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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第5幕:極光の癒し手




 私のお店、初めての急患。

 その知らせを運んできたのは、つい最近……クロニクルの後になってから皇国にやって来たという女の子パーティーで。


 赤街の奥まった区画。

 住宅街の、薄暗い雰囲気すらある一角の小さな住居に案内され。



「―――お帰り。連れてきた? お医者さ……ぇ」



 更にそこで合流した、もう一人のクールそうな女の子もPLさん。

 彼女等は三人パーティーらしく。



「リエル?」

「どうかしたんです?」

「……ううん、何でも、ない。どうぞ」



 どうしてか目を丸くして、まじまじと私を眺める女の子に迎え入れられ、踏み込む家屋。



「流れで私、付いてきちゃいましたけれど……」

「問題ないよ。オペで色々渡して貰ったり、額の汗拭いてもらったり」

「……汗、流れれば出来たのですけどね」



 そんな残念そうに。

 マリアさんも看護師に目覚めたのかな。

 あ、ハクロちゃんは店番というか、もしかしたら今回みたいな急患が入る可能性も考慮してお留守番だ。

 本人もこだわりソファーの魅力にやられてたみたいだったし。


 ……で。

 薄暗い室内。

 見回しても、粗末な家具が並ぶ部屋で。

 僅かな照明だけが照らす中……粗末なベッドへ静かに横たわるのは、確かにNPCさん。


 二十代後半から三十代頃の女性だね。

 ……でも。



「―――彼女が……。これ……ぇ? こんなの……」

「これは、確かに」



 医者は患者とご親族に決して動揺を見せてはいけない。

 それは当然の話なのだけど……今に狼狽(ろうばい)し崩れ落ちてしまいそうなマリアさんの反応を悪いという事も決して出来ない。


 だって。

 その反応こそが、正しい側だ。


 呼吸は小刻みで浅く、小さく上下する胸部に反して手足はピクリとも動かない。

 筋肉の反射、僅かな身じろぎもない。

 私から言わせれば、人間はどれだけ意識しても腕や足などの末端を動かさずにいることは決してできない。


 無論、ゲーム世界だからと言えばそこまでなのかもしれないけど……。



「ご婦人、意識はありますか?」



 ゆっくりとベッドに歩み寄る。

 出来る限りストレスを与えない声色で、ハッキリと問いかけ。



「……ぁ。―――あなた、は?」

「医者です。すぐに治療に当たりますけど……先に、幾つか質問を」



 今迄の人体実け……治験で分かった事として、私の能力は局所的に行使する事で劇的に威力が向上するみたいで。

 何処が悪いのかは確認しておくべき。

 あと、具体的な位置を探るのには触診も有効だ。


 マッサージの練習は、この為に。



「まず、意識は明瞭ですか?」

「……朧気、で」

「痛みは?」

「……胴体と、顔が……ぅっ。痛くて、凄く、冷たい。手足、は……何も、感じ、ません」

「―――末端の感覚は、ないと。失礼、……ここ。触れられた感覚、痛みなどは?」

「……スミマセン」



 成程、そういう。

 部屋に入り、始めに私達が目を留めた箇所―――それは……一番マズいのは、女性の肌だ。


 人間種の本来の肌が名前の通り肌色であるのは当然。

 ずっと寝たきりならば、青白さすらあるのが普通。

 でも……その女性の手足全体、顔の多くに分布する黒の斑点は、まるで炭。


 黒色にも、種類はあるけど。

 これはその中でも、最も濃い……光の反射すら生まない、艶の無い漆黒だ。


 およそ、人の肌がなって良い色ではない。

 触診とばかりに触った腕は……温かみがなく、石炭のように硬く、そしてザラザラしている。

 今に、風化して砕けてしまいそうですらある。

 服があるから分からないけど、恐らく胴体にも同じような症状が分布しているよね、これは。

 


「有り難うございます。すぐ良くなりますから、楽に」

「……………」



 再び瞳を閉じる女性。

 彼女の綺麗な茶の瞳に最後に映ったのは、諦観。


 最近多いね、この感情に会うの。

 


「あの、先生。どうにかなりそう、ですか……?」

「私達。一週間前に街の奥を散策してたら、偶々このクエストを見つけて。色んなお医者さんに診てもらって……」



 ダメだったんだ。

 本職の彼等をして、ね。



「メガネ、メガネ……」



 装着。

 このメガネに付与されている鑑定スキルは初期値のLv.1だけど、果たして……。

 


【状態異常:黒骸病(末期)】



 ……………。



 ……………。



「―――末期」

「黒骸病。私も鑑定でみたけど、この国で他にも同じ人が沢山いた……です」

「そうだね。私も、沢山診て来たよ。ここまで重篤なのは初めてだけど」


 

 つまり……、私の所に来てくれてた患者さんも。


 彼等もいずれは、この人と同じように?

 コレが、彼等の行きつくであろう最後の症状だっていうのかい?


 地質学的に、鉱毒の類じゃないだろう。

 流行り病というのも、何か引っかかるものがある。

 一体、皇都で何が起こってるのかな。


 

「あの……私達、青街や白街のお医者さんにもお願いしたんです。―――でも、ダメだって」

「末期は治せないって。不治の病って。……そう、言われて」

「発症直後なら強力なポーションで治せちゃうから。だから、お金のある人達はこうならない。なるのは、赤街の人たちだけだって」



 診察の助けになるかもしれないと、自分達の知っている情報を余さず教えてくれる女の子たち。


 なるほど、貧富の差だね。

 皇都はその構造上、内部へ行く程にお金持ちさん達が住んでいて、お医者さんの腕も相応に良い筈。

 確かに、最も外側に位置するこの街は貧しい。

 皇都なんて大層な名で飾り立てて、しかし現状はこれなんだ。


 でも、だからこそ。

 彼等にこそ、希望が必要だ。



「―――これは、すぐやろう。治療、治療。皆、離れててね。マリアさん、回復薬の準備を」

「はい、お任せを」



 私は、お医者さん。

 治せないなんて、絶対に言いたくない。



「“光華耿々(こうかこうこう)・初灯り”」

「「!」」



 ひとまず様子見で、48ある魔力全てを行使。

 彼女の患部は全身とも言えるから、狙いを定めるのは難しいけど。

 

 それならばと、今まで一度も使う機会のなかった、最大威力での……それも一人に対する行使。

 空間を支配する極大の光。

 でも、外の光を跳ね除ける程の輝きである筈なのに、全然目に来ない、優しい陽だまりのような温かい感じの光。



「ん。これは……」



 これ、ちょっとマズいかな。


 光が収まる頃。

 女性の身体を取り巻く黒は、先程と何ら変わりなく存在していて。


 眼鏡を通して見える病気も健在。


 最大レベルである筈の回復魔法が、効果があるように見えないとなると。

 やはり、今までとは決定的に違う……っと。



 気分が悪い。

 魔力って、一度に全部使うと凄く気持ち悪くなるんだ。



「「……!」」

「―――先生……!」

「魔力欠乏……! ルミエールさん、ポーションです! 早く飲んでください!」



 ふらついたのを見られちゃった。

 けど、大丈夫……、まだ慌てるような時間じゃない。


 まだ、私にはジョーカーがある。



「有り難う。……じゃあ、やってみるしかない、かな」




―――――――――――――――――――――――

【SKILL】 祈りの極光(アウローラ) (Lv.MAX)



 祈りの力に根源を持つ、原初の光。

 世界の理に介入し、定めある生力の許すま

 ま、命の定めを自在に操る光の権能。


 定命の肉体ならば若さを。

 朽ちゆく魂ならば輝きを。

 七色と滅ぼゆく定めの魂は、無色に逢いて

 己が色、世界の色彩をすべからく取り戻す。

 


・自身の「経験値」を消費し、対象一人を蘇生。

 ※消費経験値はスキルレベル依存。スキル発

 動の時間経過、対象の状態によって消費経験

 値は変動します。

―――――――――――――――――――――――




 蘇生魔法。

 その全容は、どちらかと言えば治癒というよりも逆行といった方が正しい。

 肉体の状態を直前に戻す。

 その動作を繰り返す事によって、再構築……まるで生き返ったように見えるわけだね。


 死んじゃった状態からだと生力……つまり経験値の消費が激しすぎるけど。

 まだ肉体が機能している今なら……ううん。

 いつから末期症状が出ているのか分からないから、トントンかな。


 蘇生って。

 正しくは死者が蘇る事じゃなく、消える前に呼び戻す事なんだから……生者にも使える筈さ。


 さて、覚悟きーめた。

 


「其は、光であり星に非ず。其は、光であり月に非ず。其は、光であり陽で非ず、其は第四の光」

「―――え? この詠唱って……」



 身体から何かが抜ける、大切な何かが抜けていく。

 でも、それこそ些事。

 そんな風に考えられるのは、どうしてなんだろう。



「祈りの極光―――アウローラ」



 多分、冒険に似てるんだ。

 苦しい事が沢山有っても、途中で何度嫌になっても、その山を登った先でみた景色一つ、世界を構成する色一つで、ここ迄来てよかった、と。

 たった一瞬の感動だけで苦しい事を容認できる、あの感覚。


 アレに似てるから、凄く気分が良いんだ。

 私、元気になった患者さんを見るのが大好きなんだ。


 ……緩やかに、でも確かに自分が過去に向かっていくのを感じる。

 置き去りにしてきた昨日に追い付かれているのを感じる。


 俗に……弱くなってる気がする。

 

 反対に、女性の身体は……変化なし?


 いや、ある。

 ゆっくり……本当にゆっくり。

 一分、二分……能力を行使したまま、無為に過ぎていく時間。

 今この瞬間にも、経験値が失われていく。

 でも、良い。

 そんなモノはまた積み直せば良いけど、命は失われたら戻っては来ない。

 

 比重として釣り合わない、見合わない、成立しない、同じ土俵ですらない。

 塵だよ、塵。



「―――マリアさん」

「……ぁ」

「ゴメン、まだ魔力全快じゃないんだ」

「は、はいッ!! ポーション、飲んでください!」



 だって、黒い皮膚が、少しずつだけど減っている。

 肌色が、逆に黒を侵食している。



「「………!」」



 それに、皆気付いたのか。

 或いは、室内に突如現れた七色の極光に見惚れているのか。

 

 凄いよね、この光。

 エレクトリカルパレード、っていうのかな。

 ほら、七色って……服とかにしたりとか、調度品の配色に選んだり……やり過ぎると、凄く下品な印象になるけど。

 空に浮かぶ虹とかにそんな印象を抱く事は、決してない。

 

 それと同じようなモノなんだ、この光。


 皆の見守る中。

 女性の様子を、穴が空く程に凝視して。

 症状―――末期……末期……末期……中期……今!



「―――“光華耿々(こうかこうこう)・初灯り”」



 今度こそとばかりに、回復魔法最大出力。

 今まで私は、この病気の末期患者を診た事はない。


 けど。

 それはつまり、末期に到る前なら何度も会い、治療できていたという事。

 症状の軽い人にはポーション、重い人には上位ポーション……だけど、今日は特別大盤振る舞いさ。


 今一度、魔力を空っぽに。

 激しいめまいに襲われながらも、女性から状態異常の文字が完全に消え入るその瞬間を、確と見届ける。



「消えた……」

「ミナ?」

「消えたって―――黒骸病!?」

「うん。バッドステータス、なくなってる。多分、もう健康体」


「ぅ……」

「「!」」

「ルミエールさん!?」



 うーーむ、気分悪い。

 幾ら脳に作用して様々な症状、感覚を発言させられるからって、これはあんまりにもあんまりじゃないかな。

 まるで、身体の感覚があやふや。

 痛みとかはないけど、違和感と痺れと眠気と倦怠感と気持ち悪さが濁流に押し寄せてくる。


 ……端的に、凄く嫌だ。

 困るね、コレ。

 まるで、魂が何処か知らない場所へ流れ出しているような……ぁ。



「ルミエールさん! 大丈夫ですか!?」

「れ……」

「れ?」

「―――レベル、下がったのかな」

「……はい?」



 やや覚束ない手元運びでシステムウィンドウを開く。

 そのまま、ステータスを……む。


 

「18、だって……? 下がってる……あぁー、6レベルも―――んう? レベルダウンだよね? 何で、新しいスキルが……」

「ルミエールさん」

「………ぁ」

「説明、頂けますよね?」

「しまった?」

「はい、しまってます。説明、お願いしますね?」



 マリアさんの中で、私は僧侶系の派生だと考えられていた筈で。

 けど、どう見てもおかしいよね。

 だって、私は転職してから幾らも経っていない新米僧侶の筈なのに、明らかに大規模かつ高威力の、それも最上位ギルドの団長である彼女すら見た事の無いスキルを行使してるんだから。


 ……うーん。

 でも、マリアさんだし……良いよね?



「黙っててゴメンね、マリアさん。私―――聖女になっちゃったんだ」

「……………」



 マリアさん? マリアさーん?

 顔の前で手をひらひら~~っと。



「……今の魔法は?」

「うーーん、死者蘇生スキル? 正確には違うんだけど、試してみたいなーって」

「……あなた達」



 あ、もしかして許された?

 感情が抜け落ちたっていうのかな。中々見ることはできないような、不思議な表情で私から視線を外し、女の子たちに声を投げるマリアさん。



「クエストの方、どうなってますの?」

「「あ」」



「えーーと、達成ってなってます……けど」

「これ、どういう……」

「―――分からない。今迄、こんなの……」

「達成。そう、それは良かったですわ。ご婦人も、お加減は宜しくて?」



「はい……。身体って、こんなにも。とても……温かかったんですね」



 良かった。

 ベッドの女性も、起き上がりは出来ていないけど呼吸は安定しているし、身体もある程度動いてるみたい。

 暫く寝たきりだったろうから、リハビリが必要かもだけどね。


 ……で、何だろ。

 彼女等と話しながらも、マリアさんは何処かから取り出した青地のハンケチで私の両腕を器用にくるくると捲いて。

 最後に、キュッと縛る。



「では、私達はお(いとま)しますわ。ね? ルミエールさん」

「あ、うん」



 何だろう。

 口調はいつも通りの彼女で、優しいんだけど……その優しげな表情からは、有無を言わせない圧を感じる。

 

 あぁ、引っ張られる。

 優しく、でも確固たる意志を感じさせる力加減で連れていかれる。


 逆らえない、この流れ。


 もしかして、とうとう強硬策に?

 私をギルドへ連れて帰って、戦利品として紹介するつもりなのかな。

 

 私、また監禁とかされちゃうんだ。

 


「薄暗い部屋に閉じ込められて、食事は一日に三回……。おやつなんかも出されて、ぬくぬくのお布団でゴロゴロしながら本を読むような生活を強いられて……」

「しませんわ! 監禁なんて! ―――というかやっぱりエンジョイしてる!?」



 あ、しないんだ。

 てっきり、そういう事なのかと。



「わたしは……、私は只、ルミエールさんに私と同じような事になって欲しくないだけですの」

「……マリアさん」



 ………。

 そっか、そうだよね。

 マリアさんは、特別である事の苦労を誰よりも知ってるんだ。

 だから、私を―――んう? 何で拘束に繋がるのかな。



「だから―――逃げましょう!」

「ふーーむ?」

「薄明領域の……もしくは秘匿領域の誰も来ないような、誰も知らないような場所で。二人っきりで暮らしま―――」

「却下」

「食い気味ィ!」



 監禁じゃなくて引きこもりなんだね?

 私に言わせれば、どちらも大差ないよ。



「マリアさん、私が無職を辞めた事を喜んでくれたのに」

「別問題浮上ですわ! それとこれとは話が別過ぎ! 聖女って絶対ユニークですよね! ね!? イメージに合い過ぎて怖いんです! あといかがわしい! すっごーーく悪い男とか悪い魔物に襲われそうですわ!」

「うーーん。でもね? 経験則になるけど……。監禁とか、引きこもりとか。そういうの、途中で飽きるんだ。多分、後になって無駄な時間だったなって思うよ?」

「……監禁を経験で語らないでくださる? というか飽きるとかそういうお話じゃないですし」

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