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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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幕間:やっぱりお前は私の光




「―――――?」

「―――――、―――――」

「―――――」



 ……………。



 ……………。



 夢だ。

 これは、夢だ。

 人間の多くは、夢を見る時ソレが夢であると気付く事は出来ないが……中には、見た瞬間にそうだと分かるつまらない者も居る。

 私もそうだ。


 橙色の照明のみが光源となる、安い賃貸物件程の手狭な空間。

 床も、壁も、天井も。

 その部屋は何処もが強固な鉄筋コンクリートで構成されており、調度品の類は敷かれた絨毯とベッド……、そこそこの書籍が収納された本棚のみ、と。

 まるで、日常生活を行うために構成された空間には見えない。

 何より、窓の類がなく……光が差し込まない閉鎖的空間だ。


 およそ、誰もが普通じゃないと分かるだろう。


 部屋から続く扉は、二つ。

 一方は手洗いと浴場へ続く扉で、鍵などは無し。

 もう一方は、地上へ続く階段への扉で、無手では決して開けられない鍵付き。


 ―――そうだ、全部知っている。

 だって、この部屋を用意したのは、私なんだからな。


 ……ならば、この夢は追憶型か。

 過去に起きた実際の出来事をもう一度思い起こす事が出来る、悪くないものだ。

 勿論、良い記憶か悪い記憶かにもよるが。



『この程度でお前が狼狽(うろた)えるわけないのは分かってたけどな。もう、お前はどこにも行けない。何処にも飛べない』

『高飛びする程困窮してないよ?』



 ……そこには、二人の少女が居た。

 年齢的には小学校の高学年か、或いは中学生程か……。


 一方は黒髪、もう一方は金髪。

 当然、小さい頃の私と、小さい頃の親友だ。


 

『ふんッ、分かってたけどな。分かってはいたけどな』

『うん』

『……なぁ、少しは動揺して?』

『……んう?』



 今思い返しても、何処までのほほんとしてるんだ? アイツ。

 まるで第三者のような俯瞰した立場で、私は過去の私と親友の口論を―――否、一方的に捲し立てる者と、それに優しく相槌を打つ者の会話を見守る。 


 話しているうちに、今まで抑えていたモノが……感情が噴出してきたのか、もはやヒステリックの域に入っている側は。

 つまり私の口からは、「永遠に一緒」だの、「絶対に出られない」だの、途轍もない三下の台詞が無限に供給されているが。



『―――いいよ』

『……は?』



『要するに。私を大切だと思ってくれているんだろう?』

『……………』

『友達だって。親友だって思ってるのに。かけがえのない存在だと思えるのに、心の奥底からは信用できないなんて。凄く、悲しいだろう? 辛いだろう?』



『じゃあ―――良いよ。トワが安心できるまで。私を信頼できるようになるまで、一緒に居てあげる』

『……………』

『ほら、夏休みだし?』



 何なんだろうな。

 当時の私は、言いようもなく不安で、違えようもなく本気で……もし、アイツが私のモノにならないなら、力で。

 力にものを言わせてどうにもならないなら、一緒に全部終わらせる気ですらいたんだが。


 一瞬でもアイツが反抗的な行動をとれば。

 私へ、何らかの危害を加えようとするなら。

 

 私は、アイツを諦めることが出来たのに。

 社会の不適合者一人が、勝手に居なくなるだけで済んだのに。


 私の覚悟を知ってか知らずか、アイツは。



『―――ところでさ、トワ』

『……なんだ?』

『あ、そっちじゃなくてね』

『『は?』』



 ……待て。

 一言一句、全て覚えているこの記憶に、こんなシーンは……―――ッ。


 会話の最中。

 不意に……親友の顔が、私へ―――私へと、向く。



『トワ。お仕事中なんだろう? 早く起きないと』

『!』

『ダメだよ、居眠りは。ゆっくり寝たいなら、家で。勿論、遊びに来てくれたって良いけどね。偶には、ゆっくりしよ? さ―――ほら、呼んでる』




   ◇




「―――にん……、主任」



「主任?」

「……聞こえてる。あまり騒ぐな」



 瞼を開けると、目の前にある部下の顔。

 姿は親友とは似ても似つかない。


 やはり、夢というのはこの喪失感がな。

 仮眠を取っていたのに……、折角の懐かしい記憶なのに、害された。

 これは責任問題だぞ。

 まぁ、あのまま見続けようと足掻いたところで、絶対本当の記憶のように進行しないのは明らかだったろうが。



「聞こえてるなら早く起きてください。一時間だけって言って、二時間も寝てるじゃないですか」

「鬼畜か」



 碌な睡眠時間も確保できないのに、その程度の仮眠も容認してくれないのか。

 会社が、というより。

 この部署が、この部下たちがソレを許してくれない。



「お前たちは上司を備品のコンピューターか何かと勘違いしている節があるな」

「スパコンなのは否定しませんがね。陽子の独断ですよ、主任。我々は止めたんですがねーー」

「っすね。どうせ、あと一時間くらいならやる事もそうないだろうし」

「……猶更何で起こした、陽子」

「話題が尽きちゃったから、話し相手の開拓」

「うーーん、クビ」

「こーれは極刑じゃないですか? 主任」



 そう言いたい所だが、三人でこの部署を回せるとも思えんしな。

 クビは最後にしてやる。

 


「……今のうちに先の予定に目通しておくか。秋が終われば冬、春もすぐだ」

「はい、予定表」

 


 まぁ、欲しいと思った時に先んじて行動してくれる有能な部下だ。

 多少の粗相は許してやる。


 渡された資料を手に、寝起きのストレッチとややぼやけた頭をぐるりと回すが。

 身体が糖分を欲している。

 ……と、目の前に置かれていたのは、飲みかけだったイチゴオレ。


 ん、ぬるいな。

 だが、甘い。

 何杯飲んでも無料なのは、先進的大企業の特権だ。


 糖分が入り目が冴えてきた所で、パラパラと書類を捲るが……確認など、ほんの数分。

 次の仕事が入るまで、まだ時間はある。

 二度寝という気分でもなし……夢の中で説教されるのも、アレだ。


 仕事の真似事でもしておくか。



「趣味の領域で、な。くくッ」



 思えば久しぶりだ。

 考えがまとまると、すぐさま椅子を三回転半ほどグルリ……。

 ルーレットのように、管理コンソールと向き合う。

 


「見るのは一か月ぶりくらいか。そろそろ増えててくれると面白―――面白いんだがな」

「言い直す必要あったんですかね」


 

 私の密かな趣味。

 それ即ち、あの世界に数十と存在する特別枠たる職業のアンロック者の確認。

 

 解放条件も様々、能力の方向性も様々。


 解放者の中には、最終ログインの日がかなり以前の物もあり。

 正直、勿体ないとも思う。

 だが、古来よりゲームというのはそういうモノ……時間を消費する手段でしかなく。



「一つの特別に固執していないという点では、ある意味最も賢い人種とも言えるな」

「単に飽き性とも言いますね」

「使いこなせなかったんじゃないかしら」

「それなら、転職すればよかった話じゃないか?」



 様々な考察の行き交う中。

 改めて、それらをゆったりと見物する。

 

 支援系一次職【歌姫】

 吟遊詩人の二次職を取得状態、および都市好感度「極高」の状態で百人規模の前で演奏を行う事で発現。

 超広範囲支援型の為、小規模ならば通常の支援型には一歩劣る。


 戦闘系一次職【剣聖】

 古代都市に現存する「聖剣」の一振りを入手で発現……、ただし入手には12聖天「白刃の剣聖」を打倒するか、弟子入りする必要がある。

 「聖剣」の入手は5th勇者へ上がる絶対条件の一つだが、単純な白兵戦闘力ではやはりこちらが上。

 だが、魔法が使えない……、魔力0固定は時に致命的だ。


 戦闘系一次職【強欲王】

 七罪系ユニークの一種。盗賊派生の一次職を取得状態かつ、PLからのドロップアイテムを100以上入手で解放。一人で百人狩るような筋金入りのPK好きである証明。



 聖者系ユニークの【背教者】、【代行者】、【殉教者】……。

 魔公系ユニーク【炎魔公】【氷魔公】

 その他、【騎士王】【暗黒卿】【精霊女王】【怪盗】……。



 第一次クロニクル前と比べて、幾つか増えているが。

 大体は七罪系、聖者系、魔公系といった枠入り。

 怪盗なんかがアンロックされた時は、「まさかアイツか!?」なんて飛び上がったものだが……まぁ、残念がるのも失礼だ。

 曲がりなりにも管理者、公平な立場だからな。


 数十も存在するユニークの一覧のみが並ぶ画面。

 取得済みのモノは文字が光るようになっているが……解放率は未だ二割にも満たないな。


 中には、複雑に過ぎる解放条件の物もあり。

 むしろ、コレが全て点灯する日など来るのか……―――は?



「―――聖女……?」

「「え」」



 部下たちの困惑すら些事。

 その名が刻まれた文面を二度、三度と見返すも……その二文字は、確かに光っている。 


 冗談じゃないぞ。

 アレをアンロックできるような、本当に利他的に過ぎるPLが居るって言うのか?


 俄然興味が湧いて来るじゃないか。


 だが、私専用たるこっちのコンソールは簡単な確認しかできない。

 私の興味を部下たちが妨害した影響で、一番偉い筈なのに権限レベルが縮小されているからだ。



「陽子、調べろ」

「まーた個人情報。気が乗らないわね……乗らない……カタカターー」

「興味津々じゃねぇか。……かわいい子だと良いなぁ」

「美人さんだと良いですねぇ」


「アバターは、美人だろうよ」

「「夢がない」」



 ふん。

 このゲームのAIが初期で出力するプレイヤーアバターは、漏れなく現実で言う平均以上の容姿だ。

 TRPGでいうところの、APP……。

 本来は六面ダイスを三つ振って割り出すようなものを、決して平均値(9)以下は出ないように出来ている。


 エルフなんかは、更に。

 13以下は出ないようになっているとか、そんな感じだ。


 ……あ。

 魚面なんかは、普通に3が最低値だし、最上でも10しか出ないようになってるがな。

 魚人種に美しさを求めるな。



「―――はいはい、出ましたよーー」

「ふふん」



 興が乗って来たな。

 一体、どんな奴だ。

 初回ログイン日は? レベルは? 二次職は? 

 部下に調べさせるまま、眠気などとっくに吹き飛んだまま、祝杯代わりだと半分も残っていない既にぬるくなっているイチゴオレを一息のまま―――



「PL名……。あら、綺麗な名前。ルミエール……光、ですって。聖女と凄くマッチして……」

「ぶぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ―――――ッッッ!!」



 吹いたむせたしくじった。



「ゲホッ……ゴホッ……!」

「主任! しっかり!」

「こーれは……酷い」

「コンソールに掛かってないのが救いだな、流石主任」



 陽子が背中をトントンしてくれる。

 月島と星見は苦笑しているだけ。

 もうやだ、おうちかえりたい、ルミにぎゅってして欲し―――ん?

 

 ……いかん、頭が混乱してる。

 しかも、原因ソイツだし。

 一体全体、何がどうなってそうなってるんだ?


 他人の眼では信用性に欠けるので、後始末がつき次第部下の管理するシステムコンソールへと歩みより。

 

 確と、それを目に焼き付けるも。

 間違いない。

 間違いがない……、アイツだ。


 

「―――おかしいだろ、おかしいだろッ!! 何で無職が聖女やってんだ!」

「無職?」

「無職……無職?」

「って―――確か」


 

「もしかして、この聖女さん―――ユア、ベステストフレンド?」

「……………」

「それって―――あの、美人で、スタイル良くて、愛嬌があって、優しくて、母性がたっぷりで、良い匂いがして、柔らかいって噂の?」



「「最高かよ」」

「凄い偶然……、必然? 確かに、主任のお友達なら何をしでかしても……」



 ……利他的……利他的?

 違うぞ。

 アイツは決してそういうのではなく―――何だ。

 魔が差した監禁生活を、チキチキ夏のお泊り会と混同しているようなヤツだぞ?

 


「皇国のクロニクルに参加していたっていうのは聞いたが……」


 

 アレか?

 確かに、アイツの性格ならば解放条件の幾つかはクリア同然だろうが……それでも、無職風情が生き残れるような到達条件じゃないぞ。


 だが、事実としてそうなっている。

 


 ……………。



 ……………。



 ―――今も皇国に居るのならば。

 


 長い付き合いだし、私は天才だからな。

 いや、ある程度内情を知っているなら、サルでもわかる結論だ。

 アイツの持っているであろう情報と、現在の状況から推察するに……。


 ならば、そうか。


 アイツの……ルミの次なる狙いは、十中八九。

 だが、それをするにはただ単純に行動すれば良いというワケではなく……しかし。



「……握らせたな? アイツに、力を」



 もう、私は知らんぞ。

 何だかんだと、無職だからこそバランスがとれていたような物だ。


 いかな戦闘という意味では役に立たないとはいえ、ある種の力を持たせてしまった時点で……アレは、何をしでかすかまるで分らない。

 アレは、野に放ってはならない、しかし決して繋ぎ止めることも出来ない天災だ。



「それより、何より……。まさか、アイツがあの能力を……あのスキルを? 解放条件なんてすぐ達成するだろうな、絶対。いや、もうアンロックしてるかもな。ふふ……、むふぅーー……!」




「―――()()()は近い!!」


 


「……これ、無責任な事考えてませんか?」

「私は知らんぞとか考えてそうな顔だな。管理主任だぞ? この人」

「知らんとか言われて、納得できるわけないわよねぇ」

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