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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第一章:ログイン編

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エピローグ:私の隠居はこれからだ

「久しぶりだな、ルミ」

「ああ、久しぶり。相変わらずみたいだけど…会社からそのまま来たのかい? トワ」



 扉が開き、彼女が姿を現した。

 立てばちんまい、座れば幼女、歩く姿は小学生…は、ちょっと失礼かな。


 何にせよ、大切な友人だ。


 黒川(くろかわ) 永久(とわ)

 二人いる親友の片割れ。

 大企業白峰工業(ハクホウワークス)で、電子遊戯開発課という部門の主任を務めているらしいキャリアウーマン。

 いつでも半眼の瞳で。

 同色の黒髪は、とても艶やか。

 …だが、その容姿は非常に可愛らしく。

 パリッとしたスーツなど、子供がコスプレをしているようにさえ見える。


 そんな小さな親友は、私の疑問に頷き。



「忙しいからな。着替えも会社にあるし、問題はない」



 女性としては、どうなのやら。

 でも、身だしなみは整っているし、ちゃんと美容にも気を配って入るのだろう。肌はとても色白でモチモチだし…。

 いや、まさか。

 ただ成長していないだけ?


 私が失礼なことを考えていてもトワは平静で。

 靴を脱いで自宅のように上がり込んできた彼女は、悠々と廊下を歩いていく。



「さあ、酒も沢山あるだろう? 私はツマミを買ってきたぞ」

「…人の家に大量の酒類を保管するのはどうかと思うよ?」



 気付いたのは、家に戻ってきた翌日。

 台所の棚にギッシリと詰まっていた瓶と缶に閉口したものだ。

 トワは私の家を何だと思っているのだろうか。


 

「サクヤの様子はどうなんだ? 早く三人で集まりたいんだが」



 …どうやら。

 私の疑問への回答はないようだ。


 というより、気持ちが逸っているらしく。

 こうして顔を合わせるのも久方ぶり、嬉しそうにソファに座り込んだトワは、身体を左右に揺らしながらこちらへ視線を向けてきていて。


 デパートの玩具コーナーにいそう。



「うーん、まだ暫くは帰ってこないんじゃないかな。私たちの泊ってたホテル、数か月分先まで前払いしてあったんだ」

「……小市民だな、相変わらず」



 ああ、同意。

 サクヤは、小市民で間違いない。

 無駄にしない精神は好感が持てるし、全然問題はないんだけどね。


 テーブルに広げられたお酒や乾きものの準備をしながら、たわいない話をして。


 会社の愚痴を聞いていたら。


 何時の間にやら、ゲームの話題になっていた。



「そうそう、外見だよ。――仕組んだ?」

「うん、あれは型番で決まっていてな? ルミのために選んでおいたものだよ」

「…職権乱用じゃないのかい? それ」



 やはりね。


 なんて業の深い産物だ。



「エナちゃん達のも用意してあげてな。そっちは、ちゃんとランダムだぞ」

「…それは結構な事なんだけど、私としては作為性のないアバターで楽しみたかったものだね。…ああいうのは、髪色とかの配分(テーブル)とかがあるのかい?」



 尋ねはしたものの。


 企業秘密だろうし。

 答えが返ってくることはないだだろう。



「ああ、種族によってまちまちなんだよ。一番多いのは勿論黒髪で、時点で茶色。ルミみたいな金髪は妖精種に多くしてあって、人間種だと2000分の1だ。でも、妖精種でも100分の1だから貴重に変わりはないな。二次職の【理容師】で変えるにしても、金の染料はまだ存在してないし」

「……トワ?」



 守秘義務って知っているかい?


 君はそれでも、責任ある立場だろうに。


 私が知りえない筈の情報をポンポンと発言していく彼女は、とても口が軽くて。思わず低い声を出して叱るが、まるで堪えていない表情だ。



「ルミ以外に言う訳ないだろう? 信頼ゆえだ」

「それでも、だよ。何処で誰が聞いてるか分からないんだ。変に口を滑らせる癖がついてしまったらもっと困る」


「心配性だな。この家の中に、誰か忍び込むとでも?」



 ―――ああ、君とかね。


 (くだん)の凶行、忘れていないよ。

 宅配でゲーム機器を持ち込んだにせよ、ベッドにせよ。

 何かの間違えで管理人さんに運んでもらっていたとしても、家中がピカピカになっていたという事実もあるから。

 そうで無ければ説明がつかない。

 

 酒の影響もあるのだろう。


 嬉しそうなトワは、饒舌に語る。



「まあ、そういう事だから。人間種で金髪なんて噂にならない訳ないんだ。…あと青目」

「……全く。もう隠していることは無いね?」

「直接的な物はな。後は、間接的な物だけだが、今は特に問題はない」



 決定、酔い潰そう。


 ひとしきり抱き枕にして。

 頬っぺモチモチを堪能し。顔に落書きをした末、無様にも布団で簀巻きにしてやる。



「…ルミ? 何か悪い事考えているのか?」

「さてね」

「せっかく色々と盤面を整えたんだ。管理者としては、ルミの噂が入ってくるのを日々楽しみに仕事をしているのさ。早く、世界をビックリさせてもらいたいな」

「無茶ぶりをしないでくれ。私は隠居の身だし、ゲームの世界でまで世界を巻き込むのは気が引ける」



 有名になりたいという願望、承認欲求。

 それは、誰にでもあるもので。

 あの世界は、一時でもそれをかなえてくれる可能性が山のようにあるから。その可能性の一つを私が食い物にするというのはあんまりというもの。



「だから…程々で、楽しませてもらうよ」











「――私は、そう思わないけどな」











「え?」

「ルミは、世界を丸ごと笑顔にした奇術師だぞ? 一つくらい、世界を巻き込んだ我が儘を言っても良いだろう。やったとて、結局はみな笑わせてもらえるんだから」



 それは、絶対の信頼。


 真摯かつ、真っ直ぐな瞳で覗き込まれ。


 ちょっぴり恥ずかしくて。

 思わず、元になる話を逸らすことにした。



「あ、そうだ。【道化師】をデザインしたのは誰なんだい? あの不親切仕様は、ちょっとやり過ぎだと思うんだけど」



 いつか聞こうとしてたことを。


 口をとがらせて言う…が。


 その瞬間。

 トワから、「え?」という言葉が返ってくる。

 本当に、感情豊かな女性で。こうして話していると、それが見たいがためについつい話を振ってしまうのだ。

 

 とは言え。

 その反応は、私の予想とは違うもので。

 てっきり、彼女が犯人だと思っていたんだけど。



「……もしかして、覚えてないのか?」

「いや、そう言われてもね。覚える以前に、何かやったかな?」



 まずは溜息。

 

 私の呆れは彼女の呆れに飲み込まれ。


 何時しか、立場は逆転していた。



「一年前くらいに、【ON(ハード)】のイメージキャラを打診したことがあっただろう?」

「ああ、そんなことがあったね。私には合わないと思ったから断ったけど」

「だから、代わりに幾つかの技術提供と、試作テスト、キャラのデザイン案とかをお願いしたじゃないか。あれだけ精密に検査したり試行錯誤を重ねたのに、忘れられていたなんて」



 試作テストに、情報提供。

 精密な検査を…ああ。


 そう言えば、そんなことが。


 …それは、つまり?

 あまりにも【道化師】の能力が扱いづらいと言われるのは。



 ―――私が。



 私が、ハードルを上げてしまったという事なのか。

 余程の手品オタクと言うのは自分の事で、気付かぬうちに自分を攻め立てていたと。

 


「農家とか鍛冶屋とか、本職の侍従とか。二次職のために、いろいろな職の従事者や伝承者に取材したからな。ルミは、その巨匠の一人だったってわけさ」

「高く買われたという事でそれは良いけど…今からでもナーフとか、修正とか出来ないのかい?」



 今でこそ過疎になっているけど。

 掲示板には、実際に選択していたプレイヤーもいる。

 そんな人たちが諦めて転職していくのを見せられるのは、同じ職に就いている身としては非常に悲しいものだ。

 


「まあ、【道化師】に限った話ではないんだぞ? 専門職の中でも技術が必要なものは、それだけ難易度が上がっているんだ。希少性や自分だけが持っているという優越感…また、それに到りたいという意志を持たせるのは、開発側として必要だと私は思う」



 …ムゥ、もっともらしい事を。

 


「本当にやってみたい者は、多少なりとも試行錯誤している筈だ。私達だからこそわかることだが、君以外にも【道化師】のレベルを上げているプレイヤーは居るんだぞ?」

「ほほう、それは良いことを…いや、ダメだ。トワ? 私に対しても、漏洩は禁止だ」

「これが最後にしておくよ。補足として、当たり前だけど一番はルミだ。君以上の使い手なんて、サービスが終わるまで現れやしない」



 「だから、先駆者としての力量を後続に魅せろ」と。


 

 左右に揺れながら。

 トワは私に呟き…コテンと、横になる。


 恐らくだが、トワは私の事を思ってそんなことを言ってくれたのだろう。ゲームなのだから、自分がやりたいように全力で楽しめ、加減するな…と。


 本当に、いい親友を持ってしまったな。


 となりに座っていた私に寄りかかる小さな体。

 その頭を優しく撫でながら、確かな感謝の意を送る。


 …で。

 

 まあ、それはそれとして。

 





 ―――さあ、お仕置きの時間だ。






「ルミ? 謝るからツンツンしないでくれ」

「怒っていないさ」

「でも、顔に落書きしたよな?」

「怒ってないよ」

「簀巻きにしているよな?」

「怒ってない」

「……後生だから助けて。お腹が重いんだ」



 まあ、しょうがないか。


 今日はこの辺にしておいてやろう。

 私は彼女のイカっ腹に預けていた頭をどけ、簀巻きを解いてやる。



「うぅ、ごめんなさい」

「…本当に反省しているのかね? きみ」



 私の胸に飛び込んできたトワ。

 口だけは神妙だけど、甘えるように顔を埋める。


 恐らく、顔は神妙ではないだろう。



「ああ、久しぶりのルミ布団だ。柔らかくて、あったかくて…生物としての帰巣本能が…そうだ。ルミ? 私の会社で――」

「却下だ。私は家具じゃない」

「…恐ろしい奇術師め。表情も見せていないのに、看破してくるなんて」



 それくらいは親友同士なら誰だって分かる。

 大方、会社で寝泊まり…生活しないかと誘っているのだろう。


 彼女もそういう手合いだし、実際に設備はあるのだろうが、私自身はこの新しい生活を楽しみたいと思っている。

 だから、見送り。

 飽きたら考えるさ。


 ―――何十年後、介護が欲しくなった頃に。



「待っていてご飯が出てくるし、仕事以外の面倒はしなくて良いんだぞ?」

「生憎、家事も料理も楽しんでいるさ。料理本片手に準備する楽しさを知らないと見えるね。ほら、顔を拭くから」

「――まて、そのハンカチは何処から出したんだ。というか、何で濡れているんだ。こんな下らないところで世界一を披露してくれなくて良いから」

「ただの癖だよ。ほら、動かない」



 世話の焼ける親友め。

 どうしてこんなにも世話をしたくなるのか。

 彼女の顔に走らせた落書きを拭き取りながら、そのもちもちを堪能する。


 濡れハンカチは、事前に用意した物。

 こうなる事がわかっているのだから、寝ている間に用意するのは当然だ。

 手品とは、準備が最も大切な要素。

 斜め上から滑り込ませれば、当たり前の事でも驚きに反転するし、日常は非日常になる。


 林檎が熟すのは当たり前だけど。

 一瞬で真っ赤になれば、それは当たり前ではない。

 本来なら不可能。だけど、それを準備と道理で可能にするのが私たちだ。

 


「ふぅ…。相変わらず、油性じゃないんだな」

「落ちないと困るだろう。願掛けの時でもなければ、水性か時間で消えるインクを使うよ」

「…やられたの思い出した」



 そんな事もあったかね?

 

 多分、何かしらをやらかしたお仕置きだ。




  ◇




 それからも。


 ゆっくりと二人で会話を楽しみ。


 とっぷりとした闇の広がる屋外。

 宵もゆっくりと落ち着いてきたところで、トワは立ち上がる。



「じゃあ、また来るからな。毎日ゲームを楽しんでくれ」

「これから働き始める身に何を言うんだ。ゲームはちゃんと時間を守ってやるさ」



 自分でも、ちょっと怪しいけど。

 自制心を何とか強めないと。

 小さな掌を振ってドアから出て行く彼女を見送り、警察に補導されないことを祈り。


 いつもの、静かな部屋。


 一人、水を呷る。



「…これから、忙しくなるね」



 4月からは仕事も始まり。


 教員という事は、少なくない少年少女と関わるわけで。

 今からでも、賑やかな景色を望めるのが楽しみになってくる。

 それに…うん。


 学校で出会ったら。


 あの三人は、きっとびっくりするだろう。


 笑ってくれるかな?

 それとも、話さなかったのを怒るかな?

 ばったりと出会った時の反応を想像しながら、一人になった空間でほくそ笑む。きっと、素晴らしい思い出が一つ増えるに違いないから。




 ―――じゃあ…お酒が入ってはいるけど。




 今日も、ゲームの世界へ出張しよう。

 世界を自由に巡る冒険にはお金が必要だが、まだまだ資金不足。

 何時までもトラフィークだけというのは、せっかくのオープンワールドが勿体ないというもので。


 路銀を得るためには…うん。


 やはり、私の金策は()()が性に合っている。

 

 


 今日はどんな芸当を披露しようかと考えながら。




 ―――私は、もう一つの世界へ旅立った。

短めの第一章。

お付き合い頂き、ありがとうございます。


まだまだ、チュートリアル編。

次章【マニュアル編】からは世界も広がり、戦闘も増えますので、よろしければこのままお付き合いをば。



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