第2幕:王国経由皇国行き
さて……待ち合わせの定刻に現れた皆とは合流できたし。
私達は、これから初めての皇国へ遠足に向かう事になるんだけど。
中継地点は、王国領の古代都市。
その為、まずは移動だ。
情報によれば、皇国への進行ルートは主に二つ。
南からの王国古代都市ルートと、北からの帝国の城塞都市ルートがあるらしい。
大まかな地理的に、三国で最も東側に位置している皇国だから。
行けると言っても西側の帝国からだとかなり遠く、最も向かいやすいのが環境最前線にして南東に位置しているこの都市なんだね。
未踏破領域である薄明領域と人界を繋ぐ都市の一角。
本来は強力な魔物が都市外に蔓延る危険地帯だけど。
何故か貧弱な私にとっても、今や第二の拠点になりつつある親しみある街で。
「探せ……! この辺りに居る筈だ! 草の根分けてでも探すんだ……!」
「アイアイマァ~ム」
「待ち合わせ大仰にし過ぎじゃない?」
で、古代都市と言えば。
我らがハクロちゃんのホームタウンだよね。
フレンドメールで確認済み、今回は彼女も同行して、計七人のパーティーとなる。
殆どの場合、この地方の天気は晴れ。
温暖な気候でポカポカ……カラカラ?
道路全体が丁寧に舗装されていながら、様々な地質の粘土が用いられていて遊び心が伺えるカラフルなレンガ造りの通り。
やはり、町全体が古い遺跡みたいだ、ここ。
すううぅーーっと。
私が、どこか神秘的な空気を吸い込む中。
待ち合わせ地点を中心として、ナナミたちは周囲を油断なく見渡し続ける。
この行動の意図は勿論……。
「ハクロちゃん、いません……ね」
「もしかしたら、逃げたのかもな」
「……どういう意味です? 優斗」
「毎回毎回毎回まいかい、まいかい。出会い頭で突然飛び掛かかられれば、少しは嫌気も……、或いは。早く着き過ぎて暇をつぶしてるか……か?」
言葉を展開している最中に睨め付けられた子は、すぐさま内容を転換。
もう一つ、当たり障りない可能性を提示し。
その言葉に、皆の線が店々へ向く。
けど、大通りで沢山の店が立ち並ぶ中、ウロウロ集団で探し回るのもアレだし。
それこそわちゃわちゃだね。
「ハクロちゃんにメールしてみる?」
「―――……否。良いとも。ここは、元迷子センターの私が如何にかしよう」
「……また適当な事言う」
「いつもの口から出まかせですね」
「……うん、僕もそろそろ分かって来たよ、ルミさんの口八丁。冗談と本気の境目」
「冗談にしか思えない真実ばっかで、混ぜられた嘘に気付けないんだよな。相手を騙したい時の基本は……みたいな?」
「うん。で―――元迷子センターって何? 職員じゃないの?」
「気にするな。迷子センターっていう職業なんだろ」
皆のヒソヒソ話に取り合う事もなく。
私は、一斉に召喚した十羽の天使を辺りに展開。
二羽は上空、八羽は各店舗へ……目に届く範囲までは肉眼で確認し同時に分割操作しつつ、そこから先は監視カメラを切り替えるようにして映像を受信する。
「―――見える……見える……」
そう、道化師である私が持つ第四の能力。
使い方としては、こういうのに便利なんだ。
「「……………」」
「むぅ?」
しかして、何故やら五人の視線が痛い。
そういえば、話した事なかったね。
今の私は側頭部に両手人差し指を当てながら唸っている珍獣だから、冷めた視線は当然だけど……。
こういうのは、結果で示すべしと。
景色の中から彼女が好みそうな店を捕捉していた私は、順次入店開始。
八羽の地上班が店へと無遠慮に押し入る。
「―――あ、薬屋入ってった」
「武器屋にも何羽か行きました。ハト用なんてあるんですかね」
「スタイリッシュ営業妨害……!」
この薬屋さんの中には……うん?
失礼だけど、このお店あんまり繁盛してないね。
創作菓子屋さんは……お会計をしていた老店主さんが遥か上の方からこちらを見下ろして首を傾げ。
武器屋……一軒目、居ない。
二軒目……三軒目―――。
……………。
……………。
ミツケタ。
「迷子のお知らせを挟む必要もないね。ふふふ……さぁ、刮目すると良い。これが道化師流シラサギ一本釣りさ」
「―――シラサギ?」
「……やっぱりそういう事なのか? あの名前は」
召喚したハト君達に撤退命令を出し。
唯一残しておいた子を、ゆっくりとこちらへ歩いてくるように視界を確認しながら調整。
これは、今日日あまり見ないラジコンと同じ。
無線操縦機へとカメラを取り付けて、その画面を見ながら操作するようなものだね。
「とて、とて……、ほほ」
「ホ、ホホ……ホ?」
あぁ、出てきた出てきた。
店内に勇ましく踏み込んでいったハト君らの姿を皆が注目する中、数十秒程。
やがて一つの店舗から出てきた彼の後ろからゆっくりと歩いてくる少女。
やはり、ピンク色の脚は魅力的と見える。
あれ、たまらない感触なんだ。
「……ッ!!」
「ハクロちゃんだー!」
その光景は、まるでエデンの園。
天使に導かれて地上に舞い降りた少女に痛く感銘を受けた二人が飛び出し、彼女を抱きすくめる。
「ナナ、エナ―――苦しい……っ」
最近、ハクロちゃんは酸欠デバフになるのが流行っているみたいだ。
彼女自身も二人を愛称で呼び合ってるし、知らない間に随分仲良くなったものだね。
「何で一本釣り出来るんです? 分かってたんです?」
「道化師の力さ」
「その便利過ぎる言葉やめませんか?」
五感へ新たな六つ目の瞳による視界を生成し、悟りを開く第四の能力。
それこそ、“視界生成”
ハト君と視界を共有している私にとっては、自身がハト君になっているような物なんだ。
「まぁ……良いか、いつも通りだ。ところで、ルミねぇ。全員そろったけど、何か用事があるって言ってなかったか?」
「うん? ……あ、そうだったね」
場を取り纏めるユウトの言葉に、私はそれを思い出す。
自分で皆へ言っておいて、忘れるなんて世話ないね。
そういえば、だ。
出発前に必要な情報収集があったんだよ。
「―――ハクロちゃん? プシュケ様と軽くお話したいんだけど、ちょっと良いかな」
「「プシュケ様」」
「ん。言ってある」
「おーー。素晴らしい」
「少し寄り道するとは聞いてたけど……その名前って」
「―――……都市の領主様か?」
◇
都市の景観とはやや異なる、堅牢で灰色単色の城壁。
レンガに覆われた、黒色で鈍く輝く木製の門。
その前に立つ、鎧姿。
白銀甲冑に、蒼の刺繍が入ったマントを付けた騎士さんが二人。
番人……守衛である彼等と話すハクロちゃん。
「デイム・ハクロ。宜しいのですか。恐れながら、後ろの方々は……」
「良い。お客さん」
「は、承知致しました。では、お通り下さい、冒険家の皆さま」
「「お邪魔します」」
要点は、入館の是非。
イベント専用マップだったり、完全なワールドのエリア外だったりするから。
通常、PLは都市の領主館へは入れないけど。
中でもハクロちゃんは、完全に例外。
かつ、その上で一人二人の御客さんならまだしも、大所帯を通して良いなんて、それ程に彼女が一目置かれているという事で良いんだろうね。
「―――でさ、ハクロちゃん。さっきのでいむ……って何?」
「それ、気になりました」
「ん。騎士だぞ」
話の流れで領主館にお邪魔して。
そのまま屋内を行く中。
慣れぬ空間に恐る恐るといった感じで歩いていた七海が問いかけ、相手はシンプルに答える。
……本当にシンプルだね。
「―――そうそう。正式な騎士になると、自然、PLも叙勲されるみたいでね。騎士の事をサーっていうだろう? 女性騎士の場合はデイムって呼ばれる事が多いんだ」
「……サー・ランスロットみたいな感じなんですね」
「騎士ハクロって事?」
そういう事になるみたいだよ。
実際、あんなに小さくて可愛い、甘いもの可愛いものに目がないハクロちゃんが騎士として尊敬されているって。
よくよく考えると、凄くギャップがあるけど。
ひとたび戦闘になれば。
彼女は、紛れもなく強者だ。
そこら辺も、何だか古い時代劇の任侠とか渡世人みたいで。
「―――うん。格好良く映るよね」
「良いのか?」
「うん、凄くね」
「おぉーー」
「……あの。ライン越えです」
「……ルミねぇ、駄目だよ。幾らハクロちゃんでもダメ」
「んう? なにが……?」
よく分からないけど。
そんな話をしている間にも、私達は広い館内の回廊を進み、階段を上り部屋を抜け……。
到るは、甘く香ばしい香りの満ちた室内。
予約ありでやって来た待ち受けていたのは……。
……………。
……………。
色とりどり、様々な軽食や菓子が乗ったケーキスタンドは、何と四段もあり。
一段目はサンドイッチや白パン。
二段目に温かいパイなど。
三段目に焼き菓子、四段目に果物やゼリー類。
どれも非常に美味しく―――あれ?
軽く話して冒険に行く予定だったのに。
本当に良いのかな、コレ。
「ハクロさま、ユウトさま。お茶の御代わりは如何ですか?」
「ん、貰う」
「えぇ、頂きます。二杯目はミルクをたっぷりで」
ユウトとハクロちゃんはマカロンに夢中。
じっとしているのも気まずいと、ソレに倣いちょくちょく菓子をつまむ他の四人。
……あちこちで無くなるお茶のカップ。
そこへ新しいものを注いでくれる侍従さんは、ハクロちゃんの教育係なソフィアさんだね。
新たなお茶を得て。
しかし、競っているかと思う程に次々カップを空ける子達。
ワタル君とショウタ君は対面……上座に座る女性を見つつヒソヒソと話していて。
「のじゃ口調の若い女性って。大分属性盛ってるよね?」
「剣聖が爺さんだったからな。バランスとってんだろ」
私にはそれが聞こえてしまうけど。
実に酷い会話……。
「―――ルミエールよ」
「えぇ、はい」
「仔細、把握した。其方等は、近くに皇国で騒乱が起こる事を予期しており、その事実を確かめるために皇都へ向かうと」
「……………」
「……ふむ。把握はしたが」
無言の頷きに合わせ。亜麻色の髪を持つ女性は、ソーサーごと持ち上げた紅茶を一口含み。
そののち、ゆっくりと息をつく。
「―――難しい物じゃな」
「やはり、そうお思いですか?」
「うむ……うむ。皇国ともなれば、聖堂教会の関与は避けられぬじゃろうて」
大陸を股にかける組織ブライト教の中枢。
名を、中央聖堂教会。
皇国に総本山が置かれ。
人界三国を統べる機関。
その実態は、天上の神々を祀る教会。
世界の均衡を保つために興り。
守護者たる神の遣い……即ち【12聖天】を任命する強大な組織だ。
……実の所、私は深く知っている訳じゃないけど。
今は話の腰を折らないように、ふわっと考えて肯定する感じで、詳しい事は後で確認しよう。
「あそこの神官共は、頭が固い。その上で狡猾よ。まるで、己らが全てを握り支配していると言わんばかりの者ども。或いは、その一件も。噂を含めた全てが策略やもしれぬ」
「皇国が、国家ぐるみで何かを企んでいるかも、と?」
「そういう見方もある。三国の長き歴史において。われら人界は、多くの犠牲の末、闇を祓う事に成功してきた。しかし、同じように勝利し続ける保証など、何処にもありはしない。三国が常に協力し続け、一枚岩である保証など、有りはしないのじゃ」
「難しいですね」
所詮、個人クエストの情報と。
軽い気持ちで色々聞きに来たんだけど。
私の思惑を話してみてビックリ。
時期の所為なのかクロニクルの情報が絡まって、予想以上に話が大きくなっている気がするよ。
プシュケ様も胃が痛そうな顔してるし。
「……じゃが、だからこそ。其方の話も最もよ。アレは、王国のみならず帝国にも流通している故。三国同盟の団結に障害があるのは間違いない。混乱に乗じて調査を行い、病巣を排除したいというのなら、ソレも良いじゃろう。こちらも、正式に其方への依頼……密命とする」
「えぇ、有り難うございます」
「ルミねぇ。依頼って何の話?」
「―――む? その子らには話しておらぬのか?」
「内緒ごとですからね。友達だからと言って、お先真っ暗な秘密を言い触らしたりはしませんよ」
「律儀なやつよな。……良い。盟約によって我らは他国の問題へは手を出せぬが、異訪者であるならば話は別。協力者は、多い方が良い。……コレを見よ」
「「……………」」
「―――領主様。これ、まさか……」
何度も見た小さな袋。
中にある、こんな席では粉糖とも勘違いしてしまいそうな細やかで白色のそれは……まさしく。
「そう、やくぶーつさ」
「―――そう、麻薬よな」
((温度差……!))
ハクロちゃんを除く五人が仰け反る。
ようやく食べ物の味が分かるくらいに緊張がほぐれたかな。
スイーツが美味しかったと見る。
お茶も軽食も満足な味で。
およそ和気藹々とした雰囲気の中。プシュケ様は、やくぶーつが三国の影で広く流通している事を短く分かり易く話し。
余程美味しいのか、ユウトたちは震える手で杯を干し、すぐさまお茶のおかわりを求める。
楽しい席だとやっぱり飲食が進むね。
これは、満腹デバフ待ったなし。
「さて、ルミエールよ。此度の件は、或いは三国を揺るがすような話になりかねない。じゃが、其方ならば」
((何か凄く信頼されてる……!?))
また、皆が仰け反る。
余程、アフタヌーンティーが気に入ったみたいだね。
……っと。
お話聞かなきゃ。
「本来、国王陛下の勅命もなく、わらわ達は他国の政へ口出しなど出来ぬ。当然、兵を貸すことも出来ぬ。……じゃが、同じ異訪者であるそ奴ならば個人的に力は貸せるじゃろう」
「……ん?」
「―――行けるな? ハクロよ」
「ん。皆が困ってる。ハクロ、皆を助けたい。騎士の仕事だ」
やる気なんだ、ハクロちゃん。
私がプシュケ様に会いに来たのは、己の為。
己のクエストの為。
書いてあったから、何か実になる情報を少しでもと思っただけなんだけど……成程。
彼女は、私がどうすればいいかを話してくれる。
だから、都市政府に話を聞きに行けって書いてあったのか。
これは、必ず皇国に答えがある。
長い付き合いなクエストの結末……燃えてきたね。
「では、古代都市アンティクア領主の名を持って任を命ずる。上弦騎士ハクロ、冒険家ルミエールよ。異訪者と連携し境界の深奥を暴いてくるのじゃ」




