第7幕:最強のPLを求めて
「お疲れ様、皆。逃亡中アルバイターのマリアさんはともかく―――」
「何でともかくされてますの? 私」
「とっても助かったよ。バイト代払いたいけど、本当に良いのかい? ほら、マッサージのサービスだって……」
「遠慮しておきます」
「あれ、気持ち良すぎるのです」
「ん、馬鹿になる」
「何でともかくされてますのぉーー?」
今日も今日とで診療所の運営。
と、言ってしまうと変わらない日常みたいだけど……実は最近、お手伝いさんが増えたんだ。
それは、初めての急患で縁が出来た……ユーシャちゃんパーティーの三人。
最近この地方へやって来た彼女等は、暫くこの皇都周辺の強力な魔物と戦う事で対魔物戦闘の実力を付けていくらしく。
でも、全員レベルは60……つまり限界値なので、あと上げられるものと言えば本人の技量や判断力くらいな物。
無理してやる必要もないと、手伝いに来てくれているらしい。
別に、他にもやれる事あると思うんだけど。
観光とかクエストとか。
「他のことしているより、この方が有意義だから。何ならパーティーの強化に繋がる……ゲームでも、こうやって好感度を稼ぐ」
「こうかんど? うん、確かにゲームだね」
「このまま、ポーションのお姉さん攻略」
「おぉ、攻略。良いね、攻略」
よく分からないけど、攻略って言葉は大体いい意味で使われているよね?
侵略とかって、こわいけど。
攻略に悪い意味は殆どないだろうし―――じゃあ、良いのかな?
「……謎の会話が成立してますわ」
「……ですぅ」
「あはは……」
クール系魔女っ娘なリエルちゃんは、私の一挙手一投足をジーッと見つめ、目を輝かせる。
何が彼女をそうさせるのか。
それは分からないけど―――彼女、何でも戦闘系ユニーク【氷魔公】という強力な魔法職に就いているらしい。
超火力担当とか何とかで、多分ショウタ君みたいな感じだ。
「回復役が居れば、もう盤石。最高の条件で仲間募集中。因みに、好感度稼げてる?」
「うん……? うん、うなぎのぼり。そろそろ龍になるかも」
「登竜門。こいこい? じゃあ、そろそろ仮加入―――」
「じゃあ、私達そろそろログアウトしますねーー」
「ですですぅ」
会話の途中で、強引に引き摺られていくリエルちゃん。
パーティーのリーダーであるユーシャちゃんには逆らえないんだ。
三人は、宿に帰って寝るんだろう。
私やユウトたちみたいに、自分の下宿先とかギルドのホームを持っているPLは良いけど、彼女たちみたいなギルドに所属していないかつ特定の住処を持たない子っていうのは、本当に風来坊的で。
都市を転々として、その時その時で別の宿に泊まる。
一か所に留まらず、色々な場所を巡る……と。
現代的なファンタジー小説で言う、冒険者ってやつなのかな。
それも楽しそうだ。
私も、引退前まではそんな感じですっごく楽しかったし。
「―――この人、確かにコイよりウナギですからね。掴もうとしてもするっと逃げる未来しか見えませんわ」
「んう? それどういう意味?」
「いいえ、何でも。そういえば、ルミエールさん。あの件、どうなさるおつもりなのです?」
ちゃんと聞いてなかったわけじゃないんだけど。
仕事しながらだと、会話がおざなりになるのも仕方なく。
そろばんで今日の収入収支(赤字)を計上していると、ぽしょーんの棚を弄りながら尋ねてくるマリアさん。
相変わらず、ピンクの看護服が似合ってる。
「……うーん。今の所、予定は無いかな」
「でも、返事はなさるんですよね?」
「性分だからね。ユーシャちゃん達は参加するって方向に傾いてるっぽいけど……」
ほら、やっぱりさ?
「私、平和主義だから。切った張ったっていうのは専門外なんだ」
「切って貼ったような馬鹿げた性格をしてる人の台詞とは思えませんわ」
なんて鋭い切り口。
マリアさん、最近遠慮なくなってきたね。
コレも信頼なのかな。
「酷いな。嘘で固めた身体なんて」
「そこまでは言ってませんけれど―――今日入荷したポーション、ここで宜しいんです?」
「うん、そこそこ」
私とマリアさんの間で交わされている話題。
それは、つい一週間前ほどの……そう、ヨハネスさんによって齎されたイベントのお話。
『―――最強のPLを決める、大会……?』
『いい機会だと思いましてね』
『4th実装まで、残すところ僅かと言われております昨今。最前線は言わずもがな、レベルキャップに到達しているPLはそれこそ自慢にもならない程の数、無数に存在しております』
『あ、うん』
『なればこそ、現段階……長らくの3rd。天井を知り、己の戦略を知り尽くした者達がどのように戦い、どのように生き残るのか。彼等の実力、磨き上げたスキル……今日に至るまで練り上げた必勝のパターンを、是非知りたいと思いましてね』
『勿論、「最強」に興味があるのも事実……後は購読数』
『だから、最強を決める大会……。でも、それなら……私、戦えないけど?』
『存じております』
『貴女には。また、あの時のように―――大観衆の下で、光を齎して欲しいのです』
……………。
……………。
「正直、意外でしたわ」
「んう?」
「いえ。設備が完全に整った、個人の為のショー。ルミエールさんの性格なら、一も二もなくヨロコンデーってなると思ってましたの」
……なのかな。
目を灼くような眩さとか、他の光が霞んじゃうような極光とか……でも私、そういうのを辞めるために引退したんだ。
「……強すぎる光を見ちゃうとね。他の光が……沢山ある筈の素晴らしい輝きが、見えなくなっちゃうんだ。質が悪い、ホントに質が悪い」
「ルミエールさん……?」
「荘厳な光も、輝きも。大人になって落ち着いたのさ、私も」
「まるで説得力がない」
「勿論、ハクロちゃんやユーシャちゃん達が出場するのは良いと思うし、閉幕式とかでマリアさんが歌って踊るのも凄く見たいんだよ? 私」
友達の晴れ姿は、実に良いものだ。
お弁当とカメラを用意しないと。
そう思いながら、奥のソファーをちらり。
「どう思う? ハクロちゃん」
「ん……ん?」
「強い人達と沢山戦えるんだって」
「強い奴は好きだ。けど、強さは見世物じゃないって、馬鹿師匠が言ってた」
なるほど。
彼女、これで中々バトルジャンキーな所あるから、結構乗り気だと思ったんだけど。
厳格師匠な雰囲気のあるアルバウスさんの教え子だし、確かにそういう大会だとかに興味がなさそうなのも納得。
ほら、彼みたいな職業軍人……騎士さんって、武や誇りを見世物にされるのを嫌う傾向にあるっていうのは凄く納得できるよね。
「やっぱり、闘争と競技は別物。別の文化なんだ―――おっと?」
納得を覚えていると、コンコン……と叩かれるお店のドア。
最近、店じまいしてから訪れるお客さんが増えて来たね。
「失礼します」
誰にも等しく解放されたお店として、私の医院のドアは基本開いている。
ビックリの空き巣し放題だ。
けど、明らかに談笑の声が聞こえる中で空き巣をする度胸を持ちつつ、丁寧なあいさつや一例と共に盗みに入る人が居るとも考えられない。
果たして―――声の主は、女性だ。
強い意志を感じさせるコート姿、強い目力を感じさせる深紅の三白眼、ややウェーブが掛かった、肩口程で均一に切り揃えられた朱い髪。
所作も相まり、服が服なら、敏腕のキャリアウーマンといった風体。
中々のキャラをお持ちなPLさんだ。
「いらっしゃいませ。今日はもう店じまいですけど、急患ならすぐにでも―――」
「いえ、お気になさらず。お手間は取らせません」
およ?
お医者さんを訪れておいて手間は取らせないとは……まさか、設備を使って自分で治療を?
女性には既に狙いが存在している様子で。
「―――……ヴィオラさん」
「探しましたよ、マリア様」
女性が三白眼の鋭い視線を向ける先は、ピンクの可愛いナースさん。
……存外に早かったね。
どうやら、彼女はマリアさんの知人……恐らく、マリアさんが束ねるギルドの団員さんだ。
「このような雑多な場所で。このような狭い家屋で、何をされていたのですか? そんなピンクの―――…… 今更ですが、その御姿は……ふざけているのですか? 我々の献身などより、必死の連絡などより、そんなモノが大切だったのですか?」
凄い剣幕というわけではない。
むしろ、声を潜めるような―――しかし、力強く、何処までも委縮させるような声色。
「……ルミ。アイツ、悪いお客?」
「ううん。大丈夫」
多分、小さいハクロちゃんにはやや怖かったんだろう。
ソファーに立て掛かった大剣に手を伸ばそうとする少女を制して、私はその会話を見守る。
「ヴィオラさん、わたし―――」
「皆、待っています。私達は、貴女の帰りを待ち望んでいるのです!」
「……ッ」
ヴィオラと呼ばれた女性の剣幕に、マリアさんタジタジ。
聞いていた特徴から考えて、もしかして彼女が件の新しい副団長さんだったりするのかな?
偉い人自らお迎えに来たんだ。
やっぱり手は自分で打っておくのがベストだね、良かった良かった。
じゃあ、第二フェーズだ。
今にマリアさんの手を引いて行こうとするヴィオラさん……マリアさんは、何時の間にか抵抗を諦めちゃっている。
そろそろ介入時だ。
「ちょっと、待ってくれないかな」
「―――ぁ」
「……お手間は取らせないといった筈ですが」
「ううん。悪いけど、私の方が手間を取らせたいんだ」
今に出て行こうとする二人とドアの前にするり。
「マリアさんはね? 今、途方も付かない程スゴイ計画のお手伝いをしてくれているんだ。ね? ちょっとだけ話、聞いてってくれないかな」
「……失礼。貴女は?」
「おっと。表の看板を見てくれなかったのかな。見ての通り、しがない医院の冴えないお医者さんだけど―――あ。握手しない?」
一言ごとに、一歩……一歩。
距離はやがてパーソナルスペースでいう密接距離……親しい間柄での間合い。
無言で、しかし手を伸ばして握ってくれる女性……ヴィオラさん。
これでお友達。
「ヴィオラさん、で良いのかな。どうかな? ここだけの話、彼女の名前が更に売れる……それこそ、今より数割増しの名声が得れるようなスゴイ計画なんだけど」
「……………」
「本当だよ? 嘘じゃないよ? ね? ハクロちゃん」
「ん?」
「ね? マリアさん」
「……え? え、えぇ」
知らないよね。
二人には言ってないもん。
両者の反応に、女性は胡乱げな視線を―――馬鹿にしているのかとでも言いたげに私を見て。
確かに、あまりにふわっとしすぎだしね?
でも。ここはオルトゥス。
戦闘という点では最上位ギルドに及ばないO&Tとかみたく、情報によって権威を築いたギルドがあるように。
ユニーク、秘匿知識……握っているだけで意味がある情報というのは、確かにある。
ハッタリし放題。
後は相手が勝手に構想して勝手に納得してくれる。
「内容に一切言及しないのは良いでしょう。私とて、経験はあります。ですが……それ程の大口をたたくからには、結果を出す準備が出来ているのでしょうね」
やったけど家に忘れましたとは言わないさ。
今回はハッタリでも裸の王様でもなんでもなく、確かに存在するモノなんだから。
―――何だろうな。
現段階で私から見ると、マリアさんより彼女の方が令嬢向きだよ。
前に悪役とか、悪徳とか付くけど。
でも、それを言えば私もそっち側なのかな。
「よもや、期日もなしに交渉など―――」
「んーー、じゃあ、一か月」
「「……!」」
「の、ゲーム内時間。現実で言うと二週間あまりって所かな。ね? 一か月以内に、結果を出してみせるよ? ―――マリアさんが」
「ちょ」
「……確かに。我々からすれば、特に大きなデメリットはありません。我らの団長が、その「壮大な計画」を助力しているというのならば、暫し納得する事も出来ましょう」
殊更「壮大な計画」を強調するのは……半端な名声じゃ納得しないという意志表示。
「貴女、お名前は?」
「ルミエール。先も言った通り、只のお医者さんさ」
「―――貴女が……ッ!!」
と、名乗った瞬間ヴィオラさんの瞳に燃える焔。
なんか知られている様子だけど……もしかして私、いつの間にか有名人になっちゃったのかな。
「あ、そうだ」
燃えてるついでで悪いけど。
「もし、ソレが上手く行ったら……キミが納得するような内容だったら、マリアさんのお願いを一つ聞いてあげてくれないかな」
「……良いでしょう」
「―――ですが、ならば私からも納得しなかった場合の条件が」
「良いとも。それ、承諾」
「なッ!? ルミエールさん……!?」
「大事ない、大事ない」
「……随分な自身ですね。まるで―――」
「考えてないよ? 失敗する、負ける可能性なんて。だって―――私、賭けで負けた事ないんだもん」
確かに、半端な成功では彼女は納得しない。
だって、彼女は―――彼女たちは、圧倒的な物量によって世界を切り拓いてきたから。
多くの成功、多くの名声を知っている、築いている。
いまや、多少の刺激では満足しない。
初めは数千、数万で喜んでいたキャッシュバックが、今や数十万、数百万をつぎ込むくらいじゃないと勝利に酔いしれない。
やっぱり、数は即ち力。
たった二人で天秤をの均衡を間に合わせるには、こちらも相応の対価を要求されるのは自明の理なわけで。
「では、達成できなかったと、そう私が判断した場合……貴女は、二度と団長に関わらないで頂きたい」
「―――ッ! そんな事……!」
「良いとも。あ、フレンド残しておいて良い?」
「無論、削除です。初対面の方に失礼だと思いますが―――海岸都市で貴女に出会ってから、団長の光は霞んでしまったのですよ、海賊貴公子ルミエールさん」
……………。
……………。
「―――あ、ゴメン。それ、廃業したんだ」




