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ルーキスinオルトゥス ~奇術師の隠居生活~  作者: ブロンズ
第六章:ステップ編

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プロローグ:リンゴ日食の朝




 閉じた筈の視界を真っ白な光が支配して、私が降り立つは小さな自室。

 商店の二階に存在する、こじんまりとしたアジトだ。


 かつては、ベッドと収納のみの簡素な空間だったけど。コーディネートもゲームの魅力。

 いつも商売道具を買っている馴染みの雑貨屋さんに色々と注文して、プシュケ様から絨毯なんかも貰って、調度品の類は増えてきた。

 前回のイベントで果物型トロフィー(全六種)なんかも手に入れて飾ってるし。

 行動の戦果として、大分インテリアも充実してきたね。


 ……行動と言えば―――そう、そうなんだ。

 西は帝国の通商都市から、南は王国の海洋都市、古代都市、更には下方内側の秘匿領域など。


 多くの冒険を経て、私は様々な場所を巡ったわけだけど。

 今考えると、如何にも受け身が多かった。


 行こうと誘われほいほいと。

 今迄の私は、どうにも受動的に過ぎた気がするんだよ。



「ゆえに、ちょっと出てくるね」

「あーーい……って只の買い出しかよッ! おう、とっとと行ってこい、いつも通り閑古鳥だかんな」

「ほう―――出番?」

「ノーだ。本当に鳥を出すつもりだろ」



 ログインしたのが現実時間で十時だから、オルトゥスでは朝の八時過ぎかな。

 向こうでの一時間は、こちらの二時間。

 半年で一年。

 朝方故に、躍り出たトラフィーク中央通りはやや肌寒く感じ。


 警邏の兵隊さんも寒そうだね。

 彼等、あったかそうな狼皮のマントを羽織っているのは良いけど、職務に真面目過ぎてそれと制服以外着ないみたいだから。



「―――やぁ、ルミエさん。今日の新聞入ってるよ」



 ふわふわ(ファー)な後ろ姿を見送っていると、不意に軒先からの声に呼び止められ。

 視線を動かすと、馴染みの新聞屋さんだ。


 毎日買っているから、いつも用意してくれていてね。



「取り置き有り難う。じゃあ、一刊」

「ルミエちゃん、クリケットの第一弾が揚がったんだが」

「良いね、買おう」

「ルミエさん。新作のピートパイは如何?」

「――ほぅ、随分黒いね。果肉は白い筈だけど、もしかしてウェルダンに仕上げたのかな?」

「みーとぱいとやらじゃないわ」



 本当に真っ黒だけど、炭やイカ墨でも使ったかね。

 海岸都市原産の。

 向こうは、そろそろほとぼりが冷めてくれると思いたいんだけど。



「―――おぉ……あちちっ」



 こっちは随分ホクホクだ。

 精肉店で買える一つ数十円の揚げたてコロッケなんて、観光名所でなければ今時殆ど見ることはできない。

 昨今の日本では失われつつある景色。



「あら、ルミエさん」

「道化のおねえさんだ!」

「やぁ、元気かな」



 商店街を歩けば怒涛の声掛けで。

 随分と知り合いが増えたね。


 その殆どはNPCさん達だけど、新聞屋さんを始め、中には自分のお店を持ち始めたPLさん達も居て。

 大体の人が私の友人だ。

 有難い事に、フレンド数の上限とかはかなり多めに設定されているらしい。



「―――あーい、そこな奥さん。子供の英才教育にいかがだい? あのルミエさんも認めた難解クロスワード付き! しかも今日の一面は号外並みだよ―――ッ!」

「「何時も、でしょ?」」

「今日はホントだって!」


「しんぶんむずかしいからきらーい」



 オオカミ少年を彷彿とさせるやり取りは、聞屋さんの売り文句としてはまあ仕方なし。

 号外とは、読んで字の如く通常号以外で臨時に発刊される大ニュースの新聞だけど。


 彼、いつもそう言って売ってるからね。

 信用がないというよりは、名物、親しみの様な物さ。

 

 考えるままに、熱々のコロッケを手早く口に運んで咀嚼し。

 一通り挨拶もして、身体も温まったように感じた私は、包みに梱包してもらったウェルダンなアップルパイを手に悠々と帰還する。


 お茶の時間の楽しみが増えたね。

 このテイクアウト専門のケーキ屋さんは、うちのお得意様。

 果物は全部店主君のお店で仕入れたものだから、当然に私好みさ。



「……あ。そうそう、研究をする為にログインしたんだったね」



 部屋のインテリアに満足して、完全に頭から抜けてた。

 時々、頭の容量が心配になる事があるんだ。

 シャーロックホームズも言ってたよね。

 人間の頭はタンス、入る容量は決まっているから、必要ない服はすっぱり忘れちゃおうって。


 私、捨てたくない服が多すぎるんだ。




   ◇




「コレは、世紀の大発見だよ―――――っ」



 ほよほよと浮かぶミニマム太陽が、さながら日食のように真っ黒な球体の周りを回り。

 やがては重なり……シャクリと。

 何とも珍妙で不思議な光景だけど、私が得た新事実がコレだ。


 前々から、彼が果物の棚や果物型トロフィーに興味を持っているような気はしていたんだけど。

 その意味を確かめる為に倉庫の奥地で店主君に話を聞いたり、果物を用意していあげたり。


 未知との遭遇に対し、色々と試してみたんだけど。

 事は非常に簡単な話で、ただ私が一言「食べて良い」と言うだけで良かったんだ。



「で、美味しいの? 実際。というか、どうやって食べてるの?」

「……………」

「喋らないね。もしかして、拗ねてる? 今迄私がまともにご飯をあげなかったから」



 応える声はなく……しゃく、しゃく……。

 リンゴ大の光球が同程度の大きさである果物を咀嚼しているのは実に奇妙な光景で。


 否、私も憧れるな。

 誰しも一生に一度や二度は考えた事がある、身の丈ほどもある好物に飛びついて食べてみたいというアレだ。

 揚げ物だったら大火傷だし。

 ピザだったらゴキブリホイホイみたいになりそうだけど。

 空想とはロマン。

 真剣に考えすぎるのはちょっと違うし……。

 

 ここ、ゲームの世界であるオルトゥスでいま大事なのは、一つだけ。


 光の精霊さんは、リンゴがお好きと。


 これは学術誌に掲載したいところだ。



「……ふふ。論文を書かないとね。未だ神秘のベールに包まれた生態。彼等は、日食と共に食事を摂ると。私が新聞の一面を飾る日も近い、か。本格的に面白くなってきたじゃないか」



 お礼を言うかのようにほよほよ浮かぶ精霊さんをツンツンしながら。

 私は手早く懐からペンを取り出す。


 これは、論文執筆の為ではなく。

 日刊O&Tに掲載されているクロスワードに挑戦するつもりなんだ。


 オルトゥス公式が配布している物ではなく、上位とは言え一ギルドが製作販売・或いは委託販売している新聞が、今やPL間では常識の代物で、生活に広く普及しているけど。

 日刊O&Tの情報は非常にシンプルかつ正統派。

 表面には公表されたばかりの新発見などの、冒険に有益となるであろう攻略情報などが載せられ。

 裏面には、主に各都市の日常関係の情報が多く載せられる。

 間にはギルド団員募集や新店舗開店などの広告も色々挟まってて。


 これは当然、販売地であるトラフィーク版の物。


 

「今日はのニュースは―――……お、確かに有益だ」



 号外呼びも、あながち間違いじゃないね。

 何でも、ようやくゲームハードである【ON】とソフト【オルトゥス】の生産が追い付いて来たらしく。

 供給も増えている様子で。

 ここ数か月ずっと横這いだったゲーム人口が、九月を機に十万を超えて大きく右肩上がりに多くなっていくとの事。


 新規が増えれば先輩面が出来るし。

 人間種の初期開始地点に寄生し続けている私としても、案内役のロールが出来るという訳だ。


 大量生産の話は前々から言われてはいた事だけど。

 それでも確実な情報であるという裏付けがあるだけでも、ワクワクが止まらないね。



「ふーーん、ふふふーん」



 私は敵を千切っては投げる攻略はあまりしないから、攻略紙面は深くは読まないけど。

 日常枠をじっくり読み終わった後、コラム欄に存在するクロスワードへ挑戦する前に、いつもの癖で表面、攻略情報を流し見するつもりで新聞を裏返し。


 すぐまた、日常枠へと裏返す。


 さぁ、クロスワードだ。

 実は、コレが毎日の楽しみでも―――んう?

 しかし、挑戦しようとした私の手はピタリと止まり、脳内には先程聞いた「号外」という言葉が巡る。


 

 ……………。



 ……………。



 今一度新聞を裏返し。

 改めて、流し読みした攻略情報へ目を配せば……。



「―――第二クロニクル始動。今回は皇国での週開催……と」



 何となんと、今まで不確かな伝聞でしか聞く事の無かった、皇国の最新情報だ。

 人界には全部で三つの国が存在していて。


 私がいるのが帝国の流通を司っている通商都市。

 王国は今まで旅をしたものの中だと、一番東側の古代都市と、南端に存在する海岸都市なんかがある訳で。


 一般的には、工業を生業とする帝国と農業を生業とする王国に分野が分かれているという。

 では、第三の国家。

 皇国とは何ぞやという話なんだけど。


 未だPLの侵入を阻み続けている国は、天上の神々である四光神を祭る宗教、その宗主国なんだ。

 この宗教は【ブライト教】と呼ばれ。

 三国でもメジャーな為、人界中に多くの信徒がいるみたいで、PLでも1stの【僧侶】派生を上げていく過程で必ず信徒になる必要があるという。


 ……そっかぁ。

 やっと、この時が来たわけだね……ふふふ。


 ニヤリと悪役みたいに笑い、私は紙面を黒く塗りつぶす。

 そう、クロスワードだ。

 これが終わったら、今日の予定はようやく再開できそうな()()()()の確認を行う事として……。



「―――――あ、お昼食べなきゃ」



 まずは、ログアウトして昼食だ。

 如何にこちらの食べ物でも満腹中枢を刺激する事が出来るとは言っても、所詮は架空の作りモノ。


 本物の料理を頬張る喜びに比べれば劣るのは事実だ。

 脳科学の発展と共に台頭してきた近年のフルダイブ技術で問題になっているアレだね。


 脳が勘違いして、食事を抜いてゲームしちゃうとか。


 勿論、事件に発展しないために。

 企業側としても食事抜き廃ゲーマーの対策にはかなりのお金を掛けているらしく。

 度が過ぎた連続プレイ時間は強制的にログアウトが掛かって、なおかつログイン不可になるペナルティが存在する手の込みよう。


 更には煙草のパッケージ宜しく、新聞の色々な場所にオルトゥス公式の広告枠として「ゲームは一日○時間」とか、色々書いてあるし。

 公式とギルドとで提携とかしているのかな。

 新聞に込められた多くの情報を目に、思わず私は喉をうならせる。



「―――……ふーーむ。流石ハクホウワークス。ダメ人間の更生には一家言ありそうだね」

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