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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第六章:ステップ編

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幕間:とあるPLの憂鬱




 男は、紛れもなく勝ち組だった。

 まず、環境が良かった。

 家柄で全ての優劣が付くという訳ではないが、優れた環境を否定する要素など無いだろう。

 事実として、教養を育む機会に多く恵まれた。


 次に、才能もあった。

 生まれ持った能力の高さが全てという訳ではないが、物覚えは良い方が有利なのは間違いないだろう。

 教養(EDU)とは異なる点で、知性(INT)の高さは働き。

 前者の成長を大きく助け、時にひらめきが何よりの助けにもなった。


 ……そして、運も良かった。

 巡り合わせとして、事故などの人生を左右する不確定要素に巻き込まれる事は少なく。

 何ら不自由のない半生を送るに至った。


 客観的に見た体格の良さにも恵まれ。

 多くに恵まれた男は、自然と同年代で頭一つ抜けた存在として一目置かれた立ち位置を維持し続け、常に恩恵を受け続けた。

 良家の子女、首席、生徒会長……。

 学生からすれば大層に見える肩書の数々も、何ら誇るような物でなく。

 初めての新鮮味も。

 何度も言われ、何度もやっていれば、後にはほぼ感じなくなった。


 承認欲求を満たす役割でなく。

 ただ、必要と乞われ特段断る理由も存在していないと、通常業務を滞りなく行うだけの毎日。


 そんな生活に在って、ゲームは唯一の趣味だ。


 スタートラインは同じ。

 故に。純粋に、身一つで何処まで行けるのかが楽しめる。

 自らの意思で、境界を行き来できる。

 様々な役割を己の意思で、その上で非常に現実味のある感覚を五感すべてで感じられる異世界は、男にかつてない刺激を齎してくれた。



 ……………。



 ……………。



 ―――しかし、現在はどうか。


 そのゲームの中でさえ。

 どうやら、突き詰め過ぎてはあちらと変わらない結果になってしまうと実感した。


 現在、日本中で話題となっているフルダイブ型VRMMO。

 その先駆けにして、最優とされるハクホウワークス開発のゲームハード、そしてソフト。 


 図らずも初期の応募に当選し、帝国で開始した最初期PLの一人として。

 刺激を求め、常に最前を進み続けた結果。

 俗に言う攻略チームに紛れて、掲示板で集められたレイドパーティの一人として多くを発見した。


 そして、運命の変わり目。

 そこそこ名の知れた戦士系PLとして赴いた、第一次秘匿領域攻略。

 現在では比較的簡単なルートが存在するが。

 当時は、Lv.40が基本(アベレージ)となる人界と秘匿領域を繋ぐ街道を攻略するのは困難を極め。


 しかし、達成した。

 平均レベル30前後。

 失敗に失敗を重ね、経験と技術、機転に富んだ男らは、何とかそれを成し遂げた。

 人間種PLによる、最初の秘匿領域到達者となり。


 その縁でパーティを組み始めた、気が合う仲間らと未知を冒険する日々。


 ……ある時、見つけた。

 秘匿領域に存在する名もない湖の畔。

 朽ちた神殿で【聖剣】なる武器の祀られた台座を見つけた彼等は、次々とソレを手に入れようと腕に力を籠め。


 しかし、抜けない。



『―――そもそも、剣士って言ったらムーンさん一択では?』

『『……たしかに?』』

『ムーンよ。いつも通り外から俯瞰(ふかん)しておらんで』

『そうだよっ。そうやって格好付けてないで、手伝ってくんない!? 三人がかりでも抜けな―――んぐぐぐっ……わわぁッ!?』



 言葉が終わるか否やという中で、筋力に覚えのある前衛たちが、総じて尻餅をつく。

 剣はなおもそこに突き立ち。



『うり、うり……。先生、こちらですぜ』

『分かった。引っ張るな』

『やっちまってください……! そしてそのスかしたイケ顔のまま盛大に尻餅なんぞ―――』 



『―――あぁ……抜けたな』

『『え』』




 ……………。



 ……………。


 

 男は、またしても特別だった。

 そこからまた、男は多くを指揮し動かす者になってしまった。

 ―――かつてない大規模で、だ。



 ……………。



 ……………。

 


「……………―――」



 空気を吸い込むように大きく深呼吸を行うまま、禄に確認もなく木製らしきベンチに座り込む。

 見慣れた都市の空……黄昏色でもない。

 眩い程の蒼天を仰ぐ。


 全てが始まったのは、この都市。

 人間種の初期開始地点は、軒並みこの帝国領の通商都市となっている故。


 ここから始まり。

 

 しかし、今では立ち寄る事も少ない。


 最早この都市に帰る用など、それこそ狼伯爵有する【牙兵団】との手合わせのみ。

 身に纏う初期装備も、何故今迄二束三文で売り払わなかったのかと不思議に思うガラクタ同然。

 少なくとも、仲間達は皆既に所持などしていないだろう。

 売ったところで……精々数百アルが関の山か。


 思い、身を委ねる中で。

 思い出したかのように。或いは、仕方ないからとでも言いたげなやる気のない横風が吹き。

 唐突に、視界へ金色が映り込む。


 夕暮れの時間にも早く。

 見慣れた黄昏の空とも異なる。

 ……金色が。



「ホホ……ホッ、ホッ」

「―――ほら、ほらーー。フラパン製菓のパン耳は絶品だろう。慌てなくて良い、まだまだあるさ」



 ……………。



 ……………。



 ベンチは横に長い故。

 気付かなかったが、先客がいたようだ。

 詰めれば四人は座れるだろう席のもう片端には、どうやら男が来るより前から一人の女性が腰を落ち着けていたようで。


 ……しかしだ。

 鳥の声が聞こえ始めたのなど、つい今しがた。


 先までは予兆すらなかった。

 まさか、唐突に地面から生えてきたわけもなく……。



「気になるかい?」

「……………」


 

 それが誰に向けられた声なのかは、考える余地もなく。


 ここに来て。

 ようやく、男は声に導かれるように女性へ視線を向ける。



「―――……鳩。これは、君が?」

「いかにもそうさ。そら、“小鳩召喚”」

「ホ……?」

「ホッ――ホッ――」

「ホ……。ホッ――ホッ」



 女性は、キーワードと共にまた一羽の鳥を生み出す。

 ……今度は白黒混色だ。

 混色の鳥は、生成されたその瞬間から女性の膝にあるパン耳へまっしぐらと歩み。

 そそくさと嘴を向け、ついばむ。



「良いだろう。私の二次職、ジャグラー……道化師の力さ」

「道化……。言い得て妙だな。魔術師でなく、手品師でなく……。運営は、何を思って道化などと付けたのか。一瞬考えて、すぐ納得した」



 これは、紛れもなく道化師だ。

 金や糧を手に入れる為、手品によって人々を寄せ付けるでもなく。

 手持ち無沙汰そのもの老年の日常のように、無為にパンを以ってハトを寄せ集め、無為に餌を与え続ける。


 ―――ゲームなら猶更無為だ。

 現実であれば、まだ鳥に糧を与えることで貧弱な満足感、充足感を得ることも出来ただろう。

 曲がりなりにも、命を支えることできる。


 しかし、この場合はそれすらない。

 ただ、情報体に情報体を供し、意味もなくそのAIによる不規則な反応を見ているだけ。

 そこには、何の生産性も存在してはいない。


 完全な、無為の娯楽。

 暇を持て余した道化の遊びといった所か。



「まるで生産性がない、な」

「全くだね。でも、私そういうの好きなんだ。他にも、意味なく空を見上げていたり……とか」

「……………」

「空を仰ぐのって、何かのサインの場合が多いって話……信じる?」

「……事実、そうだったかもしれない。信じるさ。私自身、好きでやっているとも言えるが」

「無生産仲間だ。良いよね。空見上げてぼーっとするの」



 別に、助けを求めたわけではなく。

 あくまで、そうしたいから空を見上げて呆けていただけ。


 ……だが。

 そこに、何も()()()がないかと言えば断言はできず。



「今のゲーム環境が楽しくない訳じゃない。けど、ちょっと大変。そんな感じじゃないかな?」

「まるで、悪い情報教材の勧誘じみた切り口だな。……まさしく、ご名答。流石は道化師だ」

「―――何でも出来ちゃう手合いの、凄い人。私の知り合いに、何人かいるからね。皆、言うんだ。楽しいし、頼られるのも心地良いって。けど、自分がする事は出来ないって。休む暇がないって」



 己で出来てしまうなら、逆に頼る事など無くなる。

 頼まれれば当然に完遂も出来るが、当然に休む時間など無くなる。 



「ちょっと難しい事でも、自分なら可能だから。優しいんだろうね、皆。断る理由もないからって、全部引き受けちゃうんだ。けど、出来る事とやる事は、まるで別」

「可能だからといって、請け負う必要などない……と?」

「うん……。疲れちゃうだろう? 色々と。しかも、仮にその人が突然居なくなったら、それこそ回らない。その上、他の人の成長すら妨げちゃうし」



 特定人物が居なければ回らない組織など、欠陥その物。

 間違いないだろう。

 一人に任せきりになれば、他の者のスキルが育つ筈ないのも当然だ。



「その通りだ。……だが、私の属する団体は、幻想のように欠陥その物で。或いは、私が居なければ崩壊する可能性すらある」

「―――おーー、おー」

「だから、やらねばならない。だから、これで良い。休息は、これで十分だ」

「あったかい部屋でぬくぬく。何にも考えず、ぼーっとして。誰かとお話っていうのも良いね。―――ベンチに座って空を見上げる、とかも」

「………あぁ」

「良いね。誰に言われずとも、君はちゃんとガス抜きの秘法を心得ている。これ、余計なお世話だったね」

「……………いや」




『疲れた君には、ガス抜きの秘法を幾つか教えてあげようか』




「ぼーっと空を見上げる……大変結構。でも、そろそろ時期的に冷えるからね。あったかいモノが必要さ。ほら」



 一瞬だけ意識を手放していた男へ、再び声が掛かり。


 言葉と共に差し出される物体。

 それは、温かいカイロでも、ホットドリンクの類でもなく。



「―――……パン?」

「「ホッホホ……!」」



 不意に持たされたパンに、わちゃわちゃと押し寄せる軍勢。

 成程、その身体は。

 電子情報で構成された造りもの(イミテーション)と思えない程に柔らかく、そして……。



「………ははっ」



 考えるでもなく、自然と口角があがる。

 それは、思い出し笑いの類か。




『―――――どうだい、あったかくなったろう。……小さくても、あったかいだろう?』




「―――あ、それ良いね。沢山笑うと、沢山寿命が延びるっていうし……」

「……昔」

「んう?」

「むかし、同じような人に会った事がある。貴女みたいな、とてもズルい人に」

「それは良い。自分がもう一人いてくれたらどれだけ楽しいかと考えない日は無くてね。特に、アシスタントとか。居てくれると、もう嬉しくて。―――君なら、大歓迎だけど」

「ははは。勘弁してくれ」



 ……他愛ない会話の中、時間はゆったりと過ぎ去る。


 やがて、その拳大のパンが消え失せ。

 獲物を見失った軍勢が、興味を失ったように略奪地から離れて砦へ凱旋する頃。

 女性の視線が、正面へ動き。


 その視線を追って目を細めた男は、その挙動と所作からすぐに理解する。

 それは、こちらへ歩いてくる集団。

 

 数は、五名……少人数パーティーか。

 彼等は、この女性の待ち合わせ相手なのだろう。



「おーーい、ルミねぇ!」

「おー待たせしましたッ、準備バッチシです」

「ねえ。恥ずかしいから公共の通りで大声出さないで?」

「仲間だと思われたくなくなるので」

「……そこまで言うか?」



 黒髪で、長剣を携えた戦士風の男。

 ローブを纏った怪しげな男。

 変わり種だと、燕尾服を身に纏い、武器も持たない茶髪の男。


 女性は二人。

 一人は視覚しにくい黒迷彩の服を着た黒髪で、暗殺者を思わせる小柄の少女。

 もう一人は軽装に外套を纏った、狩人を思わせる桃色の髪の少女。



 ―――若々しい外見を持つ、総勢五名……五名?



「どうかしたかい?」

「―――……いや、何でもない。君の連れが来た。なら、行くべきだ。私もそろそろ行くとする」

「……そっか」



 男の言葉を受け。

 女性は、ゆっくりとベンチから腰を上げる。



「お話楽しかったよ。私は結構な頻度で此処に来るから。また、会おうね」

「あぁ、また―――奇術師殿」



 男へ振り返り、微笑みかける女性。 

 ……否。

 コレを笑みと判断するような者が、果たしてどれほどいるのだろうかというミリ単位。


 差分があってすら評価を行い難い変化。


 それでも。男からすれば、およそ笑みと呼べる動きを見せ。

 女性は、男に背を向け歩き始める。



「あの人……? ―――んと、話はもう大丈夫だったんですか?」

「んーー。友達さ。ちょっと、会話が弾んでね。でも、もうお別れの挨拶したから」



 ……僅かに聞き取れる会話。

 五人の視線は、刹那的に男へ向けられはしたものの。


 軽く会釈する者、微妙に目を背ける者。

 数秒の邂逅の後、彼女等はすぐに踵を返し。

 

 その去っていく背中。

 いつしか視線を外していた男に、すぐ傍から声が掛けられ、同時に弦楽器の音色が耳を撫でる。



「王よ。休息はお楽しみでしょうか」

「―――ロッカか」

「いやぁ、申し訳ありません。唯一の趣味である浮浪者ごっこを満喫している所に」

「どんな趣味だ? それは」



 声を掛けてきたのは、白い羽の付いた帽子を被り、竪琴を腕に抱いた男。

 二次職は、見た目通りの吟遊詩人か。


 先程の女性もそうだが。

 この竪琴の男もまた、表情が伺えない。


 あまりに細い……糸目というもののせいだろう。



「初期装備など、未だ持っていらしたのですか……ははは。―――坊ちゃんと老師は、既に皇国入りしてますよ。探査班によるキークエストの発見も完遂しています」

「ならば、後は狩るだけか」

「えぇ、今回もクロニクルの本領……中枢の戦乱へ食い込めそうで。指揮はお任せしたく。薄明領域への攻略に注視し過ぎて、存在が薄目(はくめー)ですから。この機会に、知らしめねば」

「……寒いな、糸目」

「えぇ、凍え死にそうです。人肌程の温かさがあれば良かったのですがね。……では、歩きながらお話するとしましょうか」



 促されるままに腰を上げつつ。

 男は、今一度彼女等の去った方角へ目を向けるが。

 日の沈み始めた大通りの中。


 既に、その後姿はなく。

 男は、既知領域へと転移するゲートへ歩きながら、一言呟く。



「その子たちが、貴女の言っていた自慢の弟子たちという訳か、ルミさん」




「―――……なぁ、三人と聞いていたんだが」

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