第5幕:一人の冒険は
都と言えば、その国で最も栄えた都市であるという考えが思い浮かぶだろう。
事実、私もそうだった。
栄えた都市は夜も眠らぬもので。
広い市場や歓楽街が存在し、宵も活気があり。
どんな闇も明るく照らして、朝まで光を灯していると……。
しかし、皇都シャレムの面白い所で。
数日前の遠征の末、夜も遅くに到着した私達が目にしたのは、街の灯りなど殆ど存在しないような暗闇と静寂に包まれた都市。
一応、外門や宿屋は僅かな灯りがあったけど。
殆どの家屋は、照明などが完全に消えていたのが印象的だったよ。
「―――宗教国特有の、何らかの戒律説。安息などの記念日だった説、教育の賜物説、たまたま停電中説……さて?」
アレはどういう事情だったのかと思い起こし。
羊を数えるように指を折りつつ考察し、私はベッドから起き上がる。
これが普通の起床なら、次の行動として歯磨きや着替え、その他身支度などがあるよね。
しかし、そうじゃない
意外かもしれないけど、実はこの世界でそれらは不要なんだ。
必要なのは、宿を出る……ただそれだけ。
現実の法則から乖離した単純な生活に妙な幸福を感じてしまうけど、現実であの手間があるから、こちらでより幸福を実感できるんだよね。
この幸福を堪能する為には、毎日の義務もまた必要。
つまりは、そういう事で。
「バウンデーム。いってらっしゃいませ!」
「はい、行ってきます。……―――むっ」
カウンター奥できびきびと動きながらも、私に気付いて元気のいい挨拶をしてくれる少年。
宿の小さなお手伝いさんかな。
挨拶を返しつつ屋外へと乗り出すと、肌寒い朝の陽気が顔に差し込み。
思わず私は目を細める。
「皇都シャレムの朝は早い……ね」
現在、朝は6、7時。
一日が12時を基準として半分になっているわけだから、現実時間だと22時ってところで。
さて……。
宿を出たは良いけど、どうするかと。
朝日を拝みながら出入り口で立ち尽くす。
これが今まで通りなら、私は都市の入口で貰ったパンフレットを片手にウキウキと動き回っている筈なんだけど。
悲しい事に、未だ私が到着した頃には村人Aロールの案内人さんはいなかった。
そう、パンフレットを配る人が居なかったんだ。
皇都は、まだ解放したばかり。
彼等が情報収集の段階というのは想像が出来るし。
他人頼りに、ソレが当たり前だと考えてずっと行動してきた己の不躾さも実感したけど。
非情に由々しき事態で。
ガイドの情報をもとにした都市巡りを想像していた私にとって。
今はまさしく、知らない国に案内もなく放り込まれた気持ちなんだ。
思えば、現役だった頃もそうだった。
スケジュールを全てサクヤ任せにしていたツケが此処にも……。
「放り出された……―――ふふっ。否、自分の意思で来たんだけど、ね……」
状況を呑み込んだなら、まずは教会図書館?
総本山なんだからある筈だよね。
久々にあそこへ行って、この国についてを調べようか。
図書館のPL専用区画には、必要な情報が揃っている筈だろう。
所在都市なんだから、皇都の詳細情報だって見れる筈。
第一優先でそこを目指すとして、取り敢えずは人通りの多く道の広い方へ歩き出してみようか。
「来た時はまっこと暗闇だったけど……凄く良い所だ。こういう場所に住むのもアリだね」
明るい時間に歩いて分かる拓けた景色。
僅かに行き交う馬車は、どれも機能性より細かな装飾を重視しているようで。
三国一文化的な国家という触れ込みの皇国。
私がいるのは、まだその外側だろうけど。
他の重要都市と比較しても道路の舗装が行き届いていてかつ、町全体に品があるかな?
それも、決して豪華という訳でなく。
裕福という感じではないけど、どこか上品な……そう、清貧と言うべきか。
「バウンデーム」
「バウンデーム」
あと、皆さん礼儀が宜しいようで。
そこかしこから、私が宿を出た時のものと同じ言葉が聞こえてくる。
アレが隠語や罵倒の類でないなら……。
およそあり得ないから、普通に挨拶の筈。
陽気な挨拶を聴覚で捉えると共に、視覚一杯に広がるのは美麗な白色の道と家々。
そこへ丁寧に整えられた緑の生垣が調和し。
通りへ規則的に並ぶ白く細い街灯が、人々を誘うように何処までも伸びていく。
今は朝だから機能してないみたいだけど。
灯りはちゃんとあるんだね?
……総評として、都市の入口に近いこの区画は全体的に真っ白で粛然とした印象。
確かに、宗教都市って白色のイメージがある。
そして白色というと、記憶に新しいのは中立都市はナイトール。
あちらは、木材の白。
こちらは、石材の白。
材質も異なるし、繋がりはないかな。
奇麗だというのは確かな共通点だけど……っと。
作りモノめいた―――って言ったらおかしな話で。ヒトの構造物である都市なんだから当たり前なんだけど、あまりに整然とし過ぎた直角的通りを道なりに行く中で。
その外れに、例の場所を見つける。
そう、私の大好きな場所だ。
どの都市にも一か所は存在するであろう、待ち合わせなどに使われる広場。
「ふわふわ芝生の休憩所。ちょっとした遊具、奥には景観重視の噴水もあると。―――これ、どっちかというとストーンヘンジみたいだね」
都市自体が見栄え重視みたいな感じだから。
広場の噴水を中心としたオブジェクトなどは、トレビの泉みたいな緻密なデザインをイメージしていたけど。
それらは精緻な彫り物というにはあまりに未完成。
彫られる前の、岩だ。
噴水は、中心の岩々から流れ出た水が大きな泉を貯まり場とし、繋がる水路が抽象的な太陽みたく枝分かれしてあちこちへ伸びていくデザイン。
泉の中心となる、水が湧き出る岩々。
それらは大小……小さな岩も私の背丈以上ある、観光地によくある感じの円環の巨石群で。
大きな石などは、何十トンもありそう。
……本当にストーンヘンジそっくりだ。
ほら、イギリスにある巨石で出来た円環と、それを囲む土塁の構造物。
世界遺産であまりに有名な遺跡の一つ。
その成立には、アーサー王伝説の魔術師マーリンが巨人に造らせたとか。
宇宙人が何らかの目的で作ったとか。
通説以外にも多くの俗説があって、オーパーツとしても語られているけど。
建造目的も信仰説など多くの説があって非常に面白い遺跡で……。
色々と言われてるけど。
遺跡を構成する石のうち、大きくて重い岩々を、サーセンストーンって。
そう言うんだよって……。
そんな話を、この前のお昼休憩で皆にして。
『……さーせん、すとーん―――詫び石?』
『同じ事思いました』
『だよね』
『ふひひ』
『……サーセン―――って、コト?』
『―――んう?』
あの時はあんまり気にも留めなかったけど、どういう意味だったんだろうね、アレ。
「ワビーシー」って何だろう。
侘びしい?
或いは、外国語なのかな。
考えつつも、そのまま物珍しい構造物に気が引かれて広場へと足を踏み入れていく。
……まだ朝方だから、広場で遊ぶ子供もなく。
最前線の攻略重視PLが遊びで寄り付く場所でもなし。
人は全然居なかったけど。
泉の前には、一人だけ粗末な服を纏った老紳士が居て。
「―――もし」
「……………」
「もし、そこな方」
「……おぉ? 私ですかな?」
こんな朝から、寒空の下で手を組んで構造物を拝むその姿が気になり、思わず声を掛ける。
見知らぬ人へ声を掛けたり掛けられたりなどは、観光地ではよくある事。
これも何かの縁だし。
年長者からは良い話が聞けるだろう。
「随分と熱心に拝んでいる様子ですけど。この巨石群も、何らかの信仰の対象なのですか?」
「あぁ……えぇ。こちらは、皇国の建国期から存在する、天の動きから暦などをはかるもの。即ち、四光神様の恩寵、そのモノなのです」
「ほう―――道理で。岩々の並びが日時計の役も持っているなと思ったんです」
「ほほっ……、分かりますか」
老紳士は、一つ静かに笑い。
再び構造物を見上げるままに、話を続ける。
「名を、リーベルタース。夜空の星々、そして月と共に我々を見守り、共に再誕する太陽を待ち続けるモノ。本当の夜明けを見届けるその日まで存在し続けるモノ」
「……ふむ」
「皇都シャレムは、今でも待ち続けていると言われております。光を齎す者―――シャヘルを。ここだけのお話なのですが、現れてくれるべきは、今……なのかも、しれません。ここ最近は、暗い話題が多いですからな」
「ほう、ほう……」
難しい言葉が多いけど。
分かる部分だけ考えれば、確かに私は何度か皇国の暗い話題を聞きもした。
やくぶーつの件もそうだし。
初めて鉱山都市を訪れた頃だって。
当時の話では……そう。
この国の御姫様が、病に侵されていて。
それを治す事の出来る薬を求めている御仁が居たんだったね。
そして今回のクロニクル。
間違いなく何かしらの混乱はあるだろうし……。
もう、呪われてるとしか言いようがないのかも。
ゲームだし?
劇と同じで、山場がないと盛り上がらないし。
「―――うん。祈るほかないですね。確かに、それは。……私も祈りましょう」
「これは、有難い」
夢も希望もない話はさておき。
彼の隣で、私も両手を組んで頭を下げる。
……だって、もしかしたら。
今回のクロニクルでは、あり得るかもしれないんだ。
この国を訪れている上位PLさん達の誰かが、報酬に並ぶかもしれない最高位の回復薬を手に。
噂を聞きつけ、不幸なお姫様を救ってくれるかもしれない。
そんな、どう転ぶかも分からない話。
確かに、祈るかしかないからね。
神様に祈るって言うのは、本当にそんな時、どうしようもない時なんだから。
……………。
……………。
「―――教会図書館ですか。えぇ、でしたら、その通りを道なりに進み、右手へ曲がってまた歩けば見えてくるかと」
「ご丁寧に。有り難うございます」
「いえ、いえ。礼としてはささやかな物ですよ」
朝方の寒空の下、黙してお祈りをささげた後。
お爺さんと別れ、私は踵を返す。
本来の目的である建物の場所は、さほど離れていはいなかったみたいで。
これ幸いと、悠々と。
言われたままの方角を目指して私は歩く。
「―――いらっしゃいませーー」
「御一ついかがですかーー」
道路を道なりに歩き、言われた通りに右へ曲がると、間もなく聞こえる声掛け。
通り道の横には開店し始めた小市場が並んでいるようだ。
でも、用事があるから。
一先ず、市場はまた後程……。
「ノワドココノの実は如何で―――」
「一つください」
「バウンデーム。毎度有り難うございまっす」
たった今、先約が入ったけど。
思えば、別に急ぎじゃないし。
それより、ノワドココノ……私知ってるよ。
店主君がお菓子作りに使うココノシロップ、その加工前の果実。
ヤシの実に似た味と形の果物だ。
以前、私も焼きバナナに併せて使ったけど、加工品でない姿で直接見るのは初めてで。
弾む心で値段表通りのアルを渡し。
受け取った男性は、大振りの果実を覆う緑色の皮を、これまた大振りのナイフで削り始める。
動きから見るに、腕にかなり力が入ってそうだ……。
「―――その皮、やっぱり硬いんですか?」
「噛んで削る酔狂な連中もいるけど、晩年に固いものが食べられなくなる程度にはね。お姉さんは、観光で?」
「えぇ。先日来たばかりなんですよ」
「朝早くからやるねーー」
こういう人は、旅先でお世話になるタイプだと。
ちらりと後ろを確認し。
他に並んでくる人が居ないので、私もこれ幸いと話題を切り出す。
あの皮よりは雰囲気も柔らかだし、話もしやすそうだしね。
「街でも何度か聞いたんですけど、さっきのバウンデームって。挨拶で良いんです?」
「そうそう。こんにちは、おはよう、朝……夜明け、ってとこ。バームノクテがさよなら、お休みって感じなんだよ」
「陽気な感じですね」
「観光の人たちは、宗教国って先入観で緊張しちゃうからねぇ。相手に商売する身としては、出来るだけそうするよう、ってのも確かにある。都っても、俺たちにいわせりゃ、外側の一般区はよそ様と何も変わらない―――さぁ、どうぞ」
「どうも。……街へ来た時、既に真っ暗で」
「―――はっはぁ! そりゃ勿論だ。あいや、おのぼりさんには気の毒な事だね」
緑の外皮を剥き、現れた白皮を更に削ってストローを差し。
ドリンクタイプの果実をこちらへ手渡した彼は、二つ目の果実に手を伸ばし、また外皮を削る。
次に備えて予備を作っておくらしい。
そして、削るままに言葉を続ける。
「俺たちは太陽と共に起き、月に見守られるままに休む。程度はどうあれ、夜はきちんと休むのさ。特別な時でもなけりゃ、毎夜そんな感じでね」
「そのお陰でこの通り」……と。
彼は元気一杯を表現するように、外皮の早削りを披露してくれる。
まるで、リンゴのかつら剥き。
あの果実が硬さもココナッツと同じだとすれば、凄い技で。
まるで薄皮のように……或いは、硬いと思わせておいて最初から柔らかかったとかいう騙し……。
……………。
……………。
「んう―――? あれは……」
技を感心半分、疑り半分で見ていると。
不意に、すぐ近くの道を通り過ぎた御仁が視界へ入り、私の意識が切り替わる。
素早くも、洗練された身のこなし。
あの佐内さんにも似た動きは……。
「んん、知り合いさんでも居たかい?」
「そうかも。―――じゃあ、ココノ有り難うね。また寄らせてもらうよ」
「おーーう、頼むよ」
去り際に、さりげなく言葉遣いを変え。
去り行く人と同じく私の知り合いとなった売り子さんの言葉を受け、出店を後にする。
朝早くゆえ、人込みもなく。
追えばすぐに追いつく筈だと。
素早く去り行くその背を見失わないように付け、偶然を装って回り込み。
私はその人物へ陽気に声を掛ける。
「バウンデーム。おや、リドルさんじゃないか」
「……………」
「元気だったかい?」
「……………」
そこに居たのは、長身かつ身だしなみを整えた青年。
いかにも礼儀が正しく真面目そうな顔立ちは。
私の記憶が確かなら、彼は貴族様に仕える衛士……のふりをした騎士様。
確か、その筈なんだけど。
何故か答えを返してくれないのは。
……インストール中かな。
或いは、外見と歩幅と手の振りと癖が全く同じなNPCさんで、別人なのかな。
……………。
……………。
―――本当にあり得る。
現実ではあり得ない事だけど、これはゲーム。
きゃらくたーくりえいとの点や、リソースの削減という面では考えられる話だ。
これは、ちょっと早まっちゃったのかな。
久々の失敗。
昨夜、タンポポオムライスの火加減を誤って以来の失敗かと私が思い始めた頃。
「よもや―――ルミエール様……!! ははっ……斯様な地で再会できるとは!」
「あ、やっぱりリドルさんだ」
別人じゃなかったよ。
情報のアップデート中だったみたいだ。
真に理解が追い付かないって、こういう事を言うんだろうね。
「驚く程自然に、住民のような挨拶―――まことに驚きましたよ。……ですが、貴女は帝国にお住いの筈ですよね。何故この国に?」
「私は物見遊山の観光さ。盗賊のアジトでご一緒して以来だから、実に数か月ぶりだよね。他の皆さんは元気かな」
「えぇ。実は、現在は皆こちらの国に」
ほう、そちらさんだって帝国在住に変わりはない筈だけど。
出向? 訳アリ?
相も変わらず危ない橋でも渡っているのかな。
彼ら、もしかしてそういうのがお好き?
触れないでおくのが良い?
でも、特段口ごもるでもなく話しずらそうな雰囲気もなさそうだし、折角だから他の人たちにも挨拶したいなぁ。
「挨拶しても?」
「はい、是非。皆も喜びます。―――こちらの道へ」
またまた予定が変わった。
図書館へ行くだけのつもりが、また寄り道する事になりそうだ。
けど、観光はそう来なくちゃね。
先程と同じく、しかし私を先導するように速足で歩き始めたリドルさんに倣い、私も歩き始める。
「私も、まさかここで再会するとは思ってなかったけどね。もしかして、また任務だったりするのかな」
「……えぇ。……その―――」
「何か、手伝う事とかあったら遠慮なくね。前も言っただろう?」
「―――え? えぇ……。えぇ、と……その、危険が伴うかもしれないのですが」
「良いとも。私に出来る事なら、請け合うよ」
「―――……変わらないのですね、貴女は」




