幕間:皇国上層部の意向
「皇女様の容態は―――?」
皇国中央区画―――教皇庁。
空に煌めく輝きがそのまま地上に顕現したかのような、煌びやかな三層構造の宮殿。
高い天井、豪奢な照明器具に照らされ、一片の闇も存在しない長大なる輝きの回廊に刻まれるは、天から舞い降りる四柱の光。
精緻な紋様、彫刻。
白亜と黄金に彩られた、創世神話の様子を模した壁画。
柱の連なる回廊を歩む度。
一歩一歩を踏むたびに現れる、途方もない情報量。
中でも、回廊より続く闇を寄せ付けない程の輝きを放つ一室に、よく通る男の声が響いた。
「……殿下は、日に日に衰弱しておられます。最早、予兆との見方を否定する事はあり得ません。……また、【神智の霊薬】などの類も、未だ発見には至っておらず。このままでは、そう長くは」
「「……………」」
この場に集まりし者たち―――都合、七人。
彼等は、この国の屋台骨たる為政者たち。
教会という機関の頂点に君臨する五人の大司教、二人の枢機卿。
皇国という国家の運営は、この議席に座する彼等の方針と決定により左右されている。
―――では、主は。
帝国であれば、帝室である【クリプトセント】
王国であれば、王室である【サンリアニクス】
三国に分かたれし人界の一角、その最後の一つ。
この国の、真に頂点たる人物とは誰なのか。
帝政……王政……否。
皇国は、そうではない。
大司教、枢機卿……この場に集いし者たち。
彼等の上と考えれば、一般には教皇という役職が存在するのが道理であろうが……皇国、教皇庁を称するこの国この機関には、それがない。
事実上の最上位は、陽神リアソールの御子。
国中から集められた敬虔な信者たる少女たちの中で、最も巨大かつ純粋な「魔力容量」を持つものが次代の皇女となる。
それは、建国時より変わらぬ習わし。
御子とは、器である故。
そうでなければならぬという、確たる意味と理由がある故。
国家元首であり、象徴である。
それがこの国における、皇たる女。
太陽とは、遍くすべてを照らすもの。
月とは、他の光を受けて初めて輝くもの。
皇女という存在の輝きを受け、初めて皇国の権威と威光は成立する。
故に―――皇女リア・ガレオス・エディフィス。
彼女が病床に伏しているという現状は、彼等にとっても早急に解消すべき大問題。
「まさに。世界が我々を引きずり降ろそうとしてるかのようですな」
「……底のない闇へ、と? 否、逆であろう」
「然り。我々が落ちているのではなく、あちらがせり上がっているのだ。予兆……、皇国の深淵を蝕する死の神。地底の闇が、呪詛と共に」
輝きの内装に反し、雰囲気は一様に暗く。
皇女の病と、不穏な予兆。
大元となる要因についての予想こそ出来ていて、どうする事も出来ない。
知る故に。
ソレがどのようなモノなのかを知る彼等だからこそ、絶望に沈み。
長く、手を拱いて現状を維持してきた。
存在すら不確かな、霊薬に縋っていた。
「やはり、手段は選んでいられぬ。我々は、こうすべきだったのだ。この選択は、間違いなどではなかった」
「―――私は、今でも反対です。他国の者……それも、異界からの来訪者など。未だ、二国も持て余していると」
「では、どうすべきと? 代案は」
「む……ぅ」
「救世主、シャヘル、ルクスなど。我々は待っていられない。予言を求めるならば、自ら動かねばならない。この機に、内乱が起きれば。他国が侵略を仕掛けて来れば」
彼等の主だった業務は、民衆の前にて宣言を下す事の為。
弁舌にもたけているのが道理。
しかし、方針に弱気な姿勢を持つ若い大司教は、次々に襲い来る言論へ、瞬時に言葉を返す事が出来なかった。
だが、その上で。
若い大司教は、未だ納得していないと言うように呟く。
「……あの者らには、何やら良からぬモノを感じるのです。それに、異界の者達の力など借りずとも―――皇都には、紫紺と神使達がおります」
「……いかな十二聖天とは言え、共にまだ若い。代替わりが重なった現状とあっては、決して油断ならぬ。【黒鉄】も、【緑化】も、魔族への備えとして国境に配置している故動かせぬ」
「ゆえに、異界の者」
「―――招集したのは、【円卓の盃】……異訪者の中で、最も強大。名高き者たちとの事です」
議事の大詰め。
最後の話題について、一度場がシンと静まり返るも。
中心的な存在である二人の枢機卿の内、鋭い目つきの男が手を鳴らす。
「異訪者たち……、死して尚何度でも現る仮初の身体を持ちし者たち。賭けてみましょう。我らも、異界の者に」
「「……………」」
満場一致、とは言い難い。
それこそ、若い大司教のように表には出さないが。
誰もが心の底から納得しているわけではなかった。
それでも、動かねばならぬ故。
彼等には導く使命がある故。
この場の締めとして、片手を掲げるように天へ……ブライト教の祈りの所作を取った彼等は、各々立ち上がり、本来の職へと戻っていく。
「―――もし、ノワール殿?」
……ただ一人。
未だ卓に着いたままの、細身の枢機卿は。
怪訝な顔で待つ目つきの鋭い枢機卿の言葉へ、にこやかな笑みを返す。
「えぇ。少し、考え事がしたく。一人にさせて頂きますよ」
「左様ですか。では、そのように」
……………。
……………。
「―――それは、また別の話だろう」
そして。
一人を除き、誰も居なくなったその場に。
彼の声だけが、僅かに漏れる。
「貴様の趣味趣向など知らん、盗賊王」
『―――――』
「無論、心得てはいるとも。星の暗殺失敗など、些事。のちに、どうとでもなり得る」
『―――――』
「なに……、時間はある。そして、御子に時間はない。我が担うは【死刻神】様の復活。御子が崩れれば、全ては叶う。天も、地も。全てが裏返る。貴様の助力などもっての外。この件で、私が夜を統べし者。貴様等の上に立つ皇となるのだ」
地底の神々の中でも、最も強大な権能を有した神。
地底の混沌。
この皇都の深淵に、強大な神は眠っているのだと、力を取り戻しつつあるのだと。
満願成就を目前に。
言葉の中で、枢機卿は深い笑みを形作る。
「我らの目的。その完遂は、近いとも」
『―――――』
「あぁ、それで良い。仮に我が失敗したのならば……。次が、貴様だ」
一度、言葉を切る中で。
男は再び空の伺えない天井へと手を伸ばす。
それは、先程の祈りの所作とは似て非なるもの。
天を、光を覆うような、喰らうような。
引き摺り降ろすかのような、狂気に満ちている。
彼等は、動き出す。
復活は近い……と。
「混沌なりし、死刻神アリマンよ。黄泉を統べし不死なる神よ。―――光は地底より登らず。我らノクスに神の意思あれ」
◇
「どうだ、星野。シナリオの出来は」
「えぇ、完成度としては悪くないと思いますよ。とは言え。まだ下書きのような物なので、後は文章の校正、練り直し次第ですけど」
「ふふ……、そうか……」
「物語の裏で起きている出来事を、書籍化して発売する……印税がっぽり作戦。未来のボーナスはこの完成度に掛かってるからな。頼むぞ」
PLの活躍によって形作られる、オルトゥス正史。
このゲームの世界に存在するクエストは、大なり小なりNPCや都市に影響を与えることになるが。
クロニクルは、完全に桁が違う。
まさに、歴史の生まれる瞬間だ。
そして。
歴史が大きく動くという事は、それだけ多くの登場人物が暗躍し、複雑な思惑が入り乱れているという事でもあり。
今のシュミレーションも、その一つ。
PLが動いている、その舞台裏。
クエストがどのように発令され、どのような目的の元動いているのか。
思惑、陰謀……。
それらが、具現したもの。
開発者たちの描き出した、物語と利権とボーナスを生む種だ。
「ふふふっ……ッ。読者の考察に水を差すような、とも取れるが。答え合わせは、いずれあっても良いだろう。種には、水が必要だ。なぁ? 月島、陽子」
「脚本練る私と星野の身にも欲しいですけどねェ、マスター主任」
「休み欲しぃわーー」
尋ねられるままに、後方で騒ぐ賑やかな男女。
その片割れ、月島という男の言葉に何かを思い出し、主任……トワは首を捻る。
マスター……マスター? ……あぁ。
そう言えば、アイツに誘われてたな。
久しぶりに、あの喫茶で皆と一緒に……と。
「……休み、か」
「「お?」」
「もしかして、アリアリですか?」
「仕事人間……人間? な主任が、休暇の考え事を?」
「人間かどうかを迷うな。―――お前たち三人分は常に申請してるさ。憶測だが、この件が終われは多少は通りやすくもなるだろう」
「「お」」
「アメが欲しいなら、馬車馬の如く働くんだな」
高給取りであるのは良いが。
その使い道……使う自由な時間が少ないという、致命的な欠陥を持つ彼ら彼女ら。
プロの大リーガーですら、完全オフの日が出来れば子供のような大歓声をあげるのだ。
この業界にやってきた輩は、大なり小なり望んで歩んできた者であろうが。
それでも、休暇というものは当然に嬉しく。
「この仕事、このゲームが人へ与える影響。それを見る自体が趣味、楽しみでみありますけど……ね。頂けるのならば、喜んで」
「更に気張る理由が出来たな。……さて、さて。今は、あくまで前段階。ここからが怒涛の展開だ」
「ぼやぼやしてると、マジで何も分からず終わりね」
このクロニクルについて。
只、無意味無数に関連クエストが乱立しているだけ、と。
そう考える者は僅かだろうが。
気付いていて、果たしてどれだけの者が中央へ辿り着くか……或いは、ピースをかき集めて裏を知るか。
彼等「管理者」の注目は、そこにこそあり。
「楽しみね、主任。―――ね、賭ける? 二人共。私としては、四位の妖精の子たちが良いけど。可愛いし」
「一プレイヤーに入れ込み過ぎだろ。俺は悪魔軍団」
「では、私は安パイの円卓ズで」
「……貴様ら」
管理者にあるまじき、特定の人物への贔屓、職場での賭け事たる会話を聞き。
長の額へ、青筋が浮かんだのも束の間。
「主任の推しは……、例の、二次職モデルの人ですか?」
「……はっ」
部下の言葉を、トワは鼻で笑う。
推し……などと。
ゲーム脳が考えそうなことだ。
とある二次職をデザインする際に、モデルを打診し……碌な参考にもならなかった存在の事など。
(私の、魔法使い―――……コレも、ゲーム脳か)
「さて、な。このイベントに、ソイツが絡んでくるか……、辿り着くか、だと? ふんッ。アレは……アレは、そうさな。今頃、蚊帳の外で指をくわえて見ているかもな」
何せ、道楽主義な無職だ。
崩さねば、何の未来すら掴む事の出来ない屑山、ゴミ職業に就いてしまった期待外れだ。
兎にも角にも、第一には職業斡旋……。
あぁ。他に、可能性がわずかにでもあるとすれば……。
「……それすらもあり得るかもな。アイツなら」
彼女が、クロニクルの台風の目になる可能性と。
無職というゴミ山を、崩すことなく黄金の山に変えてしまう可能性。
そのどちらもが、文字通り千に一つ、万に一つ……PLの数だけある可能性。
現状を鑑みれば、億に一、兆に一。
論ずるだけ無駄、ほぼあり得ぬ話なのに。
しかし、何故なのか。
幼き日より僅かばかりも薄まらないワクワクが、今まさに目の前にある気がして。
あの職業で出来る事など、高が知れている筈なのに。
第二クロニクルの開催地である皇国にすら辿り着ける実力は持ち合わせていない筈なのに。
何故か、「何もしでかさない」という当たり前が見えない。
それが面白いと。
少女のような笑みを浮かべる上司に、部下は目を丸くするばかりで。
「また、一人で勝手に考えて、一人で勝手に納得して……。本物の狂人……人? 感あるな」
「主任のお友達、ね。全く人物像が組み立てられないわ」
「我々には、何も教えてくれませんからね」
「プライベートだからな、これは。あと、友達じゃない、マイ・ベステスト・フレンド……MBFだ」
「定量的評価ツール……評価、機材……う、頭が」
「ベストフレンドを道具呼ばわりですか。……今季のツール評価も割り出さんとですなぁ。あぁ、忙し忙し」
ベステストとは、専門用語の一種。
ネットスラングの台頭により、bestの最上級だと勘違いする輩も居るが、そもそもbestの時点でgoodの最上級。
近年では、そちらの使い方も確立されているとは言うが。
それは、あくまでも俗語で……いや。
「―――やはり間違いではないな、ベステスト。最上位の中の最上位」
「ご友人の話ですか」
「よっぽど好きなんですね」
「主任がそこまで入れ込むなんて、本当に……。会いたくなっちゃうわ。可能なら色々聞きたいし」
美麗なグラフィック、スムーズな操作性、感嘆する程広い世界。
どんな素晴らしいゲームにも……素晴らしいゲームだからこそ。
行き過ぎた技術による、予期せぬ欠陥は出来るもの。
オルトゥスにも、管理者の想定していない欠陥はあり。
それらは、PLの働きによって発見され、逐一修正される。
詰まる所。
開発者の想定していない動きを取る輩ほど、役に立ってしまうのも事実であり……。
あのPL程、生きる想定外も珍しいと。
だからこそ、トワは彼女を自身の最高傑作たるゲームへ送り込んだとも言える。
友であり、一種のツールでもある。
どちらの意味でも、ある意味ではお似合いなのだろう。
「ふふ……。アイツは、凄いぞ? 美人で、スタイル良くて、愛嬌があって、優しくて、母性がたっぷりで、良い匂いがして、柔らかくて……」
自身の結論に納得し。
気を良くしたトワは、いつもなら語らぬプライベートラインを無意識のままに語り。
「紹介してくれません? その人」
「出会いがないんです。同期ガサツですし、上司ちんちくりんですし」
「ファッキュー。ぶち殺すぞ有象無象共」




