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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第六章:ステップ編

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第3幕:神話渦巻く国家




 都市を出て、もう大分歩いたと思うんだ。

 木も沢山数えたし。

 草花も沢山。

 家屋も沢山。

 そして、何よりも魔物を沢山見たんだから、もうかなり近い位置にある筈だよね。

 残り何歩くらいで目的地周辺、案内終了なんだろうね。



「ねぇ、ハクロちゃん。気分どう? あと何秒? 何歩くらいで着くかな」

「きぶん? ……散歩?」



 そうか、三歩か。

 じゃあ、もう少しだね。


 にしては、影も形もないのっぺりとした街道。



「都市が見えてこないけど、もしかして、また見えない系なのかな。秘匿領域の時みたいな」

「―――はは。いつも通りの冗談だと思いますけど。本当に散歩感覚だと簡単にキルされますよ、ルミさん」

「……んう?」

「そして、何故に秒刻み。流石に近過ぎでは?」



 ……………。



 ……………。



 はて、冗談……?



「大分暗いし、そろそろカンテラ出すか」

「「ほーい」」

「……ふむ?」

「―――……もしかしてルミねぇ、何か認識に齟齬ある?」

「もしかしたら。……無理に気を張らなくても、皇国はそんな感覚でも案外簡単に行けるって親切な人たちに聞いたんだ。提示版でみんなが言ってたよ?」

「「……………」」

「あぁ、そういう―――えぇ。普通に騙されてますね、ソレ」



 ……なぬ?

 だって、皆が言ってたんだよ? 

 掲示板では、すでに着いている人たち皆が口をそろえて「大したことない」って言ってたんだよ?



「ほら、アレだ。最前線が古代都市で止まってたから、上位のPLは軒並みレベルが上がってるんだ。だから、装備を厳選した万全の状態で次に進もうとすると……」

「―――もしかして。訓練し過ぎてて、思ったほど歯ごたえがなかったと?」



 レベリングをし過ぎて、万全の準備を整えすぎてて、簡単って感じるのも無理はないと。

 言われれば、納得できる。

 別に、悪意からという訳ではなく。


 彼からしてみれば楽勝。

 しかして、私からしてみれば当たり前に不可能な道のりだったという事なんだね。

 そもそも楽勝の基準がまるで違うんだ。


 その辺も、噛み合ってないと言うべきなのかなぁ。



「この街道の周辺難度はB……40レベル以上だ。最低でも3rd到達レベルないとキツイだろうな。クロニクルも今回ばかりは、上位のギルドも軒並み参加しているだろうし、敵対は確実とすれば」

「簡単じゃないよね~~」

「ですね。前は、自分の力量に見合った地域を選べましたけど。今回は……」



 以前は四つの戦場から選べたから、まだ条件が緩かったけど。

 今回は、とてもそうはいかない。


 とすると。

 初心者、低レベルでの参加は難しいのかな。

 折角新規さんが増えているらしいのに。


 ……うーーむ、私も場違い。

 仮に首尾よく参加できたとして、早々に退場して往々に暇を持て余すかもしれないよ、コレは。



「ひまひま……ひま……? 皆が楽しんでいるときに、私だけ?」

「ルミ暇か? 手つなぐか?」

「うん。繋ごうか」

「―――あ、ズルいです」

「繋ぐ! 私も繋ぐーー!」



 四人で横に、と。

 本当にお散歩だね、これは。



「―――話聞いてたか? ルミねぇ」


 

 と、前からお声が掛かる。


 幾ら仲間がいるからとは言え。

 先は長いし、あんまりぼーっとしていると危ない……不意に襲われれば対処できない、という事なんだろうけど。



「聞いてたよ。詰まる所、ユウトとワタル君とショウタ君が居れば、危険な事なんて何もないって事だろう?」

「……うす、そういう事―――え。そうなるのか?」

「なるらしいね。……え、なるの? これ」

「なるなる。勿論、なるんだよ」



 相手が混乱している間に、一気に畳みかける。

 これ、イカサマの常識ね。



「頼りにしてるからね。いつだって」

「「お任せを」」

「―――おい」



 上手いこと誤魔化せたし。

 遠いならとおいでもうひと頑張り、気持ちを盛り上げて楽しむとしようね、と。


 未だ道のりへの理解が追い付かず、距離感も掴めぬ散歩気分の中。

 

 

「今日の予定は、取り敢えず皇国の重要都市で。その次に目的の皇都だよ~~」



 ナナミから明かされる衝撃の事実。

 よもや、日を跨ぐほどの道程だったなんて……。



「つまり、まだまだ掛かる?」

「えぇ、掛かりますし、先は長いです。そもそも、他国の都市から直行で都に行けるわけないです」

「あっちゅうまに攻め落とされるしな」

「国境警備ザル過ぎワロタで」

「そそ。―――ってぇ、訳で。航博士ぇ? 何か面白い話してよ、先長いし!」

「……はは。また、無茶ぶるなぁ……」



 ただ歩いているのも何だという事で。

 ナナミが前方を固めているワタル君へ声を投げる。


 所謂、女子の無茶ぶりだ。

 でも、彼の話は啓蒙(ちしき)の上昇に定評があるし、面白いと聞けば私も黙ってはいられない。



「―――面白い話かい?」

「……やっぱり食いつき早いし。うーん……? では―――コホン。現状で出回っている情報と、僕の調べた情報の混合ですけど。オルトゥスの神話についておさらいしましょうか」

「是非頼むよ、博士」



 無茶ぶり解説……仲間内でよくある事なんだろうね。

 乞われて、普段通りだと言うように胸を張った燕尾服のワタル君が、虚空から一冊の本を取り出す。


 ……動物の革?

 未知なる革が装丁されている、年代物っぽい本だ。

 これは、随分と雰囲気がある。



獣魔寓意目録(ベスティアリ)。本来は出会った魔物の生態や植生を記録したり調べたりする便利本ですけど、無限にメモできるんです。翻訳家や学者の必須アイテムですね」

「良いね。何なら私も欲しい」



 ちょっと失礼と、羊皮の質感に近いザラザラした表装を、さわさわ触らせてもらって。

 ひとしきり観察を終える頃。



「始めましょうか。古い、神代の話です……」



 丁寧な、書置きらしきページが開かれ。始まるはオルトゥス考古学における神話のお話。

 PLが調査した、オルトゥスの歴史だね。


 天上の神々……、そして地底の神々。

 オルトゥスに伝わる彼等の神話はこうだ。


 ―――今より遥か太古の昔。

 そこには、知的な生命体は愚か、生物すら生まれいずる前の、闇だけの世界が広がっていた。

 地上は、平面の一枚板であり。

 何処までも続く平面の端には、何処までも続く水が。

 そのまた何処までも続く水の端から先は、虚空の深淵が。

 

 中心に板、外側に水、更にその外側に虚空と深淵。

 底なしの闇の上に浮かんだ場所。


 それが、世界の起源。


 岩と、水。

 それ以外は何もなく、管理者などいない世界だ。

 そんな世界へ、遥か遠くからやってきたのが、天上の神々―――四光神。

 彼等はそれぞれが強大な力を有し。

 

 管理者の居ない、何もない世界を寂しく不憫(ふびん)に思った。


 だから、光を板の中心から、遥か世界の果てまで届け。

 板を耕して土を作り、肥沃(ひよく)な土壌の上に温和な動物を創り。

 その糧である植物を創り。

 最後に自らの力を分けた存在として、ヒトと総称される、しかし多種多様な姿を持つ多くの知的な種族を創り出した。

 ヒトは植物と温和な動物を食糧とし。

 神様に授かった小さな、小さな光を灯して、板の上のあちこちでで大きく繁栄した。


 しかし、彼等ヒトと光の神々には誤算があった。

 実の所。この闇の世界には、先住者が居たんだ。

 天上の神々が齎した光は、底なしと思われた深淵の底を、知らずのうちに照らして暴いてしまった。


 光が大嫌いで、眠りによって永遠に存続してきた者たちを起こしてしまった。

 そこから、世界はちょっと危険になる。


 眠っていた者達……地底の神々が起きた事で、地中には彼等の力が満ち満ちて。

 植物が根からソレを吸収し。

 動物は植物からソレを吸収し。


 本来温和な生物たち。

 何も言わず、抵抗せず狩られていた動植物たちが、地底から吸い上げた力を受けて狂暴化し、魔物となって暴れ回るようになった。

 それと同時に、それ迄はずっと起きて活動していられたヒトに、「睡眠」の性質が生まれてしまった。

 眠らないと満足に活動できないようになった。


 魔物は本能的に戦いを求め、沢山生まれて沢山朽ちて。

 朽ちると塵となって消えて。

 砂となり、石となり。

 やがては大地へ還る事で、地底の神へ肉と魂を捧げるようになった。


 天上神へ豊穣を供えるのもヒトの役目。

 地底神へ魔物を捧げるのもヒトの役目。

 天と地の神々は、最初こそ生命からの捧げものを平等に受け取る事で納得して共存していたんだけど。


 やはり、光と闇。

 互いに根本から相容れなかったんだろう。

 

 動、温かく、先を見通せる小さな光。

 豊穣……美味しく、長い寿命を授かる事の出来る植物。

 穏やかで暴れない獲物。

 その肉は美味しく、狩るのに手間も掛からない。


 静、冷たく、先の見えない闇。

 睡眠……安らかであっても、何の役にも立たず、時間だけを奪うもの。

 凶暴かつヒトを襲う魔物。

 その肉はマズく、狩るのにも手間と犠牲が必要。



 ―――ヒトからすれば、天から齎される贈り物はあまりに魅力で。

 やがて、地底の神々への捧げものは疎かになった。

 彼等は自分達の集落に籠り、面倒な魔物狩りを行わなくなってしまったんだ。

 魔物の肉は朽ちず、魂は地の底へ還らず。

 捧げものが無くてひもじいと。


 ……当然、闇の神様は怒る。

 彼等は捧げものを怠った順に、ヒトの集落を魔物に襲わせた。

 それを指揮したのは、地底で生まれた鉱物の化身。


 堅き鉱物を纏った魔物。


 曰く、七十二柱の真竜。

 

 最初こそ怠惰を悔い、自らの行いを悔いていたヒトたちも、今迄当然に与えられていたものが失われるのをじっと見ている事など出来ず。

 彼等は、魔物を迎え撃つ。

 天の捧げものを食べて屈強に育った地上のヒトは、強くなっていたんだ。


 かくして最初の戦争は始まり。

 戦いの中で、闇の強大さに気付いた一部のヒトたちが地中の力を吸収し、闇へ寝返りもした。

 劣勢になったヒトたちに、光の神々は御使いを応援として降臨させもした。


 最終的に勝ったのは。

 皆が知っている通り、想像している通りの側―――と。



 ……………。


 

 ……………。



 この物語の登場人物……神様たちなんだけど。

 プレイヤー諸兄らが繋ぎ合わせた情報では、既に彼等の簡単な情報は判明しているらしくて。


 【不定の神】――――


 【鉄鋼の神】ヨグノス


 【死刻の神】――――


 【無明の神】――――


 そして、魔族が崇める神……所謂、【魔神王】

 五柱の神を総称し、地底神。


 対して、現代の皇国において崇拝されている四光神。

 こちらの方が、より多く情報は判明しているようで。

 それが、即ち……。



 【陽神】リアソール


 【星神】アリステラ


 【月神】ディクシア


 【光神】アルケー



 ……これらの名前について、聞いてみて納得。

 闇の神様は、鉱山都市や海岸都市でその名の片鱗を聞いたことがある。

 そして、光の神様も。マリアさんの紡いでいた創生歌の一節には「リアソール」とかあったし、プシュケ様に紹介された古代都市の遺跡の名前が「ディクシア」だったし。


 私の知らぬ間に、断片的な情報は出ていたんだよね。

 気付いてないだけで、他にも多分……。



「―――地底の神々……魔神王さんはいずれ当然に戦うだろうし……他の神様も、ゆくゆくは復活なんかされちゃうのかな?」

「順当にいけば、そうなりそうっすよね」

「……復活なんて企んでいる奴らからすれば、「順当」だな。俺たちからすれば勘弁だ」



 そんな事企む人、いるのかな。

 ―――居るんだろうね。

 だって、こういう話では定番の展開って往々にそういうものだし。


 しかし、そんな事考える怪しい団体なんて……あ。



「気付きました? そいつ等、ノクスって言うんですけど」

「……此処で繋がって来るのね」

「海岸都市の件も。クエスト文で、神の封印がどうたらって言ってましたし」

「ね~~。危うく復活されるところだった? 鋼鉄の神さま」 



 わーーお、大迷惑。



「……それで? 普通の魔物でも私らひーこら戦ってるのに、神様ってどうするの? 短剣刺さる?」

「弓矢なら遠くでチクチクしてれば、或いは」

「神に一のダメージ、神に一のダメージ、神に一のダメージ……」

「全然通ってないぞ。というか、絶対レイドボスだよな。そんな瞬間効率(DPS)じゃ、自然回復(リジェネ)に追い付かないんじゃないか?」

「はは。情報が少な過ぎて、議論する余地もないね。―――それで、本題なんですけど。皇国の何処かに、その一柱が封印されてるとかで……」

「もしかして、今回のクロニクルで出たりしてな」



 ははは、面白い冗談だ。

 神様相手なんて、それこそグランドフィナーレくらいじゃないと、ね。



「―――いーち、にーぃ―――さぁーーん……ぉ?」



 私達が「ないない」と首を振っている間に。

 とっとこ、とっとこ。

 手持ち無沙汰だったのか、いつの間に前線へと出ていたハクロちゃんが単体の魔物を斬り裂く。


 三メートルはあるだろう大柄で、鱗を持つコモドドラゴンみたいなのを三振りだ。

 本当に、いつ見ても凄い剣技だよ。



「ハクロは……神様とだって戦えそうじゃないか?」

「―――ね」

「判断に、まるで迷いがないです。相手の動きが分かってるみたいに……」

「……本能型なのかな、ハクロさん」

「それもあるだろうけど、経験値だね。ハクロちゃん、街道が解放したその日のうちに()()()()単身で突破しちゃったらしいんだ」

「「え」」



 それもあって、あんなに迷いがない。

 そして、私の勘違いが加速する。

 「へーー、一日で行けるんだ……」、「ん、行けた」……ってね。


 今思えば、彼女は例外過ぎたよ。

 まるで参考にならない。

 


「―――ほえー、流石は剣聖。この分だと、本当にすぐ到着しそうじゃん」

「道も、全然人いないしな」

「上位レベルの人なんて、未だ全体の20%くらいだからね。PKの待ち伏せとかもないみたいだし―――居ると思ったんだけどね。ホラ、某盗賊さん達とか」

「あの人らは、最近PKKに凝ってるらしいけどな。何でも、闘争心が心地良い、とか」

「PK狩りってやつだね?」



 PKK……そういうのもあるのか、と。

 知った時は衝撃を受けたよ。


 となると、(いたち)ごっこ。

 PKがいて、それをキルする人が居て、それをキルする人がキルされて……と。

 裏の裏の裏の裏。

 裏をかき過ぎて表、もはや意味がない。

 手品でも、タネを見破ろうと深く考えすぎるエキストラさんがいるけど、それこそ思うつぼさ。



「―――PK連中が居ないのは、恐らく割に合わないと思ってるんだろ。確かに、ここまで来れるレベルともなるとレアアイテム持ちばかりだろうが、逆にトンデモナイ凶を引き当てるかもしれないしな」

「一桁台の最上位ギルド、とかな。マジで運が悪いわ。逆に狩られる」


「マリアさんとかもですね。百人以上で行軍していたら、それこそPKの付け入る余地がないです」

「見えてる地雷」

「スルー安定」

「対人ならマジで最強かもな、あのギルド」

「範囲魔法でもカバーしきれるか怪しいよね」



 ……マリアさんも、元気かなぁ。

 最近は連絡少ないけど、やっぱり忙しいのかな。

 ギルド長だし、多忙か。


 同じ長でも、レイド君とは比べちゃダメだね。

 あっちは仲間内で好きにPKしてるだけだし……。


 話つつ進んで行くうちに、見えてくる家屋群。

 中継都市として、小さな町が幾つかあるみたいだけど。

 残念ながら。今回は寄らない方針。

 何せ、出来るだけ短時間で目的地へお急ぎの、詰込みコースだからね。


 街の灯りと、自分たちの持る灯火具(カンテラ)だけが頼りとなるくらい、辺りも真っ暗だし。

 これはこれで、かなり遅めの肝試しみたいで面白いよ。



「―――そこの街も、スルーで良いよな。トイレ行きたい奴は?」

「行きたいって言ったら付いて来てくれるか?」

「子供か」

「はい、じゃあスルーね〜〜。私等アイドルなんで」

「必要ないですね、休憩は」


「元よりその予定だからね。……さぁ、余闇に紛れていくよ。気持ちだけでも、今日中に皇都に到着するつもりで―――」

「……ぁ。ルミさん」

「……たった今、ゲーム時間で19時回ったぞ」



 ……………。



 ……………。



「現実時間、深夜……00時……!」

「はははっ。今日中、って事ならあと24時間もある。これは頂いたな」

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