幕間:そのモノの正体に迫る
「―――おはヨハネス」
「―――お、広報長じゃん。おはヨハネス」
「名前で呼びたまえよ、諸君」
「良いじゃん、可愛いじゃん。おはヨハネス」
……………。
……………。
私の名はヨハネス・グーテンモルゲン。
ギルド【O&T】に在籍する【編集者】
一次職は【狩人】……その派生である3rd【精霊弓士】だが。
そちらは半ばオマケのようなモノであり、本職は二次の方……誇りを持った記者という事に間違いはないだろう。
少なくとも、聞屋などという蔑称を使われれば私はキレる。
―――っと。
今は、挨拶に対する矯正を行っている暇ではなかったか。
「どっか行くのん? ヨハネス」
「あぁ、新しいスクープの種さ」
「んなのあった?」
「小耳に挟んだ話では、皇国が熱いって話だよ。皇女の騒動は元より、TPの流入による勢力争い、権力闘争……新しいのだと、良く分からぬ僧侶の噂と」
半ば眉唾モノもあるだろうが。
中にはホンモノがあるやもと。
その気持ちを胸に抱き。
或いは、尾ひれの付いた話であっても、ガセネタであったという大仰な記事が書けるならそれでもいいと。
「いざ参らろう。世界の起源をこの目に映さん! ……でーは、諸君。今日という日を忘れるな」
「……朝からテンション高いなー」
「最近、あの挨拶はまってるよな。海岸都市から帰ってきた辺りから」
背後から聞こえる仲間たちの言葉を聞き流し。
私は、学術都市クリストファー一等地に居を構える、大型ギルドホームを飛び出す。
こんな場所に居を構えられる経済力からも推察できると思うが。
今やPL最大の情報源とも言える我らは、実はギルドランクで見ても20位と高い。
何しろ、情報や知識に対する欲求、行動力の高さもあり、現状知れ渡っている三国の都市は全て網羅済み。
秘匿領域、薄明領域さえ公表されている大抵の場所は走破。
各都市の簡単なガイドくらいはギルド員ならだれもが出来る程だ。
歴史、調査攻略など、ギルドきっての精鋭、私設部隊を有する攻略部。
職業や情報に特化した、インテリ揃いの運営部。
そして、私が編集長を務め、イベントや大規模攻略を主催する広報部。
ギルド長、副ギルド長は三人の長による任期交代制。
我がギルドは、実質的には三人の編集長による意思決定により稼働している……のだーーが。
『こうりゃくこうりゃくこうりゃく』
『ちしきちしきちしきちしき』
あの二人なんぞと方針決定の話が合う訳もない。
ウマが合わないとは、まさしく我らの事だ。
「……行こうか」
勿論、一張羅たるスーツ、紳士の武器であるステッキも外せない。
あとついでに武器の確認。
諸々の準備が整ったのち、ToDoを確認しつつ街……ひいては転移ゲートへと向かう。
今の所、都市外の街道を経由するつもりも戦闘のつもりもないのだが……さて。
攻略部が収集した真偽不明な情報。
現在その多くが集中しているのは。
「―――さぁ、目的地は皇国。取り敢えずは、皇都シャレムへ行こうじゃないか」
◇
皇女の話などは、随分前から調査が成されていた事。
元々、皇国という国に王族などは存在しておらず、皇女というのも国民の中から最も適性を持つ女性がなる地位というのは、NPCとの会話で知れる事であるが。
我々異訪者が訪れるより以前から。
設定的には、その皇女が病に侵されているという話が存在しており。
多くのPLが推測する事として……曰く、現在クロニクルなどの報酬にのみその存在が確認されている最上位たる回復薬……【神智の霊薬】のみが有効という情報が出回っているが。
果たして、本当にそうか?
他に、方法はないのか?
未だPLらが知らないような、強力な医療系魔法……或いは回復アイテム。
その存在を調査するのもまた、我らの責務。
私達が調査研究を進めるよりずっと早く、最上位のPLらは薄明を拓き、魔族領域へと歩を進めようとしているのだから。
早く……早く。
せめて、既知領域だけでも全てを解き明かさねばならない。
それは、すぐそこまで迫っているのだと。
果たして、PLの何人が知っているか。
「不定神アスラ、鋼鉄神ヨグノス、無明神オグド……、そして死刻神アリマン」
地底の神々、その脅威。
現在、この皇国には【黒骸病】という病が蔓延しているとされているが……皇女の病因もまた、ソレと同様のものであるという可能性が高い事。
その病は、この皇都の地下に眠るとされている神。
歴史において、地底神の中で最も強大とされる死刻の神が復活する予兆だという事。
最前線で戦うPLでさえ、これ等の情報を知る者は僅かだろう。
「ポーションの服用により、一時的に症状はおさまる。しかし、この病が完治する事は決してない、と」
いや、そもそも。
たかが一般のNPCに対して、何の利もなく回復薬を譲渡し続けるPLなど居る訳もない。
だからこそ。
この情報は、私にとっても。
「……不思議な僧侶の噂。これが一番のキワモノだろうか」
曰く、突然現れた謎の僧侶系PL。
一般的な派生の能力たる体力回復の他、上位派生の範囲回復。
それだけなら、まだ分かる。
だが……疲労回復、気分向上、悪心浄化―――毛根にも効くかもしれしない……と。
プラシーボ効果?
およそ、自分は判明している全て。
公になっている一次職全ての概要と派生を攻略部の情報から吸収し、ユニークなどの例外を除き全て網羅していると自負するが。
記憶にある限りでは、その様な能力を持つ存在はいない。
だからこそ、気になっているわけなのだが。
そんな未知の存在が、店を構えて主にNPCを相手にしているという噂は……。
およそ……私の智慧が及ばない二次職由来の道楽PLか。
根も葉もない噂の延長、誇張話か。
そのどちらであると考え、最も後回しにしていたわけなのだが……あぁ、中々どうして、目的地周辺には人だかりが出来ていた。
皇都の中でも、最も外縁部に位置し、舗装も充分に行き届いているわけではない下町的景観。
更には、曲がりなりにも賑わっている粗雑な大通りですらなく。
横道へ、さらに横道へ……そうして辿り着く、小さな店。
本来であれば、人気などそうある筈もない通りに在って、何故これ程の……うむ?
「あにまるせらぴー(時価)、しぇふのきまぐれぽしょーん(時価)、お悩み相談(応相談)」
……………。
……………。
果たして、私はなにを見せられているのか。
同じように店先へ立て掛けられている……どう見ても即席手書きで用意されたであろう、しかしあまりに達筆な文字。
「ライハナヌーン診療所」という文字さえ見つけなければ。
私は、この奇怪な家屋を診療所とは欠片も思いはしなかったろう。
しかし……、診療所。
つまり、情報的にはここがそうだという事実に誤りはない筈で。
「ライハナヌーン……。確か、ハワイといった環境の整った地域のみに起こる現象」
北回帰線、南回帰線。
それらに挟まれた熱帯の地域でのみ、稀に地上が太陽の直下点になる事がある。
物体には、必ず影があるもの。
しかし、この日だけは人、物……直立している多くの物体から影が消滅する。
正確には、真下に出現する故見えなくなる。
あくまで視覚的にではあるが、その者らの世界から一切の闇が消える。
「……どんな病も治すという自負? 或いは、裏通りの一角にこじんまりと存在する事を揶揄っているのか……、どうなのか」
確かに、観察眼には一定の自信がある私でさえ一目で診療所とは思えなかったほどだ。
ミスディレクション、隠れ蓑……物は言いようで。
看板から目を離し。
次に、大振りの窓から内装を確認しようとするものの。
どうやら、行列以外にも野次馬が如き者達が存在するせいで、まるで覗けない。
風体からしても、優雅さや気品の欠片もない様子からしても、恐らく同業ではなく。
並ぶ他ないのか?
しかし、私自身は別に身体に異常がある訳でも、悩みがある訳でもなし……っ。
「―――頭の使い過ぎか」
当然のことではあるが。
このようなフルダイブ型のゲームにおいて、頭の使い過ぎはあまりよろしくはない。
あくまで、個人差はあるが。
最悪の場合だと、あまりに激しい長時間戦闘を行っていたPLが強制的にゲームを停止され、ペナルティを受けたとか。
脳の負担により、運営側がこれ以上は危険と判断すれば、心躍る冒険中に文字通り現実へ引き戻されてしまうのだ。
私とて、記者である前に一人のプレイヤー。
あくまで、無理のない範囲に収めねばならない。
では、ここは一つ適当な喫茶で深呼吸でもして……。
「おい、アンタ。大丈夫か? 頭なんか抱えて、いてえのか?」
「え?」
「―――オイ、皆。この兄さん、かなり気分が悪そうだ」
「そりゃあいけねえ」
「確かに、随分蒼白いな。こりゃすぐ先生に診てもらった方が良い」
あ、いや。
別にそんな事は―――蒼白いのは種族的、アバター的な性質であって、頭の方も、一瞬の……。
「さあさ、前へ前へ」
「―――宜しいのですか?」
「へへ……。どうせ、そんな掛かるもんでもねえからな」
列に並んでいた者達……その多くはNPCで。
どうにも、怪我や何かしらの異常を抱えているのか、顔色が悪そうな者たちばかり。
診療所なのだから当然だが。
いや、本当にそうなのか?
このゲーム世界のオルトゥスに在って、当然PLに対して病院などというものは無用の長物。
精々が、病院や診療所という名で回復薬等を売るが関の山だが。
NPCの言う、診てもらうという言葉。
更には、この人だかり。
「どうやら、噂自体は本当らしい」
よもや、本当に治療行為を生業としているPLが居ようとは。
果たして、只のロールプレイ……ファッションのような物なのか、本当に何らかの治療行為を行うスキルを所有しているのか……。
続々と家屋の中から出てくるNPC、入れ替わるように入っていくNPC。
列の進みは驚くほどに早く……。
「次の方ーー」
遂に、私が先頭となり……。
入って行った時とは明らかに異なる心持ちで引き戸を開けて出てくる患者。
そして、呼び声。
……………。
……………。
「―――まさか……いや、どうして?」
何故、この距離に近付くまで気付かなかったのか。
私は……この声を知っている。
全く異なる二つの声量を使い分け、私の精神に多大な衝撃を与えたこの声の主を知っている。
忘れもしない、その声は。
そして、視界に飛び込んできた、あまりに記憶に残る容姿は。
「ルミエール殿?」
かつて、海洋都市で感動を齎してくれた、海賊貴公子その人だった。




