第12幕:状況整理の必要性
「こッ、コイツ等……有名なTPキラー共だ! クソが!」
「クエスト破棄なんて汚ェぞ!」
「この期に及んでまだ言うーー?」
「感心しませんなぁ、全ては自らの不幸でしょうに。某たちには、何の落ち度もありますまい」
「……なぁ。俺ら、アンタ等と同じ括りにされたくないんだが」
「同様にクエスト破棄している時点で同じ穴の狢では? ユウト殿」
「何で漏れなく名前知ってんだよ。ストーカーか?」
「ルミちゃんの話によく出てくるんだよ、チミら。ナナミン、エナリア、ショウ……後一人誰だっけ」
「「ふんすッッ!!」」
「嬉しいのは分かるが戦ってくれ」
「―――ねぇ、僕は?」
……………。
……………。
―――どういう状況なんだろう、コレ。
急に、外が騒がしくなって。
扉を開け放って襲って来ようとした人たちの先頭に、何故かユウトたちが居て。
何故かレイド君のお仲間さん達も居て。
で……彼等が味方を裏切って、私たちの側に来て。
で、既に殲滅に移行してる?
敵方の数の方が明らかに多かった筈だけど、どうやら戦闘どころじゃないくらいに浮足立っちゃってるみたいだ。
「―――あの……、ルミエール様」
「あ、うん」
「これは、一体……」
「どういう事ネ?」
困惑してるよ。
リドルさんたち、困惑してるよ。
何かしら説明すべき?
「実は、私も全然わからないんだよって」……言って良いのかな。
そんな事も言えない雰囲気かな。
彼等よりは、まだ事態を把握できる立場……なのかなぁ?
「えっとね? あそこの彼等は、私の友達で、あっちの彼等は下郎君たちのお仲間さん。で、あそこの人たちが知らない人たち」
「知らない人たち! 敵さんですね!?」
「そうそう、敵さん―――んう?」
「「ステラさま!?」」
「凄いですねーー、皆さんお強いんですねーー?」
本当だ、ステラちゃんだ。
目の前で行われる戦闘にまるで物怖じしない様子の彼女が、私の背後からひょこりと顔を出す。
ニャニャさんもフォレストさんも一緒だ。
彼女たちは、上の階に避難してたはずだけど。
いつの間に来てたんだ。
敵さんの狙いって、十中の八九【星の御子】である彼女だろうから、隠れててもらった方が良いんだけど……。
「見よ、これぞ“飛空剣”!!」
正面階段の下で行われる戦い……殲滅戦は、そろそろ佳境。
大太刀を片手で持ったタカモリ君が、もう一方の手で腰に差した小太刀を放つ。
文字通り、放った。
刀という魂を放る……正統派のサムライにあるまじき動きは、まさに【任侠】……なのかな?
武人肌に見えて、型にはまらない攻撃が主なスキルみたいだ。
「―――ぬわーーッ!?」
「……ッ、よくも私の肉盾を―――」
で、敵の前衛さんがその攻撃で砕け散り。
背後でマスケット銃を構えていた女性の後衛さんが露出するも。
相手も、流石上位勢。
瞬時に己の不利を悟り、銃でけん制しつつもすぐに守りの態勢に入ろうとする……、けど。
「ばぁ、ミス魔弾の射手さん」
「ッ!?」
構えた銃を上から押さえつける【忍者】チャラオ君。
不意に……最初から真横に居たのかと思う程の隠形。
ナナミを閃光に例えるなら、彼は煙幕。
速さではなく、何処までも捉えどころのない、神出鬼没とさえ思える隠密能力。
同じ職業でも。
スキルと能力値によって、全く違う戦闘スタイルで。
「凄い! 凄いです! 異訪者さん達凄い!」
「―――これは、もう敵さんに勝ち目は無いかな。一矢報いるだけなら、まだ狙えるかもだけど」
「やはり、ステラ様は避難させるべきでは……」
「大丈夫だよ」
「―――何かお考えが?」
「いざとなれば、わたし盾になれるよ」
「「何も良くないッ!」」
「恩人を目の前で死なせたら一生の恥ヨ!」
この分なら。
もし防衛ラインをすり抜けて敵が来たとしても、私が盾になれば良いだけだし、大丈夫。
「この……ッ! せめて、誰か一人でも―――くッ!?」
「その人はダメだよ、地雷だよ」
「一番駄目な選択肢です」
―――でも、その必要もなさそうだ。
踊り場に居る故。
私たちは目立つし、一目でクエストの標的と分かるフォルムをしているから、敵からすれば何とか狙いたいんだろうけど、何ならレイド君達はそれすら利用しているみたいだけど。
私達を体の良い囮として有効活用するしたたかさん達と異なり。
こちら……私を守ってくれるように立ち回る一団は。
やっぱり強いね、ユウトたちも。
彼等の場合、個人個人の実力も確かに高いけど。
それ以上に、連携の力が高くて。
「イチでスライス」
「ニでミンチ」
「サンでスパイス鉛玉……」
「神経シメシメ」
「焼き上げ完成、パーフェクトぉ!」
ユウトが剣を振ってすぐ。
死角からワタル君が点となって突進正拳、敵の注意を引き。
突然彼が身を翻したかと思ったら、すぐ目の前に矢が。
……まるでマトリョーシカ。
それすら何とか寸でで弾いた敵の懐に、潜り込んだナナミが斬りかかり。
十八番のスキル“神経締め”で動けなくなったところに、ショウタ君が避けられやすくも高火力の魔法で確実に一人ずつ倒す。
凄まじいまでもの連携で。
もう、殆ど殲滅―――ん。
「……おんし、強い!!」
「ん、強いな」
一つの戦場のそのまた向こうでは、大剣と長槍の穂先が交わり、火花が散る。
多分、交わり……だ。
速過ぎて、私じゃ捉えられないみたいだよ。
それに。
あまりに凄い打ち合いらしく、今や他の人たちも遠目に見守るばかりで。
大剣が振り下ろされ……床に跳ね返り、一瞬で二撃目。
相手によっては一撃目で終わり。
中々の相手も二撃目で終わり。
それが、剣聖たる彼女の実力……私が知る最強のPLなんだけど。
初見で彼女の動きに付いていくなんて。
まさか、ハクロちゃんとまともに渡り合えるPLさん?
互いに、纏うは非金属装備。
白銀の鏃と、黒の弾丸が何度も縺れ、すれ違う。
胴着と袴。
武道でよく見るような格好は、劇の黒子さんみたいな真っ黒で統一され。
顔も殆ど隠れた……そんな風体の推定青年。
二メートル程度と、やや短めの槍を持った黒髪の青年は、怒涛の剣戟にさえ鋭く食らいつく。
―――ハクロちゃんが、ニヤと笑う。
珍しい事だけど。
曰く、強い敵と戦うと嬉しいらしくて。
「―――素晴らしい、素晴らしい……! よもや、偶々受けたくえすとでこれ程の剣士とまみえるとは!」
「お前も、強い」
「ふふ……、光栄! なれば、おんしをコウテキシュと認め、今こそ名乗ろうぞ。わては円卓の―――ぷぇ」
「あ」
あ。
「あ、スマン。わざとかも」
「無念なりぃーー……」
名乗りを上げようと、古風な青年が一瞬動きを緩めた刹那、双剣が走り。
―――消えちゃった。
狙ってかそうでないか、レイド君の攻撃が絶妙に背後から……あぁ。
「……………」
「―――いやぁ、悪い悪い。……ってか、滅茶苦茶に強いな、嬢ちゃん。ウチ入らね?」
レイド君、そんな事ばっかりしてたら嫌われるよ?
どうやら、先の人物が最後だったらしく。
一帯から、戦闘音は完全に消え去る。
敵さんは漏れなく消えてしまったけど。
対して、こちらは。
元がギルドメンバーばかりだった故か、引き際の取り決めなども確実に決定されていたことで、犠牲は皆無。
一様に回復薬を取り出して全快と。
まさに、圧勝だった。
◇
「こちら、帝国貴族の令嬢ステラさま―――で、こちら……、ハクロちゃん?」
「……………」
諸々の脅威……一方的な蹂躙? が去った後。
互いに、互いの状況や事情をまるで把握できていないという事が発覚した私たちは、情報のすり合わせを行う事になり。
今一度、簡単な自己紹介とか。
どうして此処に来たとか。
レイド君がユウトたちを勧誘しようとしたり、ハクロちゃんに興味津々だったり、文字通り色々あって。
「―――……苦手」
「おぉ、よしよし」
私からは、まずNPCの皆さんの紹介を……。
と、思ったんだけど……私が纏う燕尾服の袖を掴んで離さない少女は。
どうやら、彼女はレイド君がお気に召さないらしく。
先の件で、見事苦手認定入ったみたいだ。
あの仕打ちを受けて「嫌い」とか「嫌」とか言わないだけ、まだ彼女の度量の広さが伺えるけど。
「ほれ、ほーーれ」
「あ~~……あ~~」
取り敢えず、応急処置と。
彼女の両肩に手を置き、身体を左右にプラプラさせてあやしつつ。
話を続けよう。
改めて紹介するは、リドルさんを始めとするララシア家臣団の皆さんと、ニャニャさん。
そして勿論、主たるステラちゃん。
彼女を紹介するにあたっては、重大な秘密とかがあるから、細心の注意が必要なのはもちろんだけど。
大丈夫だろう範囲では、逆に語りたいこともあって。
「――――彼女。レイド君達には結構馴染み深いんだよ?」
「あ?」
「ルミエ殿。それは、一体?」
「もしかして、運命の赤い糸ッスカ?」
「ある種のね。私が君たちと初めて会ったあのクエスト。私、身代わり令嬢だったの覚えてる? その本来の御嬢様っていうのが、彼女なんだ」
「―――わぉ」
「まことに運命ですな」
やんごとなき身代わり。
ほんの数か月程度前の出来事なのに、凄く懐かしく感じるなぁ。
ステラ・クライト・ララシア。
当時、私は彼女の名前は愚か顔すら知らなかったけど……、曲がり角でぶつかった女の子がそうとは思わなかったけど。
奇妙な縁で、いかにもなお貴族様である彼女の身代わりとして敗北必至のクエストを受けて、敵であった筈の彼等と意気投合して。
で、報酬に指輪を貰って。
うーーむ……と。
改めて、この国で役者が再び集結した奇妙な縁に浸っていると。
「……ん、……ん、……んあ?」
「あ、あの……?」
「御嬢様に近寄らないでください、下郎」
「………うーーん?」
突然、近付き近付き。
ステラちゃんの顔をマジマジと見始めるレイド君。
彼、ワイルド系だから。
目細めるとかなり怖いよ。
「だんちょ? 御嬢様、怯えてんけど」
「……………」
「こうなると、我々もどうしようもなく……、何かを思い出しているのでしょうが、幼子へ向ける温かい目にしてはいささか怖すぎますなぁ」
ね。
一体、何を考えているのか。
「―――そうだッ。あん時廊下の角でルミエールにぶつかってたヤツか……!」
そうそう。
彼女はあの時の……ぁ。
「―――むむ? ……ステラ様?」
「「うぉ!?」」
「眩しッ!」
「本当に光るじゃん!」
「……………あの、その……」
フォレストさんのモノクルがキラリと光る。
ステラちゃんが、タジタジと一歩下がる。
やっぱり。
あの時私に口止めをお願いしていたのは、これを恐れての事だったんだ。
このままじゃ、ステラちゃんが詰められちゃうよ。
「うん。懐かしいね。……そう、そう。御礼品、この指輪が余りに嬉しくて……。あの時の私、前を見てなかったんですよ。で、歩いて来てたステラさまにぶつかっちゃって……ね? レイド君」
「―――あ?」
「ね」
「……だった、かもな」
「左様でしたか……。では、私からはなにも」
「わぁ……!!」
多少フォローしただけだけど、ステラちゃん、キラキラした目を向けてくれる。
凄く可愛いね。
これは、彼女の好感度も期待できるよ。
馬車とか、くれるかも。
……さても、さても。
「じゃあ、色々と話が繋がってきた所で」
「全く別の所からな」
「―――繋がってきた所で。先の話、今後の私の展望をお話したいんだけど……。その前に、レイド君達からも。報告、ある?」
ユウトたちの話は、以前聞いた通りだろうし。
今は、【傍若武人】の面々だ。
彼等も、独自に情報を集めて大暴れしていたらしいし。
現状報告、お願いしたいかな。
後顧の憂いを断つためにも。
「―――どうする? ダンちょ」
「別に良いだろ。乗りかかったどころか、事実上共犯だ。それに……かなり良い思いが出来そうだし、な。この縁にあやかって、協力と行こうぜ」
「……では、某たちの分析した情報から先にお話しましょうぞ」
「うん、お願い」
……………。
……………。
お話しして?
どうして、三人で顎を動かし合っているんだろう。
「ん」
「ん」
「ん」
「……はぁ、しょうがねェ。―――チャラオ、頼むわ」
「……あい、あい」
説明が面倒で、互いに押し付け合ってたみたい。
で、団長命令と。
強権発動に、仕方なくといった風体で肩を竦めたチャラオ君が口を開く。
「俺らは、もとより対立系のクエを探してたのよ。戦争には興味薄いけど、今回のクロニクルは前回と一味違うし、何より参加するのはほぼほぼ上位PLばっかだしで、楽しめそうだったからねぇ」
「別行動組は、情報収集に特化した面子だから、独自に動いてもらったりもしてな」
大抵のPLは、ワールドクエストという言葉にこそ惹かれる筈なのに。
本当に、生粋のPK集団だ。
第一次クロニクルも不参加だったらしいし。
今回は最前線での開催であるから、TPを沢山キルできると考えて態々出張って来たらしい。
「作戦は単純明快。手分けして色々見て。一番楽しそうな場所に皆で便乗しようって算段よ」
「成程ぉ……」
「賊っぽいぃ」
「―――……あれっ? でも、その人達さっきクエスト破棄しましたよね? じゃあ、暫くは僕達と同じく……」
「どうせ、大半は受けてない、とかだろ。さっきなんか言いかけてたし、大規模な討伐で一々確認なんかしないしな」
「「え……!?」」
「「そそ。偵察隊の中で、ここを襲撃するクエストを実際に受けてたのは、ほんの一人だけ。残りはただくっ付いてっただけ。ユウトクン……ユウトッちの言う通り、NPCもPL同士も、一々確認なんぞしないからな」
「へへへ……良いだろ、策士様だぜーー。俺暫くクエスト受けられねェぜーー……うッ」
成程。
そもそもクエストを受けてすらいなかったから、あんなにアッサリ寝返ったような振りを。
最低限のペナルティで、随分楽しんだんだ。
流石は名高い盗賊団。
ところで。
「ねぇ、ユウト。やっぱり、何か気に入られてる?」
「勘弁してくれ」
レイド君とも名前で呼び合ってるみたいだし。
いつの間に、こんなに仲良く。
「今回はクエストが多すぎる故、一つに固執できんのですよね」
「それな。で、此処から大事な所。何でも、クロニクル関連クエストにはレア度があるらしくて……。赤街、白街、青街……より中央寄りの街で行われるクエが、旨いと。そして、勿論……一番旨いのが?」
「「―――教皇庁」」
……中央も中央。
そう、教皇庁。
ここ皇国の中心にして、ブライト教の総本山だね?
私でも分かるという事は。
……およそ、この場の異訪者全員が頷く。
「クエスト文の内容―――条件達成による探索エリア拡大。これは個人単位の扱いゆえ。庁内に入る為には、特別な手段が必要と考えられます」
「一つには、勿論馬鹿正直にクエスト報酬として入る。二つには、都市領主のお墨付きである書状、紹介状の類。みっつには、皇国政府の所属である……これ、完全に例外的なケースな。で、最後。やんごとなーき方に同行する」
やっぱり、王道であり最も現実的なのは一番目。
他はどれも難しそうで。
この国に来たばかり。
なのにいきなり信用を得て、一番立派な場所に入るなんて、とても現実的じゃない。
けど、皆々様の狙い、彼等の目的も。
「レイド君達の目的は、最初から教皇庁だったと」
「あたぼうよ。……で、本題だ。予想は付いてるが。ルミエール、今後の展望―――御姫様にキッスを大作戦ってのは?」
「「?」」
「―――ねぇ、何の話?」
それ、気になるよね。
友情関係なく、打算で動く彼等の事。
その可能性がありそうだったから、今回も私の味方をしてくれたんだろうし。
私も、今からアポイントメントを取ろうとしてたんだ。
では、回れ右をして。
「ステラ様、ニャニャさん。折り入ってお願いしたい事がありまして」
「は~~い」
「は、はい……ぃ……、―――ひぅぅぅぅ……」
……あれ。
真摯にお願いしただけなのに、凄く委縮しちゃってる?
私、何かやっちゃったかな。
……………。
……………。
「―――何やってるの?」
「「温かい目」」
違った。
私じゃなくて、その後ろに待機している盗賊君達の顔だ。
口は三日月のように弧を描き。
目は薄く開かれるままに、白目が覗き。
率直に、怖いよ。
多分そのつもりじゃないのが一番怖いよ?
「―――レイド君達、やっぱり外で待っててくれないかな」




