表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第六章:ステップ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

136/279

第4幕:実が結ぶ頃に




「絶対営業マンが犯人だと思うだろ? 思うだろ? でさ、そのタイミングで証券マンの視点が出てアイツが真犯人だったって発覚する訳なんだが」

「うん、……うん?」

「―――おい、それネタバレじゃねえか」


「え~なァ~~? 毎日きんぴらって飽きない……?」

「根菜は栄養の根源です。美味しくないからとやめるものではありません。それに、実の所ごぼうは和にも洋にも中華にも合うんです。あとごぼう茶は料理にも使えます」

「うへぇ……、ごぼう尽くしぃ……」

「もうすぐ旬です」

「分かったから」



 屋上……それは、数多の自由が入り混じる場所。

 九月に入り、そろそろ屋外も夏の暑さが落ち着き始めてくる頃合いだけど。


 肌寒さを感じるにもやや早い時期である故に、安心して長居する事が出来るし。

 何より、声量を気にしなくて良い。

 一般的に、高校生がお弁当を食べる場所と言えば教室や渡り廊下……或いは仲のいい先生の事務室なんかもあるのだろうけど。

 どうしても周りの声が気になるし、うるさくて怒られたりもする。

 だからこそ、床が厚くて四方が青々とした場所……。


 皆が憧れるのは、やっぱり屋上。

 告白とかもそうだけど。

 開放感がそうさせるのか、何に気にする事なく物事を実行できるこの場所の存在は大きな意味を持つんだろう。


 高校生という、大人と子供の中間……金銭的にも贅沢が出来る年頃。

 当然、昼食にも子供たちの個性が出るもので。


 ユウトはあまーい菓子パンと野菜ジュース。

 ナナミは親御さん特製のイマドキお弁当。

 エナは滋味溢れる健康重視な根菜お弁当。


 ショウタ君は購買のお弁当に焼きそばパンとコロッケパン、自販機のジュース。

 ワタル君が購買のお弁当三つ……みっつ。そしてお茶。


 欲望を顕わにするも、制御するも己自身。

 昼食には個々の性格が出るよ。



「うん、うん……。相変わらずよく食べるね、ワタル君は」

「質より量ですから」

「―――おい、インテリ」

「あむっ―――む? ……むぐッッ」



 大きくご飯を頬張った端から。

 隣の子にツッコミとばかりに小突かれたワタル君が、変な声と共に急いでお茶を取る。


 のどに詰まらせたみたいだ。



「……っ……ぷふ……ぅ。……将太。確かに、僕の定番の昼食は健康的とは言えない」



 何か始まったね。


 特段怒るでもなく。

 冷静に口を出た彼の言葉には、怒気を向けられるかと身構えたショウタ君も困惑の声で。



「―――お。おう……?」

「でも、これは考えに考えた高度な戦略なんだ。そもそも、僕は購買のお弁当に味は求めてないし」

「「おい」」

「燃費の悪い身体。安いけど限られた数量のお弁当。学生の好みだろうと選ばれた商品から、当たり外れのえり好みなんて。そんなに考える事でもないよね? 味、量、値段……この供給こそが一番効率的なんだ。それに、ツッコめるほど高尚(こうしょう)な食事を摂ってるの? 魔術師さんは」

「……うーーむ。この怒涛の……」



 流石に、彼は心がひろい―――のかな?

 小突かれて喉を詰まらせつつも、しかし怒るでもなく冷静に問いかけ……行動でなく言葉で詰めていく彼に、ショウタ君は己の食事へ視線を落とす。

 

 確かに、彼だって購買の品ばかりだ。

 栄養面(しつ)、あまり言える立場ではないのかな。



「―――いやっ……! あるっ、あるぞ! 俺と航の決定的違いがな!」

「質とか言わないよね」

「質だ! 見よ、このコロッケパンを! 焼きそばパンを!」

「……………で?」



 何でも、ショウタ君は【購買の魔術師】の異名を持っているらしい。


 曰く、何らかの契約を交わしているとか。

 実は、瞬間移動が出来るとか壁すり抜けの異能を持っているとか。

 真偽の怪しい噂が多いけど。

 確かなのは、いついかなる時でも彼が購買からの戦利品として持ってくる総菜パンは、大人気商品であるという事実。


 確かに、これは不思議だと。

 そう考えていた時が私にもあったよ。



「……まぁ、アレだ。俺達、まだ若いし」

「一生言ってるだろうな、将太の性格なら」

「その内習慣病になりますね。野菜も摂った方が良いですよ?」

「野菜買う金がないんだろ。いま高いしな」


「くくくッ……。コンビニの連勤術師をなめて貰っちゃ困るな、優斗よ。俺に掛かれば、二百円でキュウリを召喚する事など造作もない……」

「ボられてる上に栄養低すぎだろ」

「購買の魔術師どこ行ったの?」

「……流石に一年の夏休みをアルバイトで浪費しきったヤツは面構えが違うな。百の蔑称を持つ男の二つ名も伊達じゃない」

「あの、それ悪口では?」



 ……学生の会話って、聞いてて飽きないよね。

 理論など二の次。

 大事なのは、その場のノリで好きな事を喋る、それだけ。


 だからこそ、ストレスフリーで。

 ヘンな確執を生まない事なら、何を言っても良いみたいな感じがあるよ。



「ねぇ、ミスター。実際の所どうやってんの? 購買の錬金って」

「混ざってる、混ざってる」

「いつも人気メニュー持って来るじゃん」

「……実は私も気になります」

「ご想像にお任せしまーーっす」


 

 会話の中、不意にナナミが問うけど。

 彼はニヤリと不敵に返しつつ、コロッケパンをパクリ……余裕の表情。

 ムムムと唸った彼女等の視線が―――おっと?


 何故か、私へと向いたよ。



「何か用かな? 諸君。物欲しそうにしても、お弁当はあげないよ」

「む……ぅ」

「いえ。最終兵器、ルミ姉さんの出番です」



 ……むむ?

 どうやら、何かを期待されているらしい。

 私、適当に聞き流してただけなのに。

 取り敢えず、答えを求めて当事者であろうショウタ君に向き直ってみる。



「あぁ、良いっすよ。知ってるなら、どうぞです」

「―――何の話だっけ?」

「その魔術師だか錬金術師だかが、異世界主人公みたいに購買の争奪戦を余裕で勝ち抜いてる秘訣(ひけつ)だな」

「ほう?」



 ……………。



 ……………。



 その余裕、その慢心……。

 そう来るって事は。

 これは、一種の挑戦状と受け取って良いのかな。



「言っちゃって良かったんだ。じゃあ、遠慮なく」

「え?」

「実は彼、購買と教室が近い友達とか後輩君に漫画やゲームの貸与とか、色々便宜(べんぎ)を図ってあげてるみたいでね。その見返りに、人気商品を代わりに買っておいて貰ってるのさ」

「―――な……なッ……」

「勿論、お金は渡している。取引場所は、三ヵ所。下駄箱前、美術室前、そして教室前の彼のロッカー。すれ違いざまに行われるか、届けられるか、だ。その日によって異なるね」



「―――何故それをっ!!」



 勿論、聞いたからさ。

 前々から私も、売れ切れ必至な商品を必ず手に入れてくる彼の謎については非常に興味を持っていたからね。



「この学校と生徒にまつわる噂は、全て私の元へ集まるって。そういう話、聞いてない?」

「―――反則過ぎるこの人……!」

「過剰な買い占めでなし。転売もしてないし、奢りでもない。だから、私たちは関与しない方針だけどね」



 彼の取引活動に一枚噛んでいる子たちを見つけた時だけど。

 皆、素直に全部話してくれたよ。

 顔の広い情報通の子って、一クラスに一人くらいはいるからね。


 これは、まさしく学内ねっとわぁーく。



「ショウタもそうだが、ルミねぇの人脈も恐るべしだな」

「人たらしの上から人脈で殴って来るからね。無職を公言しておきながら、ふらっと旅に出て。能力も癖も強い人達といつの間に仲良くなってるし。ハクロさんとかその筆頭でしょ」

「あの竜人と互角以上にやり合えるかもな」

「うーーん……。今更だけど、多分私たち居なくてもいつの間にか皇国行ってたよね、ルミねぇ」



 私の力では断じてあり得ないけどね、ソレ。

 そういうのきゃりーって言うんだろう?


 ……そうそう。

 この間の行軍で、私たちは無事皇国の都へと歩を進めることが出来たんだ。

 その甲斐もあり、最近の私は気分が良い。


 良い事があると、嬉しいのは当然。

 モチベーションが上がった状態だと、思わず他の事にも気合が入るというもので。

 

 最近のお弁当はかなり出来がいいんだ。

 私の機嫌を測る指標がお弁当の出来……って気付く人、居るかなぁ。 



「―――相変わらず、凄く凝ってますよね」



 そう考えていたからかは分からないけど。

 まるで思考が伝わったように私のお弁当へ興味を移すワタル君。


 ふふ……よく見ているね。彼は。

 その恐ろしいまでもの観察眼こそ、まさしく彼の武器だ。



「仕込みを経て、かつ早起きして作った自信作なんだ。今日の主役はバゲットで、おかずは引き立て役。ハンバーグは肉ダネを絶妙な時間寝かしてあるし、ポーチドエッグはしっかりとろとろ。このサラダだって、さっぱりと食べれるよう香り高いバジルを使って、油分は少なめを……んう―――?」



 気付けば、再び私へ向いている視線。

 先程のを「頼り」にしている視線だとすれば、今度は「頼み」にしている視線。


 頼りと頼み、その違いは大きく。

 一縷(いちる)の望みを掛けた、(すが)るような……。

 これは……よもや。



「―――ルミねぇのお弁当」

「「……………お弁当」」



 悪い子たちだよ。また、そんな風な目で。

 さながら、人目に付かない公園のベンチでご飯を食べている老夫婦に集って来る鳩みたいにつぶらな瞳で。


 これはくれる人だって、“理解”しちゃってる顔だ。


 こうなってしまえば、手は一つ。

 ―――分からせないと。


 

「ダメだよ。昨今は、あげちゃいけないって看板もたてられてるんだ」

「一口だけ……、ね?」

「自分のがあるじゃないか」

「野菜だけで良いんです。その、角切りのポテトサラダだけ……」

「キミ、それ以上野菜要る?」



 実はこれ、今日に始まった話じゃないんだ。


 最近のお昼は、お弁当がありながら何故かパン食がメインな私。

 というのも、学校で皆とご飯を食べようとすると、気付けば中身が減っていて、代わりに菓子パンを食べている事が多いから。

 これは決して、計画性とかそういう話じゃなくて。



『それエビカツなの!? おいしそー!』

『どんな味なんですか?』

『気になるなら、食べてみるかい?』



 最初に一度だけ餌付けしてしまった、私の不徳が成した人災。

 そう、全部あの時のエビカツが悪いんだよ。


 あの一件で、完全に味を覚えさせてしまったわけで。

 そこからは、目を離したり席を外している間に取られたりと、敗北が続いていて。


 今日こそ、勝利を知るんだ。



「ちょっとで良いから―――ね……?」



 けど、そんな目で見られると……いや。

 ダメだ、ダメだとも。


 これは私の生きる糧。

 午後を乗り切る重要な要素(ふぁくたー)

 彼女等がどれだけ強請(ねだ)っても、同じく腹ペコな私の心が動く事は決して……。



 ……………。



 ……………。



「ふまーーい……!」

「―――本当に、美味しい……」



 うん、全部取られちゃった。

 お弁当箱ごと。

 

 全てを失った私は、代わりにカバンからメロンパンを取り出すけど。

 思えば、あらかじめ予備にパンを準備している時点で弱気になってるよね、私。



「このポテトサラダ……! ありきたりなマヨネーズじゃなくて、このさっぱりとした緑のソースが良いねぇ! ワンパターンからの脱却っていうの? メインが味の濃い肉だから、爽やかな香草の風味と、ほくほくし過ぎないジャガの食感が―――ほぅ、さてはメークインだね? これは。……ぬぬ! しかもこの甘味……さては旬なりたてなインカの目覚めも入ってるなぁ、これはァ……!!」

「グルメ漫画かな?」

「料理漫画の審査員だな。舌だけ天才だ―――旨い、旨い」

「もっと他にないの? 優斗」

「本当に旨いものはそれだけで十分だ。食ってみれば分かる」



 私のなのに……私のなのに……。人のお弁当で品評会(パーティー)始めるね、この子ら。

 

 一人暮らしを初めてから、既に半年ほどだけど。

 毎日の積み重ねか、いつの間にやら私は料理の技術が大きく向上していたみたいだ。



「……うん、確かに、感想が……。バジルサラダ、凄く美味しいです」

「本当に何でも出来ますね、ルミさん」

「まぁ。自分の幸福の為なら、ね。人生は一生修行と言うだろう? 出来る事が増えるのはいい事、それが日常で必要な事なら猶更だよ」

「イイハナシダナー」

「その努力を続けられるのが凄いですよ。本当、流石です」

「良いお嫁さんになれそうだろう?」

「えぇ、本当に……お嫁さん……―――なんて?」




「「えぇ―――――ッッッ!!?」」




「―――ルミ姉さん。お嫁さん、ですか……?」

「ルミ嫁ぇ、ルミ嫁さん……ってこと!?」

「あの……、それは……」

「何と言いますか、ぐう……ぅ」

「酷いね、君たち。私はもう行き遅れだから駄目だっていうのかい?」



 思い思いに反応する五人だけど、好意的なの一つもないよ?

 私、まだ二十代だよ?

 いかに過去より大きく婚姻率の下がっている日本とは言え、まだまだ出会いはあるんだよ?


 それこそ、晩婚だって。



「なんて言うか……ルミさん、そういうのに興味ないと思ってたんです―――ねぇ、三人とも?」

「「……………」」

「―――ゴホン、ごほん……。将太。そういえば、例の告知ってもう来たんじゃない?」

「ぅえ……? ん? あ、あぁ……来てた来てた。ルミさん確認しました? 公式通知」

「おぉ?」



 唐突な話題だからこそ、その言葉は思考に大きく影響し。

 もう来てるのかと。

 今話していた話題が頭から抜けて、私は無意識のままに取り出した携帯のロックを解除する。



 ……………。



 ……………。



 ―――あ。本当だ、来てるよ。


 開催期間は9/17日~9/30の二週間。

 10月の日付替わり迄。

 開催期間中に皇国の皇都を訪れたプレイヤー全員を対象とするものであり、詳細情報は開催期間中に確認する必要がある。

 ・イベント限定、死亡ペナルティの変更アリ。

 ・戦果に応じた限定ポイント入手、持ち越し不可。

 ・死亡後の再参加アリ。 


 ……と。

 これらの情報を高速回転する脳で的確に分析するに。

 詰まる所……。



 ……………。



 ……………。




「―――楽しみまで、もう少しって事だね?」

「……長考の割にめちゃ簡潔ぅ」

「皆の予定は? 一応、開催まで二日あるけど、どうするの?」



 それを問う理由は、私と彼等とではゲームのルーティーンが大きく異なるから。

 多分別行動が主だからだね。


 私はイベント期間までダラダラ観光でも良いけど。

 彼等は、数日も戦わないと野生の勘が鈍るとかで。

 

 偶に一緒するならともかく。

 ずっと私に合わせてゲームをするというのは、ちょっと彼等の習性からズレてしまうんだ。


 ゲームは楽しむのが全て。

 誰かの方針を否定しちゃいけないと、そう言う意味で行動だけ把握しておきたかったんだけど。



「情報収集がてら、適当にお遣いクエストでも受ける予定ですね。眉唾物ですけど、イベントとかにキークエストがあるなら、クロニクルにも関係してくるようなフラグが存在するんじゃないかって」

「色んなところで言われてるからな。探してみるつもりだ」

「私達も、当事者になって優越感に浸りたいです」



 悪役みたいだね、その言い方。

 変なクエスト? に捕まらないと良いけど。


 でも、確かに古代都市の件とかそんな感じだったし。

 私の個人クエストもこっちに絡んでるし。

 探せば案外、序章みたいな関連クエストとかあるのかな。



「ルミねぇは? 何すんの?」

「一人で皇都を散策する予定。やっぱり、初めての都市はじっくり観光しないとだし」

「観光で長期間消費する人は少数派かと」



 でも、確実に存在はする。

 無職と同じさ。


 観光と言えば……正教都市。

 皇国重要都市の一つで、皇都へ行く際に経由した都市なんだけど。


 あっちも、いずれ行きたいなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ