第11幕:あ、辞めます
「―――こここそ、異端者の魔窟。諸君らが討滅すべき者共の所在。愚かしくも神のご意思に反目せし、刺客どもの根拠であるッ!」
大仰な手振りと共に立ち止まる宗教服姿の男。
その所作には、凄まじい熱を感じて。
本当に、濃いな。
道中でもずっと喋っていたようだし、記憶に新しい竜人や精霊たらしにも並ぶキャラの濃さだ。
NPCであるという以上に、宗教の司祭であるという事が影響でもしているのか。
……宗教?
「なぁ、恵那。あれ……、やるのか?」
「張り倒しますよ」
別宗教はお気に召さないらしい。
堂々かつ堅牢であろう外観でありながら、肝心の門番の居ないその場を素通りし。
目的の敷地内へ踏み入れると。
左右には、大人数のバーべキューも楽々といった庭があり。
正面大扉の側面から広がるそこからは、人が楽々侵入できるサイズの複数の小窓が幾つも確認できる。
一階の部屋に配されているモノだろう。
平時なら侵入口の一つ。
だが、今回は……。
「窓開いてないか? どうだ―――というか割ってくか?」
「割るか」
当たり前だが。
五十人……これだけの人数が居れば、更には漏れなくPLであれば、統率などあったものではなく。
勝手知ったるとばかりに側方へ動き、一階の窓へと近付いていく者たちもいるわけで。
偵察、或いは奇襲。
その辺りでも考えての事か、各々で動き始めるクエスト受理者たち。
最早見慣れた光景だが、相変わらず思考が世紀末染みているな。
ゲーム脳と言うべきか。
むしろ、ああいう手合いが異世界系小説の主人公を張れるのだろう。
古き良き伝統、勇者行為。
他人の家に土足で踏み込み、タンスを漁り、壺を壊す……と。
「―――優斗、私も偵察行っていい?」
「入口以外からも入れそうだよな」
「さっきのアレ、見たろ。特殊クエストの仕様で、地形破壊が完全に無効になってる。普段は行けるから失念するが」
「「ぁ」」
そう、本来は壊せるのだ。
そもそも都市内部での戦闘が少ない故、経験が少ないが。
武器でも、魔法でも。
壊そうと思えば、一定以上の能力があれば。
道路や家屋の破壊は可能。
その代わり、都市の防衛に付く強力なNPC……トラフィークで言う【牙兵団】、アンティクアで言う【月光騎士】がわらわら出て来て、リンチされ。
挙句、被害が行き過ぎれば都市から放逐される故にメリットが皆無で。
それ故に、やる馬鹿は殆どいないのだが。
今回はそもそも家屋の破壊も出来ないから、そうなる事がないと。
メリット、デメリット共にあるとも言える。
正面からしか侵入できないのはやはり痛いが。
「……そうだ。悲しい話だが。今の俺たちは、薄い窓ガラス一枚砕けない」
「―――つまり? この家ちゃんと戸締りしてるから、入り口から入らないとって?」
「そうなるね。凄く間抜けだけど」
航の言う通り。
「おらぁ―――……ぇ?」
「“風法師”!! ……って、あれ?」
「……え、硬」
―――あまりに間抜けた光景だろう。
武器で引っ掻き、突き、斬り。
破壊力の高い魔法を解き放つ。
そして、傷一つない窓ガラスに首を傾げ……と。
これが現実世界であれば、一も二もなく通報されるような怪しい一団で。
「―――おーい、チミら。地形破壊は不可、だぞっ」
「クエスト文はちゃんと読もうなーー」
助け舟、と言えるのは怪しいが。
件の盗賊たちが、そんな背中へと声を掛け。
それが意外だったのか、将太が口をへの字に曲げる。
「優しいっすね、盗賊さん」
「不法侵入は手慣れてるんだろ」
「―――あえ? ……あぁ。言ったろ、俺たちゃコミュニケーション重視なんだよ」
その割には、薄ら笑いを。
醜態を晒しているヤツを見て楽しんでいるのか、或いは何かを企んでいる故なのか。
どちらもの可能性すらある。
で、何も成せず戻って来た者たちを改めて含め……館の後ろへ回って行った者たちもいるが。
それでも、今だ四十数名。
入口の所で止まる俺達は。
「―――どうした、歴戦の異訪者たちよ」
唯一の侵入口である大扉を開けて入っていくだけの筈が、その一歩、その一押しが始まらない。
一番槍を互いに押し付け合っている様相だ。
TP程、セオリー通りに動くゆえ。
少ない犠牲、少ないリソースを上手くやりくりし、他の者より抜きんでて先を歩んできたのがトップ層ゆえ。
皆が、最高の利益を望んでいる。
誰も、罠が有るかもしれない中に最前を行こうとは思わない。
一重に、臆病だからだ。
常に相手を疑い、出し抜き、いつ蹴落とされるかという妄想に近い領域で常に行動している。
最早、パラノイア的な思考。
臆病にも種類があるが、一種の臆病者だからこそ、彼等はここまで強くなった。
そして、それは俺たちも同じで……。
「―――よーーし。行くか、正面」
だが、良い。
こういうのは、むしろ好都合。
俺たちは、もとより小規模ギルド……少人数でこそ輝く面子だ。
「七海。いつもので行けるか」
「おけーー」
「恵那、将太」
「援護します」
「……しらねェぞ、俺は」
七海の職業は、盗賊系3rdの忍者で。
特徴である一撃の重さと速度を最大まで引き出すのが、彼女の装備。
上装備:ジョーカーズ・ハイ(ランク:B)
防御:+5 俊敏:+10
下装備:ジョーカーズ・ロー(ランク:B)
防御:+5 俊敏:+10
武器にグリム・エッジ(ランク:C)
攻撃力:+19 俊敏:+6
能力値構成も装備構成も俊敏に特化している、パーティー最速の斥候だ。
俺と航が手を掛けた扉の前で、クラウチングスタートのように極限まで前に屈みこむ彼女は。
扉が開かれれば、今に弾丸の如く疾駆するだろう。
恵那は狩人系3rdの銃士。
超遠距離から一方的に相手を嬲れ、対策されつつも未だに環境に居座る強職業。
上装備:宵呼びの黒衣(ランク:C)
防御:+12 筋力:+10
下装備:黒羽の女袴(ランク:C)
俊敏:+8
武器にはホーネットG(ランク:B)
攻撃力:+17を採用。
待ち伏せにあっても瞬時に対応し、高速で敵を撃ち抜き活路を開く。
一撃目の速さは、俺が知る射手の中でも一二を争い。
そして、一度道が拓ければ。
パーティー最大の火力を誇るロマン砲が広範囲を纏めて吹き飛ばすだろう。
で、俺と航は肉壁として……後は。
「ユウト? 斬れば良い……?」
「差し当たってはな。最初に出会ったやつが武器を持ってたら、取り敢えずやっていい。違ってたらゴメンなさいだ」
「ゴメンなさい」
ハクロは、これで良い。
彼女の強みは、個にして立ち塞がる全てを蹂躙する嵐の白兵技術。
下手に連携など望めば、むしろ束縛してしまう。
だから、戦いを楽しんでもらうのが一番だ。
……………。
……………。
共に取っ手を握る航とアイコンタクトを交わし。
無言のままに扉を開き、突入ッ。
切り替わった視界に、瞳と脳が情報を読み取るべく活性化する。
屋内は、まさしく豪奢の一言。
銀に煌めくシャンデリア。
青と黄に彩られるカーペット。
大邸宅の外観に恥じない広大なエントランスホールが目の前に広がり。
当然、何者かがそこには居たが。
俺たちは、今に各々の武器を抜き放ち……。
「―――ふむ、新手だね?」
それは、貴族の邸宅らしい侍従の服装に身を包んだ存在だった。
男性の背丈としては平均よりやや高いながら、見た目以上にすらりと長い脚とスマートさを供え。
しかし、端正な顔には表情がなく。
引き込むような蒼の瞳と、金色の長髪を頭部の後ろで一本に束ねているといった特徴がある美丈夫は……、うん?
「―――って。おや……、これは。皆揃って、一体どうしたんだい?」
「「……………は?」」
これは、幻覚か?
まさか、この邸宅はダンジョンみたいな感じで、大規模な領域の中に踏み入れてしまったのか?
エリアボスは、強力な幻覚使い?
「―――ルミ?」
「やぁ、ハクロちゃん。そういえば、今日はユウトたちと一緒だって聞いたね」
「……ルミだ。男の、執事の」
いや、おかしい。
いかにオルトゥスとは言え、個人個人に対して知り合いである特定のPLを模した幻覚を見せたり、精神そのものに干渉するなんて、そんなのはあり得ないだろう。
今日でもまだ先の技術、先の課題だ。
……しかし、そうなると。
目の前にいるルミねぇは、本当にルミねぇという事になり。
「―――偶然ってすげぇんだな、ルミエール」
「みたいだ」
彼女の傍にいるのは、NPCと思われる軽装の男三……四人?
一人は、中性的だが。
それ以上に見覚えのある、狼やハイエナを思わせる目つきの鋭い男は。
いかにもな落ち武者と、やたらチャラそうな野郎は。
「ypaaaaaaaa―――!!」
「とつにゅ、とつにゅー」
「首オイテケェェェェェェ!!」
俺たちが未だ健在であるという事で、罠の可能性を考慮しなくて良いと思ったのだろう。
大扉から、続々と踏み入れてくる後進。
「……おぉ、随分大所帯だ。お友達? 百人目指してる?」
増え続ける情報量に、流石の彼女も首を傾げ。
……………。
……………。
ちょっとタンマ。
ゲームの停止ボタンは何処だ。
「―――ふふふ……。まさに神の思し召しであろう。こうも容易いとは……」
包囲、と評して良いのだろう。
ルミねぇ、盗賊三人衆、剣を携えたNPC四人……。
十にも満たない数を、その四倍以上の数で中央階段の側へと追い込み追い込み。
件の依頼主が、追い込まれゆく獲物たちの顔ぶれを見渡し、俺たちの後ろから濃い笑みを見せる。
湿度が上がるほどに濃い笑みだ。
「―――しかし、真なる標的は……この中にはおらぬようだ。ならば、用もない。さぁ、欲しいままに蹂躙するがいい、存分に首級を挙げるがいいぞ、精強なる異訪者たちよ!」
「おい。何だ、あの如何にも偉そうな濃ゆい神父は」
「濃ゆいね、確かに」
「徳が高そうには見えませぬなぁ」
「言えてる、いかにも悪役って感じだ。オイリー……って言うのか?」
囲みながら、囲まれながらも。
互いに、好き放題言いまくる連中を他所に。
この段階で、俺と仲間たちの思考はほぼ同じだったのだろう。
今に、討伐隊の誰かが飛び掛からんとする中。
俺たちは五人で顔を見合わせ。
アイコンタクトを交わした、その瞬間。
「悪魔どもの先兵よ。道を違えたのが運の尽き、最早貴様らは抵抗する術なくぅぅ――――へぶぅぅぅ―――ッ!?」
「「マリックス司祭ィィィィッ!?」」
「ワンヒット」
「ワンキル……って、本当に良かったの?」
「私、しーーらない」
「俺も」
「私も知りません」
同時に濃い神父へ攻撃を繰り出す俺たち。
不意打ちにつき、男は一瞬にしてその場から消え失せ。
これこそまさに、友情パワー……おい?
「お前ら!?」
「やりやがった!! タブー中のタブーを!?」
いや、当然だ。
競い合うこともあるだろう。
賭けをする事もあるだろう。
だが、絶対に敵対はしない。
何があろうと、俺達はその人の味方なんだよ。
彼女が、かつてそうしてくれたんだから。
「「―――――クエスト辞めます」」
クエストの途中破棄。
それはPLの持つ基本的権利の一つであると同時に、強固な枷でもある。
次クエスト受理可能までの長い拘束。
好感度の大幅な低下。
勿論、良心の呵責。
数え上げれば、デメリットの大きさは計り知れないが。
……関係ないと。どうでも良いと。
辞表を叩きつけるように。
回れ右をして、後ずさりをしつつ入口側の敵集団へと目を向ける俺たち。
口では知らないと言いつつも、全員タイミングはバッチリのようで。
唯一、普段から行動を共にしているわけではないハクロだけが気掛かりだったが。
「ルミ、どうやって途中で辞める?」
「クエスト破棄だね? えぇ、と……」
敵に聞いてるし、問題ないか。
「よ、ユウトクン。随分楽しそうなことしてるな」
「お貴族様の御屋敷に明らかな異物が紛れ込んでると思ったら、アンタ等か」
別行動してたやつの行き先が此処と。
納得した俺は、背後から歩いてきた暫定味方に言葉を返し、どうやら既にやる気らしい男と並び立つ。
流石、アレ等の元締めか。
この状況ですら、あまりにたっぷりな余裕の所以は……。
そういう事だろうな。
「―――なぁ、ユウトクン。この状況、五分だと思うか? それとも、遭えなく全滅?」
「いや。俺たちに分があるだろ、この分なら……いや。そもそも、俺達今まであっち側だったんだが……」
「正解」
レイドの言葉と共に。
敵側……元味方? のPL達が、一度に何人も消え失せる。
「―――何なのだコレは!? 何故お前たちも……!?」
「いや、だって……」
「俺たちの大将、あっちナンデ」
討伐隊に紛れ込んでいた幾らかは、そもそも傍若武人のメンバー。
やはり、最初からこのつもりだったな。
不意を突かれ、またしても数が減らされ。
裏切りに浮足たち。
二度も背後から刺された彼等は、完全に真なるパラノイアに陥り、味方を信用する事も出来ず。
「さぁて。そろそろ出てこい、ハイエナども」
「おーっす」
「何か、美味しい所持ってかれてません? 俺ら」
「ギルド全員で寝がえりとか、無敵の人過ぎるだろ。俺たちの作戦ですら―――ッとと。失言失言」
更に、エントランスの陰からわらわらと出てくる盗賊たち。
確かに、双方の総数はこちらが僅かに下回るが。
明らか、士気の高さはこちらにあり。
何より。
悔しい事だが……コイツ等はPKのプロフェッショナルで。
「―――――さぁ、狩りの時間だ」
レイドの声と共に戦線が開かれる。
勝てるかどうかはともかく、全員生き残るかどうかは五分五分だが……さて。




