は大きく高まる。


 インタビューを交え、スキルなどの内容も全て語ってくれれば。

 彼にとってとても美味しい話で。


 そして、私としても。



「望みって程でも、何でもない。私としては、ソレを広めて欲しいだけなんだ」

「はは、はははっ。ククッ、就職先でもお探しで?」

「そんなとこ」

「……なるほど」



 彼は、暫し顎に手を当てて考えるそぶりを見せ。



「では。貴女が皇都シャレムの下町で医院を開いているのは、やはり……」

「そう、そういう事さ」



 以前の再会で分かったけど、ヨハネスさんはとても頭の回転が速い。

 元より、アドリブで司会や紹介を堂々とできる位だ。


 今も、己が持っているだけの情報で私の計画に思い至ったのだろう。

 勿論、彼が多くの情報を握る立場に居るというのもあるんだろうけど……。



「あぁ、そう。あと、もう一つ」

「……伺いましょう」

「ヨハネスさん―――ちょっとカメラマンとして同行とかしてもらえたりしないかな。写真、取れるだろう?」

「―――ほう」

「持ってる人で知ってる人、君だけなんだ」

「それは、私としても願ってもない事……、ですが」



 ちらと視線が向けられる先は、マリアさん。

 確かに彼女、O&Tにあまりいい印象を抱いてはいないみたいだからね。



「ルミエールさん……。考え直しませんか?」



 それは、ヨハネスさんの同行を?

 否、ここで話した事全てを考え直さないかという感じだろう。


 本当に私の事を心配してくれている顔だ。



「そういえば、知り合いだよね。二人で話したりする時間―――」

「必要ありませんわ」



 きっぱりと。

 そして、睨みつけるように。



「えぇ、そうです。やはり考え直してください」



 一瞬にして、彼女の持つ雰囲気が変化する。


 キリっと、鋭く窄められた眼光。

 その向く先は、無論ヨハネスさん。


 出た。

 ごくまれに出現する、完全無欠御嬢様モード……団長モードのマリアさん。

 こうなった彼女は覚悟もさることながら、弁舌において無類の強さを誇るという。


 実際、凄くカッコいい。



「今のルミエールさんの状況は、かつての私そっくりですの」

「昔の?」

「私も、かつて同じように……。一介の、流浪の楽団だった私たちを大ギルドに仕立てた張本人……私がこうなった原因の、その一人は、紛れもなくその男なのです」



 ………。

 ……………。


 つまり、こうだ。

 前に彼女が語った通り、ゲームをプレイしてから暫しの間、マリアさんは僅かな仲間と街中でちょっとした演奏会を開くだけの楽しみ方を選んでいた。


 勿論、都市を行き来したりスキルを強化する為などで多少の魔物狩りとかはやっていたらしいけど。

 回る村々、津々浦々。

 一生懸命な演奏は多くの人の心を掴み、方々の都市でささやかな人気を博していたと。


 彼女等は、それだけで十分に幸せだったと。


 ……ある時、彼女がユニークに目覚め。

 そこから全てが変わった。



「私の発現した能力は、当時の環境においては破格そのものでしたわ」



 歌姫の能力。

 それは、超広範囲での能力向上・追加効果を与える権能。

 効果範囲は絶大かつ、対象の人数は―――魔力の許す限り()()


 

「魔法を使えば消費魔力は抑えられ、白兵戦ならば今までは倒せなかったような魔物とも渡り合える。少人数でならば、更に効果は上がり。只一人を加護の対象とするなら、その人は一騎当千」



 いつしか、彼女は仲間たちの旗印になっていた。


 そんな折。

 噂を聞きつけてやってきたのが、我らが編集長。



「おだてられて、ちやほやされて。調子に乗っていた―――そんなおバカさんを、黙くらかしたのが、その男」

「お?」



 疑いの目を向けられたヨハネスさんは、只にこやかに此方を見ている。

 ちょっと焦っているようにも見える。


 私がこれからやってもらおうとしているようなインタビューの後、彼女は一躍時の人に。

 新聞に載るや否や、勧誘の嵐。


 もはや、ゲーム内で逃げ隠れている事は決してできない状況。

 でも、当時のマリアさんはそういった話に乗るのではなく、逆に自分が率いる立場……誰かの拠り所にならないかと考えた。

 それは、彼女自身が自分の実力に限界を感じていたから。

 戦闘以外に重きを置くPLでも、もっと多くの楽しみを持って欲しいから、ゲームを楽しんで欲しいから。


 大変な狩り、レベル上げは、皆で協力しようと。



「私のギルドのモットーは……、好きな事を好きなだけ楽しむ」



 それは、ずっと彼女たち小さな楽団が掲げていたスローガン。

 大きくなってもそれは変わらない。

 一人では弱く、やりたい事をやりたくてもその力が無いようなPL、二次職を楽しみたくともその前提条件を達成するのが大変というPL。


 そういう弱者を掬い上げ、やりたい事が出来るギルドを……と。

 その為に立ち上がったのが、戦慄奏者。



「―――いつの間にか、サーバー最大のギルドなんて呼ばれ始めて。気付けば、やりたい事なんて。私の目が届く場所には何もなくなっていましたけれど……ね」



 もっと大きく、もっと力を。

 人間の細胞であれば、無数にあっても思考は同じ……全ては全体主義の究極だ。


 けれど。

 人間である以上、個は個……どれだけ大群に属していようと、集団だろうと、個人個人が完全に黙することは決してなく。

 一人が声高々に叫べば、皆が叫び始める。

 勿論、別々の言葉を。

 結局の所、大きすぎる力を掌握するのは、たったひとりの個人には無理なんだ。



「―――今だから言います、ルミエールさん」



 団長モードな彼女の眼光は、私へも向けられる。

 相手に畏怖を抱かせる、支配する側の顔。


 でも、その中には確かな憧憬と嫉妬が混じって。



「私、始めて貴女に会った時……貴女に、凄く嫉妬したんです。敗北感を覚えて、とても頭に来て、とっても意地悪したくなって、とてもとても憎かった」

「わぁ」

「だって、貴女は一人なのに。たったひとりなのに、多くの人を魅了していた。大勢に、皆に協力してもらった私を嘲笑うかのように、只一人で完結していた。それが、凄くズルいと思ったんですの」



 私から見た彼女も、その筈だけど。

 多分、そういう事じゃない。


 彼女は、当時の私の演技を見て……、多分、何かを悟っちゃったんだ。 



「―――でも。今は」



 いつしか、彼女はいつものマリアさんに戻っていた。

 私の大好きな、柔和で可愛いマリアさんだ。



「本当に、心配―――いえ、怖いんですの! 私、会えなくなるのは嫌!」

「…………」

「一緒に冒険して、沢山メールして……十分に一回くらいメールして!」

「ハクロちゃんと良い勝負だったよね、毎日」

「イヤです! ルミエールさんと友達じゃなくなるなんて、もう会えなくなるなんて、絶対にイヤです!」

「ゲーム内だけだけどね」

「えぇ! ゲームだけだとしても―――……へ?」

「ふむ……?」



 だって、そうじゃない?

 会いたいのなら、前みたく二人でお出かけとかすればいいんだし。



「……………」

「ね? だって、現実でも会っちゃダメって言われてないし? 会えないのは()()()()()であって、()()じゃないし? チャットアプリで話しちゃいけないとも言われてないよね? フレンドは解除しろって言われたけど、そっちを削除しろとは言われてないし、やり方知らないし」



「あぁ、そういう……―――って、詐欺師ですわ!?」

「何を今更」

「確かに、それは。向こうで沢山会う大義名分を……でもでも私、ゲームでももっとルミエールさんと冒険したいんですの! ハクロさんと、あの愉快なお仲間さん達と、もっと!」




「―――うん、了承」




 良きかな、よきかな……良い事が聞けた。

 商談に来て、思いがけず彼女の本音が聞けたところで。

 じゃあ、そろそろ本題のお話と行こうか。

 向き直るは、今回のカメラマンさん。


 マリアさんには悪いけど、予定変更はなしだ。

 だって、ソレが彼女の為なんだから。



「―――待たせたね、ヨハネスさん」

「……いえ。興味深い話を幾つも伺えましたとも」

「うん、うん、そうなんだ。今話した通り、ちょっと込み入っててね? それも後で話すとして、取り敢えず……」




「私の真の狙い。ソレは―――ドッキリ眠り姫、起きたら昼間だ大作戦」

「「ダサい……!!」」



 うむ?

 仲良いじゃないか、君たち。

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