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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第2幕:私はお医者さん




 物珍しさがそうさせるのか、小規模なカルト的人気でも(はく)してしまったのか。

 ともかく、皇都赤街の一角、目立たない裏通りに位置している筈な私のお店―――ライハナヌーン診療所は謎の大盛況。


 連日、押し寄せるお客さん。

 その大多数はNPCさん達で。

 現実ならば、私に出来るのは縫合やテーピング、最低限の応急処置とか絆創膏ペタペタくらいだけど。


 このゲームにおいてはその限りではなく。

 魔法による治療、やくぶーつによる荒療治、お悩み相談、あにまるせらぴー。

 これらからなるサービスを提供する日々が続く事数週。


 ささやかな謝礼金は、殆どがポーション代に消え。


 手元へ残るのは僅か、むしろ赤字。

 そんな苦しい財政状況だけど……でも、そもそもの狙いがお金ではないので、問題じゃないんだよね。



「有り難うございました、ルミ先生」

「はい、お大事にーー。……さて、と」



「次の方ーー」



 腰痛を訴えるご老体の背中をさすさすしつつ魔法で治療。

 彼を送り出して次のお客さんを呼びつつも、出来るお医者さんは合間で棚の整理……っと。



「―――……ルミエール殿?」

「んう?」



 カランと、乾いた音のままに何かが落ちる音が耳を撫で。

 振り向けば、床に転がるステッキ。

 その持ち主らしき人物は、黒髪を丁寧に油で撫でつけたような、スーツ姿の紳士。

 中々ダンディーな御仁……だけど。


 彼は、茫然とした様子で立ち尽くしていて。

 というか、いま私の名前呼んだかな。


 あいや……、そうだ。

 服装こそ異なっているけど、彼の特徴には、私も見覚えあるよ。



「君は、ミズコンの司会者さん。……確か【O&T】の編集長さんだっけ? 久しぶりだね」

「やはり、ルミエール殿! 覚えていてくれましたか!」



 私の返答を聞いた編集長さんは、いかにも感激という様子で駆け寄ってくると、後ろに落ちているステッキには目もくれずに私の手を取りブンブン上下する。


 ―――勿論、記憶に残っているとも。

 あれだけ素晴らしい反応を見せてくれた人物を忘れるなんてことは、演者としては到底出来ないからね。

 演者が観客の心を動かすように、良い観客は演者の心を動かしているのさ。


 あと、腕も動く動く。

 あぁーー、ちぎれるーー。



「いや、はや……王国でなし、帝国でなし。よもや、皇国。斯様な地で再会出来ようとは。あれから、海岸都市へは行かれていないのですか? 同業が何人か探したらしいのですが見つからなかったと……しかも、診療所とは……よもやよもや。本職はこちらだったりするのですか?」



 怒涛の質問攻め。

 【O&T】……新聞社所属の熱がそうさせるのかな。



「ううん。このお店は最近思い立って始めたんだ。実は つい最近職業が―――うむぅ」

「……職業が?」

「……………」

「なるほど。新たな能力に目覚めたので、その力を使って診療所を?」



 あぁ、どうすれば良いのかな。

 思えば彼、記者さんなんだよね?

 察しの良さ、そして自然に先を促すような話し方も流石だ。


 けど、もしも私がユニークと知れたら、彼の立場上間違いなくスクープ。

 私の身元が完全に晒されて、ワイドナショーの人気者になってしまうかもしれない。


 そうなると、私がスタジオである事ない事宣伝して、店主君がまたしても過労になる。


 いけないね? それはイケナイ。

 彼が私より先に死霊種になってしまうよ。

 何より、あまりに店が繁盛して、この世の全てのピートが在庫切れで……私の分がそこに置いてこられるかもしれない。


 許せないね、強欲王。


 (元)海賊貴公子としても。

 この世全ての黄金の果実ワン・ピートを手に入れるのは私だよ。

 

 やはり、誤魔化さないと。



「…………そうそう、そうなんだ。二次職で―――」

「存じておりますとも。貴女の二次職は【道化師】なのですよね?」

「おや?」

「気にならぬ筈はありませんよ。あれ程のモノを見せられて……ですが、聞いた話では、アレは使いこなすのがとても難しい能力だと。貴女の能力が優れていてこそ、というワケなのですね」

「いやぁ、照れるね」

「つまり、この診療所では。一次職の力で治療行為を行っている、と?」



 彼は、中々に鋭い人物の様で。

 退路を先に潰されてしまう。


 意図してやっているね、これは。



「……実は、今回はそれを調査しに参ったのですよ」

「調査? もしかして、私を?」

「えぇ……。この近辺で、NPCを対象に治療行為を行っているPLが居ると。私自身は、治療系のスキルを持つ一次職全てを把握していると自負していたのですが……そのどれにも合致しない、類を見ない不思議な力を持つ存在だ、と。眉唾物だと思っていたのですが……」



 全職業って。

 サラッと凄い子と言うねこの人。


 ……さて、どうしよう。

 素直に話すのも、究極的には問題ないんだけど。

 ユウトたちに、あまり人に話してほしくないって釘を刺されちゃってるし……あ、他のユニーク持ちの子をスケープゴートに差し出すとか、どう?


 強欲王(レイドくん)とかどうかな。

 戦闘系のユニークって、決闘で奪取出来る筈だし、タレコミに釣られて盗賊狩りがブームで戦闘沢山。

 戦い大好きな彼等もニッコリ、記者もニッコリのうぃんうぃんな関係……。



「―――っと、失礼」



 一瞬の間に良くない考えを巡らせるけど。

 丁度その時、彼が俯く。

 叡智の窓の内容は私には見えないけど、どうやらメールが来た様子だ。

 


「!」



 で、何か重大なタレコミでもあったのかな。

 顔で驚愕を表現する彼は、出口と私の顔とで何度も視線を往復させ―――決心したように急ぎステッキを拾い上げる。



「申し訳ありません、ルミエール殿。積もる話は、後日させて頂きたい。私は、急ぎギルドへ戻らねばならなく……そうだ。こちら、私のギルドの所在ですので。もしご用件がありましたらこちらへ」

「あ、うん」

「と、こちら診察代を」

「こんなに? 頂けないよ、何もしてないのに」

「前払い。後は投げ銭という事で」

「そう? なら貰おうかな」



 投げ銭、ダイスキ。


 急展開に救われたのかな、私。

 多分、新しいスクープは今すぐに行く必要があり、私はいつでも会えるという考えの選択なんだろうけど。

 前金を頂いちゃった以上、次来てくれるのを待つしかないし。


 でも―――スクープ、気になるなぁ。

 私は、今に引き戸に手を掛けていた編集さんへ、自然に声を掛ける。



「ところで、何があったのかな」



 話してくれるかは分からないけど。

 それならそれでも別に良いと……。



「―――あぁ……えぇ、貴女ならば。サーバー四位の巨大ギルド。戦慄奏者が解散するかもしれないとのタレコミが複数からあったのですよ」



 何だって?

 



   ◇

 



「ルミエールさん……! まさか、貴女がギルドホームへいらしてくれる日が訪れようなんて! とっても嬉しいですわ!」



 私も、アポなしですぐこんな大きな屋敷に入れるとは思ってなかったよ。

 さっきまで私が居た場所が場所だったから、猶更場違い感がね。


 未だ私の足が数える程しか踏んでいない地、帝国は学術都市クリストファー。

 四大都市の一角であり、帝国の頭脳ともされる都市。


 その一等地に居を構えるのが数百人もの団員を抱え、更には下部ギルドなんてものも複数保有する最上位ギルドの一角、戦慄奏者さんで。


 直々に迎えてくれたのは、その団長でありお友達なマリアさん。

 でも、何だかな。


 表面上はいつも通りだけど。

 私には、彼女の様子が何処か無理してるように映って。

 


「来るの、遅かったかな」

「え……? いえ、いえ! 全然そんな事は―――」

「ここ、なくなるのかもしれないんだろう?」



 明らかな動揺。

 眉が上がり、口があんぐりと開く。


 ふむむ。

 心理学に長けた私が見るに、どうやら彼女はびっくりしているね?



「……よく、情報を耳にしましたわね」

「偶然だけどね」

「……自室に案内しますわ。落ち着いて、二人だけでお話したいです」



 言うままに、背を向けて歩き出すマリアさん。

 途中すれ違う団員さん達は、まるで使用人のように恭しくお辞儀したり、尊敬のまなざしでマリアさんを見ているけど。

 やっぱり、何だかな。

 事務的に対応する彼女は、いつもより低いテンションだ。

 コレがギルド内での彼女だと思えば自然なのかもしれないけど……。



 ……………。



 ……………。



 心当たりは、ある。

 以前、マリアさんがポロっと零した言葉。

 大きくなり過ぎたギルドを掌握しきれてないという話は、一応私も聞いていたんだけど。


 

「それが原因なのかな」

 


 大規模な西洋風のお屋敷、その二階にある彼女の自室は、私の診療所の総面積より広く。

 出されたお茶やお菓子は、彼女の二次職である【料理家】で製作されたのだろう。 


 部屋自体も、凄く良くて。

 己を主張しながらも小さめで上品な照明、淡く優しい色の絨毯、座り心地の良い椅子。

 高そうなそれらが、ただごてごてと並んでいる成金さんのお家とはまるで異なる、整頓された様子でちゃんと纏まっている。



「少し前まで、ギルドの副団長は私の護衛をしてくれているアスターが務めてくれていたのです」

「あの防衛戦に居た人だね?」

「えぇ。……でも、少し前に、彼がリアルで忙しくなったみたいで。今まで通りログインできないという事になって……」



 別に、ギルドを辞めるわけではないけど、役職は降りると。

 話し合いの結果、かねてよりリーダーシップに定評のあった女の子を副団長に任命したわけだけど。

 その副団長の子が、かなりの急進派らしく。

 戦慄奏者を更なる上位ギルドへ推し進める為には、かなり無理な手段もとるようになっていって。


 実際、成果も出ている。

 ちょっと前まで、ランキング四位は【妖精賛美】っていうギルドだったらしいけど、今はそこより上だもんね。

 しかし、成果以上に不満も出始めているようで。

 最初期から所属していた子や、マリアさんと仲の良かった子たちもポツポツとギルドを脱退し始めているという。



「いえ、むしろ……私と繋がりのある、仲の良い子を積極的に追い出しているのかもしれませんわ」

「……………」

「入れ替わりに入ってくるのは、そういった過去や内情を何も知らない子達で」

「皆、マリアさんの事を尊敬しているように思えたけどなぁ」

「すれ違った団員達ですか。多くの子たちは、そうかもしれませんわね。―――ギルドの実権を掌握しているのは、数百人いる団員のほんの一握り。あの子たちには、その一端を担う権利すらないのです」

「……それは、何というか」



 (いびつ)だね、楽しさ半減だね。

 だって、このゲームのギルドってアレだろう?


 リアルの友達とか、或いは気の合うゲームナカーマとか。

 そういう人達が、数人とか数十人単位で互いを尊重し合いながら楽しく冒険、自信の趣味を突き詰めるシステムなんだろう?

 自分達で舵を取るのが醍醐味(だいごみ)なんだろう?


 ……でも。

 それを言ってしまえば、以前からサーバー最大ギルドである戦慄奏者は規範からやや外れた存在でもあったという事で。


 

「最初は、小さな。片手で数えられる人数の、本当に小さな歌唱団だったのです。私がフォディーナで吟遊詩人として、自作の歌を。皆さんの拠り所になれるようにって……。歌には、自信がありましたから」

「……………」

「団員達も、職業関係なく。ダンスや手拍子……スキルに頼らない、ありのままの楽しみを見つけていましたの」



 それがおかしくなり始めたのが、多分―――うん。

 成程。

 強すぎる力は、保有している本人ですら歯止めが効かないものだ。

 今の状況は、彼女が求めているものでは決してないと。


 話が読めてきたね。

 


「合点がいったよ。やっぱり、ギルド解散の噂を流したのはマリアさんなんだ」

「―――!」

「少なくとも。私の知るマリアさんなら、そうするかなって」

「……本当に、ルミエールさんって」


 

 マリアさん、頭良いからね。

 あと、行動力もある。

 ただ状況を静観している性格じゃないのは百も承知さ。



「そうですの。あの子たちが現状を顧みるように、と。脱退する子達に、噂として広めてくれって。記者さん―――コホン。ブンヤに匿名でタレコミもしましたわ」

「わぁ」



 敢えて蔑称に言い換える必要あったのかな。

 やっぱり、あくやくれいじょうっていうのを狙ってるのかな。

 ワガママ気の向くままに振舞いつつ、周囲を振り回しつつ扇を広げて「おほほほほー」って……。


 絶対向いてないと思うんだけどな。

 

 でも、そういう事になって来ると。



「もう、そんな噂を流すしか方法がない。今のギルドを掌握しきれていないとなると……、もしかして。団長を辞めるか辞めないかっていうのも、君の好きには出来なかったり?」

「……ふふっ。お察しの通りですわ」



 私の問いに。

 彼女は、諦めたように笑って。



「ギルドにとって、私は体の良い、見栄えの良い象徴。お飾りの長として、いるだけで良いんですの。先程言った通り、大多数の団員には方針決定の場に参加する権利すらない。それは……私も、同じ。解散の権限も……辞めることも。今の私には出来ない選択です」



 ユニーク持ちの、多くの者へ力を与える能力を行使できる彼女。

 いるだけで、歌うだけで発動可能な、広範囲に及ぶ権能。

 ()()()()()()()存在。


 逆を返せば、彼女が何処かへ逃げてしまえば、ログインしないだけで、根底が破綻するような話なのに。

 何で、ギルドの上層部は……ううん。

 マリアさんの持つ、生来の責任感が、そうさせるんだ。

 彼女は、決して見捨てたりはしない、途中で投げ出したりはしないような人だから。

 相手は、それを見越したうえで……マリアさんが投げ出す事は絶対にないだろうと確信した上で、勝手に振舞っているんだ。


 ……そっか。

 利用しているんだ、そんな彼女の優しさを。



「ルミエールさん……私」


 

 彼女は、諦めちゃっている。 

 諦めた顔で、笑っている。



 ………私、嫌いなんだ。



「―――ルミエールさん? 貴女、表情が……、いつもより表情が……! 瞳の虚空が深淵が! もう虚無ッ!」



 成功して笑うのは最高だ。けど、失敗して笑うのも良い。

 一時の失敗を自嘲する、失敗談を笑い話に昇華する、何気ない間違いを思いがけず鼻で笑ってしまう。

 全部、決して悪い事なんかじゃない。

 

 けど、諦めたように笑うのは。

 どうにも出来ないからと。潰れていく心を自嘲して、悲しみに泣いた心のままに笑う人を見るのは、本当に大嫌いなんだよ、私。

 

 とは言え、私が話を聞いたのはあくまでマリアさん一人。

 内情を正確に理解できているわけではない筈だ。


 だから。

 ちょっと、今回ばかりは私も気合いを入れさせてもらおうかな。



「マリアさん」

「は、はいっ!」



 ……………。



 ……………。




「私とオフ会しない?」

「……へ?」




 だって、今の私はお医者さん。

 患者さんの心を救うのがお仕事なんだから。

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