第13幕:良い仕事道具は良い職人に
「では、スロウ・ウルフの毛皮5つ。…纏め売りなので、色を付けて600アルになりますが」
「うん。それで頼むよ」
こちら側にも。
時価というものはあるようで。
国や都市に出回る量が多いのなら価値が下がるし、逆もまた然り。
買い叩かれるのもやむなしというべきだし、都合の良い時期を狙って売るというのも、商業系の二次職を選んだ者には必要な知識だろう。
私自身は…案外高値でびっくり。
そんなものかと毛皮を渡し。
代わりに、金銭を受け取る。
元々レベルが欲しくて狩ったんだから、幾らになったとて、そこまで重要ではないからね。
他にやってほしいこともあるし。
「それでね? これも鑑定してほしいんだ」
「――ほほう、仙牙ですか」
恐らく、ちょっとしたレアドロップ。
とは言え、最弱クラスの魔物が落としたものだから、そこまで価値の高いものでは無いだろうけど、どれくらいの価値かは興味があるんだ。
私の目の前で。
細部まで牙を確認する紳士。
…やがて。
査定結果が出たのか、それをカウンターに置く。
「…ええ、ふむ。中々見事な仙牙で。これなら、良い短剣が出来るでしょうな」
「武器が造れるんだよね。買取も出来るのかい?」
「ええ、そこそこ高値で。ですが、せっかくの希少品です。売却ではなく、ご自身の武器に加工してもらっては如何ですか?」
うーん。
どうしようかね。
そう言われると、それが良いような気も。
「きっと、良い品ができる筈です。宜しければ、私どものお勧めする工房への順路をお教えしますが、いかがでしょう」
「…うん。じゃあ、そうしようか。お願いできるかい?」
「畏まりました。歩いてすぐではあるのですが、少々お待ちを」
返事のまま。
紙にペンを走らせる店主さん。
簡単な地図を書いてくれているようだね。
慣れた手つきで描かれたそれを受け取り、一通り確認。椅子から立ち上がった私は、手間を掛けさせてしまった彼に頭を下げる。
「ありがとう、また来るよ」
「ええ。お待ちしていますよ、ルミエール様」
名前を憶えてくれたんだ。
なんだか、本当に都市で暮らしている気分だね。
雑貨屋の店主さんにお礼を言ってから店を出て、彼に案内してもらった通りの道を行く。
呼び方だけど。
彼は「くん」よりも「さん」が似合う人だからね。
隠れた名店でマスターでもやっていそうな、年季の入った紳士。
…もしも。
もしも、私の良く知る店主がバーテンダーでもしようものなら…。
今に、隠れた名店が本当に隠れちゃうだろう。
まるで神隠しだね。
「……それで、ここか」
歩いてすぐ。
そう聞いたけど、まさしくね。
目の前に鎮座する【ナコ・アセロ】という名の工房。
アセロは『鋼』の意味だから、鍛冶屋にピッタリ。
そう解釈しながら扉のない店内に足を踏み入れていくと、すぐに元気な挨拶が耳に入る。
「――いらっしゃいませ! 注文ですか?」
「うん。加工を頼みたいんだけど、金銭面が心配でね」
「じゃあ、すぐに査定をしましょうか。どのような素材をお持ちで?」
赤い髪で、黒い瞳。
動きやすそうな服装に革エプロンを纏った少女。
活気な印象を与える彼女に腕を引かれ、工房の奥に連れていかれながら幾つかの質問を受ける。
「短剣、ですか。でしたら多少は費用も抑えられますし…」
「どのくらいになるかな」
「フム…フム。柄の革を廉価品で抑えて、外部費用を完全にカット…で、ねがいましては…」
ああ、いい音だ。
電卓なんて、無いだろうしね。
目の前でそろばんを弾き始める少女。
その動きはとても滑らかで。
暫くパチパチとした音のみが響いた座敷…だったけど、唐突にその音が止み。
笑顔で計算機の珠を指さす彼女は、とてもいい笑顔で。
「――きっかり3000アルでどうでしょうかっ?」
…そんなものかね。
所持金的には、手が出ない程じゃない。
むしろ、拍子抜けするくらいだ。
RPGの要領で、労力が同じでも素材によって価格が跳ね上がるのかもしれないね。初心者からすれば、その方式は喜ばしいことだ。
「うん、じゃあそれで頼むよ。完成はどれくらいかな?」
「現在は殆ど注文が入ってませんから、すぐにお造り出来ますよ。受け取りを後日に回すのなら、保管しますし…見て行かれることも」
「おお、実演してもらえるんだ」
間近で見れるのは良いね。
鍛造なんて、そう見れるものじゃないから。
…いや、素材は牙だから、この場合は加工と装飾かな。
俄然、興味がわいてきた。
「良ければ見せてもらっても?」
「畏まりました! ――テツー? 貴方なら手が空いているでしょー?」
確認が取れるや否や。
彼女が声を出したのは、座敷の先。
思わず跳ね上がってしまいそうになる大声だ。
これで聞こえない筈がなく。
先ほどまで断続的に聞こえていた金属を打つ音が一つ止み、奥から一人の少年が出てきて……おや。
「お客さんの相手しながら大声出すなよ。それに、僕だって何時でも暇な訳じゃ――」
私が注目したのは頭部。
クシャっとした髪…その上に表示されたのは、特徴のあるアイコン。
それが指すのはつまり。
彼が、プレイヤーであるという事。
…文句もソコソコに止まる声。
次なる言葉を私が待っていると、彼は遠慮がちに口を開く。
「…ええと…その。連絡先……じゃなかった。お客さんですか?」
「うん、そうだよ。武器を注文したいんだけど、君が造ってくれるのかい?」
どうやら、ここで働いているらしい。
NPCの店で働くPLと言うのは、結構親近感がわいて来るけど、彼の場合はちゃんと本業としての業務を全うしているようで。
二次職は多分、【鍛冶師】なのだろうね。
私の問いかけに。
彼は、ガクガクと頷いて。
「はい! 作ります!」
「……テツ。貴方がモテない理由分かるわ」
「え、何で? ――というかナコ! お客さんの前でいう事じゃないだろ!」
ギャーギャー。
ワイワイ……コロコロ。
面白い二人組だね。
とても仲が良さそうで。
これがPLとNPCだというのが信じられない程だ。
暫く私の前で売り言葉、買い言葉していた二人。しかし、やがて自分たちの置かれた状況に気付いたのか、恥ずかしそうに、また申し訳なさそうに頭を下げる。
「「ごめんなさい!」」
「いやいや、大丈夫。二人は仲が良いんだね」
「…いや、そうですかね? ただの仕事仲間と言うか」
「彼は、ただの居候です」
「何を! 僕の方がもう……失礼。すぐに仕事に入りますんで」
ああ、本当に仲が良くて。
羨ましい限りだね。
女の子…ナコちゃんにテツと呼ばれていた少年は、私を座敷の更に奥へ案内すると、受け取った牙を採寸し始める。
それは、とても真剣な表情で。
まるで、本物の職人さんだね。
こんなに若くて、実に将来有望な…そうだ。
「テツ君だったね。君はもう長いのかい?」
「…テツ…テツ。――あ、そうでですね。僕は、3か月前のサービス開始直後くらいからやってます」
気になって確認してみたけど。
古株のプレイヤーなんだね。
現在もそうだけど、当時は今にも増してハードとソフトの争奪戦が凄かったというし、激動の時代を潜り抜けてきた歴戦者だ。
流石、貫禄がある。
赤くなった顔なんて、まるで鬼さん…うん。
…私は、聞いてないから安心していいよ。
「噛んだわね?」
「ない! そら、すぐに仕上げてやる!」
何かを誤魔化すように。
私の前で、ゆっくりと加工される牙。
特殊なスキルを使っているのか、いくつものパネルが現れては消え、また現れて。【鍛冶師】って言うのは、随分と忙しい職業らしいね。
予想通り、鍛造はしないようで。
研磨もソコソコに、彼は仕上げに入っていく。
「刀身は結構肉厚なんだね?」
「牙は、あまり削り過ぎると質が悪くなってしまいますから」
成程、なるほど。
言われてみればその通り。
研磨によって、牙のやや濃い茶色が削られていき、徐々に鮮やかな乳白色へ変化していく。
その工程は見ていて楽しくなるようなものだけど。どうやら、そろそろ終わりに近づいているようで…。
徐々に仕上がる刀身。
やがて、彼は強く息を吐きだす。
「よし――出来た!」
仕上がったのは、乳白色の短剣。
シャープな造りは刃物特有の魅力を引き立てていて、素材が牙だからなのか、工芸品のような美しさがある。
戦闘に使うのも良いけど。
どちらかというと、鑑賞に向きそうだね。
「あとは柄に革を巻いて…銘は――あ、どうします? 自分で決めるのも良いですけど」
「いや、君が付けてくれないかい? 私は、変な名前を付けることに定評があるんだ」
ちょっとした癖で。
名前らしくないというか…そうだね。
例えると、大衆向けの、演技名みたいな代物になってしまうんだ。
私のお願いに。
彼は、緊張した面持ちで頷き。
暫く首を捻った後、彼は思いついたように口を開く。
「ハクランとかはどうですか? 白い、爛々と輝くの」
「ふむ、白爛……か。色合いにもピッタリだし、何より…」
博覧にかかっている。
勿論、彼が意図したことではないだろうけど。
それは、私に…世界を見て回ったり、様々なことを見聞したいと考えている私にピッタリの名前じゃないだろうか。
うん、そうだとも。
とても、素晴らしい名前だ。
「気に入った。それで頼むよ」
「分かりました! では、すぐに!」
…本当にすぐ。
柄に革を巻き終えた彼の前には、パネルのようなものが現れ。
共有されていない私からは見えないようになっているけど、名前を打っているんだろうね。
やがて。
遂に、ソレを手渡された私。
感じるのは、ずっしりとした質感。
金属とも違う、優しい重さだ。
指が伝える感覚を楽しみながら。私はステータスを閲覧する。
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【武器銘】 白爛
【種別】
近接・短剣 RANK:D
【要求値】
筋力:5
【強化値】
攻撃力:+8 俊敏:+4
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攻撃力くん、存在したのか。
…いや、当然存在はするんだろうけど。
今まで一度たりともそれらしきパラメーターを見たことがなかったから、不安だったんだ。
あの百均ナイフくんも、道具扱いだったし。
恐らく、筋力や相手の体力とか、各種ステータスを比較して算出するんだろうけど、実際どんな計算なんだろうね。
例の攻略サイトを見ればわかるかな。
あと…俊敏も上がるみたいで。
これは短剣故なのか、狼くんの素材だからなのか。
興味深く確認する私に、テツ君が言葉をかけてくれる。
「素材が素材だから、そこまで強力な武器ではないけど…ボーナスはそこそこですね。要求値も高くないし、使いやすい筈ですよ」
「うん、ありがとう。鍛冶師の腕が良かったんだね」
「いやぁ…へへへ」
「テツ、キモイからやめた方がいいよ?」
「…うるさいな。でも、一仕事したし、僕はそろそろログアウトしようかな。お客さんも、ぜひまた来てくださいね?」
集中していたからかな。
眠そうに瞼をこするテツ君。
確かに、ゲームをログアウトするのって、夢から覚めるような気持ちだよね。所要時間ではほんの数秒、すぐにゲームにログインし直せば10秒も掛からないのに。
とても、不思議な感覚なんだ。
…そのまま、流れでお別れも良いだろう。
―――でも。
これも何かの縁だから。
もうちょっとだけ、夢の続きを見ても良いんじゃないかな。
「本当にありがとうね? こんなに綺麗な短剣を。――じゃあ、取り敢えず。これはしまっちゃおうか。良い武器は大切にしないと……ね」
挨拶もそこそこに。
そのまま、手早く短剣を袖に隠す。
私は特別な訓練を受けているから大丈夫だけど、本当はこんなことはしちゃいけないよ? 危ないからね。
一瞬の技を見て。
二人は、目を剥く。
眠そうだったテツ君は、完全に目覚めてしまったようで。
そこはちょっと申し訳ないかな。
「……え? ええ?」
「今のは、魔法? 異訪者のあいてむぼっくすじゃないよね?」
そう、別物だよ。
アイテムボックスを開くには、一定の操作が必要だから。
PL故に、身近に使う者がいるから知っているが故に、彼らはその種が分からずに困惑し、頭をひねる。
「ふふふ…。種も、仕掛けもある魔法だよ。私の二次職は【道化師】でね。こういうのが得意で、人を笑わせるのが大好きなロクデナシなんだ。ほらっ」
「――わっ! また消えた!」
「すっごい。もっと見せてもらっても? …ええ……と」
「ルミエール、私の名前だよ。もちろん良いとも。最高の品物を造ってくれた職人さんたちに、今出来る限りのお返しをしようじゃないか」
私からのささやかな恩返し。
チップという訳ではないけど、受け取ってほしいな。
さながら曲芸師のように短剣を操り、片手間で取り出したハンケチからは、同時に二羽のハト君を呼び出す。
キラキラした目でそれを鑑賞する彼らの瞳は、宝石のようで。
私も、より一層のやる気が出るってものだね。
さあ―――まだまだ。
夢から覚めるのは早いよ。




