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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第4幕:先生、お願いします




「わちょっ―――ルミエールさん!? 貴女、今更ながらに私を誰だと思ってますの―――こ……こんな辱めを受けるなんて……!」

「良いではないか、良いではないか」

「あっ、やめ……」

「良いではないか、良いではないか」



 このお店、狭いんだから。

 あんまり暴れないでね。


 ほら、すぐに良くなるからね、最高に馴染むからね。

 


「わ、分かりました! 自分で着ますからァ!!」

「よいよい、よいではないか?」

「知性失ってる!」



 ……………。



 ……………。



 と、いう一件があり。

 私の目の前には、如何にもコスプレといった風体の薄桃色のナース服を纏ったマリアさん。



「うぅ……まさか、ファンタジーゲームの中でこんな服装を―――あの。この看護士さんの衣装は一体何処から……」



 うんうん。

 現実世界の、茶髪ロングで育ちの良さそうな雰囲気のあったマリアさんも良いけど。

 縦ロールの掛かった令嬢風の彼女も良いけど。

 桃色のナース服は、髪を一纏めにした彼女に実に良く似合っている。


 絶対に似合う気がしてたんだ。

 だって、茶髪も、緑の瞳も、優しい色合いでこういう施設にピッタリだからね。


 態々発注した甲斐があった。



「ふふ。この服はね? マリアさんの為に発注したんだ」

「……!」

「似合ってるよ」

「!」



 可愛いね。

 マリアさん、ちょろ可愛いよ。



「……ま、まぁ。確かに? 私が何を着ても似合うのは自明の理ではありますけれど。その。ルミエールさんも、凄く似合ってますわよ? 白衣と眼鏡……似合って、ますわ、えぇ」

「だろう? お揃いの職人さんに発注したんだ」

「凄く、イケない先生に見えますけど」

「んう?」



 イケない先生……てーー、何だろう。 

 確かに、私はまともな医師免許を持っている訳じゃないモグリだけど……。


 あ、そろそろお店開かないと。

 もう待ってる人たちもいるんだ。

 


「マリアさんも、そわそわしてきただろう?」

「……別の意味です。本当に―――良いんですか?」

「良いの」

「良いんですの?」

「良いの」



 およそ、彼女が恐れているのは、所謂「ばっくれ」によるギルドメンバーたちからの反応。

 確かに、ギルド長が行方不明というのは問題だ。


 でも、彼等にはどうする事も出来ない。

 ログインしている事は分かっても、場所までは分からないからね。



「―――あ……あぅ」



 精々、出来る事と言えば。

 


「今、フレンドメール来てるだろう? 探してごらんなさーいって送っておけば?」

「……………」

「ラップバトルを仕掛けるでも良いよ」

「えぇ……?」



 彼女の脳裏には、複数人から怒涛のメールが鳴り響いているのだろう。

 人気者は辛いね。

 私も偶に、エナやナナミの悪戯でスパムメールが送られてくるんだけど、そういう時は冷静にフリースタイルのラップバトルで対応してるんだ。 


 ……勿論、この状況だって永続するわけじゃない。

 今現在の所、このお店の存在はあの組織に勘付かれてはいないけど。

 でも、時間の問題だ。

 最上位ギルドの一角である戦慄奏者の団員が皇国に来るのは珍しい事じゃないだろうし、いざとなれば人海戦術もとれる。

 そもそもの規模が違うからね


 

「本当は、マリアさんを誰も知らない所に悠々と匿えるだけの財力があれば良かったんだけどね」

「……お金なんて。虚しいだけですわ」

「分かるわかる」

「ふふ。無職さんが言うと、別の意味に……そうでした、そうでしたわね。ルミエールさんが無職を辞めてくれただけでも、私としてはすっごく嬉しいんですの。働いてるだけで、……涙が」



 彼女には、もう無職ではないという話はしてあるけど。

 そんなに言うかね。



「ここ、あまり長く続けるつもりもないんだけどね。赤字経営だし。目的と、レベル上げを兼ねてるだけの趣味みたいなものだし」

「お望みなら、パワーレベリングしてあげてもよろしいですわよ?」

「却下。マリアさん?」

「え? ……ぁ」



 優しさは美徳だけど。

 彼女のソレもまた、己の組織に依存しちゃっている所は否めないね。

 それがあるのが、何時の間にか当たり前になっちゃってるんだから。


 子は子、親は親。

 同じ物では決してなく、どちらも、互いから離れなければならなくなる時は来る。

 ……今やってるのは、それが早いか遅いかの違いなんだ。 



「―――さ、開店だ。準備はいいかな?」

「……何でこんなに列できてますの」

 


 さぁ?



「つい先日、O&Tの記者さんが来てね。多分、それなりにうわさも広がってると思うんだ」

「―――え?」

「ほら、新聞社さん」

「存じてますけど……あのギルドが? こんな小さな、特徴もないお店……特徴しかないから?」

「只の診療所だよ」

「……あのハイエナ組織は、ちょっと特徴的というだけで動くようなギルドではありませんの。それこそ、大ギルド解散の噂とか、新しいユニーク持ちのスクープとか……」



 只の診療所だよ。

 悪い所を見て、経過を見て、薬を処方してあにまるなせらぴぃを……。



「ルミエールさん? もしかして私に何か隠し事……」

「さ、お仕事お仕事」



 ほら、お客さん達が首を長くして待ってる。

 店先だって、こんなに賑やか……。



「カバディカバディカバディ」

「ディーフェンス、ディーフェンス、ディーフェンス」

「邪魔なんだよアンタ等!」

「客なら列に並べよ、最後尾に! 開店するんだから邪魔しないでくれ……!」



「んう?」



 これまた珍妙な。

 賑わいだと思っていたのは、叫びが混じる怒声で。

 よくよく見れば、二人組の青年―――PLさんが、通せんぼをするように私のお店の前を占領していて。

 

 遂に来ちゃったのかな、迷惑客さんが。

 ゲームシステム的には、お店の中は私という一個人の有する領域なわけだし、好きに荒す事は出来ないけど。

 公用の店先ともなれば話は別。

 横入りだって出来るし、お客さんがお店に入ってこれないように妨害したりするようなことだってできるだろう。

 彼等、そういう手合いなのかな。

 都市好感度とか気にしない人なら、そういう遊びもアリなのかな。



「カバディ!」

「ディーフェンス」



 私のお店も、ちょっとした地元の人気店かな。

 だって、ああいう人が来るくらいだし。


 頭のオクスリ。

 バカに付ける薬はない。

 色々と酷い言葉が存在するのは、それだけ問題になるような人物も世の中には居るという証明でもあり。


 

「しょうがないね、これは。―――先生、お願いします」

「んーー」



 ならば、診療所らしく抗生物質。

 こちらも、特効薬の出番という事で。

 私が声を掛けると、店の最奥に位置するソファーに寝転がっていた影がむくりと起き上がる。



「……仕事?」

「うん、お仕事。店先のお客さんを然るべき場所へ誘導してあげてくれないかな。やり方は任せるからさ」

「んーー。お仕事、おしごとーー」



 流石は先生、話が早い。

 短い会話を経て、すぐにお店の軒先へと出て行く影。

 内側から引き戸を開き、表の看板を開店の目印へとひっくり返した存在に注目が集まるのは自然で。

 


「―――開店、開店。お店入れる」

「かわいー……!」

「……初めて見る顔だね。店から出てくるって事は。お嬢ちゃん、先生の所の子かい?」

「用心棒。お客さん、入って」

「あ、あぁ……」



「あ、ルミエール先生。こんにちは……」

「はい、いらっしゃい。今日も肩こりですか?」



 送り出してすぐに先頭のお客さんが入ってくる。

 なんて優秀な誘導員さんなんだろう。

 


「順番、守る。邪魔もダメ」

「……ちっさ。可愛い」

「―――何だ、このおチビちゃん」



 外は、彼女が対応してくれるかな。

 私は全然心配なんかしてないけど、マリアさんは凄く気になるみたいで窓からソワソワ外を眺めていて。


 基本、都市内での戦闘行為はご法度。

 例外は、都市直属のNPCさんによる特権とか、都市内部でクエストがあった場合。



「「やってやろうじゃねーーか」」



 後は、双方の合意による決闘。

 皇国まで来れるんだから、彼等もまたかなり実力に自信があるのは当然だけど。

 だからといって、驕るのは違うね。


 ほら。

 世界って、広いから。



「……はぁ。本当に、私達PLって」



 きちんと順番を守り、嫌みの感じられないNPCさん達と、迷惑行為を厭うことの無いPLさん達。

 ギルドでの騒動もそうだけど。

 短期間に異訪者の悪い側面ばかり見て、人間に絶望しちゃったのかな。


 けど、違うね。

 それは決して纏めてはいけないモノだ。



「それは違うよ、マリアさん。全部一括りで物事を完結させるのは。ごく少数の行動で、全てを知ったように語るなんて」

「偏ってます?」

「ううん。凄く勿体ないじゃないか」

「……もったい、ない?」

「そ、勿体ない」

「……本当に、ルミエールさんって」



 世界はうまく出来ているから。

 善い行いも、悪い行いも、必ずいずれは自分に帰って来るんだ。



「ぽい、ぽーーい」

「ぬわあァァァァァァ!?」

「ウボァァァ!?」



 と、窓の外に映る景色―――宙を華麗に舞う二人のPLさんは……高い高いかな。

 掬って、投げる。

 剣の使い方ではないね。

 同レベル帯だと、技術と経験の差が如実に出るっていうのは本当らしい。


 朝飯前とはこの事だよ。



「あの……ルミエール先生?」

「あ、ゴメンなさい。すぐに取り掛かりますねーー」

「いえ。表のアレは、新手のパフォーマンスか何かなんですか?」

「うん? あ、うん、そうそう。エキストラさんを雇ってね」

「驚く程口から出まかせ……!」



 良い医者はね? 患者さんの不安を煽るような言葉は決して使わないんだ。

 頑張ってる人に頑張れって言っちゃいけないのと同じさ。


 治療中に「あ、間違えた」とか、絶対聞きたくないし?



「では、始めましょう。……今日も?」

「はい、肩が凝ってしまいまして」

「ソレは大事だ。すぐに取り掛かるとしましょうか」



 いざ、伝家の宝刀肩たたき。

 相手の気分と状態に合わせて、強すぎず弱すぎない絶妙な力加減で、と。



「力が漲る……! 今日も元気にもう一仕事してきます!」

「大工さん、頑張って下さいね」

「……マッサージ、肩もみ、肩たたき……本当に診療所? 仕事の幅が広すぎるんではないですの?」

「良いではないか?」

「まだ言ってる」



 そんな調子で、患者さん達を迎え入れ、送り出して。

 マリアさんにも店揃えの薬を処方してもらったり、患者さんの話し相手になって貰ったりと。


 やっぱり、マリアさんの笑顔って凄く良いんだ。

 お客さんも、とっても安心するみたいだね。


 波とやってくる患者さん達を見送り、見送り。

 やがて波が少なくなってきた頃、じゃあここ迄並んでる人たちで今日はおしまいですよーーと。



「……と、まぁ。最近はこんな感じの一日かな」

「思ったより本格的にお仕事してましたね。色々とツッコミたいところはありましたけれど」

「お医者さんだからね。けど、見ての通り……中々どうして忙しくてね。どうかな? 退屈じゃなければ暫くお手伝いを頼みたいんだけど」

「……………」



「私、自己嫌悪したくなってきました」

「何かあったっけ」

「その……ギルドに籠ってるより、ずっと楽しいんです。普段は出られませんし、外部の情報なんて、新聞や本を読むくらいで―――もう、ゲームである必要すらないんです」



 最近の彼女が何をして過ごしていたのかをまるで知らない訳だ。

 もしかして、前までの状態……外を自由に歩き回れてたのって、それでもかなりマシな感じだったのかな。


 そうだ、そうだった。

 だから、この前フレンドメールを飛ばした時もギルドから出られないって。

 それで私が向こうを訪ねたわけだし。


 

「いつでも自由に新聞が読めるのと、それしかやる事がないのは大違いだからね。でも、今なら何でもできるよ?」

「……ふふ。駆け落ち……―――じゃなくて。連れ戻されるまでの束の間の自由、ですね。でも、あまり外を歩き回っても危険がありますし、まったり新聞でも……新聞? ―――あ……そう、そういえば!」

「んう?」

「確か、アイテムボックスの……ルミエールさん! こちらを見てください!」



 会話の流れで、不意に彼女が取り出したるは、O&Tの新聞。

 地域特別号の鉱山都市編?

 あまり私が読まない、攻略情報メインの紙面だ。



「これは―――大迷宮の攻略……?」

「大迷宮は、所謂ミニゲームですから。一か月間の討伐スコアが載りますの。で……、今月のランキング」



 一位、本気狩ステッキ

 二位、グリルド・チキン

 三位、北部防衛遺跡攻略探検隊

 遊び心なのか、その場のノリで命名したのか分からない個性的なギルド名が並ぶ中。



「最後尾ではありますけれど……、ほら」

「お―――おぉ?」



 何と、なんと。

 なんとなんとなんと。

 

 スコアランキング一桁台……9位に、私の良く知る【一刃の風】の名が。

 


「知らなかった。凄いね、これは……。でも、うーむ」

「本当に、ユウトさん達は私とは対称的。大人数の、数にものを言わせる戦略ではなくて。ごくごく少人数で……、中毒という様子でもなくて。でも、実績を出してしまえるような……私が諦めたものに、挑戦し続ける。いまの彼等の姿こそ、あの頃の私が本当に欲しかったモノなのかもしれませんわ」

「うーーむ」



 私の唸りに繋がっている要因は、二つ。

 一つは勿論、ユウトたちがちょっとゲーム廃人さんに近付きつつある危機感だけど。


 マリアさんの夢は……。

 なら、いっそのことマリアさんを引き抜き、……とか。

 色々思いもしたけど。


 そうじゃない。

 彼女が真に求めているモノ、そして私が目指そうとしているモノは、決してそういう事じゃないんだ。

 だから、今は……。



 ドンドンドンドンドン。


 ドンドンドンドンドン。



「―――わぁ!? ビックリしましたわ!」

「ね。急患かな?」



 唐突に鳴り響くノック音。

 既に閉店しているお店にやってきて、そこまでいるかどうかを確認したいという事は、凄く大事な要件なのかな。


 

「もう営業時間外」

「そこを何とか、お願いします!」



 店先から口論が聞こえてくる。

 ハクロちゃん、まだ外で暇をつぶしてたよね。

 これは悪い事をした。

 報酬のお菓子を上乗せしてあげないとかも。



「―――はい、はい。当医院の先生ですよ。ご用件を―――お?」



 店先へ踏み出せば、これはミニマム。

 私のお店の前に居たのは、二人組の女の子……ハクロちゃんを入れて三人娘。


 三人共、背丈はやや低めだけど。

 こうして並べて見ると、やっぱり彼女って格別にちっちゃくて特別に可愛いよね。

 で、二人の来客は……ハクロちゃんよりやや高い身長からしても、外見(アバター)だけの年齢層なら中学生くらいかな……っと。

 


「珍しいね、PLさんだ。特に怪我をしている訳でもなさそうだけど……急患のお客さんなのかな?」

「あ、あの……もう時間がないんです!」

「先生は凄いお医者さんだって……! 病気に掛かってるNPCさんを治して欲しいんです!」

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