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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第七章:セーブ編

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第1幕:皇国宣伝大歓迎




「なぁ、ルミエ……。本当に―――やんのか?」

「今まで私が冗談を言ったことがあったかな」

「あぁ、星の数程な。てか、お前の場合は冗談か本当か分かんねえんだよ。マジでやるからな」


 

 じゃあ、結局やるんじゃないか。



「大丈夫。常にってわけじゃないさ。ちゃんと戻って来るし、このお店の宣伝も欠かさな―――」

「宣伝は結構だ。やめてくれ。マジで、やめてくれ」

「じゃあ、ちゃんと戻って来るし?」

「―――……そか。居ないからって、家賃まけねぇからな?」

「そんなーー」


 

 ……んう?

 まけないって、元々払ってないじゃないか。


 近頃の私と彼の会話、更に磨きがかかって来たね。

 誰が見てるわけでもないのに。

 


「じゃあ、そういう事で。ちょっと皇国に名を轟かせてくるから。新聞読んで待っててね」

「……読みたくねぇーー、マジで、切実に」



 挨拶も一段落する頃。

 ヒラヒラと片手で店主君に別れを告げつつ、キャリーバックを引き店を出る私。

 何を隠そう、このバッグの中には、夢と希望と雰囲気が詰まっている。


 早い話が、カラとも言う。

 全て電子情報として虚空へ収納できるオルトゥスに在って、態々こんな大振りのバッグを持ち歩くのは気分やキャラ付け以外の何物でもないからね。

  

 さて。

 所要期間不明の旅行……あぁ、久々だとも。



 ……………。



 ……………。



「バウンデーム」

「ばうんでーむ」



 やってきました、皇国は皇都シャレム。

 道行く人たちに倣って口を出るは、この国独特の挨拶。


 向かう先は、大通りからやや外れた小道に存在する、小さくも小奇麗な家屋で。

 前回のイベントで得たアルと、今までの貯蓄を全額投資。

 暫し、私の食事はパン耳だけになってしまったけど。


 数日間の探訪と交渉の末、何とか皇国の一番外側……赤街の一角に存在する小さな家屋を借り受けられたんだ。

 お家賃、何と月々5000アル……頭金が15000アル。

 途轍もない先行投資だったけど。


 お店を開くという宣言通り。

 既に拠点は確保し、役になり切る準備もおーけー。

 


「白衣、と……眼鏡、眼鏡」



 というワケで、今日から私はお医者さんさ。

 白衣は、再放火……じゃなくて、【裁縫家】の二次職を持つ名職人タカモリ君が作ってくれた物。

 代表作としては、海賊貴公子セットなんかがあるけど。

 お医者さんなんだから、コレがないとね。

 あと、眼鏡。

 これはチャラオ君からの貰い物なんだけど……何と、Lv.1相当の鑑定スキルを行使できるという凄い逸品。


 大分前だけど。

 盗賊天国のクエスト達成の折、同じようなものを見たよね。

 



――――――――――――――――――――

【SKILL】 光華耿々・初灯り (Lv.MAX)



 祈りの力に根源を持つ、初灯りの如き暖か

 な光。聖女の光は怪我だけでなく疲労、

 悪心、不安さえ取り除くとされる。


 光いずるより早く、白み始めた空の温もり。

 薄明の光は、夜明けにはまだ早い。

 


・対象(複数指定可)の体力を大回復。

 ※回復効果、消費魔力はスキルレベル依

 存。効果範囲・対象人数によって消費魔

 力は変動します。

――――――――――――――――――――




 で。

 診察眼は勿論、私がお医者さんをやるうえで最も大切なのがこの力。


 私、スキルポイントだけは有り余ってるからね。

 消費魔力を抑える為にも、主力になるであろうこのスキルは一気にレベルを最大値まで上げちゃったわけだけど……。


 現在の私の職業【聖女】のレベルは23……内20は無職の分で。

 聖女のレベルが上がっているのは、実は戦闘によるものではない。

 これは、特殊な条件によるもので。


 簡単に言えば、二次職と同じ。

 僧侶派生とか……そういう、レベルが上がりにくい、自分一人では上げにくい支援系一次職は、能力を使う程にほんのちょっぴりの経験値を得ることが出来るらしくて。


 試しに、最近流入してきた初心者PLさん達を対象に実験した結果、ややレベルが上がったんだ。

 けど、流石に効率が悪いというのも事実。



「診察用の椅子は……、ここ。ホワイトボード……で、こっちに絨毯をひとつまみ……」



 だから、この方針はある種当然だったのかもね。

 私、平和主義だし。

 戦闘しないでレベルアップできるなら、それに越したこともないし。



「っしょ……と。で、灯りはここに飾り付けて」


 

 大分サマになってきたかな、内装。


 家具、調度品の配置というのは、実はすごく重要。

 単に見栄えというのもそうだけど。

 実の所、病院とか診療所とか、そういう施設の内装は心理学的な観点からお客さんが安心できる、相手を信用できるように配されているんだ。


 勿論、これもその一環。

 てきぱきと行動しつつも、偶に入口のガラス窓をちらり。


 実は、一番最初にOPENの札を掛けたんだけど……。

 お客さんは無し、と。



「流石に気が勝ち過ぎてるかな」



 幾らやる事が魔法による治療だけとは言え、内装の準備も出来てないのに営業中にするのはそれしかないよね。

 でも、一刻も早く始めたいし。

 お客さん、来ないかな?


 

「―――あ、店名決めてない」



 ……………。



 ……………。



 私のお店は紅茶の香り。

 

 たっぷり数時間かけて内装を完成させ。

 一段落着いた私が、O&Tの発行した新聞を読み読み、お茶を飲み飲みゲーム内時間で待つ事更に半刻。

 やっぱり来ないね、お客さん。

 怪我をすること自体がないPLが来ないのは想定していたけど、一応病気とかそういうのが存在するNPCさん達まで一人も来ないなんて。

 

 やっぱり、一目で診療所と分からないのが原因なのかな。

 それとも、立地の問題?

 流石に、看板のめにゅ~表に問題がある訳もないし……。



「うーーん……やっぱり、広告宣伝って大事なのかなぁ―――んう?」



 と、窓の外からこちらを伺う気配。

 もしかして、お客さんかな?

 


 おお? あの人は……。



「―――ご老体、またお会いしましたね」



 席を立ちあがり、相手を刺激しないように、ゆっくりとこだわりの引き戸を開け。

 気さくに話しかけるは、何と知っている人。

 

 一回会っただけだけど、覚えてるよ。



「―――貴女は」



 けど、相手は流石に覚えてないかな。

 ちょっと話しただけの、特にクエストを受けた関係って訳でもないし……リドルさん達の様にはいかないかな。



「以前、この皇国について。あと、教会図書館の場所を貴方が教えてくれまして」

「おぉ。そのような事が……」



 そう。

 私が皇国へ来たばかりの頃、リーベルタースっていうストーンヘンジによく似た遺跡を拝んでいたお爺さん。

 記憶が確かなら、その人で。

 色々と、教えてくれたんだよね。



「あの時の御礼ではないですけど。お店、気になるのであればどうぞ?」



 彼がお店を伺っていたのは、物珍しさからだろう。

 お年寄りは街の変化に敏感だからね。


 そして、博識で噂の広げ手でもある。

 もし、彼に満足してもらえれば、或いは……と。


 打算込みで提案し。



「ここは―――診療所、なのですか。表に書かれている、あにまるせらぴー(時価)とは?」

「文字通りですね。ささ、中へ中へ」



 んう? どう見ても怪しいお店……だって?

 はは。誤解さ、誤解。

 ちょっとハト君達に癒してもらうだけだよ。


 勿論、身体でね。

 


「えぇ、えぇ……そちらの席へ。さて、さて……。近頃、身体に異常などは? 怪我でも、節々の痛みでも」

「そうですな。やはり、この歳になると気怠さと腰痛が……」



 遠慮腰の老体を丁重に椅子へとご案内し、往診の見本のように簡単な問答を経てはいるけど。

 結局の所、私にできるのは馬鹿の一つ覚えみたいなもので。



「―――お加減、如何です?」

「……これは―――なんと、あたたかい……」



 効果あるのかな、これ。

 光とか、ほんのりあったかいのはそういうエフェクトとして、腰痛って別に状態異常じゃないよね。


 スキルの説明文には、疲労とかにも効くってあったけど、それってあくまで能力外解説(フレーバーテキスト)だろうし。



「これは―――これは……!」



 プラシーボ効果かな。

 軽く、二十代は若返ったようなはしゃぎようの老紳士は、真っ直ぐに腰を伸ばして室内をグルグルすると。

 凄く嬉しそうに私にお礼を言ってくれて。


 実験……もとい、初任務の成功を実感した私は。お客さん第一号を無事に送り出して一息つく。

 少なからず不安もあったし。

 或いは、始めて一日目で閉店かとも思ったけど……。


 これなら、やっていけそうかと。

 


「さぁ、開業だ。来てくれると良いな、お客さん」




   ◇



 

 前に学んだ通り、皇国の皇都は四つの区画からなる。

 中央に存在する領域……皇国の中核、教皇庁。

 貴族や賓客の煌びやかな青街。

 中流階級の、シンプルで景色の整った白街。

 一番外側ではあるけど、様々な名所も確かに存在し、最大面積を誇る、下町的で憎めない赤街。


 私の診療所は、赤街に在って。



「ルミエール先生……。もう、この子は……」

「えぇ。手遅れです……残念ですけれど」



 毛根の蘇生までは出来ないよ? 私。

 どうして頭頂部の診察をしてるのかな。


 そんなに万能だと思われてるのかな、この光。



「一応、手を尽くしてはみますけど……」



 スキルを発動すると、私の両手が黄金色の光を灯し。

 NPCさんの、艶のある立派な頭頂部をぺかーと照らす。


 その眩さは、診察室を優しく照らす灯りもかくやで。



「「おぉーー……!」」



 何の歓声なんだろう、外の反応は。

 私がお店を開いてから、ゲーム内時間では早くも二週間ほどが経過し。


 日が経つにつれ、二人が四人に、四人が八人に……。

 紹介を受けたと、次々に増えるお客さん。

 医者としてはどうなのか、リピーター続出、お得意様続々。

 彼等を実験台―――コホン、治験―――コホン……、診察している内に気付いた事として。


 回復魔法は、ちゃんと効果がある。

 本当に疲労回復の効果もあるみたいだ。

 


「―――有り難うございます、ルミエール先生! 私、ハゲでも頑張ってみます!」

「う、うん。頑張って?」



 あと、何か……本当に解説文通り、悪心……ネガティブな感情とかを取り除く効果もあるのかな。

 初め、どんよりした雰囲気だったのに。

 治療を受けて帰る人、皆こんな調子なんだ。


 廉価版やくぶーつ?

 常連さん達、もしかして中毒になってないかな。



「フル・ギル……ケシ。アヘン? あ、次の方ーー」

「……宜しくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。本日は、どのような?」

「あの……僕、あの流行り病みたいで……その。親に言えなくて、薬も買えなくて……」



 でも、患者さん皆がポジティブになるからと言って。

 全てがスキルで解決できるわけでも無くて。


 簡単な怪我とか疲労の類なら、誰でも幸せになれる第一スキルでどうにかなるけど。

 困ったのが、状態異常系。

 都市内部で言えば、アバター放置による【冷え性】や【伝染病】とか。

 戦闘で言えば、【麻痺】や【気絶】など数あるけど。

 今現在、特に多いのが【状態異常:黒骸病】というもので……私、今まで一度も見た事の無かった状態異常効果なんだけど。

 

 これ、何なんだろう。

 NPCさん達の間では流行り病として認知されているらしくて。

 幸いな事に、症状が軽い人には状態異常回復のお薬を、重い人にも更に上位のお薬を処方する事で治るみたいだけど。

 辛い事に……高いんだ、状態異常回復のぽしょーん。

 只でさえ、魔力回復ぽしょーん多用してるのに。

 余ってるし、海岸都市のクエスト報酬のスイカポーションも使っちゃおうかな。



「本当に、良いんですか? お金は……」

「良いんだよ。時価ってあるだろう? そういう方針なんだ」



 くれる人からは拒まず受け取るし、お金がないという人からは受け取らない。

 すぐ手の届く所に用意してある果物やお菓子は、ご自由にお持ちください。

 コレ、お店の方針で。



「私は、皆に来てもらっている立場だからね。その、御礼さ」



 ほら、献血ってあるだろう?

 あれも、来てくれる人たちには特段メリットとかもないけど、彼等の優しさを受けて成立している。

 その些細な見返りとして、お菓子やアイス、ジュースのサービスとか。

 あと、様々な書籍を用意していたりもするけど。


 私も、同じ。

 あくまでこの行為は己の為……手段であるからこそ。

 お礼は用意するのが道理で。


 伝わってくれるよね、この想い。



「何と気高い……」

「それを当然の事と思っておられるのか……」



 ……伝わってるかな?



「あ、でも果物とかの販売店は覚えて帰ってね? 帝国通商都市の大通り、黒鉄商店。はい、深呼吸してーー?」

「「すぅーー……」」

「通商都市大通り、黒鉄商店。はい、復唱」

「「ツウショウトシオオドオリ、コクテツショウテン」」

「良く出来ました」


 

 店主君の鳴いて喜ぶ顔が目に浮かぶね。

 流石に、皇国から帝国まで噂が行くはずもないだろうから、これは冗談みたいなものだけど……。

 問題は、そっちじゃなくて。


 然るべき治療を受けなければならない人がこんなにいるという事実の方が問題だよね、本当。

 三御子……リアソールの御子様のお膝元だっていうのに。


 まるで信仰の敗北みたいじゃないか、これじゃあ。


 流行り病の少年へオクスリを処方し、見送りついでに考え事をしながら窓へ目をやれば。

 まだまだ、興味深そうに中を伺うお客さん達は多くて。



「はい、次の方。……凄いお客さんの数だ。街中から集まってくるのかな?」

「え? あ……そ、そうですね」



 こうして色んなNPCさんとお話をしていると、現在の都市周りの情報なんかがよく耳に入ってくる。

 軽い情報屋さんみたいな気分だ。



「最近では、皇女様が我々民衆の前に現れる機会が完全になくなってしまい……、ソレと関係しているのかいないのか、例の流行り病が」

「皇女様が現れない。病気だっていうのは聞いていたけど、治らないのかな」

「快復なされたというお話は聞いていないですね」



 博識なお客さんと話す限りでは、そういう事らしく。


 ふーーむ、やはり。


 ……これ、やっぱり。

 私の考えは間違いじゃなかったって事じゃないのかな。



「―――っと、失礼。本日はどのような?」

「その、力仕事続きで身体のダルさが……」



 いまのところ。

 今はまだ、世間話とかしてても後続のお客さんの邪魔にならない程度の客入りだけど。

 お店……もしかして、いずれ行列とか出来ちゃうのかな。


 毎日の収支、遥かにマイナスなんだけど。

 人気になればなるほど赤字って。

 成程、道楽だね。


 そうだね、私の大好きな言葉だね。



「―――ルミエ先生! うちの子が流行り病かも……」

「先生、最近めっきり食欲が……」



 ……………。



 ……………。



「―――良いとも。私に出来る範囲なら、全て請け負うさ。ささ、中へ中へ。ライハナヌーン診療所、今日も元気に営業中さ」

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