第13幕:暗黒な気持ち
―――暗黒圏……魔族領域。
冥国タルタロス。
陽光の差す事なき暗闇の雲に閉ざされた、しかし焔の如き紅い熱と光の支配する大地、魔族領域の中心。
魔神王の膝元である、魔族の一大都市。
その中央に鎮座するは。
上空を飛び回る飛竜さえもが、まるで羽虫かと錯覚するような、巨大な建造……否、構造物。
天を衝く長大な、生い茂った巨木を思わせるソレは。
よくよく目を凝らせば、樹木ではなく、大岩。
天へ伸びる塔のような、巨大な岩石を削り出し形作られた、居城―――。
……………。
……………。
薄暗く冷たい大部屋の中に響く金属音。
片や、大剣と見紛う程に厚く巨大な長剣。
片や、青白く輝く冷たい直剣。
二つが幾度と交わり。
蒼白い、幻想的とさえ表現できる火花を散らす。
「―――もし、また出会ったら――ッ、……聞くまでも、ない?」
強烈な一撃に、腕が痺れる……ように感じる。
疲れを感じる事、息苦しさを感じる事、痛みを感じる事……これらが存在しない仮想現実の身体だけど。
驚く程リアルな感覚、感触。
剣に巻かれた革の質感、重み、可動域決まっている鎧の動きにくさ。
全てが本当だ、全てが真実だ。
現実では無くても、本当に感じるものだ。
あちらでは決して味わえない充足感に身を任せつつ、向き合う存在に問いかければ。
「―――無論、言うまでもない」
「もう一回?」
「然り。我は、今一度あれらの挑戦を受けるだろう」
身体を漆黒の鎧に包んだ、二メートルは優に超える大男が答える。
彼は、アリギエリ。
暗黒騎士アリギエリ・スム。
軍部の中で、三人……四人居る将軍の一人。
一応、私の同僚。
三将軍の中で、私が一番仲がいい……と個人的に思っているのは、このアリギエリだ。
彼自身は、武人肌で巨漢。
更に頭は固いし戦闘狂だしで、普通に考えれば、かなり付き合いずらい部類の筈だけど。
ラースは寡黙過ぎるし。
ガラティアは殆ど会わないし。
そう考えると……、やっぱりこうなる訳で。
NPCであるからか、変な挑発とかも嫌みも、悪口も陰口もない。
今回も。
訓練に誘ってくれたのはあっちだから……嫌われては無いだろうし。
こう見えて、案外話してて楽しい。
或いは、本当に気兼ねのない関係……気の置けないっていうのは、こういうモノなのかも。
「……貴様は」
首を捻り、考えていると。
アリギエリが、再び長剣を構えて言葉を紡ぐ。
「貴様は、あの時より遥かに強大になっている。この我が戦慄を覚える程に……、ジュデッカ様の仰った通りに、だ」
「だから、その子―――その人達もって?」
話題は、以前彼がまみえたPL。
生粋の武人……魔族を人と定義するのかは分からないけど。
戦闘者である彼は、強い人達との戦いを何より重要視していて。
そんな彼が。
ここまで特定の対象に執着するのは、本人に曰く【12聖天】以来だという。
……私は会った事ないけど。
12聖天というのは、先の……百年近く前の人間と魔族の大戦で人界の三国が指定した、対魔族の要。
人界最強の十二人の総称。
各々が、主な武器と色の名を冠しているという彼等だけど。
概念自体はほぼ形骸化して、単なる称号となってしまった今でさえ、代替わりを経てさえ、その影響力は絶大らしくて。
……問題は。
その、とっても凄いNPCたちにアリギエリが重ねているPLの一人が。
その子が、多分私が知ってる人だって事。
「―――前に話してくれた12聖天には、【白刃の剣聖】って人が居るんだよね?」
「然り。白刃のアルバウス。若き、素晴らしき剣の使い手」
「……何十年も前の話だよね」
「然り」
それ、もうお爺ちゃん……じゃなくて。
剣聖。
これ、アレだよ。
多分、偶然の一致とかじゃないんだよね。
私達が人界へ襲撃を仕掛けてから、もう数か月は経つけど。
今になってこの話をしているのは。
第二クロニクル発令から、はや一週間が経っているから。
……一週間だ。
既に薄明領域の向こう―――人界の皇国という所では、私たち以外のPLが戦いを繰り広げている訳で。
では、私達はと言えば。
特に、何も変化はなし……だった。
「人間種の素晴らしさは、その恐るべき成長にこそある」
「ッ……!」
「或いは、貴様も……その血も」
アリギエリが、剣を両の手で横に薙ぐ。
急所攻撃ではないけど。
まともに当たれば、それだけで私の体力は余すことなく消し飛ぶ……かな?
私の鎧。
一応、どんな攻撃でも体力満タンなら一回は耐えきれるんだけど。
何事にも例外はあるらしい。
「我らは、確かめるのみ。ジュデッカ様の御言葉通り……、人類が衰退したのならば、我らが再び火を灯す。薪が既に存在せぬ時は、亡ぶのみ」
「物騒……!」
強撃を、剣で上へ擦り上げることで往なし。
手の痺れを覚えながらも、防御の延長で振り上げた武器にスキルを纏わせ。
「―――“黒幻・炎刃滅却”」
赫黒い焔を纏った一撃が、密閉から解放されたかのように爆裂する。
轟く獄炎の一撃は、今に魔将の胴体へ肉薄し。
「―――ぬるいッ……!!」
「!」
焔が二つに斬られ、剣が止められる。
私の一番強力な攻撃スキルが、弾かれる。
「優れた技、優れた技術。それらは、手段の一つでしかなく。単一の技で趨勢を決しようなどと驕るな……」
「……優れてるっていうのは認めてくれるんだ」
……やっぱりだ。
オルトゥス以外を殆ど知らないゲーム素人の私でも、分かる。
一個人がどれだけ強くなっても、それは一PLの範囲―――開発者の想定を超える物ではなく。
複数人の同レベルを一度に相手は出来ても。
小説やアニメのような、一騎当千は無理。
……勿論、レベル差が圧倒的なら可能だけど。
今回私達が行くであろう、高レベルが当たり前の戦場でソレが出来る程、甘くはない。
アリギエリは、NPCであると同時に「ボスエネミー」というやつだ。
一対一では、天地が返っても勝てない。
本気で彼を倒したいのなら、私が五人……六人くらい欲しい。
―――――――――――――――――
【Name】クオン(ヴァディス・クウォ)
【種族】 半魔種
【一次職】 暗黒卿(Lv.60)
【二次職】 鑑定家(Lv.7)
【職業履歴】
一次:戦士(1st)暗黒卿(――)
二次:鑑定家(Lv.7)
【基礎能力(経験値0P)】
体力:20 筋力:75(+10) 魔力:30(+30)
防御:20 魔防:25(+11) 俊敏:70(+18)
【能力適正】
白兵:AA 射撃:AA 器用:D
攻魔:A 支魔:E 特魔:E
―――――――――――――――――
でも、私自身。
レベル的には、既に上限。
これ以上となると、アップデートで4thが解放されてからって事になるんだろう。
では。
果たして、レベルが4thの上限とされる80となり。
幻の5th、その上限100になったとして。
私は、この騎士に……ぁっ。
一瞬にして、男が剣を振り抜き。
一際大きな痺れを感じる。
しっかりと握り締めていた筈の剣が、飛ぶ。
床に落ち、金属音を鳴らし。
消滅も戻ってくることもなく、ただそこに転がる直剣をぼんやり眺め続ける中、近付いてきたアリギエリが息を吐き出す。
「―――たわけめ。何処か、集中しきれておらん所があったぞ」
「……分かるんだ。凄いね」
「いつもの貴様の動きと比べ、一割ほど誤差があったのでな」
そういう計算?
今のAI技術は、表情とかでも内面が読み取れるんだって感心したのに……。
元より、あと一回の予定だったし。
訓練の終わりを感じ。
気を張り詰める必要もなくなった私は、さりげなくを装って問いかけてみる。
「―――ねぇ、アリギエリ。今回の事って……どう思う?」
私自身の考えとしては。
ちょっと、過激すぎると思うんだけど。
問われた男は、興味がないと言わんばかりに背を向け、歩き始め。
答えを聞き逃さないよう。
倣うように、私も続く。
「我らの気にするところではない」
「……そう言うよね」
「宰相が判断し、四祖魔公様たちが定めるのみ。元帥の御言葉に、我は従うのみ。元より、人間種がどうなろうと、我の預かり知らぬ事よ」
「―――貴様は、常に誰かを。他の者の事を考えているな」
「……………」
「だが、今回に至っては我にはまるで分らぬ。我らが冥国の遥か果て、人界の事など。異種の事など。……知らぬ者たちの事など、どうして気に掛かる事があろう」
彼は、一度言葉を切り。
振り向き、探るように私の瞳を覗く。
「半分は人間である故、か?」
「……どうなんだろうね?」
半魔種……デミディア。
冥国スタートのPLは、一人の漏れなく人間と魔族のハーフであるこの種族なわけだけど。
PLの私には分からない。
だって、実際に生きてるわけじゃない。
この世界に親なんて居ないし、実際に育ったわけでもない。
或いは。偶々、同じ姿形なだけで。
この世界の人間は、厳密には私達とは全く違う種族なのかもしれない。
だけど……、それでも。
「異訪者って、向こうにもいるじゃん。……同じように、元々いた人たちと仲良くしてるんだって。それってさ? 戦わなくても分かり合えるって、ならない?」
「……………」
「敵も味方も。知るところからって、言うじゃん。今、あっちがどんな状態なのかって……私、分かっちゃうからさ。交渉とか。行けそうじゃない?」
「……ヴァディス」
「……うん。ズル、だよね。私だけが向こうの皆の事情を知ってて、向こうは何も知らないなんて。いま、これから私達がしようとしてる事も」
「ズル、卑怯……だと?」
今まで、意見を差し込まず話を聞いていた彼は。
何故か、聞き逃せぬと呟く。
「持ちうる全てを賭して、戦う。何処に卑怯がある。それを知り得る術は。貴様の得た、権利ではないのか。違うのであれば、何故それが出来る。何故それを与えられた、得た」
「……あはは」
愛想笑いじゃない。
勿論、およそ慰めという言葉が似合わない彼が言葉を尽くしてくれたことに笑ったんでもなくて。
私が思わず笑ってしまった訳は。
男の行動にこそあった。
「む……、ぅ。むむ……ぐッ」
アリギエリが、一度身に纏った鎧を苦心して脱ぎ。
鎧下の防具……黄金色の鎖帷子を纏い。
また、その上から苦労して鎧を着込み始める。
言動、共に不器用な彼は。
騎士にして将軍であるはずの男は、基本的な「鎧を纏う」という動作に毎回苦心している。
真面目に答えてくれているのに、この行動。
言動が一致しないおかしさに笑ってしまうのも当然だよね。
「……それ、やっぱり着るの大変? 一度脱いでから、もう一度着込むの」
「……………」
「良いんだよ? 面倒って言って。というか、サイズ合ってないんじゃない? その鎖帷子」
「……たわけが」
あくまで、なんて事はないと言いたいらしい。
その、鎖帷子。
何でも、むかし魔神王様から賜った宝物らしいからね。
着るの大変ですって言ったら不敬罪になっちゃうのかな。
……倒したらドロップするのかな。
「貴様こそ―――」
「ほらっ、ほらっ……何か言った?」
「……………」
これ見よがしに、見せびらかすように。
同僚の前で何度もスキル【黒鎧生成】を使って鎧のオンオフを切り替える。
無論。
私じゃなくても、PLの着替えは大体画面ワンタッチだから。苦労なんてするはずも無い。
相手は、憎々しげな眼でソレを観察し。
「……面妖な」
でた、口癖。
理解しきれない事があると、すぐソレだ。
……正直、楽しいと思う。
友達と悪ふざけしている感じがあって……でも、現実じゃ絶対に出来ない事。
この世界だけだ。
だって、イメージが違うから。
女子の輪で無害に笑っている私じゃ、こんな事をし始めたら幻滅されちゃうから。
皆とは言わなくても、一定数の反感を買うから。
それは、とても怖い事なんだ。
「―――……うん。大丈夫」
悩んでなんかない。
だって、これはゲームだから。
着実に成長できるし、着実に「クリア」には向かっているんだから。
今、私にできるのは。
そのクリアを、どれだけ多くの人が納得できる良いもの―――俗に言うハッピーエンドに出来るかどうかで。
失敗しちゃった……って、思ったら。
その時は―――また、相談に乗って貰えば良いんだもん。
鎧を完全に纏い。
何の効果があるのか不明なマントを翻したアリギエリが、何事もなかったように堂々と歩きだす。
「―――さぁ、征くぞヴァディス。陛下の命にて、皇国を墜とす」
「……うん。分かった」
私達の、今回の任務。
今回もまた、それが与える影響は計り知れない筈で。
私にできるのは……何だろ。
無血開城、とか?
出来るだけ、最小限の被害で終わらせたいな。
―――ぁ。
でも、ちょっと。
「お昼時だから、ご飯食べてきていい?」
「…………先に向かうぞ」




